あなたの命がこおるまで

晦リリ

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9.人見知り

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 氷の柱を立てた日から、案の定天耀のもとには氷鷹の能力を貸してほしいという話が舞い込むようになった。
 全てを引き受けることは出来ないが、日和は天耀が仕事を受けるたびについて行くことになった。主に、瀚と依頼人を交えた報酬の交渉と温石の代わりが日和の仕事だ。
「……それじゃあ、氷室氷が二個……えーっと、村長、氷室氷は一個いくらだったっけ」
「大枡なら銀二両、中枡なら銀一両、小枡なら五十銭」
「怜功さん、どれを二個にする?」
「そうだなあ……日和、氷室氷はどのくらいもつんだ。南季になったらすぐ溶けたりしないか」
「普通は三ヶ月くらいもつらしいけど……天耀、氷室氷って……ちょっと、重い! 体重かけるな!」
 出会ったばかりの頃はせいぜい抱える程度だった天耀だが、最近は遠慮がない。日々暖かくなる陽気にも関わらずしょっちゅう日和にのしかかったりするようになってきた。
「寒い」
「それでも潰すな。座ろう、そうしたら抱えてていいから」
 二人の身長差は顕著で、日和は天耀の肩ほどまでしかない。日和が立って打ち合わせをしている時は天耀もすぐ傍にいるが、小柄な体を抱き込んでしまうとどうしても腰が曲がるため、その重みがずっしりと日和の細い肩に伸し掛かった。
 思わず悲鳴をあげたものの、寒いと言われればそれを無視することは出来ない。屋外にいるのだから羽でも広げて太陽の下で背中を暖めればいいのにとは思ったが、天耀に指名された温め鳥の日和がそんなことを言うのも本末転倒だ。
 せめて潰されない方法でと提案した日和に素直に頷いた天耀は首回りに巻いていた布を取ると、それを地面に敷き、その上に座り込んだ。
「日和」
「うん」
 あぐらをかいて、両腕を広げた天耀の足の間に腰を下ろす。すると、今回の依頼人である怜功がなるほどなあと笑った。
「温め鳥と氷鷹は大体一緒にいると聞いたことがあるが、ありゃ本当なんだな」
「俺は動く温石みたいなもんだからね。天耀、南季になったら氷室氷って溶けやすくなったりする?」
「少し」
 天耀はごそごそと日和の腹に手を回すと、背を軽く丸めて肩口に顔をうずめた。これはいつの間にか定着した姿勢で、ぼそりと首の後ろで呟かれた声にうんうんと頷いた日和はぴったりとくっつく二人に驚いた顔をしている怜功を見上げた。
「じゃあやっぱり大体三ヶ月ってとこかな。置き場所にもよると思うから、熱がこもるようなとことか、かまどの近くには置かないで。で、どの大きさにする?」
「うーん……じゃあ中枡を二個……いや、中枡一個と小枡を一個……待てよ、中枡……」
 悩む怜功の前には、木枠で作られた枡が三つ置いてある。これは日和たちが氷室氷と呼んでいる、天耀が作り出す溶けづらい氷の量り売りに作るものだった。
 林姜の家の近くに氷の柱を立てて新しい水脈を確保した天耀に、次に依頼を持ち込んだのは瀚だった。とは言っても個人的な相談ではなく、村全体の備蓄庫のうちのひとつを日和の厨の氷室と同じ状態に出来ないかという村長としての相談だった。
「この蔵を頼みたいんですが……」
 案内された蔵はもともと氷室として使っているものだった。毎年北季の一番寒い時期に切り出した氷をおがくずで覆ったもので庫内を冷やしていたが、それも南季の始まり頃には溶けてしまう。どうしても氷が必要な時は日和の氷穴の奥深くまで潜る必要があったが、貯蔵庫とするには村から離れているうえに不便だった。
 しかし、この氷室が建てられていたのは、村から伸びる林道をそれほど上がらない平坦な土壌の上だった。鬱蒼とした森はまだ雪が残り、しんとした冷えが日和にも感じられた。ちょっと寒いなと思ったのもつかの間、天耀がぶるりと大きく震えたので、日和はすぐに体温を少しあげた。
「日和の氷室より広いですが……どうでしょうか」
 中には既におがくずまみれの氷が中央に積まれていて、その周囲に芋や大根が山積みになっている。米の麻袋もあった。
「……やります。物を全部出してください」
 日和の氷室を氷づけにした時と同じように、天耀は中のものを氷以外すべて出すと近くの川で巨大な水球を作り、それを使って氷壁を張った。けれど、日和の氷室より広さがある分、一度では氷壁が薄い。同じことを五度繰り返して、ようやく天耀は氷室づくりを終えた。
