〈完結〉【書籍化&コミカライズ・取り下げ予定】毒を飲めと言われたので飲みました。

ごろごろみかん。

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2.捨てたのか、捨てられたのか

からかわれただけ

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図書館では、それらしい本はたくさん見つかったものの、肝心な情報は全く見当たらなかった。

唯一、それらしいものが見つかった本では。

【ウーティスの森──通称、禁忌の森。黄昏森】

……と書かれていた。

黄昏……?
夕方と何か関係がある?
机にハードカバーの本を広げ、静かに考え込む。
既に日は沈みかけている。
黄昏、とはまさに今のことを指すのだろう。

不自然にならないように背後の窓辺で護衛をしているルイスを振り返って、尋ねた。

「ルイス。今は夕暮れ時ね?」

突然、問いかけられた彼は少し驚いていた様子だったが、すぐに静かに頷いた。

「はい」

「黄昏時……とも呼ぶわね?」

「黄昏……」

そこで、彼がなにか思い出したように呟いた。

「ルイス?」

「……いえ、失礼しました。幼い頃、兄に言われたことを思い出しまして……」

ルイスの兄、ジェームズ・ツァイラーは、以前私の護衛騎士だった男だ。
だけど、ヘンリーに引き抜かれ、今はステラの護衛騎士になったと聞く。

彼が幼い頃の話をしたことで、私は彼に家を捨てさせてしまったことを再度痛感した。
ルイスはもう、ツァイラーの家に戻ることも、兄君と以前のように言葉を交わすこともできない。

彼は、近衛騎士を無断で脱退した。
ルイスは、王家に剣を捧げておきながら、王を裏切った。のだ。

彼を辛い立場に置いてしまったのは、私だ。
私には、彼の人生に責任がある。

私のこれからの人生は、私だけのものでは無い。
私には、ルイスに全てを捨ててさせてしまった責任がある──。

私は、決して気楽な立場ではない。
ルイスに全てを捨てさせてしまった責任を、取らなければ。

せめて、彼に何かを返したい。
それが何になるかまでは、今の私には答えられないけど──。

言葉の先を促すようにルイスを見ていると、彼は、ぽつりぽつりと言った。

「黄昏時は……誰そ彼あなたは誰という言葉が由来だそうです。その時間帯は、相手の顔が判別しにくいものですから」

「あなたは誰……」

【人惑わせの森】
【誰でもない森】
【禁忌の森】

そして──黄昏の森。

「……ウーティスの森では、相手が誰か、わからなくなる……?」

ローレンス殿下の言葉を、ふと思い出した。

『俺は、報告ではヴィクトワール側・・・・・・・・が、攻撃してくる、と聞いていた』

『人惑わせの森とは、ひとから真実を遠ざける森だ』

ウーティスの森では……味方が、誤って味方を攻撃してしまう、あるいは、錯乱して誰が味方か敵かも分からなくなってしまう……?

それが、ウーティスの森に充満している魔素の効果だとしたら。

沈黙していると、近くから大きな声が聞こえてきた。

「あんたたち、ウーティスの森について調べてんのかい!」

見れば、私の対面の椅子──机を挟んだ向こうに、ひとりの老婆がいた。
彼女は椅子に腰を下ろすと、私が広げている本を指さした。

「悪いことは言わない。あの森には近づきなさんな」

「……どういうことですか?」

警戒しながら、静かに尋ねる。
彼女は目を細めて私と、その後ろに立つルイスを見ると──。

「あんたたち、恋人かい」

「ハッ!?」

「いえ。違います」

驚きのあまり、素っ頓狂な声を出すルイスに、私は淡々と答えた。
いつも静かな彼の、こんな声を聞くのは私も初めてのことだ。
私とルイスがそれぞれ反応すると、老婆は何を理解したのか、うんうんと頷いた。

「いいねぇ、若いねぇ」

「兄妹です」

私が答えると、老婆は拍子抜けしたようにこちらを見る。

「ありゃ。そうなのかい、つまんないねぇ」

「それで……先程の話を聞かせてもらえませんか?ウーティスの森は、危ないのですか?」

「危ないも何も、あれはひとを惑わせる森だよ!!」

突然、彼女は怒鳴り出した。
それに目を瞬いていると、老婆はじっと私とルイスを交互に見つめ、言った。

「いいかい。例え兄妹だろうと、恋人だろうと、夫婦だろうと……何もかも分からなくなっちまうんだ。あそこには、妖精が住んでいる」

「よ、妖精?そんな存在は迷信じゃ……」

思わぬ単語が出てきて、思わず私は顔をひきつらせた。それに対し、老婆は分かっている、とでも言いたげに手を前に突き出した。

「ああ、そうさ。妖精なんてものはいない。だけど、あそこに入るとみんなどうにかなっちまう。それはほんとうだ。命が惜しいんなら、森には近寄らないことだね」

──そう言うと、彼女は去ってしまった。

私とルイスは顔を見合わせる。

そして、同時に口を開いた。

「こんなに離れているのに、恋人に見えるでしょうか……」
「あの森に、一体何があるのかしら……」

全く違うことを口にした私たちは、思わず互いを見つめ合った。
それから、何を口走ったのか自覚したのだろう。
ルイスが弁明するように言った。

「い、いえ!申し訳ありません。ただ、純粋に気になって。こんなに離れて立っているのに恋人に見えるだろうか?と。これではどう見ても友人か知人……といったところではありませんか?」

あまりに勢いよくまくし立てるので、少し気圧された。
正直、私はルイスの発言について何も思わなかったのだが、近衛騎士の職に長く就いていた彼は失言だと感じたのだろう。

確かに、今の私が王妃という立場なら彼の発言は問題があったのかもしれないけど──。
今の私は、ただのシャリゼ。何も持たない平民である。
だから、こんなに狼狽えなくとも……と思ったのだ。

「そ、そうね。つまらないと言っていたし、そうだったら面白いということじゃない?暇つぶしにされただけよ、私たち」

気遣うように言うと、ルイスは目を見開いた。

「そっ……」

そして、ルイスはふたたび固まった。
数秒してから、彼はようやく動き出す。
口元を手で隠し、ルイスは視線を逸らした。

「……そう、ですね。申し訳ありません。……取り乱しました」

どうやら、ようやく冷静になってくれたらしい。
ようやくいつもの彼に戻ってくれたようだ。

未だ、目元や耳は赤いが、指摘するのは可哀想だ。
私は、気付かなかったことにした。

「構わないわ。それより、森について、有力な発言を得たわ。ルイス。あの森には……なにかあるわ」


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