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祈りの魔法 ⑶
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「た、たしかに言われてみればそうも見えるかも……。え、それあいつに言ったの?」
「魔物かと尋ねたことはあります。……最初にあった時に」
「初対面で!?きみ、すごいね!?その時のあいつの顔が見てみたかったな、よっぽど間抜けな顔してたんじゃない?」
「どうでしょう……驚いていたとは思いますが」
思えば、彼があんなに驚いていたのは後にも先にも初めてだった気がする。リズが考えながら答えると、アスベストは笑いのあまりヒーヒー言いながら、近くを通った従僕を捕まえてグラスをとった。笑い疲れて喉が渇いたのだろう。グラスを一息に煽った彼は、琥珀色の瞳をリズに向けた。その瞳が先程よりもずいぶん打ち解けているように感じるのは、リズの勘違いだろうか。
「リズレイン・リーズリー公爵令嬢。ヴェートルがきみを気に入った理由が分かった気がしたよ」
「ありがとうございます……?」
「でも、だからこそビビアンには気をつけて。あいつは蛇みたいな女だからね。ヴェートルはてきとうにあしらってるけど、粘着質で執着深い。彼女と顔を合わせたら逃げるが勝ちだ。いいことなんてひとつもない」
そういうアスベストは、彼女にいい思い出がないのか眉を寄せて吐き捨てるように言った。
たしかに、快活としたアスベストと、ビビアンが彼の言う通りの性格であれば相性は良くなさそうだ。リズがアスベストの助言に頷いていると、遠目に見慣れた紺色のサーコートが見えた。魔術師は数が少ないため、とても目立つ。ぱっと顔を明るくさせた彼女に、アスベストもヴェートルが戻ってきたことに気がついたのだろう。
苦笑して彼も振り返り、リズの視線の先を見る。
「本当に早いお戻りだな。よっぽどきみが心配だったのかもね」
言われたリズは頬を赤くした。
そんなに頼りなく見えるだろうか。
リズはちょっとやそっとのことではへこたれない図太い精神を持っているし、いじめられても泣くどころか復讐を企む不屈の心をしているがヴェートルにはリズがか弱い令嬢に見えるのだろうか……と、そこまで考えてリズは眉を寄せた。
(まさか私がなにかやらかす前に早く戻らなきゃ……って考えてるんじゃないわよね……)
どちらかというとそっちの方がしっくりきて、納得出来てしまう。
リズは父公爵と同じように、リズの強気すぎる性格をヴェートルが案じているのかもしれないと思い、ため息を禁じえなかった。
(お父様もヴェートル様ももう少し私を信じて欲しいものだわ)
今思えば、令嬢たちの会話が凍りついたのは、ビビアンの存在を知った上で迎え撃つような反応を示したリズに恐れたのだろう。
実際リズは勝気な見た目も手伝って、とても強そうな娘に見える。攻撃的な態度を取ったと受け取った令嬢たちは、リズを怖い人として評価を定めたに違いない。
初めてのデビュタントは大きな失敗は特になく、満足感を胸にリズは邸宅に戻ってきた。アスベストに死神のように言われ、彼が恐れていたビビアンはあの日の夜会は欠席していたようで顔を合わせることなく済んだのは幸いだっただろう。
ヴェートルに想いを寄せる苛烈な令嬢など、似たような属性のリズとは相性が悪いに決まっている。
それから、半年もしないうちにヴェートルとリズの婚約の話が持ち上がった。
リズのデビュタントをエスコートし、ファーストダンスの相手も務めたヴェートルを社交界は、彼をリズの婚約者として見たし、自然リーズリー公爵もベロルニア公爵もそのつもりで動いていた。
リズは彼が婚約者となり、いずれ夫になればと夢見ていたのもあり、当然婚約の話に反対することはなく、ヴェートルもこの話を承知しているのだろう。彼が拒否することもなかった。
リズのデビュタントのエスコートを務めると彼が言った時から、彼女たちの関係は決まっていたようなものだ。
それに、デビュタントの夜だけでない。
あれからリズは夜会に参加する時は必ずヴェートルと共に参加していた。もちろん、リズの強い希望で。
元々魔術師として多忙の彼はあまり夜会に訪れることはないようで、彼の出席に合わせたリズも自然、夜会の出席率は落ちていたが夜会が得意ではないと判じたリズには願ったり叶ったりだ。
出席率は低いが、リズは持ち前の図太さと多少のことでは揺るがない強い精神を持っているので、社交界で居場所を築くことも難しくはなかった。
そしてついに、互いの当主が揃い、婚約が正式に結ばれた日。
その日はあまりの嬉しさにリズはなかなか眠りにつけなかった。
それから半年もしないうちに、ベロルニア公爵──ヴェートルの父が病に倒れ、ヴェートルはベロルニア公爵の名を十七の齢で引き継いだ。
若き公爵の誕生だ。
ベロルニアには、ヴェートル以外に直系の子はいない。早く次代を成すことを強いられた彼は、リーズリー公爵と相談の上、リズとの婚約期間を短くすることに決めた。
本来ならリズが十九の時に結婚式を行う予定だったのだが、十七歳まで引き下げられたのだ。
結婚まであと一年ほど。
