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巣ごもりオメガと運命の騎妃
37.過去を断つために
しおりを挟むもう四十年以上も昔、後に半世紀に渡ってドマルサーニを統治することになるシラージュは運命のつがいを迎えた。スハヤという少年で、出会いは偶然だった。
生まれつき体が弱く、巡香会にも出るつもりのなかったスハヤだが、実家が皇宮に布を卸す布屋だった。そこで偶然にも匂いに気づいたシラージュがスハヤを見つけ、運命のつがいとして宮殿にあがり、シラージュの妃になった。
当時まだ皇太子だったシラージュにつがいが出来たことを、皆は喜んだ。しかしここで、予想外の出来事が起きた。
シラージュが、ことのほかスハヤを溺愛したのだ。
ドマルサーニにおける運命制度は、時にオメガにとって非情ともいえる結果を生むこともある。それが、皇帝や貴族に選ばれたオメガの待遇だ。
市民たちにとっての巡香会は、大規模なお見合いの場にも近い。運命のつがいなどという迷信めいたものをなんとなく信じてはいるが、それよりも現実的に相性のいいつがいを見つけたいオメガとアルファのための場だ。
しかし、皇帝や貴族たちにとっては、『運命のつがいを見つける』ことができた、というステータスを誇示するためのオメガを探す場でもある。そのため、公にはされないものの、単純に相性のよさそうなオメガを運命のつがいとして迎え入れるアルファも少なくはなかった。
そんなアルファは、オメガを飼い殺す。つがいを迎えるというステータスを満たしたあとは屋敷の一角などに住まわせ、顔を合わせるのはせいぜい宴などの時に運命のつがいであると紹介をして自分を誇示する時と、発情期の時程度の場合も多かった。そして当たり前のように、家庭は別の相手と築く。
皇帝や貴族たちにとっての運命のつがいとは、こういった関係のものが多かった。
だが、もちろん本当に運命を感じてつがいあうものもいる。シラージュとスハヤがそうだった。
周囲が驚くほどに二人の仲はよく、寝込むことの多いスハヤをシラージュはよく見舞い、時には手ずから看病もした。体調がいい時は寄り添って散歩をし、二人は時間の許す限り一緒にいた。身分の低さはあったが、誰もがこのままスハヤがシラージュの皇妃になるだろうと思っていた。
しかし、シラージュが皇帝になることが決まったとたん、スハヤ自身が皇妃になることを拒んだ。
「スハヤ様は体が弱すぎたんだ。発情期の前後には必ず熱を出して寝込んでいて、世継ぎを産めば命さえ危ういとさえ言われていた。もちろん政務など出来ない。それもあって、スハヤ様自身が辞退を申し出たらしい」
自分では、皇帝として立つ殿下に相応しくいられません――そう言って涙するつがいの言葉に、シラージュも涙にくれた。
しかし泣いてばかりもいられない。皇妃が空席のままだ。
さすがに周囲があわて、急遽連れてこられたのが許婚のディーマだった。
「皇帝家や貴族は、つがいとは別に許婚がいる。運命のつがいを迎えても、結婚は許婚とすることが多いんだ」
「じゃあ、ハイダル様にも許婚がいたんですか?」
ミシュアルが問いかけると、ハイダルはうなずき、けれどすぐに首を振った。
「いたが、サリムを迎えてすぐに解消した。それで……慣例的ではあるが、お祖父様はお祖母様を皇妃として迎えた。本当なら解消しているはずだったらしいが、スハヤ様の体の弱さは最初からわかっていたことで、もしかしたらという危惧があったんだろう。今となってはわからないが、お祖母様を側妃にするつもりがあったのかもしれない。とにかく、お祖母様は皇妃になり、スハヤ様は側妃になったが……二人の仲は良くならなかった」
出身は庶民の家だが、皇帝の運命のつがいであり、寵愛を一身に受けるオメガ。
