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一章
変化/緩やかな交わり ※R18
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その後、ロディアス陛下は宣言通りに早めに夜会を切り上げて、王妃の私室まで戻ってきた。
普段と比べると、かなり早い。
まだ必要な挨拶や社交があったのでは。
ベッドに寝かしつけられた状態のまま私がやきもきしていると、彼が笑って言った。
「ごめんね、遅くなってしまった」
困ったような、謝罪の色が浮かんだ声だった。
彼はそのまま今日はこの部屋で休むと言った。
いつもは国王夫妻の寝室で休息を取っているが、今日は私が王妃の私室にいるから彼もまた、この部屋で休むことを選択したのだろう。
その日は何もせずに寝た。
ただ、彼に後ろから抱きしめられ、彼の体温を服越しに感じた。
やんわりと胸の下に腕を回されて、抱き寄せられて、緩やかな眠りに包まれる。
彼は終始、私の怪我を案じていた。
もしかしたら、私が思った以上に彼に気を使わせてしまっているのかもしれない。
彼の中には明確に、妃は守るものだという考えがあるのかもしれない。
だとしたら、私の行いは返って彼の心を騒がせたことになる。
その考えに思い当たると、途端、罪悪感が胸を占めた。
彼が見せた、いつもとは異なる冷たい瞳だとか、低い声音だとかに、彼の本心が現れていたのだろうか。
(……次からは、できるだけ私も怪我をしないようにしましょう)
それか、彼に気付かれないように細心の注意を払うべきだ。彼の心をいたずらに騒がせたいわけではない。
だけど彼も、ロディアス陛下も──分かっているはずだ。
彼は、国王で、守られるべき立場の人間。
それは王妃である自分よりも重たいもののはずだ。
|妃(わたし)が|国王(かれ)を庇うこと。
それは、合理的で無駄がない選択のはずだ。
だからこそ彼も、私の行動を強く責めなかった。
これで正しい。
鎮痛剤が切れたのか、じくじくと痛みが腿を這い上がる。彼には気づかれないようにそっと目を閉じた。
彼は何も言わない。
私も、何もいわない。
ただ、静かな夜だった。
☆
その日から、ほんの少しだけ、だけど明確に変わったことがあった。
それは夜の──夫婦の時間で明らかになった。
今までの彼は、言葉にするのもとても恥ずかしいことだけれど──私を苛めて、追い詰めることを好んでいた。
私の反応が面白いのか、彼は瞳を細めて、乱れる私を見て楽しんでいたように思えた。
だけどあれ以来、いや、いつからかは明確ではない。
だけど夫婦の時間を過ごす際、いたずらに私を追い詰めるようなことはしなくなった。
その代わり彼は長く繋がることを望むようになった。快楽ではなく、肌のぬくもりを追うような、激しさはないけれどぬるま湯のような行為。
その日は新月だった。
月が隠れ、外は闇に覆われている。
サイドチェストに置かれた燭台の光がゆらゆらと揺れている。
蝋燭を継ぎ足したのは先程のように思えたのに、もう半分以上が溶けている。
彼は行為中、私と話をすることを好んだ。
激しさはない緩やかな交わりだからか、私も息を弾ませながらも、返答することが叶った。
五指を絡め、シーツに縫い付けられる。
なんてことない、他愛ない会話。
意味を持たない、談笑の延長。
およそ行為中にはふさわしくないのに、私はこの時間が何よりも好きだと思う。
彼は私の頬にくちびるを落としながら、何気ない言葉を口にした。
「きみの生まれはどこ?」
そのくちびるはゆっくりと下がり、顔の輪郭を確かめるようにして軽く吸い付いた。
ちゅ、と可愛らしい音がする。
はしたなくも、すっかり潤んだその部分は、彼を咥えこんでずいぶんな時が経過している。
既に彼は快楽を極めていて、なかには彼の子種が放たれている。
熱に浮かされながら私もまた、彼の言葉を聞いている。
汗と熱が燻るように肌を染める。
務めは既に果たされているはずだった。
だけど彼は体を離すようなことはせずに、そのままだった。
かといって、快楽を追うような真似はせず、時折思い出したように腰を動かすだけ。
その度に、くぐもった喘ぎ声が零れた。
また、弧を描くように腰が動く。
重たくも大きいものがそこを穿つ感覚に、声がこぼれた。
「ぁっ……ん、ぅ……っ」
「答えて」
耳元で彼が囁いた。
その声の優しさに、苦しいくらい胸が騒ぎ出す。
どうしてだろう。
どうしてなの。
彼にそうやって優しくされればされるほど。
彼が私を気遣う様を見れば見るほど。
その瞳にあたたかな色があると知るほどに。
──痛いくらい、悲しいくらい、泣きたくなる。
このまま彼に抱きついてしまいたかったし、縋ってしまいたい。
──私だけを愛して欲しい。
そんな、大それたことを願ってしまう。
彼の手が、彼のぬくもりが、彼の瞳が。
私だけに触れて、私だけに与えて。私だけを見てくれたなら──。
恐ろしい、と思う。
