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前編
11.決断-2
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「そのつもりはない。だが、そう捉えたいなら契約違反として私の行いを告発しなさい」
「……何を考えておられるのです?」
昔イリスを不当に処罰した事実。それはグンナルが隠し通したかったことではないのか。
グンナルは深く落ち着いた声音でイリスに語り掛ける。
「セーデルルンド。私はあの時、確かに自らの保身のためにお前の取引に乗った。だが今は、この地位や職を失おうと、過去のことを明らかにしても構わないと考えている。私の違法行為が告発されれば、お前に実際は何が起きたのかの事実解明もされるだろう。そうすれば、精神治療の専門家と事情を共有し、お前は適切な治療を受けられる」
彼はかつてアルヴィドに盛られた薬で満足に動けなくなっていたイリスを、校則違反の飲酒をしたと決めつけ、出身のことを持ち出して蔑み、証拠不十分のまま停学にした。過ちだったと分かると、口止めのためイリスと契約し、アルヴィドへの復讐に加担した。
利己的な差別主義者であり権威主義者。それがグンナルだったはずではないのか。
なぜ今になって、悪事に手を染めてまで守ってきた地位を捨てて構わないと言うのか。
まさか、公にされても地位を失わないとでも考えているのかと、イリスは問いかけを重ねようとする。
「……先生は、全て明らかにして、ご自身がどうなるか本当に理解しておられるのですか。校長の役職を罷免されるだけでは――」
「お前以上に理解している」
遮ったグンナルの語調は強かった。
「当然に罷免され、教師としての資格は剥奪される。二度と教師に戻ることは許されないだろう。刑事罰を受ける可能性もある。さらに不祥事を起こしたのは名門ルーヘシオンの学校長だ。この事実は広く報道され、被害者のお前の情報は伏せられたとしても、私のことは詳細に暴かれる。別の職を得るどころか、外を歩くこともままならないだろうな。親類、友人は一人残らず去る。帰る場所も失う。……私がお前にしたことは、そういうことだ」
淡々と悲惨な未来を語る一方、恐れは欠片もなく、覚悟の眼差しでイリスを見つめている。
それらを受け入れてでも構わない何かが、彼に起きたのだ。追い求めた地位と名誉より重要な何かが。
「次は、何が欲しくなったのです?」
杖の先端を突きつけられても、グンナルは自分の杖へ目を向けることすらしない。イリスが攻撃などしないと高をくくっているか、それでも受け入れるつもりなのか。
「元へ、戻したいだけだ」
イリスは理解した。グンナルの新たな動機はアルヴィドへの罪悪感だ。
アルヴィドを積極的に害し、そうして保身を図った後に手にした名誉ある職。得たものが大きいからこそ、自らの売り渡したアルヴィドの変わり果てた姿に耐えられなくなったのだ。
「彼への復讐に手を貸したことを、無かったことにしたいのですか。私の復讐が間違いだったと仰るのですか」
名門エーベルゴート家の嫡男を、かつてのグンナルも随分目をかけていたことだろう。それが今では見る影もない。グンナルがイリスに協力しなければ、彼は誰もが想像した通りの華々しい人生を歩んでいた。
自分のしてしまったことを、彼の採用をきっかけにまざまざと見せつけられた。それで気が変わったに違いない。
だがその後悔は、アルヴィドがイリスにしたことを軽んじている。イリスにとっては、あれは相応の罰だ。それを後悔するのなら、イリスの復讐も、グンナルにとってはすべきことではなかったという評価になる。それほどのことではなかった、と。
「そうではない」
「……何を考えておられるのです?」
昔イリスを不当に処罰した事実。それはグンナルが隠し通したかったことではないのか。
グンナルは深く落ち着いた声音でイリスに語り掛ける。
「セーデルルンド。私はあの時、確かに自らの保身のためにお前の取引に乗った。だが今は、この地位や職を失おうと、過去のことを明らかにしても構わないと考えている。私の違法行為が告発されれば、お前に実際は何が起きたのかの事実解明もされるだろう。そうすれば、精神治療の専門家と事情を共有し、お前は適切な治療を受けられる」
彼はかつてアルヴィドに盛られた薬で満足に動けなくなっていたイリスを、校則違反の飲酒をしたと決めつけ、出身のことを持ち出して蔑み、証拠不十分のまま停学にした。過ちだったと分かると、口止めのためイリスと契約し、アルヴィドへの復讐に加担した。
利己的な差別主義者であり権威主義者。それがグンナルだったはずではないのか。
なぜ今になって、悪事に手を染めてまで守ってきた地位を捨てて構わないと言うのか。
まさか、公にされても地位を失わないとでも考えているのかと、イリスは問いかけを重ねようとする。
「……先生は、全て明らかにして、ご自身がどうなるか本当に理解しておられるのですか。校長の役職を罷免されるだけでは――」
「お前以上に理解している」
遮ったグンナルの語調は強かった。
「当然に罷免され、教師としての資格は剥奪される。二度と教師に戻ることは許されないだろう。刑事罰を受ける可能性もある。さらに不祥事を起こしたのは名門ルーヘシオンの学校長だ。この事実は広く報道され、被害者のお前の情報は伏せられたとしても、私のことは詳細に暴かれる。別の職を得るどころか、外を歩くこともままならないだろうな。親類、友人は一人残らず去る。帰る場所も失う。……私がお前にしたことは、そういうことだ」
淡々と悲惨な未来を語る一方、恐れは欠片もなく、覚悟の眼差しでイリスを見つめている。
それらを受け入れてでも構わない何かが、彼に起きたのだ。追い求めた地位と名誉より重要な何かが。
「次は、何が欲しくなったのです?」
杖の先端を突きつけられても、グンナルは自分の杖へ目を向けることすらしない。イリスが攻撃などしないと高をくくっているか、それでも受け入れるつもりなのか。
「元へ、戻したいだけだ」
イリスは理解した。グンナルの新たな動機はアルヴィドへの罪悪感だ。
アルヴィドを積極的に害し、そうして保身を図った後に手にした名誉ある職。得たものが大きいからこそ、自らの売り渡したアルヴィドの変わり果てた姿に耐えられなくなったのだ。
「彼への復讐に手を貸したことを、無かったことにしたいのですか。私の復讐が間違いだったと仰るのですか」
名門エーベルゴート家の嫡男を、かつてのグンナルも随分目をかけていたことだろう。それが今では見る影もない。グンナルがイリスに協力しなければ、彼は誰もが想像した通りの華々しい人生を歩んでいた。
自分のしてしまったことを、彼の採用をきっかけにまざまざと見せつけられた。それで気が変わったに違いない。
だがその後悔は、アルヴィドがイリスにしたことを軽んじている。イリスにとっては、あれは相応の罰だ。それを後悔するのなら、イリスの復讐も、グンナルにとってはすべきことではなかったという評価になる。それほどのことではなかった、と。
「そうではない」
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