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一章
あなたを守れるだけの存在に
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幸い、銃弾は貫通していて体内には残っていなかった。
銃創が残るかもしれないと侍医に言われて、銃で穿たれたのなら当然だ、と静かに納得する。
しかし、隣で話を聞いていたロディアス陛下は違う思いを抱いたのか、とても深刻そうな顔をしていた。
身につけていた紺色のドレスは、想像以上に血が流れたことによりおびただしく色が変色していた。
色の濃くなった部分だけ、私の血が流れたということだろう。
私の太ももに巻かれている包帯は、本来なら侍医が手当を行うのだが、ロディアス陛下が手ずから行ってくれた。
怪我の処置には慣れている、と仰っただけあって手際が良い。
くるくると包帯が巻かれ、あっという間に留められ、処置はそれで済んだ。
「当たりどころが悪くなかったことだけは、よろしゅうございました。無論、王妃陛下がこのようなお怪我をされたこと自体、許されざることではございますが……あと少し、こちら側にずれていたら神経を傷つけていました。神経に触ると、たいへん苦労します。上手く足を動かすことも難儀し……いやはや、女神様の御加護ですな」
壮年の侍医は、噛み締めるようにして言った。
女神様の加護。レーベルトを守る女神様は、他国から来た人間である私まで救ってくれるのだろうか。そんなことをぼんやりと考えた。
とはいえ、場所が悪ければ後遺症が残ったという話はゾッとした。
あの時、飛び出したことを私は後悔していない。そうしなければあの銃弾は的確にロディアス陛下を穿っただろう。
彼の妃として、彼の妻として、彼の役に立てたことを誇らしく思う。
だけど──。
侍医が最後に化膿止めや鎮痛剤、解熱剤を処方してから部屋を去ると、部屋には静寂が訪れた。
ロディアス陛下は、この部屋に来てから──いや、私をここに運ぶ途中から、様子がおかしかった。
いつもより口数も少なく、なにか考え込むように無表情だ。
ふたりきりになった途端、空気が重たくなったように感じた。
誤魔化すように手を握っては開き、ゆっくりと口を開く。緊張のためか、くちびるは乾いていた。
「……申し訳ありません」
「…………」
彼はちらりと私を見た後、眉を寄せた。
気分を害したのだろう。
彼がこうもわかりやすい反応を見せるのは初めてだった。
つまり、それくらい、私は彼の不興を買ったのだ。
彼が気分を害する理由にはすぐに思い当たった。
私はソファの座面に視線を落としながら、静かに言葉を紡ぐ。
「結局……隠し通すことが出来ず、周囲に混乱を与えてしまいました」
「──」
彼はなにか言おうと口を開いたようだった。
だけどそれは言葉にならず、代わりに彼は髪をかき混ぜるようにしてぐしゃぐしゃとかいた。
彼にしては随分荒っぽい動作だ。
驚いてそちらを見ると、彼は長く細いため息を吐いた。
「僕は怒っていない。怒るはずがない。……いや、怒ってはいるか。でもそれはきみに対してじゃない。不甲斐ない自分に対してだ」
「そんなこと……!陛下は不甲斐なくなどありません。とてもご立派で」
「自分の妃に身を呈してまで守って貰える、|良(よ)い国王だ、って?」
「…………」
その言葉に、私は彼のプライドを傷つけたのだと知る。彼にとって、妻──臣下であり、女に身を守られることは屈辱に感じたのかもしれない。
さっと血の気が引く。
どうしよう。そこまでは考えていなかった。
出過ぎた真似だっただろうか。
でもあの時はそうするのがいちばん──。
私が呆然と言葉を失っていると、彼はまた私を見て「あーー」とやけに間延びした声を出した。
彼らしくない、飾り気のない声だ。
私は動揺して彼を見る。
ロディアス陛下は真っ直ぐに私を見ていた。
眉を寄せ、なにか言いたげな顔をしている。
傷ついているようにも見えるのは、私の気のせいだろうか。
「……ごめん。嫌な言い方をした。……庇ってくれてありがとう。まず最初に、これを言うべきだった」
「は、い……」
「でも、約束して欲しい。もう二度と、同じことはしないでほしい」
目の前が真っ暗になる。
示した存在証明を、私が私であっても許される理由を、取り上げられた気がした。
「……僕は、守られるだけの王にはなりたくないんだ。それを、よりにもよってきみに守られた。エレメンデール。これは政略結婚だったかもしれないけど、僕は本気できみを──」
そこで陛下は言葉を区切った。
そして、言葉に悩むように、迷うように。
静かに、だけどやや、つかえながら続けた。