リズが十六の誕生日を迎え、結婚まであと半年となった頃。
ヴェートルはいつものようにリーズリー公爵家を訪れた。
「魔物かと尋ねたことはあります。……最初にあった時に」
「初対面で!?きみ、すごいね!?その時のあいつの顔が見てみたかったな、よっぽど間抜けな顔してたんじゃない?」
「どうでしょう……驚いていたとは思いますが」
思えば、彼があんなに驚いていたのは後にも先にも初めてだった気がする。リズが考えながら答えると、アスベストは笑いのあまりヒーヒー言いながら、近くを通った従僕を捕まえてグラスをとった。笑い疲れて喉が渇いたのだろう。グラスを一息に煽った彼は、琥珀色の瞳をリズに向けた。その瞳が先程よりもずいぶん打ち解けているように感じるのは、リズの勘違いだろうか。
「リズレイン・リーズリー公爵令嬢。ヴェートルがきみを気に入った理由が分かった気がしたよ」
「ありがとうございます……?」
「でも、だからこそビビアンには気をつけて。あいつは蛇みたいな女だからね。ヴェートルはてきとうにあしらってるけど、粘着質で執着深い。彼女と顔を合わせたら逃げるが勝ちだ。いいことなんてひとつもない」
そういうアスベストは、彼女にいい思い出がないのか眉を寄せて吐き捨てるように言った。
たしかに、快活としたアスベストと、ビビアンが彼の言う通りの性格であれば相性は良くなさそうだ。リズがアスベストの助言に頷いていると、遠目に見慣れた紺色のサーコートが見えた。魔術師は数が少ないため、とても目立つ。ぱっと顔を明るくさせた彼女に、アスベストもヴェートルが戻ってきたことに気がついたのだろう。
苦笑して彼も振り返り、リズの視線の先を見る。
「本当に早いお戻りだな。よっぽどきみが心配だったのかもね」
言われたリズは頬を赤くした。
そんなに頼りなく見えるだろうか。
リズはちょっとやそっとのことではへこたれない図太い精神を持っているし、いじめられても泣くどころか復讐を企む不屈の心をしているがヴェートルにはリズがか弱い令嬢に見えるのだろうか……と、そこまで考えてリズは眉を寄せた。
(まさか私がなにかやらかす前に早く戻らなきゃ……って考えてるんじゃないわよね……)
どちらかというとそっちの方がしっくりきて、納得出来てしまう。
リズは父公爵と同じように、リズの強気すぎる性格をヴェートルが案じているのかもしれないと思い、ため息を禁じえなかった。
(お父様もヴェートル様ももう少し私を信じて欲しいものだわ)
今思えば、令嬢たちの会話が凍りついたのは、ビビアンの存在を知った上で迎え撃つような反応を示したリズに恐れたのだろう。
実際リズは勝気な見た目も手伝って、とても強そうな娘に見える。攻撃的な態度を取ったと受け取った令嬢たちは、リズを怖い人として評価を定めたに違いない。
初めてのデビュタントは大きな失敗は特になく、満足感を胸にリズは邸宅に戻ってきた。アスベストに死神のように言われ、彼が恐れていたビビアンはあの日の夜会は欠席していたようで顔を合わせることなく済んだのは幸いだっただろう。
ヴェートルに想いを寄せる苛烈な令嬢など、似たような属性のリズとは相性が悪いに決まっている。
それから、半年もしないうちにヴェートルとリズの婚約の話が持ち上がった。
リズのデビュタントをエスコートし、ファーストダンスの相手も務めたヴェートルを社交界は、彼をリズの婚約者として見たし、自然リーズリー公爵もベロルニア公爵もそのつもりで動いていた。
リズは彼が婚約者となり、いずれ夫になればと夢見ていたのもあり、当然婚約の話に反対することはなく、ヴェートルもこの話を承知しているのだろう。彼が拒否することもなかった。
リズのデビュタントのエスコートを務めると彼が言った時から、彼女たちの関係は決まっていたようなものだ。
それに、デビュタントの夜だけでない。
あれからリズは夜会に参加する時は必ずヴェートルと共に参加していた。もちろん、リズの強い希望で。
元々魔術師として多忙の彼はあまり夜会に訪れることはないようで、彼の出席に合わせたリズも自然、夜会の出席率は落ちていたが夜会が得意ではないと判じたリズには願ったり叶ったりだ。
出席率は低いが、リズは持ち前の図太さと多少のことでは揺るがない強い精神を持っているので、社交界で居場所を築くことも難しくはなかった。
そしてついに、互いの当主が揃い、婚約が正式に結ばれた日。
その日はあまりの嬉しさにリズはなかなか眠りにつけなかった。
それから半年もしないうちに、ベロルニア公爵──ヴェートルの父が病に倒れ、ヴェートルはベロルニア公爵の名を十七の齢で引き継いだ。
若き公爵の誕生だ。
ベロルニアには、ヴェートル以外に直系の子はいない。早く次代を成すことを強いられた彼は、リーズリー公爵と相談の上、リズとの婚約期間を短くすることに決めた。
本来ならリズが十九の時に結婚式を行う予定だったのだが、十七歳まで引き下げられたのだ。
結婚まであと一年ほど。
リズが十六の誕生日を迎え、結婚まであと半年となった頃。
ヴェートルはいつものようにリーズリー公爵家を訪れた。
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