そんなことを考えてしまう自分が。
殺さなければならない。
排除しなければならない。
その感情は、【王妃】には不要なものだ。
普段と比べると、かなり早い。
まだ必要な挨拶や社交があったのでは。
ベッドに寝かしつけられた状態のまま私がやきもきしていると、彼が笑って言った。
「ごめんね、遅くなってしまった」
困ったような、謝罪の色が浮かんだ声だった。
彼はそのまま今日はこの部屋で休むと言った。
いつもは国王夫妻の寝室で休息を取っているが、今日は私が王妃の私室にいるから彼もまた、この部屋で休むことを選択したのだろう。
その日は何もせずに寝た。
ただ、彼に後ろから抱きしめられ、彼の体温を服越しに感じた。
やんわりと胸の下に腕を回されて、抱き寄せられて、緩やかな眠りに包まれる。
彼は終始、私の怪我を案じていた。
もしかしたら、私が思った以上に彼に気を使わせてしまっているのかもしれない。
彼の中には明確に、妃は守るものだという考えがあるのかもしれない。
だとしたら、私の行いは返って彼の心を騒がせたことになる。
その考えに思い当たると、途端、罪悪感が胸を占めた。
彼が見せた、いつもとは異なる冷たい瞳だとか、低い声音だとかに、彼の本心が現れていたのだろうか。
(……次からは、できるだけ私も怪我をしないようにしましょう)
それか、彼に気付かれないように細心の注意を払うべきだ。彼の心をいたずらに騒がせたいわけではない。
だけど彼も、ロディアス陛下も──分かっているはずだ。
彼は、国王で、守られるべき立場の人間。
それは王妃である自分よりも重たいもののはずだ。
|妃(わたし)が|国王(かれ)を庇うこと。
それは、合理的で無駄がない選択のはずだ。
だからこそ彼も、私の行動を強く責めなかった。
これで正しい。
鎮痛剤が切れたのか、じくじくと痛みが腿を這い上がる。彼には気づかれないようにそっと目を閉じた。
彼は何も言わない。
私も、何もいわない。
ただ、静かな夜だった。
☆
その日から、ほんの少しだけ、だけど明確に変わったことがあった。
それは夜の──夫婦の時間で明らかになった。
今までの彼は、言葉にするのもとても恥ずかしいことだけれど──私を苛めて、追い詰めることを好んでいた。
私の反応が面白いのか、彼は瞳を細めて、乱れる私を見て楽しんでいたように思えた。
だけどあれ以来、いや、いつからかは明確ではない。
だけど夫婦の時間を過ごす際、いたずらに私を追い詰めるようなことはしなくなった。
その代わり彼は長く繋がることを望むようになった。快楽ではなく、肌のぬくもりを追うような、激しさはないけれどぬるま湯のような行為。
その日は新月だった。
月が隠れ、外は闇に覆われている。
サイドチェストに置かれた燭台の光がゆらゆらと揺れている。
蝋燭を継ぎ足したのは先程のように思えたのに、もう半分以上が溶けている。
彼は行為中、私と話をすることを好んだ。
激しさはない緩やかな交わりだからか、私も息を弾ませながらも、返答することが叶った。
五指を絡め、シーツに縫い付けられる。
なんてことない、他愛ない会話。
意味を持たない、談笑の延長。
およそ行為中にはふさわしくないのに、私はこの時間が何よりも好きだと思う。
彼は私の頬にくちびるを落としながら、何気ない言葉を口にした。
「きみの生まれはどこ?」
そのくちびるはゆっくりと下がり、顔の輪郭を確かめるようにして軽く吸い付いた。
ちゅ、と可愛らしい音がする。
はしたなくも、すっかり潤んだその部分は、彼を咥えこんでずいぶんな時が経過している。
既に彼は快楽を極めていて、なかには彼の子種が放たれている。
熱に浮かされながら私もまた、彼の言葉を聞いている。
汗と熱が燻るように肌を染める。
務めは既に果たされているはずだった。
だけど彼は体を離すようなことはせずに、そのままだった。
かといって、快楽を追うような真似はせず、時折思い出したように腰を動かすだけ。
その度に、くぐもった喘ぎ声が零れた。
また、弧を描くように腰が動く。
重たくも大きいものがそこを穿つ感覚に、声がこぼれた。
「ぁっ……ん、ぅ……っ」
「答えて」
耳元で彼が囁いた。
その声の優しさに、苦しいくらい胸が騒ぎ出す。
どうしてだろう。
どうしてなの。
彼にそうやって優しくされればされるほど。
彼が私を気遣う様を見れば見るほど。
その瞳にあたたかな色があると知るほどに。
──痛いくらい、悲しいくらい、泣きたくなる。
このまま彼に抱きついてしまいたかったし、縋ってしまいたい。
──私だけを愛して欲しい。
そんな、大それたことを願ってしまう。
彼の手が、彼のぬくもりが、彼の瞳が。
私だけに触れて、私だけに与えて。私だけを見てくれたなら──。
恐ろしい、と思う。
そんなことを考えてしまう自分が。
殺さなければならない。
排除しなければならない。
その感情は、【王妃】には不要なものだ。
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