「天耀!」
 氷室から出てきた天耀の顔は真っ白で、日和が駆け寄るとすぐに抱き上げられた。体温を上げると更に強く抱きすくめられたが、不意に天耀の顔が上向いたので、とっさに「三」と言うと、安心したように日和の腕に顔をうずめた。
 やはり寒い中での作業は、氷鷹の体にはとてつもない冷えを与える。急速に氷を作り出すのだから当たり前の話だが、日和にとっては村の氷室の冷蔵機能が今までとは比べ物にならないほど立派になったことより、天耀の体の冷えの方が気になった。
 しかし、立派な氷室が出来たことはすぐに村中の噂になり、皆が氷室を訪れて、触れても溶けない氷壁は話題の的になった。そうなると、うちにも小さなものでいいから欲しいという話が出始めるのは必然だ。あっという間にその要望が多く届いたが、日和はそれを天耀に頼むことは出来なかった。
「小さいものなら、それほど体は冷えない」
「冷えないって言ったって、それほどってつく程度だろ。冷えないわけじゃない。それに、氷室は三ヶ月くらいでまた作り直さないといけないんだから、そんなことしてたら毎日毎日村中の氷室を直して作っての繰り返しだよ」
 天耀は出来なくはないと言ったが、日和はそれを却下し、代わりにどうするかを考えた。
 勒芳村は小さな村だが、氷室が出来たことであっという間に村中から山ほどの要望が届いたのだ。この話が外に出て行けば、倍以上の要請が届きかねない。それではいくら温め鳥の日和が傍にいても天耀が温まる暇もないうえ、冷えに苦しむ回数が増えかねない。それは避けたかった。
 そこで出来たのが、氷室氷だった。
 見た目はただの氷塊だが、天耀が氷鷹の能力で作る氷で、三ヶ月ほどは溶けない。これを壺や木箱に入れておけば、氷室には劣るものの、簡易的な保冷庫になる。作るのも比較的簡単で、大きさを決めて作った木枠に水を張り、それを天耀が凍らせるだけだ。氷室に比べて力を使う範囲が小さいため、日和が傍にいても誤って凍らせてしまったりする危険性が低く、これならば暖を取りながら作業をすることが出来た。
 そして、用途に応じて大きさを三つに分け、更に報酬の個人差などによる諍いを避けるために簡単な一覧表を作った。依頼と報酬は一括して瀚が集め、週に二回、氷穴に運ぶ。それを元に日和と天耀は山を下りて依頼人と直接話をしながら用件をこなす。この一連の流れが、ここのところの二人の日課になっていた。
「……よし、決めた」
 どの大きさにしようかとさんざん悩んだ怜功は、結局中枡を一個と小枡を二個頼んだ。決まればあとは作業に移るだけだ。
 座り込んだ天耀の前に、なみなみと水が注がれた中型の木枠が置かれる。日和は背後に回り込んで後ろから天耀の首に腕を回して抱き着いて翼を広げ、天耀が目標物に向けて軽くかざした腕に添わせた。これで準備完了だ。
「何してんだ、日和」
「あっためてる。氷つくる時は冷気が出るから」
「ああ、そうか、なるほど」
 本当はいつもするように前に回って抱えられてもいいのだが、目標物が近いだけに万が一が起きたら怖いと天耀から言われたのだ。背中から暖め、ついでに伸ばされた腕も翼で覆えばだいぶ冷えも緩和されるというので、試行錯誤を繰り返した結果、この体勢になった。
 さっきの仕返しとばかりに体重をかけて伸しかかったが、天耀はびくともせず木枠の水を凍らせ始めた。
「日和。この氷室氷ってやつは、水に入れたらだめか」
「だめじゃないけど、溶けるのが早くなるよ。なんで?」
 木枠の水は、パキパキと音を立てて凍っていく。何度見ても不思議な光景だ。怜功と話をしている間にも水は白く凝って固まっていき、木枠にも霜が突き始めた。
「いや、うちのちびがよく熱出すんで、濡れ手ぬぐいをあててやるんだが、それに使えたらと思った」
「ああ、怜寶。まだ小さいからね」
「あててもすぐあったまっちまって、それが嫌でまた夜泣きするんだ。それに、出来たら冷たいののほうが気持ちいいだろ」
「そうだね。でも水に入れたらそのたびに少し溶けるみたいだから、三ヶ月ももたないと思う」
「仕方ねえか……でもまあ、ぬるいのよりは冷たい方が気持ちいいよな。なくなったらそん時はまた、氷鷹に頼むわ」
「うん」
 天耀の頭越しに会話をしているうちにも小さな木枠の方はすでに氷室氷が出来上がった。木枠ごと瀚がさかさまにして底を叩くと、ぽこんと氷がはずれて、用意していた布の上に落ちた。
