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〈前編〉
3.今の私にできること
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王都の外れに住むという薬師の話。
すぐにでも足を運びたいところだったけど、生憎、来週には今シーズン一の夜会が控えている。
王家主催の、夏の庭園舞踏会。
今シーズンでもっとも大きな夜会。
夏の庭園舞踏会の終わりが、夏の終わりだ。
シーズンの最後を代表する大きな夜会で、よっぽどの事が無い限り、貴族は必ず参加する。
その日、私は初めてマシューのエスコートではなく、お兄様のエスコートで、会場入りした。
マシューには、断りのカードを送った。
だけど、彼はきっと何とも思わないのだろう。
何をしても、私が嫌いになるとは思っていないのだから。
(……馬鹿にされたものね)
そして、悔しいことにきっとそれは正解だった。
私は初恋という呪いに囚われている。
私がこの呪縛から逃れられない限り──彼を拒絶することは、難しいのだろう。
なんて愚かで、なんて馬鹿馬鹿しい、私の初恋。
私の恋は、物語のように美しく、綺麗なものでは無いようだった。
お兄様に連れられて会場に入ると、必要な社交だけ交わして私は友人の元に行った。
私の友人であり、この国の王女でもあるオードリーは、私を見て、眉をしかめた。
「キャサリン……。あなた、どうしたの?何かあった?」
彼女は、夢を思わせるような、妖精のような容姿をしている。
ふわふわとした薄緑の髪。
きらきらと光る、薄青の瞳。
だけど、砂糖細工のような容姿とは裏腹に、はっきりとした物言いをする。
今も、訝しむように私を見ていた。
……お化粧は完璧。
メイドのリザが、気合い入れて取り掛かってくれたのだから。
そして、表情だって取り繕っていたはず。
(それなのに、なぜ気付かれてしまったのかしら……)
そんなに、酷い顔をしている?
でも、さっき、挨拶をした時は誰にも何も言われなかったわ。
公爵家の娘として相応しい振る舞いを出来たと自負している。
私は苦笑してオードリーに尋ねた。
「ごきげんよう、王女殿下。……私、そんなに酷い顔をしている?」
声を潜めて、フランクに彼女に尋ねた。
オードリーは、その宝石のように煌めいた青の瞳を見開き、唸った。
「酷い顔……というか。……元気が、なさそうに見えたから」
「そうかしら……」
「そうよ。いつものあなたはもっと溌剌としているわ。今のあなたは、まるで萎れてしまった花みたい。チューリップのように可愛らしいのがあなたの魅力だというのに。……水を与えず、枯らそうとしているのは、あの男ね?」
オードリーの言う【あの男】が誰かわかって、私はまた肩をすくめる。
今日は、いつもと違って禁欲的な、詰襟のデザインのドレスにした。
袖も、シンプルな形で、私の好きなフリルやリボンはついていない。
だってもう、可愛く着飾っても意味なんてないから。
見て欲しいひとに、見て欲しいと思えない。
オシャレを楽しみたいと思えなくなってしまった。
色だけは、年頃の娘なのだから、ということで白を纏っているけれど。
今宵の私は、まるで社交界デビューしたばかりの娘のよう。
(……マシューと会ったのも、社交界デビューした日の夜だった)
あの日、私がバルコニーに行ってしまったから、だから──。
そこまで考えた時。
背後から足音が聞こえてきた。
ハッとして振り向くと、そこには、どこかで見たことのある娘が立っていた。
長い黒髪をハーフアップにして、後れ毛を胸元に垂らしている。夏の日差しを浴び、反射する海の水面のように鮮やかな、青の瞳。
彼女は私を見てにっこり笑うと、言った。
「キャサリン様ですね?私、パメラ・パクストンと言います。パクストン伯爵家の次女です」
名前を聞いて、理解する。
彼女は──以前、私を見て、友人と笑いあっていた令嬢だ。
「答えなくていいわよ、キャサリン。紹介もなしに声をかけるなんて無作法、許してはだめよ」
オードリーは切り捨てるように言った。
通常、自分より位の高い人間に声をかける時は、必ず相手から声をかけられるか、あるいは紹介を挟まなければならない。
パメラはそのどちらもしなかったので、オードリーは軽蔑したのだろう。
王女の言葉を聞いたパメラは、目を丸くして、それからにっこり笑った。
まるで、全く堪えていないように。
「……あら?おかしいな……。マシューから聞いていないかしら」
「──」
「彼から、紹介を受けているでしょう?それなら無作法じゃないわ」
パメラはそう言うと、親しげに私に声をかけた。
「ねえ、キャサリン・キングスリー様。あなた──」
そして、彼女はそこで言葉を止めると、笑みを浮かべ、私を見た。
しかし、その瞳は決して笑っていない。
