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3.何も変わっていない
果たすべき責任
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尋ねると、ローレンス殿下がまつ毛をはねあげる。
そして、思考するように沈黙し、視線を下げた。
「正直言うと、わからない。父上は、好戦的なひとでね。機会があれば、それを逃がさないと思う」
「そうですか……」
「だけど王位を継ぐ予定の兄は、温和な性格だ。無闇矢鱈に国力の増加を測るよりも、国の安寧に力を注ぎたいと、そういう考えを持っている」
「では──」
「だけど父が老いるのはずっと先だ。吸血鬼族は長生きなんだ。あと五十年くらいは現役だと思う」
「…………」
また、私は沈黙した。
もし、ほんとうにアルカーナ帝国の皇族の遺体を触媒にして結界を張っているのたとしたら。
それをアルカーナ帝国民が知ったら、間違いなく激怒することだろう。逆の立場でもそう思う。
ローレンス殿下は、吸血鬼ならではの感覚でそれは仕方ないと受け入れていたけれど、アルカーナ帝国民がみなその考え方とは言いきれない。
それに、やはり今の状況は──死者を冒涜するような現状は、正すべきだ、と強く思う。
発熱しているために荒い呼吸を繰り返す私を、ローレンス殿下が呼んだ。
「今は眠って、シャリゼ。すまない、今話すことではなかった」
私は首を横に振る。
今知ることが出来てよかった。
「俺はウーティスの森に行く」
「だけど、ウーティスの森には吸血鬼を排除するための結界があるのでしょう?」
尋ねると、ローレンス殿下は苦笑した。
「地下の罠を思いだして、シャリゼ。槍の先に神経毒が塗ってあったでしょう。吸血鬼は物理攻撃では死なないからね、ああやって足止めをするような細工が仕掛けられているのだと思う。だけど逆に考えれば、罠では吸血鬼を殺せないということだ。時間はかかるだろうけど、地下を踏破することは可能だと思う」
「……あなたは怪我をするのでしょう。それではだめよ」
思い出すのは、血まみれになって倒れ伏せているローレンス殿下の姿だった。
顔を強ばらせる私に、彼は首を傾げてみせた。
銀色の髪がさらりと揺れる。
彼は真っ直ぐに、静かに私を見つめていた。
「どうして?」
「どうしてって」
いくら死なないとはいっても、死ぬほど苦しい思いはするのでしょう?
それを知っているのに、どうして賛成すると思ったのだろう。
(ううん、違う。今話すべきことは……)
私はまつ毛を伏せ、息を細く吐いた。
「地下の探索は私も行きます。だからローレンス殿下、待っていてください」
ノアはきっと、王位を奪い取る。
民を先導し、ヘンリーを玉座から引き下ろし、彼自らがヴィクトワールの王となるだろう。
そうすることを、ノアはもう選んでいる。
(私は……それを見届けたい)
だから、せめてそれまで待って欲しい。
その思いで、私は彼の青の瞳をしっかりと見つめる。
ローレンス殿下は眉を寄せ、目を細めた。
困ったように、苦笑するように、労わるように、彼は言う。
「シャリゼ、あなたはあなたのすべきことをして」
彼の言葉に、私は頷いた。
「もちろんです。私はヴィクトワールの王妃だったものとして、この国の行く末を見届けます。ですから」
「その間に、俺も、アルカーナの皇子として果たすべき務めをこなす。だから、約束をしよう?」
「はい?約束?」
急に、約束、なんて言うので呆気に取られる。
ぽかんとした私に、ローレンス殿下が小指を差し出した。
「ヴィクトワールでは、約束をする時に小指を絡めるのでしょう。あなたが教えてくれたことだよ」
「……覚えていません。そしてなぜ、約束をする流れになってるのですか」
話を強引に進めるので目を細めて睨みつけると、ローレンス殿下が笑った。
「俺は、責任感が強く、真面目で、役目を果たそうと心身を捧げ、だけど非道にはなりきれないあなたが好きだよ」
