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第二章・監国の王女

180.皇太子の誕生日3

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「帝国が太陽、氷城が主、エリドル・ヘル・フォーロイト皇帝陛下のご入場になります!!」

 昨日私がされたような宣誓と共に、入口から向かって奥にある皇帝専用の入口から皇帝が姿を見せた。
 会場にいる者達は、皆がその姿を目にして戦慄する。圧倒的な威圧。息をする事さえ許されないような、そんな圧倒的オーラに誰もが固唾を飲む。

「……──皇太子、フリードル・ヘル・フォーロイトの誕生パーティーによくぞ来た。心ゆくままに楽しむといい」

 ゆっくりと開かれた皇帝の口。皇帝がおもむろに階段を降り始めると、会場にいた者達が「ワァーーーッ!」と大歓声をあげた。
 こういうパーティーに出るのは初めてなのだが、いつもこうなんだろうか。皇帝直々に楽しむよう言われただけで、誰もが大喜びである。
 ちょっとノリに着いていけないな………と気後れしていると、気がついたら皇帝が目の前までやって来ていた。
 その冷酷な瞳で見下され、私の体はビクリとも動かなくなった。心の奥底から感じる恐怖。その存在に対する様々な感情が渦潮のように心を抉り、混ざりゆく。

「フリードル。この先も我が後継者として恥じぬ働きを見せよ。お前の価値を示せ」
「はい。必ずや父上の期待にお応えしてみせます」

 顔も上げられず、俯いたまま固まる私の体。
 だけど。緑の竜ナトラに始めて会った時に比べると、呼吸はまだ出来ている──いいやそれどころか、段々体の自由が効くようになって来た。
 それよりも、どういう事? 確かに体は恐怖を覚えているのに………どうしてか、この人への愛情を全然感じない。
 フリードルに会う時は、いつもアミレスの持つ彼への愛情を感じていた。なのに、どうしてこの人には感じないんだ? アミレスは、あんなにも父親を愛しているのに──。

「挨拶一つも満足に出来ぬか。まこと愚鈍な奴よな」

 小さく舌打ちをして、皇帝はパーティー会場を去った。その後フリードルは侮蔑の視線をこちらに向け、招待客達の対応に移った。
 そして。そこに取り残された私はと言うと。

「……っ! こわ、かった……ぁ!!」
「大丈夫ですか、王女殿下!」

 緊張の糸が切れ、足に力が入らなくなる。フラリと倒れてしまいそうな所をイリオーデが支えてくれて、何とか立てている状況だった。

「お疲れ様です、王女殿下。よく頑張られましたね……どこか静かな場所で休みましょう。とても、顔色が悪いので」

 余裕が無くて、私は頷く事しか出来なかった。
 イリオーデに支えられるようにして歩き、近くのテラスに出た。そこにはベンチがあったので、それに腰掛け、息を整える。
 イリオーデは何か飲み物を取ってくると言って一瞬姿を消し、そしてすぐに戻って来た。
 彼から手渡されたジョーヌベリーのジュースを飲み、少し休んだからか顔色も良くなったらしい。イリオーデが安心した顔になっている。

「その、ごめんね。迷惑……というか、心配かけちゃって。思ってたよりも、ずっと………お父様に会う事が、怖かったみたい」

 何とか笑顔を作るも、イリオーデはその顔に影を落すだけで。

「第三者である私が『仕方の無い事』などと知ったように全てを語る事は出来ませんが……これだけは。王女殿下が抱かれた恐怖というものは、王女殿下のみが抱くものではないのです。あの場にいた者達全てが、等しくかの御方への恐怖を抱いた事でしょう」

 グラスを握る私の手に一回りも大きい手のひらを重ねて、イリオーデは小さく微笑んだ。

「なので、そう思い詰めないで下さい。貴女様だけではないのです。なので、その事で思い詰めるぐらいなら私に吐き出して下さい。その為の私です。その為の、貴女様だけの騎士なのですから」
「………うん。ありがとう、イリオーデ。お父様の事も、あまり深くは考えないようにするね」

