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放浪猫
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ザッザッザッザッザッ ───────── 。
キャスパリーグとの一件を何とか無事に乗り切ることができたスズネたちは、窮地を救ってくれたジークハルトとの出会いを喜びながらモンナケルタを下山していた。
「ジークさんは十年も何処に行ってたんすか?」
「ホッホッホッ。気の向くままに大陸中を旅していました」
「っていうか、めちゃくちゃ強いですよね!どうやったらそこまで強くなれるんですか?」
「ホッホッホッ。元気なお嬢さんだ。たゆまぬ鍛錬と実践を続けることです」
山を下りる道中もジークハルトのことが気になってしょうがない宿り木のメンバーたちは次から次へと質問を重ねる。
それに対して多少の驚きはあったものの、ジークハルトは笑顔でそれらに応じるのであった。
ザッザッザッザッザッ ──────── 。
「もう少しで麓だね」
「ハァ~…なんかドッと疲れたわね」
「あれだけのプレッシャーを浴び続けた緊張から解放されたからではないでしょうか」
「た…確かに少し身体が重いように感じますね」
「わっちはもう眠いのじゃ…ムニャムニャムニャ・・・」
「おい!俺にもたれかかるな。寝るなら帰ってからにしろ」
「諦めるっすよクロノ。そうなったラーニャはどうやっても起きないんすから。宜しく頼んだっす」
「ホッホッホッ。皆さんお疲れのようですね。ギルドへの報告は明日にして、このままロザリーの家へ向かうとしましょう」
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
疲れた身体に鞭打ち、ようやくモアの街へと到着したスズネたち。
これまで味わったことがないほどの緊張から解放されたことにより一気に訪れた疲労を理由にギルドへの報告は翌日にすることにした。
そして、いざロザリーの家へ。
コンコンコン ──────── 。
「はいはい、今出ますよ」
ガチャッ ───────── 。
「おばあちゃん、ただいまー」
「おや、スズネじゃないか。それにみんなもいらっしゃい」
「ロザリーさん、お久しぶりです」
「わっちはもう腹ペコなのじゃ~」
「おいラーニャ!起きてるならさっさと降りろ」
「クエストの帰りかい?」
「うん。モンナケルタまで行ってきた帰りなんだ」
「そうかい。それはみんな疲れただろう。さぁさぁ早く中にお入り・・・おや?」
突然の訪問にも関わらずいつもと変わらぬ笑顔でスズネたちを出迎えてくれたロザリー。
そんな彼女がスズネたちの後方へと視線を送ると、そこには見慣れた白猫の姿があった。
若くして出会い、たくさんの時間を共に過ごし、数多くの死線を潜り抜けてきた相棒がそこに立っていた。
「十年以上も連絡をよこさず急にフラッと帰ってくるなんて、本当に良いご身分だね~うちの放浪猫は」
珍しく嫌味を口にしたロザリーであったのだが、その表情は安堵と喜びに満ち溢れていた。
「ただいま、ロザリー。見ないうちにまた一段と年老いたな」
「まったく、帰ってきて早々に口にする言葉がそれかい。アンタと一緒にされちゃ、こっちはたまったもんじゃないよ」
息の合った掛け合い。
言葉以上の想いが二人の間を交差する。
それは決して目に見えることはないが、確かにそこに存在している。
そんな二人が創り出す空間をスズネたちは穏やかな気持ちで見守っていた。
「さぁさぁ、早く中にお入り。食事の準備をするからみんな手伝っておくれ」
「「「「「「 はーーーい 」」」」」」
─────────────────────────
ガチャガチャガチャガチャ ──────── 。
モグモグモグモグ ──────── 。
食事の最中も話題はジークハルトのことでもちきりとなる。
ロザリーとのこと、スズネとのこと、そして何よりもその強さの秘密について、矢継ぎ早に質問が飛ぶ。
そして、それらの話の中でジークハルトがかなり長い年月を生きてきた存在であることが明かされる。
