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巣ごもりオメガと運命の騎妃
38.共に歩むために
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決してその場の雰囲気に飲まれたわけではない。ただ、今言わなければ置いていかれると思ったのだ。
けれど、ハイダルはもちろんイズディハールにとっては寝耳に水だ。
すぐさま二人は首を振った。
「だめだ、ミシュアル殿。今回、巻き込んだだけでも本来ならば大問題に発展しかねないほどの大問題だ。これ以上危険にさらすことはできない」
「何を考えている、ミシュアル。怪我をしているお前を、私が再び外に出すと思っているのか?」
二人は口々に責め立てるが、ミシュアルはぐっとこぶしを握り締めた。
「サリム殿は初めての友人です。それに、俺を逃してくれた恩もあります」
「だめだ。お前は怪我をしているし、万全ではない。頼む、ミシュアル。堪えてくれ」
イズディハールが懇願し、なだめるように両肩に手のひらが置かれる。
いつもならここで、自分なんかが大きな口を叩いてしまった、大それたことを言ったと縮こまってしまったかもしれない。
しかし、ミシュアルも引く気はなかった。
「怪我なら大丈夫です。手当てもしてもらいました。傷も深くなかった。武器さえあれば、絶対に相手に劣りません」
「確かにお前は強い。だがそれは過信だ」
ミシュアルの声音に釣られるように、イズディハールの声も低くなる。
憧れ、恋焦がれ続けたイズディハールとは、今まで口論すらしたことがない。緊張に胸が早鐘を打つ。
それでもミシュアルは顔を上げてイズディハールを必死に見つめた。
「わかっています。ですが、……ですが、待つだけの、守られるだけの存在になりたくないのです。俺は守る存在になりたい。いつかナハルベルカの王になるイズディハール様の隣に並べるように、生きてきたから」
はあっと吐いた息は震えていた。それでも言い切った。幼い頃からの夢を、こうなりたいと描いた未来を、まだ手放してはいないのだと。
「むっ……無謀だと思われても構いません。でも、今の俺にはできることがあります。俺にしかできないことです。……監視塔へ向かいながら、山道への目印をつけてきました。その案内です。お願いです、イズディハール様。あなたの隣に立つために、これからもドマルサーニと国交を続けていく国の王の伴侶として相応しいと思える自分でいたいんです」
「ミシュアル……」
イズディハールの顔は険しい。焦燥と戸惑いを含んだ獰猛な蒼い双眸がミシュアルを射貫いている。
(怖い……でも、諦めたくない)
じっとりと重苦しい威圧が肌をビリビリと焼くようだ。それでも視線をそらさない。ここで怖気づいてしまっては、ミシュアルの決心などその程度だと思われてしまう。
絶対にそらしてなるものかと、今にも震えそうな膝を掴んで歯を食いしばるミシュアルを、イズディハールは再び叱責した。
「お前の身の安全に、どれだけの重責があるかわかっているのか? お前はナハルベルカの民であり、アブズマール家の三男、そして私のつがいだ。ナハルベルカの王の、唯一のつがいだ」
「わかっています! だからこそ、俺は諦めたくない。俺はミシュアル・アブズマールです。あなたのつがい、ナハルベルカ王の隣に立つ者です。その自分に、恥じたり後悔を残したくない」
「……っ」
イズディハールの威圧がぶわりと増す。思わず震えが走り、うなじがちりちりと痛んだ。
これほどまでの怒りは、多少の色は違えどあのアルラタの塔での一件以来感じたことがない。むしろ、イズディハールと出会ってからですら、二度目だと明確に数えられるほどめったにあることではない。
しかし、それがむしろミシュアルには嬉しかった。
いつだって冷静で、落ち着いた雰囲気を持つイズディハールが感情をあらわにしている。自分が原因で。
それゆえの怒りだと思うと、愛されている、と仄暗くさえある感情を覚える。
畏怖と甘美にとけてしまいそうになったミシュアルだが、とっさに下唇を噛んだ。
(――喜んではいけない。イズディハール様が真剣に考えてくださっているからこそだ)
