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しおりを挟む芹が生まれた翌日から藤村の家の使用人として屋敷に身を置くようになった蘇芳は、実直そのものだった。
くくりとしては奉公人だが、芹の護衛を第一にということで、部屋は奉公人たちが寝起きしている一角ではなく、芹の部屋の横に設けさせた。
護衛といえども頻繁に襲われるどころか、言葉もしゃべれず、寝て、起きて、乳を飲み、しばらくするとまた眠るだけの赤子を、蘇芳は朝な夕なと、よく見守っていた。生来体が弱く、産後の肥立ちも良くないさちの代わりにと乳母が乳をやったりおしめを替えたりと芹の世話をしてはいたものの、蘇芳もよく芹を抱いて散歩に連れて行ったり、遊び相手になっているようだった。
常に傍にいる蘇芳に、芹もよく懐いた。母であるさちや乳母がいなくてもきょとんとした顔をするだけだが、蘇芳の姿がないと途端にぐずり出すことも少なくなく、二人は常に一緒にいた。
しばらくは平穏な日々が続き、この安穏たる日々が八尋の加護のおかげなのか、単に妖や鬼が襲ってこないだけなのかを清三が判断しかねて一年と少ししたある日、芹を産んでからは床の人であることが多かったさちが、肺炎をこじらせて儚くなった。
溺愛していた正妻を亡くした清三は男泣きに泣いたが、その悲しみに浸る間もなく、鬼たちがどこからか現れた。
「さ、さち様の亡骸とお子さま方を奥の間へ!」
「男衆は得物を持って集まれ!」
途端に騒がしくなる邸内に、朝から機嫌が悪くぐずる芹を抱いてあやしていた蘇芳が立ち上がった。
芹の兄二人とさちの亡骸が避難させられた奥の間に、離れるのを嫌がって泣く芹を無理やり押し込むと、そのままいつも腰に佩いている刀を手に、鬼たちに斬りかかっていった。
結果、蘇芳はどちらが鬼かわからないほどの働きでもって、その存在意義を果たした。
振り上げた刀で恐れもせずに鬼たちを斬り伏せ、あるいは蹴り飛ばし、突き倒し、薙ぎ払い、鬼たちを退けた。気付けばまだ息のある鬼たちは逃げ去り、死に絶えた鬼たちは瘴気になって霧散していた。
鬼神のごとき立ち回りをした蘇芳は鬼たちが退いたのを見送ると、何事もなかったように芹を閉じ込めた奥の間へ向かった。
「芹様、ご無事ですか」
「すおう!」
すらりと襖を開いた奥の間では、外の喧騒などよりもさらに耳をつんざくような声で芹が泣き喚いており、手に余る末弟に困惑を隠しきれない兄二人は蘇芳を見るなり涙でぐしょぐしょになった芹を渡してきた。
「芹様、ただいま戻りました」
ひっくひっくとしゃくりあげる芹は大きな双眸から大粒の涙をこぼしながら蘇芳の着物にしがみつき、安否を確認するために清三がやっと奥の間までたどり着いた時には、泣き疲れて眠ってしまっていた。
返り血の滴る蘇芳の頬と、涙に濡れた芹の白い頬を見比べた清三は、我が子たちの無事に胸を撫で下ろすと同時に、刀ひとつで鬼と対等に戦い、それどころか退けた青年の頼もしさと紙一重の不気味さを、嘆息と共に吐いて消した。
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