「えっ!?ジークさんってロザリーさんよりも年上なんですか?」
「ホッホッホッ。私が初めてロザリーと会った時はまだ幼い少女でしたよ。あの頃は素直で可愛げのある女の子でした」
「まったく、いつの話をしてるんだい。それにねミリアちゃん、私だってこんな千年以上も生きてるような老いぼれと一緒にされるなんてごめんだよ」
「「「「「「 えっ!?・・・えーーーーーっ!? 」」」」」」
千年という途方もない数字に驚き、疲れていることなど忘れてしまったかのように大きな声を上げて驚くスズネたち。
幼少の頃から一緒に過ごしてきたスズネですら知らされていなかった事実。
てっきりロザリーと同じくらいか、少しばかり年上なのかくらいに思っていたスズネも目を丸くするしかなかった。
「せっ…千年?千年も生きてるんですか?」
「ホッホッホッ。あまり言われると照れてしまいますね~」
「ちょっ…ちょっと待つっす!千年も生きてるってことは・・・イェーニル大戦にも ───── 」
「ホッホッホッ。当然参加していますよ。あの頃はまだまだ駆け出しの若輩者でしたがね」
「「「「「「 ・・・・・ 」」」」」」
開いた口が塞がらない。
何と言えばいいのか・・・感情や思いが言葉にならない。
勇者サーバインの伝記やガルディア王国の歴史書などの古い文献にしか出てこないような歴史的大戦に実際に参加した者が今目の前にいる。
もはや何がなんだか分からない。
しかし、ここでジークハルトの口から意外な言葉が飛び出す。
「まぁ~確かなことはあまり覚えていないんですけどね」
「えっ?」
「仲間たちと共に魔王軍と戦ったのは事実。勇者サーバインが魔王を討ち取ったのも事実。しかし、なぜか最後の一騎討ちの場面の記憶だけが曖昧なのです。当時他の者たちにも聞いてみたのですが、皆一様にハッキリとは覚えていないと・・・」
「極限状態によって記憶が混乱してしまったのでしょうか」
「まぁ~何年もの間戦争なんて続けてたら頭もおかしくなるわよ」
「数年間も生死を懸けた戦いを続けるなんて、並大抵の精神じゃ保たないっすよ」
「しかし、みんなで戦ったというのに勇者だけが英雄扱いされるというのは納得できんのじゃ」
「ホッホッホッ。誰かに称えられることなどなくとも、種族の垣根を越えて背中を預け合い、彼らと共に戦場を駆け抜けた日々は私にとって誇りです。それに魔王を討伐し、世界を救ったのは紛れもなく勇者サーバインなのです。それに続いた私たちとしては、今のこの世界が平和であることが何よりも大事なことなのですよ」
「う~む。そういうものなのかのう」
「そういうものなのです」
その後も大戦当時の話を聞くことができたスズネたち。
歴史の生き証人とでもいうべきジークハルトの話は、教科書や歴史書を読むよりもずっとリアルで、当時の人々がどのような想いで戦い、喜び、悩み、悲しみ、葛藤していたのかを強く感じ取ることができた。
その上で今を生きる自分たちに出来ることは何なのかと真剣に考えるきっかけにもなったのだった。
「皆良い顔をしておる」
「ああ、私たち老いぼれはそれを支えてやるのが役目さね」
「ホッホッホッ。まったくもってその通りです」
ジークハルトの話を聞き終え、真剣な面持ちで熱い議論を交わすスズネたちの顔を眺めながら、ロザリーとジークハルトはその穏やかな時間を噛み締めるのだった。
─────────────────────────
「さて、もう時間も遅くなってきたからそろそろお開きにしようかね」
「えっ!?もうそんな時間なんだ。それじゃ、明日もギルドへの報告もあるしそろそろ帰ろうか」
そう言ってスズネたちが椅子から立ち上がろうとした時、それまで黙っていたジークハルトが口を開く。
「皆そのまま聞いてください。最後に私から君たちに確認しておきたいことがあります」
??????
ここまでスズネたちの質問に応じて話すことがほとんどであったジークハルトからの突然の問い掛けに一同が不思議そうな顔をする。
「私はスズネのことを実の孫のように思っている。そして、その仲間である君たちのことを応援したいとも思っています。その上で聞くのですが、もしやそこにいる男は魔族なのではないですか?」
!?!?!?!?!?!?