「好──」
思いがけない言葉に、またしても私は目を瞬いた。その意味を推し量るより先に、ローレンス殿下が言う。
「そんなあなただから、俺もまた、自身の務めを……いや、俺のしかできないことをしようと思った。あなたが頑張るから、俺も頑張ろうと、そう思うんだ」
「話が……!ゴホッゲホッ……!ンンッ」
咄嗟に言ってすぐ、咳が出た。
たいぶ無理をしている自覚はある。
だけど、それでもこのまま、さようならはできそうにもない。
咳払いをひとつしてから、私はローレンス殿下に言った。
「話が読めません」
「あなたは病人だ。そろそろお暇するよ」
「話を聞いていただけますか?」
少し腹が立って強くいえば、ローレンス殿下が困った顔をする。
「……話はまた今度。ゼーネフェルダーのカントリーハウスの裏手に、パンジーの花畑があるでしょう。そこで会おう」
彼が、私の小指に自身の指を絡める。
約束、してないのに。
小指は結ばれてしまった。
「待っ──」
彼が、話を終わらせようとしている気配に気がついた私は思わず声をあげた。だけどその直後。
ぶわりと、どこからか強い風が吹く。
巻き上がる風に咄嗟に目を瞑る。
ふたたび目を開けた時には、もう彼の姿はなかった。
「…………」
代わりに、部屋には白の蝶が儚く飛んでいた。
蝶が羽ばたく度に鱗粉がきらきらと光を帯びているように見えた。
その蝶は──施錠されている窓ガラスにぶつかることなく、吸い込まれるようにその先へと消えていった。
(あの喋は……)
少し考えたけれど、もういないひとのことを考えても仕方ない。
言いたいことだけ言ってふらりとどこかへ行くのは、相変わらずだわ……。
そんなことを思って、ふと、疑問を覚えた。
(相変わら、ず……?)
引っかかった違和感に、胸がざわざわする。
ざらついた感覚を追う前に、私はベッドに崩れ落ちた。
……もう、気力を張るにも限界だったのだ。
そして、思考するように沈黙し、視線を下げた。
「正直言うと、わからない。父上は、好戦的なひとでね。機会があれば、それを逃がさないと思う」
「そうですか……」
「だけど王位を継ぐ予定の兄は、温和な性格だ。無闇矢鱈に国力の増加を測るよりも、国の安寧に力を注ぎたいと、そういう考えを持っている」
「では──」
「だけど父が老いるのはずっと先だ。吸血鬼族は長生きなんだ。あと五十年くらいは現役だと思う」
「…………」
また、私は沈黙した。
もし、ほんとうにアルカーナ帝国の皇族の遺体を触媒にして結界を張っているのたとしたら。
それをアルカーナ帝国民が知ったら、間違いなく激怒することだろう。逆の立場でもそう思う。
ローレンス殿下は、吸血鬼ならではの感覚でそれは仕方ないと受け入れていたけれど、アルカーナ帝国民がみなその考え方とは言いきれない。
それに、やはり今の状況は──死者を冒涜するような現状は、正すべきだ、と強く思う。
発熱しているために荒い呼吸を繰り返す私を、ローレンス殿下が呼んだ。
「今は眠って、シャリゼ。すまない、今話すことではなかった」
私は首を横に振る。
今知ることが出来てよかった。
「俺はウーティスの森に行く」
「だけど、ウーティスの森には吸血鬼を排除するための結界があるのでしょう?」
尋ねると、ローレンス殿下は苦笑した。
「地下の罠を思いだして、シャリゼ。槍の先に神経毒が塗ってあったでしょう。吸血鬼は物理攻撃では死なないからね、ああやって足止めをするような細工が仕掛けられているのだと思う。だけど逆に考えれば、罠では吸血鬼を殺せないということだ。時間はかかるだろうけど、地下を踏破することは可能だと思う」
「……あなたは怪我をするのでしょう。それではだめよ」
思い出すのは、血まみれになって倒れ伏せているローレンス殿下の姿だった。
顔を強ばらせる私に、彼は首を傾げてみせた。
銀色の髪がさらりと揺れる。
彼は真っ直ぐに、静かに私を見つめていた。
「どうして?」
「どうしてって」
いくら死なないとはいっても、死ぬほど苦しい思いはするのでしょう?
