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しおりを挟むそれからも日々は単調で、恋を自覚したからといって大仰に変わったりはしなかった。
朝から夕まで自由に過ごし、時折やって来る黒縒と話をした。
黒縒はいつでも上機嫌で、今日もお前のおかげで俺は幸せに過ごせた、必要なものややりたいことがあったらできる限り都合するから、遠慮せずに言い求め、思い悩んだりせずに健やかにいてくれと言った。
黒縒が去った後は、毎夜ではないものの、蘇芳に慰めてもらうようになった。
どうしても疼く日は、蘇芳が部屋に戻ってしまう前にねだる。それは恥ずかしいことだったが、その先に待ち受ける甘さを思うと、抗えなかった。
最初こそ芹の自身と花弁を慰めて熱を放出させるだけだったが、次第に行為は激しさを増した。
「んぅ、う、ごりごりするの、や、出ちゃう…っ」
自分ばかりが気持ちよくなるのは悪いからと、芹が蘇芳の股間に手を伸ばしたことが始まりだったと思うが、もうそんな事は記憶にない。
未熟な自分の幹と、比べものにならないほど逞しい蘇芳の屹立が擦り合わさるたびにちかちかと脳裏に光がひらめくような強い快楽に悲鳴のような声をあげるが、腰を抱き寄せられると、それも喜びになってしまった。
「や、も、もうだめ、だめ、っくぅ……っ」
やがてもせずに芹が白濁を吐き出すと、合わさっていた蘇芳のものにもかかる。それを新たなぬめりにと手を動かされると、息も絶え絶えに快楽の余韻に浸っていた体を、とてつもなく強い快感が襲った。
「やだ、だめ、まだ…っ、まだくらくらするからぁっ……」
「申し訳ありません、もう少し…っ」
「やぁあっ」
一度達したことで体は敏感になっているのに、脈打つ蘇芳のものの強さに押されて、快楽が無理やりひきだされてくる。身悶え、泣きじゃくり、しがみついているうちに蘇芳が体を強張らせながら精を放ち、熱い飛沫がかかった芹も達した。
互いの股間をどちらのものとも分からない体液で濡らしながら互いに息を荒く弾ませ、強烈な悦楽が去るのを待つ。
ぐったりと体を投げ出したままでいると、蘇芳の腕がぐっと強く芹を抱き寄せた。
近頃の蘇芳はどこかおかしかった。
日中は変わらず芹と一緒に行動を共にしているが、芹が書庫にこもる時や、穂摘と出かけるときは、護衛から外しているのだが、その後に会うと、大体どこか思いつめたような顔をしている。そんな日に誘いをかけると、芹が気を失ってしまうまで手を止めないこともあった。
何かあったのかと聞きたい気持ちもあったが、うやむやのままで抱き合ってしまい、結局はなにを思い悩んでいるのかは知れないままだった。
小さな不安を抱えながらも、滔々と過ぎていく日々を甘受していたある日、蘇芳と抱き合っているうちに気を失うように眠ってしまった芹は、ふと目が覚めた。
ごく僅かな、虫の鳴き声にさえ掻き消されそうな床の軋みに気付いたというよりは、気配が動いたために目覚めた芹は、視線だけを巡らせて、部屋から出て行った影を見送った。
芹と慰め合った日は、夜更けまで芹を抱きこんで一緒に眠っていることもあれば、壁に背を預けて座り込み、こちらを見ているのかそのまま眠っているのかはわからないが、物憂げにしている蘇芳が、まだ月も明るい時分に出て行ったのは初めてだった。
なにか所用でもあるのか、それとも自室で眠りたくなったか、真意は知れない。けれど妙な胸騒ぎが、眠気と疲労を訴える体を突き動かした。
丁寧にかけられた上掛けを避けながら四つん這いで蘇芳が消えた廊下をそろりと覗き込む。長身の影は、角を曲がっていった。
追いかけても気付かれてしまうことは明白だったが、それならそれで、と芹は部屋を抜け出した。
足音を立てないように角まで行くと、ひたひたと歩いて行く背中が遠くに見える。やがて一直線に伸びる長い長い廊下を蘇芳が曲がり、芹は急いで追いかけた。
蘇芳が角を曲がるたびに追いかけ、廊下を歩いている間はそっと背中を見つめる。時折蘇芳は振り向いたが、なんとか見つからずに済み、とくとくと早鐘を打つ胸を撫で下ろした。
なんだか隠れ鬼でもしているようで、楽しくなってきた芹が廊下に立ち尽くしたのは、いくつかの角を曲がり、何本もの廊下を歩いた頃だった。
角を曲がった先が分岐になっており、どちらに蘇芳が歩いて行ったかがわからない。右だろうか左だろうかと迷った末に、左側へ進んだ。
そろそろ足も冷えてきたし、少し歩いて蘇芳がいなければ部屋に戻ろう。
そう思いながら次の廊下まで、次の角までと自分を騙しながら歩いていた芹は、やがて立ち止まった。
好奇心に駆られてうろうろとしていたが、周囲は真っ暗だ。月の明かりだけが頼りだが、それも雲に掻き消されてしまいそうで、途端に不安になる。
(も、戻らなきゃ)
右、左、右、左と分岐は交互に選んできたので帰りに迷うことはないが、それでは時間がかかってしまう。ほとんどの館は庭がそのまま繋がっているので、いっそ庭を縦断してしまおうと裸足のまま降りた芹は、ふと視界の端にひらりと揺らめいたものに気付いて、首をそちらへ向けた。
芹が戻ろうとしている方向とは逆の、庭の奥の方に、人が立っていた。
実際それが人間なのか、人の形をした妖なのかはわからないが、ぼんやりと庭に佇んでいる人影は、ひどくゆっくりと庭を散策しているようだった。
遠目ではあるが、見知った相手ならわかるはずだと目をこらしていると、人影はすっと立ち止まり、顔をこちらに向けた。
育ちきってはいない、少年のような人影はじっと芹を見ている。
なにかをしてくるわけではないが、見つかった、と怖くなった芹は、裸足のまま駆けだした。
館にいるのはほとんどが妖だというのに、幽霊を見たような恐怖にかられ、当てもなくとにかく走った。
芹が停まったのは、見覚えのある池を通り越したと気付いてからだった。
胸が焼けるように痛み、荒い呼吸を繰り返すたびに肺腑が軋む。懸命に振り上げた腕も、全力で地面を蹴り続けた脚も、鉛でも括りつけられたように重かった。
今更じんじんと痛みだした足の裏をかばってひょこひょこと歩きながら縁側にあがりしばらく動かずに息を整えて、足の裏についた土を払ってから膝立ちで部屋に戻る。幸いにも部屋の隅には水桶と手拭いが置かれたままだった。
のろのろと足の裏を拭い、そのまま布団に入る。恐怖心はだいぶ薄らいでいたが、体が疲れていた。
(誰だったんだろう、あれ……)
黒縒の屋敷に来て二か月が経ち、大体の妖たちとは顔を合わせている。だが、立ち入りを禁じられている八の館には入れていないので、もしかするとそこにいる住人や、使用人だったのかもしれない。
なんにせよ、この五の館からはだいぶ離れている八の館付近まで行ってしまったのかと自分の無鉄砲さに呆れながら、芹はちらりと障子を見やった。
だいぶ時間が経ったと思っていたが、蘇芳はまだ戻ってくる様子がない。
次に起きた時、傍にいてくれたらいいなと思いながらあくびを噛んだ芹は、疲れた体を布団と眠りの中に沈めていった。
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