【R-18】【完結】何事も初回は悪い

雲走もそそ

文字の大きさ
46 / 116

12.始まり-3

しおりを挟む


 今回のことでイザークに傷つけられたヴィオラは、離れることを選んだ。薬酒で正気を失っていたとはいえ、そんなことは彼女に関係がない。自分を凌辱した男と毎日のように顔を合わせなくてはならないなど、地獄のような職場だ。
 急いで休暇を取って伯爵領へ戻ったのは、秘書官を辞めた後のことを相談するためだと考えられた。父の公爵に後継者並みの教育を施されている彼女であれば、伯爵家の運営する商会の経営等、できることは山ほどある。元から夫である伯爵の傍を離れて働いていること自体が、世間的に見れば珍しいことだったのだ。戻ると言えば、ベラーネク伯爵は一も二もなく受け入れることだろう。
 秘書官たちの人員の差配に、退職後の身の振り方など、ヴィオラは着々と辞めるための準備を進めている。

(ヴィオラが、私の元を去るのか……)

 そんな日が来るとは、考えたこともなかった。少年の頃は、ヴィオラは自分の妻になってくれるものだと思っていた。それはあり得ないと知った後も、彼女は官僚の道を望んでいたから、引き続き繋がりが切れることはなかった。そして彼女は結婚しても秘書官の職を手放さず、むしろ幼いころより密に、毎日のように顔を合わせていた。
 ヴィオラは常にイザークの傍にいてくれた。だからこれからも、共にあってくれるものだと、漫然と思い描いていたのだ。
 何の拘束力もない、他人の妻を。

 失う事態に直面して、心のどこかへ亀裂が走った。出してはいけない、飼いならしていると思っていたものが、滲み出てくる。

(違う。ヴィオラは、私の……)

 イザークの胸の内から湧き出でたのは、喪失感ではなく、どす黒い独占欲だった。彼女へしたことの罪悪感が、塗りつぶされていく。

 ヴィオラに恋をして、自分の妻になると信じて疑わなかった。それが叶わないと分かっても、思いは捨てられなかった。誰かのものになってしまえば、消えてくれたのかもしれない。
 だがヴィオラは結局変わらず傍にいてくれて、結婚しても夫に触れられてすらいなかった。彼女を思い続け、長い時間隣にいて、そして肌を重ねているのはイザークただ一人だ。

(私のものだ……!)

 ずっと知らずにいて、たった今自覚してしまった考え。ヴィオラは自分のもの。イザークの根底にあるのは、その誤った認識だった。

 ただ視線を向けているだけだった窓枠に手をかける。
 いつだったか、ベラーネク伯爵の三男、ヴィオラの義理の息子が、彼女を迎えに来たことがあった。イザークはその時、庭園で待っていた彼をこの場所から見下ろしていた。彼はヴィオラに懸想しているようだった。そんな男の待つ伯爵家へ戻ろうなどと、許せるはずがない。
 絶対に、どこへも行かせない。

 現実的に、退職の準備を進めるヴィオラをどうやって留まらせるか。
 彼女は全ての後始末を済ませてから出ていくだろう。では逆に、自分の所為で問題が起きていれば、離れてはいけない。

「グィリクスで――」

 イザークは、立ちすくむ近衛兵へ振り返った。妙に、心が凪いでいるように感じる。

「かの国の王から贈られたあの薬酒……、どこに保管してある?」

 彼はイザークの心境の変化を感じ取ったのか、顔をひきつらせた。

 イザークの、捨てるべき時に捨てずに済んできてしまったヴィオラへの思いは、いつの間にか変質し、取り返しのつかない形で道を踏み外させてしまうのだった。

しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

田舎暮らしの貧乏令嬢、幽閉王子のお世話係になりました〜七年後の殿下が甘すぎるのですが!〜

侑子
恋愛
「リーシャ。僕がどれだけ君に会いたかったかわかる? 一人前と認められるまで魔塔から出られないのは知っていたけど、まさか七年もかかるなんて思っていなくて、リーシャに会いたくて死ぬかと思ったよ」  十五歳の時、父が作った借金のために、いつ魔力暴走を起こすかわからない危険な第二王子のお世話係をしていたリーシャ。  弟と同じ四つ年下の彼は、とても賢くて優しく、可愛らしい王子様だった。  お世話をする内に仲良くなれたと思っていたのに、彼はある日突然、世界最高の魔法使いたちが集うという魔塔へと旅立ってしまう。  七年後、二十二歳になったリーシャの前に現れたのは、成長し、十八歳になって成人した彼だった!  以前とは全く違う姿に戸惑うリーシャ。  その上、七年も音沙汰がなかったのに、彼は昔のことを忘れていないどころか、とんでもなく甘々な態度で接してくる。  一方、自分の息子ではない第二王子を疎んで幽閉状態に追い込んでいた王妃は、戻ってきた彼のことが気に入らないようで……。

女王は若き美貌の夫に離婚を申し出る

小西あまね
恋愛
「喜べ!やっと離婚できそうだぞ!」「……は?」 政略結婚して9年目、32歳の女王陛下は22歳の王配陛下に笑顔で告げた。 9年前の約束を叶えるために……。 豪胆果断だがどこか天然な女王と、彼女を敬愛してやまない美貌の若き王配のすれ違い離婚騒動。 「月と雪と温泉と ~幼馴染みの天然王子と最強魔術師~」の王子の姉の話ですが、独立した話で、作風も違います。 本作は小説家になろうにも投稿しています。

身代わり婚~暴君と呼ばれる辺境伯に拒絶された仮初の花嫁

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
【決してご迷惑はお掛けしません。どうか私をここに置いて頂けませんか?】 妾腹の娘として厄介者扱いを受けていたアリアドネは姉の身代わりとして暴君として名高い辺境伯に嫁がされる。結婚すれば幸せになれるかもしれないと淡い期待を抱いていたのも束の間。望まぬ花嫁を押し付けられたとして夫となるべく辺境伯に初対面で冷たい言葉を投げつけらた。さらに城から追い出されそうになるものの、ある人物に救われて下働きとして置いてもらえる事になるのだった―。

魔性の大公の甘く淫らな執愛の檻に囚われて

アマイ
恋愛
優れた癒しの力を持つ家系に生まれながら、伯爵家当主であるクロエにはその力が発現しなかった。しかし血筋を絶やしたくない皇帝の意向により、クロエは早急に後継を作らねばならなくなった。相手を求め渋々参加した夜会で、クロエは謎めいた美貌の男・ルアと出会う。 二人は契約を交わし、割り切った体の関係を結ぶのだが――

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

処理中です...