それを知っているのに、どうして賛成すると思ったのだろう。
(ううん、違う。今話すべきことは……)
私はまつ毛を伏せ、息を細く吐いた。
「地下の探索は私も行きます。だからローレンス殿下、待っていてください」
ノアはきっと、王位を奪い取る。
民を先導し、ヘンリーを玉座から引き下ろし、彼自らがヴィクトワールの王となるだろう。
そうすることを、ノアはもう選んでいる。
(私は……それを見届けたい)
だから、せめてそれまで待って欲しい。
その思いで、私は彼の青の瞳をしっかりと見つめる。
ローレンス殿下は眉を寄せ、目を細めた。
困ったように、苦笑するように、労わるように、彼は言う。
「シャリゼ、あなたはあなたのすべきことをして」
彼の言葉に、私は頷いた。
「もちろんです。私はヴィクトワールの王妃だったものとして、この国の行く末を見届けます。ですから」
「その間に、俺も、アルカーナの皇子として果たすべき務めをこなす。だから、約束をしよう?」
「はい?約束?」
急に、約束、なんて言うので呆気に取られる。
ぽかんとした私に、ローレンス殿下が小指を差し出した。
「ヴィクトワールでは、約束をする時に小指を絡めるのでしょう。あなたが教えてくれたことだよ」
「……覚えていません。そしてなぜ、約束をする流れになってるのですか」
話を強引に進めるので目を細めて睨みつけると、ローレンス殿下が笑った。
「俺は、責任感が強く、真面目で、役目を果たそうと心身を捧げ、だけど非道にはなりきれないあなたが好きだよ」
「好──」
思いがけない言葉に、またしても私は目を瞬いた。その意味を推し量るより先に、ローレンス殿下が言う。
「そんなあなただから、俺もまた、自身の務めを……いや、俺のしかできないことをしようと思った。あなたが頑張るから、俺も頑張ろうと、そう思うんだ」
「話が……!ゴホッゲホッ……!ンンッ」
咄嗟に言ってすぐ、咳が出た。
たいぶ無理をしている自覚はある。
だけど、それでもこのまま、さようならはできそうにもない。
咳払いをひとつしてから、私はローレンス殿下に言った。
「話が読めません」
「あなたは病人だ。そろそろお暇するよ」
「話を聞いていただけますか?」
少し腹が立って強くいえば、ローレンス殿下が困った顔をする。
「……話はまた今度。ゼーネフェルダーのカントリーハウスの裏手に、パンジーの花畑があるでしょう。そこで会おう」
彼が、私の小指に自身の指を絡める。
約束、してないのに。
小指は結ばれてしまった。
「待っ──」
彼が、話を終わらせようとしている気配に気がついた私は思わず声をあげた。だけどその直後。
ぶわりと、どこからか強い風が吹く。
巻き上がる風に咄嗟に目を瞑る。
ふたたび目を開けた時には、もう彼の姿はなかった。
「…………」
代わりに、部屋には白の蝶が儚く飛んでいた。
蝶が羽ばたく度に鱗粉がきらきらと光を帯びているように見えた。
その蝶は──施錠されている窓ガラスにぶつかることなく、吸い込まれるようにその先へと消えていった。
(あの喋は……)
少し考えたけれど、もういないひとのことを考えても仕方ない。
言いたいことだけ言ってふらりとどこかへ行くのは、相変わらずだわ……。
そんなことを思って、ふと、疑問を覚えた。
(相変わら、ず……?)
引っかかった違和感に、胸がざわざわする。
ざらついた感覚を追う前に、私はベッドに崩れ落ちた。
……もう、気力を張るにも限界だったのだ。
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