真柴さんちの野菜は美味い

晦リリ@9/10『死に戻りの神子~』発売

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 ピィピィピィと高い澄んだ鳥の声が、初夏の湿気を含んだ空気を割くように響いている。
 ガタガタと揺れる車内でうたた寝をしていた阿賀野は、涼やかな鳴き声に起こされて、顔をあげた。
 小さな黒い影が、雲一つない空をくるりと旋回していく。また、ピィと鳴き声があがって、さっきの個体とは違う鳥が、後を追うように横切って行った。
「……ツバメ…?」
「あら、社長起きた」
 ぼそりと呟くと、前の席から声が上がる。ヘッドレスト越しに須藤が振り返って、おはようと笑った。
「もう着くか?」
「ええと……マップ上ではあと二キロくらいらしいけど…もう着く?」
 助手席で須藤がタブレットを操作すると、運転席でハンドルを握っていた副島が、はいと元気に返事をした。
「信号もないです、し、すぐですよ。その前にどこか寄りたいところとかっ、ありますか?」
 舗装はされているものの、砂利やら土やらが散らばっているせいで悪路と言って差し支えない程度の道を走っているせいで、副島の声は跳ねあがっている。たまにひっくり返るその声に思わず笑いながら、阿賀野は窓から見える一面の緑に目を細めた。
 都心にある本社を出て、車で二時間弱。阿賀野は多馬村へ向かっていた。
「寄りたいところも何も、三十分前からコンビニもないけどね。本当、山の奥って感じ」
 須藤の言うとおり、道沿いにぽつんと建っていた小さな商店の前を通ってからこっち、コンビニどころか民家も見ていない。道路は二車線だが対向車はほとんど来ず、両側が山になったり片側が森になったりする程度しか景色は変化しない。
 木漏れ日や、土の匂いが混じる清らかな森の空気に感動したのも数分の事で、あっという間に飽きてうたた寝をしていた阿賀野は小さく欠伸を噛んで、少し斜めになっていた体を起こした。
 いつもはこんな風に移動中に眠ったりはしないが、今日はさすがに移動が長い。話には聞いていたが、多馬村は遠かった。しかし、その遠距離も諦める原因には全くならないほど突き動かされるようにして、阿賀野は平日の業務を切り上げて山奥で車に揺られていた。
 原因は、数日前に判明した阿賀野の運命のつがいだ。
 諏訪園の頼みではあるものの、どうしてもだめだと言うなら、次点になるような農家を探せばいいと思っていたが、今ではそれどころですらない。契約は二の次、運命のつがいに会いに来たのだ。
 タグから香った匂いに当てられて発情しかけたあの日、念のためにオメガである副島の匂いも嗅いでみたが、既につがいのいる副島の匂いにはまったく反応しなかった。かと言って勘違いというわけでもなく、タグに微量に残った、アルファにしかわからないつがいのいないオメガの匂いは、阿賀野の本能を強く揺さぶった。
 会っていないどころか、名前すら知らない相手ではあるものの、これは俺のものだという独占欲が溢れて仕方ない。つがいのいない他のアルファに匂いを嗅がせるのは眩暈がするほど苛立つことだったが、須藤や友人のアルファにもタグの匂いを嗅がせてみたが、いい匂いと言うだけで、阿賀野ほどの強い反応は示さない。もう、それ以上の検証は必要なかった。
 いつか見つけてみせると意気込んでいた、運命のつがい。まさかこんな形で見つかるとは思ってもいなかったが、同じ国内であっても、縁がなければ会えない人間だっている。どんな経緯であれ、巡り会えたのは運命だからこそと、尚更強い絆を感じた阿賀野は、早速スケジュールを調整して、喧騒溢れる都会から一転、鳥の鳴き声さえもまばらな山奥の片田舎に来ていた。
「多馬村に着いたらまず、昼食を摂ろう。さすがに腹が空いた。副島、ランチ出来そうな場所はあったか?」
「ランチ出来そうな場所というか……食堂は一軒あります。あ、見えますか? あれ役場です。着きましたね」
 言われて窓から顔を出すと、くねった山道の向こうが開けている。生い茂った藪の向こうには、まるで自然の緑に溶け込むような濃い茶色の建物がひっそりと建っていた。
 山道から出てきたために開けたように見えるが、色合い的には山の中と大して変わらないという感想を抱いたものの、さすがに口にはしなかった。
 こじんまりとした役場の前を通り過ぎて、そのまま食堂とやらへ向かう。役場の駐車場に車は停まっていたが、今のところ村人らしい人影はどこにもなかった。
「到着です。ここが村で唯一の食堂、多馬屋です」
「食堂って……」
 到着した先は農協だった。灰色の平屋の建物の隣には同じく平屋の建物が隣接していて、多馬屋と書かれたのれんが下がっていた。
