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08.初夜-2 *
しおりを挟むそうして許された体へ触れれば、薄い布越しに体温が伝わってきた。温かい。
手を置いた肩は、思っていたよりも華奢に感じる。背丈は見下ろすために当然抜いたと自覚しているが、体に触れることなどほとんどないので、どうも所々幼いころの感覚が抜けきらない。
ヴィオラはイザークをじっと見上げている。静かだ。表情はわかるのだが、薄暗いので見づらいことこの上ない。
彼女の下ろした髪が顔に影を作るからだろうかと、それをよけて耳へかけてやる。すると、ランプの明かりが、ヴィオラの横顔を照らしだした。
「……伯爵夫人?」
「はい。どうか、なさいましたか」
思わず声をかけてしまう。
なぜなら、ランプの明かりという頼りなさはあるが、それをおいても、照らされた顔色とあらわになった耳が、イザークの手のひらと比較しても赤く染まっていたからだ。
目の縁、瞼の際には、涙が僅かに溜まっている。
「そなた……」
自分だけかと思っていた。だが、ヴィオラも、緊張と羞恥を感じていたのだ。
それが分かると、イザークはふっと息を漏らして笑ってしまった。急に緩んだ空気に、ヴィオラが少し目を瞠る。
「力を抜け、伯爵夫人」
「え?」
意識してみれば、受け答えもどうもぎこちない。最初からお互い様だったようだ。
「私とそなたは、幼いころからの友であり、王と秘書官という関係だが、今は、対等な年初の行為の相手だ。今、この時だけの……」
イザークが王であり、その年初の相手について家柄等の選定基準があるとしても、決まった後のこの行為そのものについては、本来は立場の優劣はない。どちらかが施すものではなく、お互いの不吉な年初の一度目を、お互いに消化する相手だ。
幼馴染という関係も、王と臣下という関係も、今は忘れるべき。それぐらい、本来は気楽で対等なものなのだ。緊張しすぎてはむしろおかしい。
「そう……、そうですよね……」
イザークが笑ったことで張っていた気が抜けたのか、ヴィオラは素直に落ち着かない様子を曝け出すようになった。手を握り合わせたり、目を伏せたりする。
「そなたが気楽にできるよう、私も努力しよう」
自分の方が緊張していたことを棚上げして、イザークはヴィオラの頬に手を添え、顔を上げさせた。
任せると頼まれているのだから、きっと許される。そう自分へ言い聞かせつつ、彼女の肩へ腕をまわし、抱き寄せた。体勢を崩したヴィオラは、イザークの胸に体を預ける格好となった。
「ヴィオラ……」
「へい、んっ――」
名前を呼んで口づけると、ヴィオラは抵抗はしないが、自分の夜着の胸元を握りしめて身を固くした。
唇の表面だけを合わせる、軽い口づけ。一度離して、また合わせ、次は舌で舐める。腕の中の体がびくりと震える。
奥へ進むことを要求するように、繰り返し、舌で唇の間をなぞるが、そこは頑として閉じたままだ。
顔を離して恨めしげな視線を送ると、ヴィオラは固まったまま、次は何が起きるのかとイザークを凝視している。
「私に任せてくれるのではなかったか」
「全力でお任せしておりますが……」
確かに、力んではいるが、イザークの腕の中から逃げる様子はない。
イザークはもしやと思い至った。
「閨では深い口づけをするのが礼儀だと思っているのだが」
「深い……?」
「舌を触れ合わせる」
「ええっ!?」
仰天するヴィオラの様子で察してしまった。
彼女の初回の相手とベラーネク伯爵は、深い口づけもせずにことを終える男たちだったのだ。人それぞれ信条はあるだろうが、イザークは口づけることを性行為の礼儀というか入り口だと思っているので、そうしない男たちがヴィオラの体を暴いていったのだと分かって、腹立たしい気持ちになった。ベラーネク伯爵は人格者と評判で、実際対面したイザークもその印象を持ったが、ベッドの上では話が違うようだ。
とはいえ、それは裏を返せばイザークが初めてヴィオラにそうする男ということになる。何事も初回は悪いという口伝からすればよくないのだろうが、イザークにとっては喜ばしいことだ。
「私がするから、そなたは受け入れてくれればそれでよい」
信じがたい閨の作法に驚愕するヴィオラへそう告げると、また唇を合わせた。
舌を忍び込ませれば、固く閉じていたそこはおずおずとイザークを受け入れる。
「ん、う……」
「息を忘れているぞ」
鼻から息をすると教えたが、うまく出来ないようなので、短い口づけを繰り返して息継ぎさせる。
戸惑い、堪えるように、伸ばした足をもぞもぞと動かしていたヴィオラは、少しすれば大人しくなり、イザークのガウンの肩にしがみつくようになった。
この求められるような仕草が嬉しくて、興奮で高まる熱に押され、より深くまで彼女の舌を追いかける。
ようやく唇を離すと、いつの間にか閉じていた瞼を開いたヴィオラは、イザークを潤んだ目で見つめた。
「陛下……」
濡れた唇が呼ぶのは、イザークの名前ではない。
「ヴィオラ、ここでは、私はそなたを名前で呼ぶ。だから、そなたも私を以前のように名前で呼んでくれないか」
王太子であった頃のように。
だがヴィオラは、悩むそぶりを見せたものの、結局幼馴染の顔で困ったように笑う。
「……私のことはいかようにもお呼びください。ですが、私がお名前で呼びかけることはなりません。それが許されるのは、今となっては王妃様だけです、陛下」
優しい、諭すような声音に、胸が締め付けられるようだった。イザークが愛情を持ってヴィオラを抱こうとしていて、この機会にかこつけてまた名前を呼んでほしいと思っていても、彼女にとってはそうではない。ヴィオラにとってはイザークはただの友にすぎず、自分の立場を忘れもしない。
「そうだな。わかった」
困らせたくはないし、説き伏せる材料もない。イザークは大人しくヴィオラの拒絶を受け入れた。
「ただ、誤って呼んだとしても咎めない。それは覚えておいてくれ」
「……かしこまりました」
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