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第四章・興国の王女
295.ある兄妹の冷戦2
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「……ジェーン。あの女はいつ頃帰って来るんだったか」
何やら波乱に満ちていたというディジェル領の一件。それに巻き込まれたあの女がいつ頃帝都に戻るのかと、ジェーンに確認する。
ジェーンは玩具を見つけた猫のようにニンマリと笑って、
「下旬頃かと。三月の頭……雪が溶ける前に、雪花宮の温室でお茶会と洒落こみます?」
謎の企画書を見せてきた。一体こんなものいつ何の為に用意したんだと眉を顰めたくなるような、僕が主催するお茶会の企画書。
「はぁ。僕はお茶会の作法やルールなど知らない。だから準備はお前に任せたぞ、ジェーン」
「──御意のままに、我が君」
左胸に手を当て深く腰を曲げて、ジェーンは鋭く笑った。
音もなく姿を消し、彼はお茶会の準備に向かったのだろう。考えるだけでも面倒だが……仕方無い。これも、あの女をこの手で愛す為だ。
母上の望むような兄妹になって、あの女を愛せば…………きっと、殺す事への躊躇いも後悔も障害も無くなる事だろうから。
♢♢♢♢
「我が愛しの妹よ。今日はよくぞ僕の呼び出しに応えてくれたな」
「……っ、は……はぁ。本日は、何のご用件でしょうか?」
数ヶ月ぶりに見た妹は、心底嫌そうな重たい表情で頬をひくつかせていた。ふむ、この場に来た事が不本意である事は一目瞭然だな。
それ以上に、僕が愛しのだなんて言い回しをしたからか若干引いている様子すらある。何なんだお前は……あれ程に僕に愛されたがっていたのに、いざ愛されると嫌がるだなんて。
意味不明な奴だな…………。
「招待状には日時と場所しか記載しておかなかったからな、お前も知らないのだろう」
「……それで。日々たいへんお忙しくあそばされるお兄様が、私なぞに何のご用で?」
「そう急かすな、ひとまず席につけ。それとも……僕とは同じテーブルに座りたくなどないか?」
「えぇそうですわね。お兄様と同じテーブルに座るなど、恐れ多いですもの」
「僕自身が気にするなと言っているんだ。気にせず座れ」
互いに笑みなど一切浮かべず淡々と、されど嫌味の応酬で会話する。その結果、奥歯を噛み締めるような表情で、妹は渋々ながら僕の向かいの椅子に腰掛けた。
妹に出した招待状には、一人で来るようにも書いておいたのだが……この女は律儀に一人でここまで来たらしい。
金魚の糞のように常に傍にいるランディグランジュの騎士が見当たらないので、確かだろう。
随分と居心地悪そうにしている妹を真っ直ぐ見つめ、憎悪と愛情に心をぐちゃぐちゃと掻き乱されながら、僕はおもむろに口を開いた。
「……──アミレス・ヘル・フォーロイト……息災だったか?」
あの本の指示に従い、妹との関係改善を試みる。
「……………………は?」
するとどうだ。我が愛しの妹は何とも間抜けな顔で素っ頓狂な声を漏らしたぞ。
「息災だったかと聞いている。答えろ」
「…………気分は最悪ですが、それ以外は概ね健康ですよ。気分以外は本当に」
「そうか、健康ならばいい」
今すぐにでもこの場を離れたいと顔に書いてある。どうやら本当に居心地が悪いらしい……それもそうか。僕だって少し前までならこのような場、一秒だって耐えられなかっただろうからな。
「……ああ、そうだ。悪魔召喚について何か心当たりがあれば話せ」
あの時の悪魔……あれについて何か話すべき事はないかと促すも、妹は「悪魔……?」と怪訝な顔をするのみ。
演技などではなさそうだが、あの悪魔は妹が召喚したものではないのか? 自ら人間界に出て来られる悪魔と言えば、魔界の扉を通り抜けられる自我も存在も希薄な下位悪魔ぐらいだが…………いやしかし、あれ程の存在感を放つ悪魔が下位悪魔な訳がない。
ならばどうやって、最低でも中位以上の悪魔が自ら人間界に出て来たというのか。……あれ程の悪魔が通り抜けられるぐらい、魔界の扉が開かれつつあると言うのか?