「妃、として……遇しているし、きみを守りたいと思っている。その思いは真実だ。だからこそ、きみには守られていて欲しい。国のためではない。僕のために」
銃創が残るかもしれないと侍医に言われて、銃で穿たれたのなら当然だ、と静かに納得する。
しかし、隣で話を聞いていたロディアス陛下は違う思いを抱いたのか、とても深刻そうな顔をしていた。
身につけていた紺色のドレスは、想像以上に血が流れたことによりおびただしく色が変色していた。
色の濃くなった部分だけ、私の血が流れたということだろう。
私の太ももに巻かれている包帯は、本来なら侍医が手当を行うのだが、ロディアス陛下が手ずから行ってくれた。
怪我の処置には慣れている、と仰っただけあって手際が良い。
くるくると包帯が巻かれ、あっという間に留められ、処置はそれで済んだ。
「当たりどころが悪くなかったことだけは、よろしゅうございました。無論、王妃陛下がこのようなお怪我をされたこと自体、許されざることではございますが……あと少し、こちら側にずれていたら神経を傷つけていました。神経に触ると、たいへん苦労します。上手く足を動かすことも難儀し……いやはや、女神様の御加護ですな」
壮年の侍医は、噛み締めるようにして言った。
女神様の加護。レーベルトを守る女神様は、他国から来た人間である私まで救ってくれるのだろうか。そんなことをぼんやりと考えた。
とはいえ、場所が悪ければ後遺症が残ったという話はゾッとした。
あの時、飛び出したことを私は後悔していない。そうしなければあの銃弾は的確にロディアス陛下を穿っただろう。
彼の妃として、彼の妻として、彼の役に立てたことを誇らしく思う。
だけど──。
侍医が最後に化膿止めや鎮痛剤、解熱剤を処方してから部屋を去ると、部屋には静寂が訪れた。
ロディアス陛下は、この部屋に来てから──いや、私をここに運ぶ途中から、様子がおかしかった。
いつもより口数も少なく、なにか考え込むように無表情だ。
ふたりきりになった途端、空気が重たくなったように感じた。
誤魔化すように手を握っては開き、ゆっくりと口を開く。緊張のためか、くちびるは乾いていた。
「……申し訳ありません」
「…………」
彼はちらりと私を見た後、眉を寄せた。
気分を害したのだろう。
彼がこうもわかりやすい反応を見せるのは初めてだった。
つまり、それくらい、私は彼の不興を買ったのだ。
彼が気分を害する理由にはすぐに思い当たった。
私はソファの座面に視線を落としながら、静かに言葉を紡ぐ。
「結局……隠し通すことが出来ず、周囲に混乱を与えてしまいました」
「──」
彼はなにか言おうと口を開いたようだった。
だけどそれは言葉にならず、代わりに彼は髪をかき混ぜるようにしてぐしゃぐしゃとかいた。
彼にしては随分荒っぽい動作だ。
驚いてそちらを見ると、彼は長く細いため息を吐いた。
「僕は怒っていない。怒るはずがない。……いや、怒ってはいるか。でもそれはきみに対してじゃない。不甲斐ない自分に対してだ」
「そんなこと……!陛下は不甲斐なくなどありません。とてもご立派で」
「自分の妃に身を呈してまで守って貰える、|良(よ)い国王だ、って?」
「…………」
その言葉に、私は彼のプライドを傷つけたのだと知る。彼にとって、妻──臣下であり、女に身を守られることは屈辱に感じたのかもしれない。
さっと血の気が引く。
どうしよう。そこまでは考えていなかった。
出過ぎた真似だっただろうか。
でもあの時はそうするのがいちばん──。
私が呆然と言葉を失っていると、彼はまた私を見て「あーー」とやけに間延びした声を出した。
彼らしくない、飾り気のない声だ。
私は動揺して彼を見る。
ロディアス陛下は真っ直ぐに私を見ていた。
眉を寄せ、なにか言いたげな顔をしている。
傷ついているようにも見えるのは、私の気のせいだろうか。
「……ごめん。嫌な言い方をした。……庇ってくれてありがとう。まず最初に、これを言うべきだった」
「は、い……」
「でも、約束して欲しい。もう二度と、同じことはしないでほしい」
目の前が真っ暗になる。
示した存在証明を、私が私であっても許される理由を、取り上げられた気がした。
「……僕は、守られるだけの王にはなりたくないんだ。それを、よりにもよってきみに守られた。エレメンデール。これは政略結婚だったかもしれないけど、僕は本気できみを──」
そこで陛下は言葉を区切った。
そして、言葉に悩むように、迷うように。
静かに、だけどやや、つかえながら続けた。
「妃、として……遇しているし、きみを守りたいと思っている。その思いは真実だ。だからこそ、きみには守られていて欲しい。国のためではない。僕のために」
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