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舞踏会
しおりを挟むロザリアの前ではいつも通り控えめで何も言えない姉を演じながら、ミレイユは少しずつその日のための準備を始めた。
全てを失ったミレイユに今、怖いものは何も無い。本当に怖いのは失うものがないひととはよく言ったものだわ、とミレイユは自身を棚に上げて呟いた。
ミレイユが男に乱暴されそうになった舞踏会はもう明日に迫っていた。明日の舞踏会はシャーマン公爵夫人が開く大々的なもので、彼女の趣味によりオペラで名を博す女優も何名か呼ばれているらしい。貴族の大半は女優を見下しているが、女優としてはこの機会にパトロンを得ようと躍起になるだろう。
ミレイユは過去の記憶を引っ張り出すと憂鬱そうにため息をついた。
パタン、と化粧箱を閉じる。鏡に映る自分はやはり覇気がない。意図せず笑みを作ればどこか不気味に思えて仕方なかった。
流行りとは全くの無縁である地味なドレスを着ようとするが、ドレスの形上どうしてもひとりでは着ることができない。ミレイユには使用人がついてないので、今までは釣り針を細工して何とか着ていたものの、彼女はふとこの前話してユンヴィーノのことを思い出した。彼を呼べばいいのではないかと思ったのだ。
彼と話したのは初めてだし、どころかミレイユもまた彼を意識したのは今回が初めてだった。彼に言った、優しい喋り方云々はてきとうで、彼に纏わる記憶などミレイユは持っていない。
ミレイユは着かけたドレスを一度脱ぐと、それを椅子の背もたれに投げ捨てて、彼を探すことにした。
ユンヴィーノはすぐに見つかった。
彼はシーツの交換をしている最中だったようだ。仕事中だが、それに構わずミレイユは彼に用件を切り出した。
「着替えを手伝って欲しくて」
この前話した通りだと、ユンヴィーノは大人しくて庇護欲そそる娘に弱いと見た。お人好しなのだろう。ただ、保身のためにミレイユとは関わり合いになりたいとは思っていない。
ミレイユの言葉にユンヴィーノは怪訝な顔をした。
「俺が、ですか?」
「ええ。お願い。頼めないかしら……?私一人じゃ着れないの」
「ですが……」
「今なら誰もいないわ。皆、ロザリアと奥様のお世話につきっきりだもの」
「………」
「私、ドレスを着ることがてきなければ舞踏会に行くことも出来ないわ……」
不安そうな声を出せば、ユンヴィーノは躊躇ったような顔をしたものの、観念したように答えた。
「……手短にお願いします」
「分かってるわ」
ユンヴィーノは未だに迷うような顔をしていたが、ミレイユが手を引けばすぐに彼女の後を追った。想像通りだ。最初からあたりを引けたことにミレイユは心底安心した。
◆◆◆
ミレイユがドレスを着て階下に向かえば、既にロザリアと夫人の姿があった。ふたりはこれでもかと派手で豪華なドレスを身につけていた。もはや孔雀のようだ。
ふとミレイユは、オスの孔雀はメスにアプローチする時に羽を広げるのだっけ、と思い出した。今のふたりを見るに、異性へのアプローチというところは間違っていない。
「まあ、なんて地味なドレスなの。連れて歩く私の身にもなって」
「いいじゃない。ロザリア。卑しい娘にはピッタリだわ」
確かにミレイユの着るそれは普段着はおろか、部屋着ですら着用を躊躇うほどの地味さだった。何より、ワンピースのような形のそれは貴族令嬢として着ることは滅多にない。あるとすれば丈長のビスチェくらいだろうか。
場違いにも程があるしみったれたドレスを着る羽目になるミレイユはいつも会場で嘲笑の的である。
ミレイユはふたりの罵倒に殺意が込み上げてきたが、今だけの我慢だと怒りを飲み込んだ。
ここで殺しても、ミレイユは家族殺しとして罰を受けるだけだ。そうではない。
もっと、上手くやりたいのだ。
馬車の到着を知らせる声がして、ふたりはミレイユを一瞥すると先に出ていった。
家主である公爵は既に城に向かっている。ミレイユもまた、みすぼらしいドレスのまま、玄関を抜けると馬車へと向かった。
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