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一章

混ぜられた悪意、それは警告

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レーベルトの夏は、涼しい。
ランフルアよりも北方に位置している国だからだろう。
初夏を迎えたとはいえ、朝はまだまだ肌寒い。
今日は朝から曇天が続き、昼になっても寒さはあまり変わらなかった。

いつも、多忙のロディアス陛下とは昼食はそれぞれ別にとっているのだが、今日は時間を作れそうだと先触れがあった。
時計が昼の時間を指し示す頃になると、メイドが報せを持ってきた。

ロディアス陛下が餐食室に向かった、とのことだった。
既に支度を整えていたので、私も部屋を出る。

レーベルトでは、朝、昼を餐食室で、夜は晩餐室で食事をとることになっている。
しかし、朝と昼はロディアス陛下と時間が合わず、いつも食事をするのは私一人だ。
ランフルアでは、おざなりな食事しかしてこなかったので、レーベルトでの対応には未だ慣れない。
食事は、ランフルアにいた時とは比べ物にならないほど豪勢だが、広い部屋に、広いテーブルに私ひとり座るのは、居心地が悪く、落ち着いて食事を出来ないのが現状だった。
何人もの騎士や料理人、メイドや従僕に見つめられながら静かに食事をする。
それは思った以上に息の詰まった時間だ。

きっと、根っからの王侯貴族であれば違和感を感じることなくその時間を過ごすことが出来るのだろう。

しかし私は、はりぼての王族。
王族という肩書きと、ランフルア前王の血を引いているだけで、育ちは平民とさほど変わらない。行儀マナーだけは、王城に上がり、苦労した母に教えられたが、それも最低限のものだ。
王家の娘として、辛うじて及第点に達するか、否か、という程度。

私が餐食室に入ると、既にロディアス陛下が食卓についていた。
入室の挨拶を交わし、私も席につく。
珍しく、テーブルにはお酒が並べられていた。
ぱちぱちと弾ける発泡を見るに、スパークリングワインの類だろうか。
彼が酒を口にするのは珍しい。
その思いが顔に現れていたのだろう。
ロディアス陛下が苦笑する。

「新しく造られた銘柄の酒なんだ。是非に、と言われたら味見くらいはしないとね」

その言葉に納得した。
かすかにはちみつ色がかった透明なワインは、どことなく彼の瞳によく似ていた。

「母なる女神に感謝します。日々を過ごせる幸福を、胸に」

ロディアス陛下と共に、小さく食前の祈りを捧げる。
これも、レーベルトに来てから知ったことだが、レーベルトでは食事の前に女神に祈りを捧げるしきたりがあるらしい。
ランフルアでは、食前に初代国王に日々の感謝を伝えるので、それと同じようなものなのだろう。

短く祈りを捧げてから、カトラリーを手に取って、静かに食事を始めた。
マナーがあるので、食事中に会話をかわすことは出来ないが、それでもひとりで食事をとるよりはずっと良い。
寂しいと、感じない。

いつもは緊張といたたまれなさで料理を味わうことも難しいが、今は美味しいと感じるだけの余裕があった。
バルコサミソースをかけた子羊のローストに、冷えたポタージュ、トマトとハーブの香草和えブルスケッタ。
レーベルトの王城勤めの料理人が作る料理はさすがの美味しさで、舌鼓を打つ。
ワインは苦手だが、ロディアス陛下が用意されたというものなら、私もまた口をつけるべきだろう。そう思い、グラスに手を伸ばした時だった。

ガシャン!と高い音が鳴った。

「……!?」

驚いて顔を上げると、険しい顔をしたロディアス陛下が皿をなぎ落としていた。
食事もまだ途中で、皿には料理が載ったままだ。
彼は口を押え、厳しい顔をしていたがすぐにナプキンで口元を拭うと立ち上がった。
息を飲むほど鋭い静寂が室内に広がる。
私もまた、食事の手を止めたままだった。

ロディアス陛下が、部屋の扉のそばに立つ近衛兵に命じた。

「料理人とこれを運んできたメイド、従僕。関わっている人間を全て拘束しろ。自害出来ないよう、猿轡をつけておけ」

「──」

その言葉に、目を見開いた。
料理人、メイド、従僕。

いや、それよりも何よりも──。
関わっている人間全て、ということは。
息を呑み、ただ固まっている私を見て、ロディアス陛下が尋ねた。

「エレメンデール、きみは酒に口を付けていないね?」

恐ろしく冷たい、氷のような声だった。
聞いているだけでひやりとする、感情らしい感情を感じさせない、そんな声音。
私は未だに状況を完全に把握できないまま、小さく頷いた。

「はい……」

「ならいい。きみはそれを口にしないように。毒が混入されてる」

「……!?」

ひゅっと息を飲む。
私を見て、ロディアス陛下が瞳を細めた。
その瞳に、猜疑心が見えたのは気のせいだろうか。
私を疑うような、探るような、そんな色が煌めいた気がした。

(……毒?何に?……お、酒?)

ハッとして酒を見る。
ぱちぱちと弾ける、スパークリングワイン。
これは……これは──。
陛下が用意されたもののはずだ。

(新しく造られたワインだから是非に、と勧められた、と──)
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