そもそも許婚ではあるものの、辞退された皇妃の席の後釜を埋めるために迎えられたアルファ。
生まれも育ちも境遇も、あまり違う二人だった。
「お祖父様はどちらも愛していると言っていたが、お祖母様は自分がスハヤ様の代わりだと思い込んでいたし、スハヤ様はお祖母様に避けられていることを知っていたから、安易に近づくような失礼は出来ないと言っていた。どちらも、互いに話し合うことはなかった」
結果、二人が和解することはなかった。
スハヤは皇宮の奥深くで静かに暮らし、四十を前にその生涯を閉じた。
ディーマは皇妃としてシラージュの隣に立ち続けて今に至る。
祖父の娶った二人の妃を振り返り、ハイダルはどこか寂しげに言った。
「そんないざこざがあって、お祖母様はスハヤ様だけでなく、オメガを嫌うようになった。せめてお祖父様が仲を取り持ち、もっと話し合うことができていたら、こんなことにはならなかったはずだ」
(許婚であっても、運命のつがいとアルファの関係がどう転ぶかで、破棄されることもある……スハヤ様が悪いわけではないけど、ディーマ様からすれば、シラージュ様とスハヤ様に振り回されたような気持ちになったんだろうな)
オメガに対する嫌悪を隠しもしなかったディーマには驚いたが、ハイダルの話を聞けば、あの態度も納得がいく。初めて会ったあの時に感じた嫌悪のような感情は、間違っていなかったのだ。
呆然とするミシュアルの前で、ハイダルは話を現在につないだ。
「だから、俺が今サリムを迎えに行けば……戻った時、お祖母様はサリムを責めるはずだ。サリムに非はないが、糾弾はいくらでもできる。俺がいくら止めても、サリムの耳にそれが入らないわけがない――サリムが傷つかないわけがない。それを考えれば、俺が葬儀に出ることは最善策だと思うんだ……」
彼らの血を唯一引くハイダルがため息をつき、再び黙り込む。
なんと声をかけていいかわからないまま、ミシュアルは膝に目を落とした。
(サリム殿を探しに行かない選択をすることも、ハイダル殿下なりの気遣いなんだ……)
仲が悪いわけではないとはわかっていたが、見かけるたび、ほとんど一緒にいるところを見なかった二人だ。実際のところはどうなのだろうと思う気持ちもあった。けれど心の底では相手を思いやり、自分なりの愛情を向けあっている。
決して周囲の思惑に諾々と従うのではなく、自分の出来るやり方で、静かに愛し合っている。
それがわかったいま、現状がもどかしくて仕方ない。
このままハイダルは葬儀に出て、サリムのことは将軍に任せることになる。ならば、自分はどうすべきか――ミシュアルがいつもの癖でぐるぐると考え込み始めた時だった。
「だが」
不意に、ハイダルの声が響く。さっきまでの、どこか迷いのある声ではなかった。
「このままでは、遺恨を遺したままになる。俺はサリムとこれからも歩んでいくつもりだ。サリム以外の妃を娶る気もない。俺がどうしていきたいか、ここではっきりとお祖母様にわかっていただかなければならない。――イズディハール、葬儀の主として立つべき俺が席を外すことを、今のうちに謝っておく」
「ああ」
わかった、と鷹揚にイズディハールがうなずく。
一瞬意図が理解できず、目を丸くしたミシュアルにも声がかかる。
「ミシュアル殿にも、謝罪をしておこう。俺は葬儀には出ない。賓客がいるのに参列しない無礼を許して欲しい。俺は、サリムを迎えに行く」
そう言ったハイダルの顔は、先ほどまでの沈痛な面持ちから、何か吹っ切れたような晴れ晴れとした顔になっている。声にも張りがあり、夜の静かな空気に凛と響いた。
もう揺らぐことはないまなざしに、ミシュアルは思わず、俺も、と呟いた。
「俺も行きます、ハイダル様」
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