 優しく寄り添ってくれたイリオーデのお陰もあって、精神面も程よく回復。心が弱いなら弱いなりに工夫していかないとね、とまた新たな学びを得た。
 例えばイリオーデの言ったように誰かに愚痴るとか、そもそも気にしないようにするとか。出来るかどうかは別として、予め逃げ道を用意しておくのはいいかもしれない。
 メンタルよわよわだからなぁ、私。ハハハ……と情けない笑いをこぼす。
 そうやって夜風に当たり、気分転換にイリオーデと話していた時だった。

「田舎者の癖に出しゃばるんじゃねぇ!」
「俺達は別に田舎者って訳じゃ………っ」
「はぁ? 田舎者は田舎者だろう。頭に筋肉しか詰まってない野蛮な戦闘民族は森にでも住んでろ!」
「ッ! お前………っ!!」
「あぁ? やんのかテメェ!」

 テラスの下の方から二人の男の言い合いが聞こえて来た。手すりから身を乗り出してみると、確かに下の方に人影が見えて………、

「殴るなら殴ってみろよ、出来ねぇんだろ? 野蛮な戦闘民族サマは帝都で暴力沙汰を起こせねぇもんなぁ?」
「っ!」

 粗暴な口調の男がもう一人の男の胸ぐらに掴みかかる。しかし、胸ぐらを掴まれた男は反撃するように見えない。
 あれ、もしかしてこのままだとあの人殴られてしまうのでは? 皇太子の誕生パーティーで暴力沙汰を見過ごした、とか絶対後で文句言われるやつよね。
 ……仕方ないか。

「イリオーデ、グラス持ってて」
「お、王女殿下? 一体何を……!?」

 二階相当の高さ…………多分いけるわ、これ。下手したら足折れそうだけど、まぁ、いいか。

「じゃあちょっと行ってくるからここで待ってて」

 ギョッとしているイリオーデを置いて、私は華麗にテラスから飛び降りる。それと同時に「待ちなさい!」と叫ぶと、男達はこちらを見て目を点にしていた。
 タァンッ!! と盛大にヒールを鳴らし、ドレスをふわりと膨らませて着地する。あ、足ちょっと痺れたかも。

「あん、たは……っ?!」
「──王女、殿下」

 何事も無かったように立ち上がる私を見て、男達は顔を青くする。
 ………というか待ちなさい、この胸ぐらを掴まれていた男の顔……凄く見覚えがあるんだけど。言われてみればさっきの話声だって面影があるというか、よくよく考えたら確かに似ていたというか。
 いやもし仮にこの男が彼なのだとして、何故今ここにいる? 彼が帝都に来るのは一年とか二年とか後の話でしょう?
 いやでも今日はフリードルの誕生パーティーだ。彼が招待されて来ていたとしてもおかしくはない。
 とにかく彼等から話を聞かないと。

「騒ぎを聞きつけて来たのだけど………一体どういう了見で、わたくしのお兄様の誕生パーティーに暴力沙汰を起こそうとしているのかしら?」

 我がお得意技、責任転嫁──もとい大きめの主語を使用する。毎度の事ながら、フリードルを主語にするだけで事の進み具合に雲泥の差が生まれるのだ。
 そして、まず粗暴な男が大袈裟に語り始めた。

「おれはトバリーチェ伯爵家の次男、ロンリー・トバリーチェです。高貴なる皇太子殿下の誕生パーティーにそこの野蛮な田舎者が侵入しようとしていたので、注意した所を逆上されたんですよ!」

 それを聞いたもう一人の男が、「っ! だから俺達は野蛮じゃ……!!」と反論するも、トバリーチェはその姿を嘲笑い、相手にしない。
 馬鹿なのかしら、この男。あそこの事を何も知らないのね。

「ではそちらの貴方は?」

 両方の言い分を聞こうと、次はもう一人の彼に話を振る。彼は悔しげに眉を顰めてポツリポツリと話し始めた。

「俺は、レオナード・サー・テンディジェルです。普通に会場に入ろうとしたら突然この人に絡まれて……酷い誹謗中傷を受けていたところでした」

 やはり。彼は──後にフリードルの側近となる男、レオナードだ。ゲームで見た姿よりも少しだけ幼く見えるが、大まかな姿は変わらない。
 フリードルの誕生日をお祝いする為に来たのかな。