これは、後で改めて魔界の扉について調べた方が良さそうだな。妙に、嫌な予感がする。
「無いならいい。世間話だ」
「はぁ……?」
妹は変わらず訝しげにこちらを見てくる。何なんだよこいつ、みたいな顔をしているな。
ふむ。この女……皇族としては致命的な表情の豊かさだな。それ自体は別にいいと思うが、せめて人の目がある場では無表情を貫け。相手に心中を悟らせるな。どれだけ憎悪していようとも、それを表に出すな。
演技力が無駄に高い割に、こういった部分は詰めが甘いのだな。
「殿下、紅茶等をお持ち致しました」
「そうか」
「……紅茶?」
紅茶やケーキを乗せたワゴンを押して、ジェーンが姿を見せた。
それに気づいた妹が顔を引き攣らせる。まあいいか、この女の機嫌など僕には関係無い。あの本曰く、共に食事をし、会話をし、挨拶を交わす事が重要らしいからな。
「さて、アミレス・ヘル・フォーロイト。これから僕とお茶会をしようではないか」
「──は? お茶……会?!」
妹は目を丸くして、冷や汗を浮かべてギョッとしていた。
それにしても…………フフッ、こうして妹が露骨に顔を引き攣らせ、バツが悪そうに視線を泳がせる姿を見るのは──……とても、気分が良いな。
何やら波乱に満ちていたというディジェル領の一件。それに巻き込まれたあの女がいつ頃帝都に戻るのかと、ジェーンに確認する。
ジェーンは玩具を見つけた猫のようにニンマリと笑って、
「下旬頃かと。三月の頭……雪が溶ける前に、雪花宮の温室でお茶会と洒落こみます?」
謎の企画書を見せてきた。一体こんなものいつ何の為に用意したんだと眉を顰めたくなるような、僕が主催するお茶会の企画書。
「はぁ。僕はお茶会の作法やルールなど知らない。だから準備はお前に任せたぞ、ジェーン」
「──御意のままに、我が君」
左胸に手を当て深く腰を曲げて、ジェーンは鋭く笑った。
音もなく姿を消し、彼はお茶会の準備に向かったのだろう。考えるだけでも面倒だが……仕方無い。これも、あの女をこの手で愛す為だ。
母上の望むような兄妹になって、あの女を愛せば…………きっと、殺す事への躊躇いも後悔も障害も無くなる事だろうから。
♢♢♢♢
「我が愛しの妹よ。今日はよくぞ僕の呼び出しに応えてくれたな」
「……っ、は……はぁ。本日は、何のご用件でしょうか?」
数ヶ月ぶりに見た妹は、心底嫌そうな重たい表情で頬をひくつかせていた。ふむ、この場に来た事が不本意である事は一目瞭然だな。
それ以上に、僕が愛しのだなんて言い回しをしたからか若干引いている様子すらある。何なんだお前は……あれ程に僕に愛されたがっていたのに、いざ愛されると嫌がるだなんて。
意味不明な奴だな…………。
「招待状には日時と場所しか記載しておかなかったからな、お前も知らないのだろう」
「……それで。日々たいへんお忙しくあそばされるお兄様が、私なぞに何のご用で?」
「そう急かすな、ひとまず席につけ。それとも……僕とは同じテーブルに座りたくなどないか?」
「えぇそうですわね。お兄様と同じテーブルに座るなど、恐れ多いですもの」
「僕自身が気にするなと言っているんだ。気にせず座れ」
互いに笑みなど一切浮かべず淡々と、されど嫌味の応酬で会話する。その結果、奥歯を噛み締めるような表情で、妹は渋々ながら僕の向かいの椅子に腰掛けた。
妹に出した招待状には、一人で来るようにも書いておいたのだが……この女は律儀に一人でここまで来たらしい。
金魚の糞のように常に傍にいるランディグランジュの騎士が見当たらないので、確かだろう。
随分と居心地悪そうにしている妹を真っ直ぐ見つめ、憎悪と愛情に心をぐちゃぐちゃと掻き乱されながら、僕はおもむろに口を開いた。
「……──アミレス・ヘル・フォーロイト……息災だったか?」
あの本の指示に従い、妹との関係改善を試みる。
「……………………は?」
するとどうだ。我が愛しの妹は何とも間抜けな顔で素っ頓狂な声を漏らしたぞ。
「息災だったかと聞いている。答えろ」
「…………気分は最悪ですが、それ以外は概ね健康ですよ。気分以外は本当に」
「そうか、健康ならばいい」
今すぐにでもこの場を離れたいと顔に書いてある。どうやら本当に居心地が悪いらしい……それもそうか。僕だって少し前までならこのような場、一秒だって耐えられなかっただろうからな。
「……ああ、そうだ。悪魔召喚について何か心当たりがあれば話せ」
あの時の悪魔……あれについて何か話すべき事はないかと促すも、妹は「悪魔……?」と怪訝な顔をするのみ。
演技などではなさそうだが、あの悪魔は妹が召喚したものではないのか? 自ら人間界に出て来られる悪魔と言えば、魔界の扉を通り抜けられる自我も存在も希薄な下位悪魔ぐらいだが…………いやしかし、あれ程の存在感を放つ悪魔が下位悪魔な訳がない。
ならばどうやって、最低でも中位以上の悪魔が自ら人間界に出て来たというのか。……あれ程の悪魔が通り抜けられるぐらい、魔界の扉が開かれつつあると言うのか?
これは、後で改めて魔界の扉について調べた方が良さそうだな。妙に、嫌な予感がする。
「無いならいい。世間話だ」
「はぁ……?」
妹は変わらず訝しげにこちらを見てくる。何なんだよこいつ、みたいな顔をしているな。
ふむ。この女……皇族としては致命的な表情の豊かさだな。それ自体は別にいいと思うが、せめて人の目がある場では無表情を貫け。相手に心中を悟らせるな。どれだけ憎悪していようとも、それを表に出すな。
演技力が無駄に高い割に、こういった部分は詰めが甘いのだな。
「殿下、紅茶等をお持ち致しました」
「そうか」
「……紅茶?」
紅茶やケーキを乗せたワゴンを押して、ジェーンが姿を見せた。
それに気づいた妹が顔を引き攣らせる。まあいいか、この女の機嫌など僕には関係無い。あの本曰く、共に食事をし、会話をし、挨拶を交わす事が重要らしいからな。
「さて、アミレス・ヘル・フォーロイト。これから僕とお茶会をしようではないか」
「──は? お茶……会?!」
妹は目を丸くして、冷や汗を浮かべてギョッとしていた。
それにしても…………フフッ、こうして妹が露骨に顔を引き攣らせ、バツが悪そうに視線を泳がせる姿を見るのは──……とても、気分が良いな。
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