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後編
34.許し-3
しおりを挟む腕を引けば、アルヴィドはためらいながら、視線を逸らしたまま、どうにか振り返ってくれた。
イリスが前へ回り込んではだめだ。彼自身に、一歩を踏み出してもらう必要がある。
「私を見て」
両手を取って懇願しても、アルヴィドは動かない。
だが、微細な視線の向きや手から伝わる緊張が、彼の葛藤を示していた。イリスの声は届いている。
これは、彼が自分の恐怖へ立ち向かうために必要な時間だ。アルヴィドは、危険だと思い込んでいる状況へ身を置き続ければ、いずれ不安が薄れていくと教えてくれた。同じことなのだ。
イリスが信じた通り、アルヴィドはようやく、目を合わせた。
昔の輝きはなくとも、穏やかな光を宿す青い瞳。
奇しくも、アルヴィドが無理に触れたからこそ気付けたその感情を、イリスは彼の目を見て告げたかった。
「私も、あなたを愛しているわ」
「そんな――」
何か、否定の言葉で遮ろうとしたアルヴィドを、イリスは手を強く握って押しとどめる。
「だって、あなたに口づけられても、大丈夫だった。一生、誰ともそんなことできないと思っていたのに。怖かったけど、あなたとしても嫌ではなかった。誰でもいいわけじゃない。あなただから。私と一緒に、怖くても戦ってくれたあなただから」
容姿が変わり果てるほどの罪悪感を抱えながら、かつての自分が犯した罪から目を背けることなく償いへ身を投じた。
それができる強さを持ったアルヴィドなら、共に未来を見てくれると、イリスは信じている。
「どうか逃げないで。この感情を抱くのは、不安になるけれど、危険なことじゃないわ。理解できれば、怖くなくなる。あなたが、教えてくれたでしょう」
治療の中でアルヴィドが教えてくれたこと。
自分を見失っていたアルヴィドは、改めてその言葉を噛み締めるかのように、唇を歪めた。
「……触れても、構わないか」
「ええ」
掴まえていたアルヴィドの両手を放す。
アルヴィドは腕をイリスの背にそっと回し、怖々と、優しく抱きしめた。
「これは、僕の意思だ。僕の……」
「もう、セムラクは使わないで。私には、隠さないで」
身を委ねるイリスの肩に、雫が降ってきた。アルヴィドの声と体は震えている。
「ああ、誓う。二度と、逃げたりしない。……愛している。イリス、君は、僕の未来だ。ありがとう……」
おそらく、これがアルヴィドの、ようやく許しを受け入れられた瞬間だった。
その証拠に、過去だけを見つめてきた彼も、ついに未来を口にできた。
「よかった。アルヴィド……。ほんとうに……」
二人は、今度はお互いの意思で唇を重ね合わせ、そしてまた固く抱き締めあった。
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