睨んでくるイズディハールを見返す。情けない悲鳴を漏らしてしまうような気がしたが、ミシュアルはおそるおそる口を開いた。
「俺は、俺の出来ることをしたい。そうやって、あなたと――イズディハール様と、生きていきたいんです」
悲鳴は出なかった。けれどこれ以上話せば、どうなるかはわからない。再度閉ざした口の中で、奥歯はかすかにカチカチと音を立てていた。
ミシュアルの言葉を、イズディハールは微動だにせず聞いていた。
けれど、威圧の中にひそむ感情の度合いが変化していくことにミシュアルは気づいた。
怒りと困惑に満ちていた中に、違うものが混じり始める。それが何かはわからなかったが、そのおかげで怒りは徐々に薄らいでいく。
やがて、ミシュアルの震えは止まった。肌を焼くような怒気も、奥歯を震わせる圧力も、かなり和らいでいる。
はあ、と大きなため息が緩み始めた空気の中に落ちた。
「……今回の訪問に連れてきた五十名の兵のうち、三十名を捜索隊として出す。そこにお前も加える。指揮はザネリ副師団長。彼の指示に必ず従い、自分の身を第一に考えてくれ。それが守れないようなら、サリム殿の捜索には出せない」
重い声で言うと、イズディハールはじっとミシュアルを見た。
「守れるか、ミシュアル」
視線をそらさず、ミシュアルはぐっとこぶしを握り締めた。背筋を伸ばし、まっすぐに顔を上げる。
「はい。必ず」
「……いいだろう。ハイダル、ナハルベルカからも捜索隊を出す。ミシュアルについては、その安否についてドマルサーニは一切の責任を負わないことを誓う。ロカムへ入った際の私の代理として、あとで任命書も持たせる」
「わかった。出立は夜明け前の予定だが、大丈夫か」
「ああ。今からザネリを呼んで話をする」
張りつめていた空気が解け、時が動き出したかのようにイズディハールとハイダルが今後についての話を早急に始める。それを聞きながら、ミシュアルは固唾を飲んだ。
イズディハールに立ち向かってみたものの、許可が出たことが未だに信じられない。
(行っていいんだ)
布に水が染みていくように、高揚感と緊張がじわじわと広がって胸のあたりで熱を増す。
夜明け前に、再びミシュアルは旅立つ。
今度は誘拐でもなく、人目を忍んででもなく、背を押された者として。
けれど、ハイダルはもちろんイズディハールにとっては寝耳に水だ。
すぐさま二人は首を振った。
「だめだ、ミシュアル殿。今回、巻き込んだだけでも本来ならば大問題に発展しかねないほどの大問題だ。これ以上危険にさらすことはできない」
「何を考えている、ミシュアル。怪我をしているお前を、私が再び外に出すと思っているのか?」
二人は口々に責め立てるが、ミシュアルはぐっとこぶしを握り締めた。
「サリム殿は初めての友人です。それに、俺を逃してくれた恩もあります」
「だめだ。お前は怪我をしているし、万全ではない。頼む、ミシュアル。堪えてくれ」
イズディハールが懇願し、なだめるように両肩に手のひらが置かれる。
いつもならここで、自分なんかが大きな口を叩いてしまった、大それたことを言ったと縮こまってしまったかもしれない。
しかし、ミシュアルも引く気はなかった。
「怪我なら大丈夫です。手当てもしてもらいました。傷も深くなかった。武器さえあれば、絶対に相手に劣りません」
「確かにお前は強い。だがそれは過信だ」
ミシュアルの声音に釣られるように、イズディハールの声も低くなる。
憧れ、恋焦がれ続けたイズディハールとは、今まで口論すらしたことがない。緊張に胸が早鐘を打つ。
それでもミシュアルは顔を上げてイズディハールを必死に見つめた。
「わかっています。ですが、……ですが、待つだけの、守られるだけの存在になりたくないのです。俺は守る存在になりたい。いつかナハルベルカの王になるイズディハール様の隣に並べるように、生きてきたから」
はあっと吐いた息は震えていた。それでも言い切った。幼い頃からの夢を、こうなりたいと描いた未来を、まだ手放してはいないのだと。
「むっ……無謀だと思われても構いません。でも、今の俺にはできることがあります。俺にしかできないことです。……監視塔へ向かいながら、山道への目印をつけてきました。その案内です。お願いです、イズディハール様。あなたの隣に立つために、これからもドマルサーニと国交を続けていく国の王の伴侶として相応しいと思える自分でいたいんです」