むしろ、睨みつけるような強い悪意を滲ませ、彼女は言った。
「彼を、解放してさしあげて?」
すぐにでも足を運びたいところだったけど、生憎、来週には今シーズン一の夜会が控えている。
王家主催の、夏の庭園舞踏会。
今シーズンでもっとも大きな夜会。
夏の庭園舞踏会の終わりが、夏の終わりだ。
シーズンの最後を代表する大きな夜会で、よっぽどの事が無い限り、貴族は必ず参加する。
その日、私は初めてマシューのエスコートではなく、お兄様のエスコートで、会場入りした。
マシューには、断りのカードを送った。
だけど、彼はきっと何とも思わないのだろう。
何をしても、私が嫌いになるとは思っていないのだから。
(……馬鹿にされたものね)
そして、悔しいことにきっとそれは正解だった。
私は初恋という呪いに囚われている。
私がこの呪縛から逃れられない限り──彼を拒絶することは、難しいのだろう。
なんて愚かで、なんて馬鹿馬鹿しい、私の初恋。
私の恋は、物語のように美しく、綺麗なものでは無いようだった。
お兄様に連れられて会場に入ると、必要な社交だけ交わして私は友人の元に行った。
私の友人であり、この国の王女でもあるオードリーは、私を見て、眉をしかめた。
「キャサリン……。あなた、どうしたの?何かあった?」
彼女は、夢を思わせるような、妖精のような容姿をしている。
ふわふわとした薄緑の髪。
きらきらと光る、薄青の瞳。
だけど、砂糖細工のような容姿とは裏腹に、はっきりとした物言いをする。
今も、訝しむように私を見ていた。
……お化粧は完璧。
メイドのリザが、気合い入れて取り掛かってくれたのだから。
そして、表情だって取り繕っていたはず。
(それなのに、なぜ気付かれてしまったのかしら……)
そんなに、酷い顔をしている?
でも、さっき、挨拶をした時は誰にも何も言われなかったわ。
公爵家の娘として相応しい振る舞いを出来たと自負している。
私は苦笑してオードリーに尋ねた。
「ごきげんよう、王女殿下。……私、そんなに酷い顔をしている?」
声を潜めて、フランクに彼女に尋ねた。
オードリーは、その宝石のように煌めいた青の瞳を見開き、唸った。
「酷い顔……というか。……元気が、なさそうに見えたから」
「そうかしら……」
「そうよ。いつものあなたはもっと溌剌としているわ。今のあなたは、まるで萎れてしまった花みたい。チューリップのように可愛らしいのがあなたの魅力だというのに。……水を与えず、枯らそうとしているのは、あの男ね?」
オードリーの言う【あの男】が誰かわかって、私はまた肩をすくめる。
今日は、いつもと違って禁欲的な、詰襟のデザインのドレスにした。
袖も、シンプルな形で、私の好きなフリルやリボンはついていない。
だってもう、可愛く着飾っても意味なんてないから。
見て欲しいひとに、見て欲しいと思えない。
オシャレを楽しみたいと思えなくなってしまった。
色だけは、年頃の娘なのだから、ということで白を纏っているけれど。
今宵の私は、まるで社交界デビューしたばかりの娘のよう。
(……マシューと会ったのも、社交界デビューした日の夜だった)
あの日、私がバルコニーに行ってしまったから、だから──。
そこまで考えた時。
背後から足音が聞こえてきた。
ハッとして振り向くと、そこには、どこかで見たことのある娘が立っていた。
長い黒髪をハーフアップにして、後れ毛を胸元に垂らしている。夏の日差しを浴び、反射する海の水面のように鮮やかな、青の瞳。
彼女は私を見てにっこり笑うと、言った。
「キャサリン様ですね?私、パメラ・パクストンと言います。パクストン伯爵家の次女です」
名前を聞いて、理解する。
彼女は──以前、私を見て、友人と笑いあっていた令嬢だ。
「答えなくていいわよ、キャサリン。紹介もなしに声をかけるなんて無作法、許してはだめよ」
オードリーは切り捨てるように言った。
通常、自分より位の高い人間に声をかける時は、必ず相手から声をかけられるか、あるいは紹介を挟まなければならない。
パメラはそのどちらもしなかったので、オードリーは軽蔑したのだろう。
王女の言葉を聞いたパメラは、目を丸くして、それからにっこり笑った。
まるで、全く堪えていないように。
「……あら?おかしいな……。マシューから聞いていないかしら」
「──」
「彼から、紹介を受けているでしょう?それなら無作法じゃないわ」
パメラはそう言うと、親しげに私に声をかけた。
「ねえ、キャサリン・キングスリー様。あなた──」
そして、彼女はそこで言葉を止めると、笑みを浮かべ、私を見た。
しかし、その瞳は決して笑っていない。
むしろ、睨みつけるような強い悪意を滲ませ、彼女は言った。
「彼を、解放してさしあげて?」
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