「天耀、温度上げる?」
 震えてはいないが、抱きしめた腕の中の天耀からは冷気が漂う。どうだろうかと声をかけると天耀は首を振った。しかし、続けざまに村長、と声を上げた。
「小さい木枠の二個目、水を注いだら桶を空にしてください」
「桶を空に? わかりました」
 何をするつもりなのか、天耀は小さな木枠にもう一度水を満たさせると、桶に残った水を捨てさせた。そして、空になった桶に木枠に入れた水を少し戻させると、またそれについて指示を飛ばした。
「木枠には八分目くらいまで水を残して。桶に入れた分は、捨てずに少し離しておいてください」
「はい……?」
 言う通りに瀚は動くが、彼はもちろん日和も依頼人である怜功も、天耀の意図がわからない。けれど指示した本人はほとんど凍っていた中型の木枠をすっかり氷結させてしまうと、満たされていない小型の木枠に取り掛かり始めた。
「天耀、なにしてんの?」
「わける」
「わける?」
 どういうこと、と問いかけている間にも小型の木枠は凍りつき、あっという間に三個目の氷室氷が出来た。
「桶に移した水を、小型の枠に入れてください」
「はい」
 三個目の氷を瀚が枠から抜いたところでまた天耀が声をかけ、その通りに瀚が水を注ぐ。それを受け取った天耀は、そのまま少し凍らせてみぞれ雪のような状態にしたそれを持ち上げた。
「日和。これを半分に寄せて」
「半分? 片側に寄せろってこと?」
「うん」
 どっち側でもいい、という天耀に言われるまま、木枠の中に手を突っ込む。しんと冷たいが、日和には心地がいい。しゃくしゃくと音を立てる程度には凍っているそれを木枠の半分を空ける形で寄せると、これでいいと枠を取り上げられた。
「これ、どうするの」
「凍らせる」
 言うなり、天耀はきれいに半分に寄せられたそれを凍らせた。耳を刺すようなパキパキと細かな高く短い音には、ミシミシと軋む音さえ混じる。この音の組み合わせが氷室を作る時のように強い凍らせ方をしている時の音だと気付いたのはつい最近のことだ。今作っている氷は手のひらにのる薄い板程度のものなのに、そんなに力を使う必要はないと慌てて日和が抱きつき直した天耀の体は、小刻みに震え始めていた。
「天耀、もうそれ凍ってるよ」
「もう少し」
 なにを考えているのか、天耀は能力を注ぎ続ける。やがて高い音はしなくなり、時折ギシッと小さな音を立てる氷は小さくなった。氷結が進んで凝縮た結果だった。
「天耀」
「……出来た」
 周囲の気温まで明らかに下がり始め、一体どうしたのかと日和が声を上げたのと、ほぼ同時だった。ふっと天耀の体から力が抜け、ため息のような小さな声がした。見ると、木枠の中に一回り程小さくなった氷室氷がある。指二本分ほどの幅と、小指の幅ほどの厚みしかない薄い氷室氷は固められすぎたのかやたらつるりとしており、木枠の中で転がってココンと軽い音を立てた。
「……小さいけど、強く固めたので他のと同じくらいもちます。使う時は布で包んで」
「うん?」
 差し出された小さな氷室氷を受け取った怜功は困惑に目を白黒させ、瀚は小さく凝固した氷室氷と天耀をそれぞれ何度か見た。日和も天耀が小さい氷を作った理由がわからなかった。
「天耀、これは……あっ」
「小さく作ったから、そのまま額に当てられる。凍ったままだから温まることもない。……熱冷ましに使ってください」
 ぼそぼそと言った天耀は、背後から抱きついたままの日和の腕を引いて引きずり出し、たたらを踏んだ温め鳥が転びそうになるのを抱き留めた。そのままぐいと引いて膝に乗せ、はあと冷たい息を吐きながら抱きすくめた。
「天耀、熱冷まし用に分けて作ってくれたんだ」
 じわじわと体温を上げながら、広げたままの翼で背中を覆ってやると、無言のまま天耀の頭が上下した。
「わざわざ分けて作ってくれたのか……氷鷹、いや天耀様、ありがとうございます。うちのちびも喜びます」
「私からも礼を。ありがとうございます、天耀様」
 怜功と瀚が頭を下げ、ありがたいことだと口々に呟く。しかし当の本人は暖を取っているのか、日和の懐に顔を突っ込んだまま顔をあげる様子がない。まったくとため息をつきそうになりながら、日和はせめて天耀の代わりに愛想をまこうと、へらりと笑った。

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