「ミシュアル……」
イズディハールの顔は険しい。焦燥と戸惑いを含んだ獰猛な蒼い双眸がミシュアルを射貫いている。
(怖い……でも、諦めたくない)
じっとりと重苦しい威圧が肌をビリビリと焼くようだ。それでも視線をそらさない。ここで怖気づいてしまっては、ミシュアルの決心などその程度だと思われてしまう。
絶対にそらしてなるものかと、今にも震えそうな膝を掴んで歯を食いしばるミシュアルを、イズディハールは再び叱責した。
「お前の身の安全に、どれだけの重責があるかわかっているのか? お前はナハルベルカの民であり、アブズマール家の三男、そして私のつがいだ。ナハルベルカの王の、唯一のつがいだ」
「わかっています! だからこそ、俺は諦めたくない。俺はミシュアル・アブズマールです。あなたのつがい、ナハルベルカ王の隣に立つ者です。その自分に、恥じたり後悔を残したくない」
「……っ」
イズディハールの威圧がぶわりと増す。思わず震えが走り、うなじがちりちりと痛んだ。
これほどまでの怒りは、多少の色は違えどあのアルラタの塔での一件以来感じたことがない。むしろ、イズディハールと出会ってからですら、二度目だと明確に数えられるほどめったにあることではない。
しかし、それがむしろミシュアルには嬉しかった。
いつだって冷静で、落ち着いた雰囲気を持つイズディハールが感情をあらわにしている。自分が原因で。
それゆえの怒りだと思うと、愛されている、と仄暗くさえある感情を覚える。
畏怖と甘美にとけてしまいそうになったミシュアルだが、とっさに下唇を噛んだ。
(――喜んではいけない。イズディハール様が真剣に考えてくださっているからこそだ)
睨んでくるイズディハールを見返す。情けない悲鳴を漏らしてしまうような気がしたが、ミシュアルはおそるおそる口を開いた。
「俺は、俺の出来ることをしたい。そうやって、あなたと――イズディハール様と、生きていきたいんです」
悲鳴は出なかった。けれどこれ以上話せば、どうなるかはわからない。再度閉ざした口の中で、奥歯はかすかにカチカチと音を立てていた。
ミシュアルの言葉を、イズディハールは微動だにせず聞いていた。
けれど、威圧の中にひそむ感情の度合いが変化していくことにミシュアルは気づいた。
怒りと困惑に満ちていた中に、違うものが混じり始める。それが何かはわからなかったが、そのおかげで怒りは徐々に薄らいでいく。
やがて、ミシュアルの震えは止まった。肌を焼くような怒気も、奥歯を震わせる圧力も、かなり和らいでいる。
はあ、と大きなため息が緩み始めた空気の中に落ちた。
「……今回の訪問に連れてきた五十名の兵のうち、三十名を捜索隊として出す。そこにお前も加える。指揮はザネリ副師団長。彼の指示に必ず従い、自分の身を第一に考えてくれ。それが守れないようなら、サリム殿の捜索には出せない」
重い声で言うと、イズディハールはじっとミシュアルを見た。
「守れるか、ミシュアル」
視線をそらさず、ミシュアルはぐっとこぶしを握り締めた。背筋を伸ばし、まっすぐに顔を上げる。
「はい。必ず」
「……いいだろう。ハイダル、ナハルベルカからも捜索隊を出す。ミシュアルについては、その安否についてドマルサーニは一切の責任を負わないことを誓う。ロカムへ入った際の私の代理として、あとで任命書も持たせる」
「わかった。出立は夜明け前の予定だが、大丈夫か」
「ああ。今からザネリを呼んで話をする」
張りつめていた空気が解け、時が動き出したかのようにイズディハールとハイダルが今後についての話を早急に始める。それを聞きながら、ミシュアルは固唾を飲んだ。
イズディハールに立ち向かってみたものの、許可が出たことが未だに信じられない。
(行っていいんだ)
布に水が染みていくように、高揚感と緊張がじわじわと広がって胸のあたりで熱を増す。
夜明け前に、再びミシュアルは旅立つ。
今度は誘拐でもなく、人目を忍んででもなく、背を押された者として。
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