「はぁ…………呆れたわ。まさかお前はディジェル大公領の事を何も知らずに彼を謗っていたというのか」
「え?」

 額に手を当ててわざとらしく項垂れてみると、トバリーチェにとってこれは予想外の流れなのか、目を白黒させていた。

「ディジェル大公領は別名、妖精に祝福された地。そして我が帝国を守る為、日夜奮闘する誇り高き帝国の盾──…それをお前は、野蛮な田舎者などと揶揄するか」

 フォーロイト帝国が白の山脈から来る魔物達に脅かされる事無く平和に過ごせているのは、間違いなくディジェル大公領の存在あってのもの。
 感謝こそすれど馬鹿にするなど以ての外。帝国貴族として恥ずべき事よ。

「彼はそのディジェル大公領を導く聡明な領主一族の若き天才。彼程の逸材が野蛮な田舎者などと呼ばれるのであれば……お前は何の価値も無いゴミ以下よ。恥を知れ」
「なっ……!?」

 罵倒されたトバリーチェの顔は怒りから真っ赤になる。
 やっぱり私、意外とこういうの向いてるのでは。遺憾ではあるものの、ちゃんとあの皇帝の血が流れてるのでは?

「分かったのであれば、疾く公子に謝罪し、早急にここを立ち去れ。お前のような者に、お兄様の誕生パーティーに参加する資格など無い」
「…っ、クソ! 悪かったな!!」

 子供かしら? そんな捨て台詞のような言い方で何故謝罪が成り立つと思ったんだろう。
 トバリーチェを睨んでみると、彼はビクッと肩を跳ねさせて脱兎のように逃げ出した。顔と名前は覚えたから後でまた罰しようと思えば出来るが……ここは一応レオナードに確認しよう。

「あの程度の謝罪で良かったのですか、公子? 必要があればあの者に更なる謝罪をさせますが」
「えっ、いや………その、大丈夫です。気を配って下さりありがとうございます、王女殿下」
「気を配ってなどないわ。わたくしはただ、日々わたくしどもの為に戦うディジェル大公領の者達が蔑ろにされる事が、耐えられなかっただけですから」
「……そう、ですか。我々の事をそんな風に仰って下さったのは、王女殿下が初めてです」

 レオナードはあどけない笑顔を浮かべた。ゲームで見た時よりもずっと自然で、ありのままの姿と言うべき明るい笑顔。
 内乱で妹を亡くした失意の中、無理やり登城させられた"彼"とは違う、まだ翳りのない眩しい笑顔。守らないとな、この笑顔を。

「では、人を待たせておりますのでわたくしはこの辺りで。今宵は我が国で最も煌びやかな夢の一夜……心ゆくままに、どうぞ楽しんでいって下さいまし」

 笑みを浮かべたままドレスを摘み、私は優雅に一礼する。
 折角、遠路遥々大公領から帝都まで来てくれたんだもの………可能な限り楽しんでいって貰いたいと思う事は、当然の事だ。
 そして、私はその場を後にした。登ろうと思えばテラスまで登れない事もないのだけど、流石にレオナードの前でそれはちょっと。
 仕方なく会場の正面入り口に向かい、わざわざ全反射を使って姿を隠し、こっそりと会場に入る。そして人にぶつからぬよう細心の注意を払いつつテラスに出て──全反射を解除する。

「はぁ……疲れた」

 久々の全反射に疲弊し、ふぅ、と一息つく。

「っ、王女殿下!! 何故、あのような無茶を……!?」
「えーっと、飛び降りた方が早いから? でも大丈夫よ、怪我はしてないから」
「そういう問題ではないのです! 何故、貴女様はそういつもいつも全て御自身で何とかしようと動かれるのですか!!」

 イリオーデは珍しく、とても怒っていた。それと同時にとても心配してくれたらしい。
 その後も暫くその場で説教され、ハイラ達が私を捜しに来るまでそれは続いた。しかし、イリオーデから話を聞いたハイラとマクベスタが説教を再開したのだ。
 お陰様でもう本当に耳が痛い。しかも、何故か最終的に反省文まで書く事になった。つらいです。
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