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巣ごもりオメガと運命の騎妃
39.旅立ちの朝と昔日の姿
しおりを挟むまだ陽も上りきらない夜明け前、城門前の広場は騒然としていた。
ドマルサーニ、ナハルベルカ両国の兵が百人ほどと同数の馬、それから備蓄を積んだ馬車が五台と、物々しい雰囲気だ。
ささめく兵たちが立ち並ぶ中、ミシュアルはイズディハールとハイダル、そして兵の引率をするナスリ将軍とザネリ副師団長の四人と顔を突き合わせて最後の打ち合わせをしていた。
「改めて進路の確認だ。三十二号監視塔まで南下、そこから国境沿いに東に移動して、クク山脈のふもとをなぞる。ミシュアル殿、目印はどのあたりからつけたかは見当がつくか?」
「最後に目印をつけてから、しばらく歩きました。ただ、馬なら……最後に目印を付けた木まで、そうかからないかと。目印は全部で二十二ヶ所です」
「なら、最後につけたものから数えて辿ろう。山道はどの程度の幅があった?」
「せいぜい荷馬車が一台半程度なので……馬なら五頭並ぶかどうかでした。ただ、あまり樹木の密集が見られなかったので、横に散開して行くのは可能かと」
「なるほど、それなら山道を俺とザネリ副師団長とミシュアル殿、囲むように我が国の兵で固めて移動しよう……」
寝ていたところを起こされ、急遽出立を伝えられた兵も多く、あくびを噛んでいる者は多い。ミシュアルも短時間の睡眠を取っただけで眠気はあったが、興奮の方が勝っているのか、やけに頭が冴えていた。
山道まで一気に行けるように、広げた地図を指で辿り、今のうちに念入りに進路を確認する。用意された馬は足が速い駿馬ばかりで、経路も目的地もはっきりしている。
早ければ昼過ぎには山道の入り口を見つけられるかもしれない、と思った時だった。
兵士たちのさざめきがぴたりと止み、奇妙な沈黙が降りる。何事だと思ったのは話し合いに参加する五人全員で、同時にあげた顔を同じ方向に向けたのは、何かしらの気配を感じ取ったからなのかもしれない。
皆の視線の先、夜明け前の皇宮を背にこちらへ歩いてくるのは、ディーマ皇妃だった。
「何をしているの」
それほど大きくなく、感情もあまり感じられない声だ。しかし妙な威圧感を持って広場中に響き渡り、全員の背すじが叱咤されたようにまっすぐになった。
ディーマはお付きの女官を二人従えて近くまで来ると、広場を一瞥した。
「何をしているかと言っているの」
質問を投げてはいるが、すべてを知っているのだろう。その視線は鋭くハイダルを見据えていた。
(ハイダル殿下……)
ディーマとはテーブルを挟んだ形になるハイダルの顔は、緊張に強張っている。
射貫くようなディーマの視線は強く、まだ年若い次期皇帝がその迫力に飲み込まれても仕方がないとすら思えるほどだ。
しかしハイダルは深呼吸をして背筋を正すと深々と一礼し、顔を上げるなり大きく口を開いた。
「サリムを迎えに行きます」
静まり返った広場に響く声に、ディーマは眉ひとつ動かさなかった。
「陛下への感謝、畏敬を忘れたわけではありません。葬儀にも、出られるものなら出たかった。ですが、陛下の孫として、次期皇帝として今一番にすべきことを考えました」
「どれだけ考えたところで、導き出した答えが愚かであれば、それは愚考でしかないのよ、ハイダル」
決意を容赦なく切り捨てる声は冷ややかだ。威圧は出ていないはずなのに、この場にいる誰よりも細く華奢なディーマの迫力に気圧されて、誰も動けない。
それでもハイダルは退きも服従もしなかった。
「いいえ、これは俺の出来る最善です。サリムは俺の運命のつがい。唯一の妃です。それはこれから先も変わらない。俺が皇帝となる時、隣にいてほしいのはサリムなのです。その彼を、俺は迎えに行かなければなりません」
「…………」
ディーマは何も言わなかった。ただひたすらにハイダルを見つめている。
睨むでもなく嘲るでもなく、ただただ無を携えた双眸は、むしろハイダルを通してどこか遠くを見ているようにも見えた。
(……シラージュ陛下とスハヤ様を思い出しているのか?)
彼女の過去に大きなしみを残し、今もなお消えることがない、運命制度で結ばれたつがいたちの姿。
実際に彼らがどんな思いでディーマと向き合っていたかはわからない。けれど、ディーマ自身が二人の間に入ることも出来なければ、二人を許すこともできないまま生きてきたことは確かだ。
年を経てなお凛と怜悧な眼差しを持つ老婦人を、ミシュアルは初めて畏怖や戸惑いでなく、悲しいと思った。
黙ったままのディーマを前に、ハイダルも思うところがあったのだろう。踏み出して祖母の前まで行くと、片膝をついて首を垂れた。
「お許しください、お祖母様。俺は誰も悲しませたくない。お祖母様も、サリムも。そのための大切な決断だと……」
「戻るわ」
言い募るハイダルを前に、ディーマは突然踵を返した。
細い背中は振り返ることなく歩いていく。やがてその背が皇宮の中に消えると、張りつめていた広場の空気がようやく緩んだ。
ハイダルは膝をついたまま祖母を見送っていたが、すっと体を起こすとテーブルに広げた地図の前に戻り、膠着した雰囲気を一蹴するようにははと笑った。
「お祖母様とスハヤ様の……お祖父様との確執は、俺が生まれるずっと前からのことだ。一朝一夕で、そのわだかまりが溶けるとも思っていない。……まずはサリムを奪還して、俺の本気を見てもらう。長い目でやっていくさ」
だから気にしないでくれと言って、ハイダルは空を見上げた。星が瞬いていた夜空の裾が、眩い朝日の色に染まりつつある。
「そろそろ夜が明ける。出立しよう」
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