 阿賀野を先頭にして店内に入ると、カウンターの向こうに立っていた初老の男性が露骨に怪訝な表情を浮かべたが、後からやってきた副島が崎田さん、と明るい声をあげると、皺だらけの顔に柔和な笑みが浮かんだ。
「郁ちゃんじゃねえか。どうしたんだ、また仕事か」
「はい、今日はうちの社長と同僚を連れてきました。お昼の定食、まだやってますか。三人前、お願いしたいんですけど」
「ああ、いいよ。待ってな、すぐ運ぶよ」
「ありがとうございます」
 親しげに店主と話す副島が席を案内してくれるが、阿賀野には軽くカルチャーショックだった。
 都内では高級店もしくは自前の店舗にしか足を運ばない阿賀野が躊躇するくらいには庶民たらしいビニル素材の背もたれの椅子に座り、ビニルクロスが貼られたテーブルの上で両手を組む。その両手の前に、副島がセルフサービスだという冷水の入ったグラスを置いた。
「店主と知り合いなのか?」
「はい、宿は村外だったんですけど、滞在中はここで毎日お昼ご飯とお夕飯をいただいてたんです。その間に色々話を聞いてたら、名前を覚えてくださって」
「本当に人たらしだな、お前は」
「そんなことないですよ」
 否定はするものの、人好きのする笑顔と聞き上手話し上手という手練手管で、副島は至る所に知り合いを作っていく。あの店主も小動物めいた副島にあっという間に懐に入られたのだろうと苦笑していると、料理が運ばれてくる。目の前に置かれたのは、いわゆるから揚げ定食だった。
 釉薬が塗られた味わい深いお椀にはつややかな真っ白いご飯がたっぷりよそわれ、その隣には、油揚げと大根、わかめが具材のみそ汁が並んでいる。定食のメインが乗っている白い平皿にはごろごろとした大きなから揚げが五つ積まれ、同じく山盛りの千切りのキャベツと寄り添うようにして一つの大きな山を作っていたが、その横には更にビリヤードの珠大のポテトサラダがどんと場所を取って存在感を出していた。他に副菜として白菜と梅とかつおぶしの和え物、煮豆、一口サイズの冷奴が小鉢にそれぞれ載っていた。
「はい、三人前ね」
「ありがとうございます。あの、松前さんは今日はいらっしゃってますか?」
 副島が尋ねると、店主は愛想よく顎を引いた。
「さっき直販所の方で見かけたよ。いなかったら、事務局の田場さんに聞くといい。それより郁ちゃん、すまんが俺、ちょっと家戻らなきゃなんねえんだ。どうせまた来てくれるんだろ、代金はその時でいいから」
「わかりました」
「食ったらそのまんま置いてってくれていいからさ、それじゃ」
 店主はばたばたと腰に巻いていたエプロンを脱ぐと、慌てた様子で店を出て行った。
 店内には阿賀野達三人だけが残り、テレビが昼の情報番組を流している。わっとテレビから歓声が上がる中、副島がさっきとは打って変わって、あの、と心持ち顔を曇らせる。
「すみません、お昼は日替わり定食しかなくて。社長、から揚げ以外、食べられますか」
「米とみそ汁は大丈夫だ。あと、冷奴も」
「あ、ねえ社長、私のから揚げ2個あげるから、残すやつ全部ちょうだい。最近野菜高いから、残すなんてもったいない」
「好きに取れ」
「やった、ありがとう」
 失礼しまぁすと嬉しそうに箸が行き来して、阿賀野の皿から野菜があらかた消える。代わりに追加されたから揚げ二個を見て、副島が悪気はなく問いかける。
「野菜はどれもだめなんですね」
「どれもっていうか、食わず嫌いに近いのよね、社長の野菜嫌い。ね?」
「問題はない。食ったらさっさと行くぞ」
「そんなわけないでしょ」
 まったくもうと須藤が吐くため息を無視して食事を終え、ビジネスバッグから取り出したピルケースを取り出す。
 ぱくりと開けたピルケースには、一度に飲む分が小分けにされている。一度に飲むのは五錠程度だが、阿賀野が選び抜いたものを愛飲していた。
 野菜を食べられればサプリに頼ることもないが、食べずに済むならサプリで補いたい。筋金入りの野菜嫌いである阿賀野がサプリを飲み始めたのは、まだ幼稚園の頃だった。幼い頃は時間をかけてでも半泣きで食べていたが、ある時期を境に、無理に食べることはしなくなった。もちろん両親は心配したし叱られもしたが、頑として野菜を避け、今に至る。
「サプリを飲んでいれば十分だ」
 手のひらに取った錠剤をざらりと口に落とし、きんきんに冷えた冷水で流し込む。味気ないサプリではあったが、ふと思い出した幼い頃の嫌な記憶のせいか、どこか苦々しく感じられた。



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