一瞬にして全員に緊張が走る。
先程までの穏やかな空気がまるで嘘かのよう。
そして、質問を終えたジークハルトは無言のまま静かにクロノへと疑惑の目を向けている。
「まっ…待ってよジークさん。クロノは確かに魔族だけど、私と契約もしてるし、これまでも私たちのことをたくさん助けてくれたんだよ。それにクロノは無闇矢鱈に他の人を傷つけたりなんかしないよ」
「そうよ!クロノはバカだけど無意味に他人に危害を加えたりなんかしないわ」
「その通りっす!クロノはこれまでもウチらのピンチを救ってくれたっす」
「ご…ご主人様は、忌み子とされ同族からも忌み嫌われていた私を救ってくれたのです」
「お主、わっちの旦那様に何かするつもりなら今すぐ消し炭にしてやるのじゃ」
「クロノのことはガルディア王も承知されています。それ故に先の獣王国との戦争にも王国軍に同行を許されています」
「ホッホッホッ。皆さん随分とその男のことを信頼されているようですね」
「「「「「「 ・・・・・ 」」」」」」
沈黙が広がる。
その中で誰一人として口を開くことができない。
ジークハルトはというと、依然としてクロノへと視線を送り続けている。
そして ──────── 。
「フゥー・・・。私の聞き間違いでなければ、クロノという名の魔族に覚えがあるのですが。もしや、歴代最強の魔王といわれている方ですか?」
「ああ、そうだが。それがどうした」
二人の間を視線が交差し、さらなる沈黙が広がる。
何とも居心地が悪く息苦しい。
スズネたちは二人の緊迫した状況に圧倒されてしまい口を挟むことができない。
その時、そんな状況を見かねたロザリーが満を持して二人の間に割って入る。
「アンタたちその辺にしておきな。まったくスズネのことになるとすぐにムキになるところは変わってないね。ジークは昔からスズネに対して過保護が過ぎるんだよ」
「当然でしょう。可愛い孫に変な男が寄り付いては黙ってなどいられません!何処の誰であろうと我が剣の錆にしてやりますよ」
「ハァ~…この孫バカはどうしようもないね。いいかい、この子たちの言っている通りクロノは冒険者としてのスズネたちの活動に協力してくれているんだ。それからこれまでにもガルディアの危機を救っている。そして最後に、スズネと契約をしてから一度たりとも自分から他種族に対して攻撃の意思をみせたことすらないんだよ」
「それは本当ですか?」
「はぁ?なんで俺がわざわざそんな面倒なことをしなきゃなんねぇーんだよ」
「あんまり干渉し過ぎるとスズネに嫌われちまうよ」
「ホッホッホッ。それは勘弁願いたいですね」
実際に魔族と戦ったことがあるからこそ、その凶暴性や圧倒的な力というものを誰よりも身に染みて理解している。
だからこそ、目の前にいる魔族の男を警戒しないわけにはいかない。
しかもそれが歴代最強とまで云われるような魔王であるならば尚更である。
しかし、目の前に立つ男からは遠い昔に戦った魔族から感じた強烈な悪意というものがまったく感じられない。
そして何より、ロザリーやスズネ、他の者たちが懸命にこの男を守ろうとしている。
ヒト族にドワーフ族にエルフ族。
千年前には考えられなかったこと。
もう笑うしかない。
「ホッホッホ…ホ~ッホッホッホッ。魔王クロノよ、変な疑いをかけてしまい申し訳ありません。どうもロザリーを始め私の周りにいる者たちはお人好しばかりなのでね。心配するあまり無礼なことをしてしまいました」
「あ~まぁ~気にすんな。お人好しのバカばかりだという点については同感だ」
「ホッホッホッ。あなたも苦労しているようですね」
「ちょっとクロノ!今のはどういう意味なの」
「ジークも今の話について詳しく聞きたいものだね~」
ガヤガヤガヤガヤ ──────── 。
何かを理解し合えたクロノとジークハルトの姿に違和感を覚えたスズネたち。
彼らの言葉に対して一斉に反論を開始し、その後も夜遅くまで笑い声が響き続けたのであった。
キャスパリーグとの一件を何とか無事に乗り切ることができたスズネたちは、窮地を救ってくれたジークハルトとの出会いを喜びながらモンナケルタを下山していた。
「ジークさんは十年も何処に行ってたんすか?」
「ホッホッホッ。気の向くままに大陸中を旅していました」
「っていうか、めちゃくちゃ強いですよね!どうやったらそこまで強くなれるんですか?」
「ホッホッホッ。元気なお嬢さんだ。たゆまぬ鍛錬と実践を続けることです」
山を下りる道中もジークハルトのことが気になってしょうがない宿り木のメンバーたちは次から次へと質問を重ねる。
それに対して多少の驚きはあったものの、ジークハルトは笑顔でそれらに応じるのであった。
ザッザッザッザッザッ ──────── 。
「もう少しで麓だね」
「ハァ~…なんかドッと疲れたわね」
「あれだけのプレッシャーを浴び続けた緊張から解放されたからではないでしょうか」
「た…確かに少し身体が重いように感じますね」
「わっちはもう眠いのじゃ…ムニャムニャムニャ・・・」
「おい!俺にもたれかかるな。寝るなら帰ってからにしろ」
「諦めるっすよクロノ。そうなったラーニャはどうやっても起きないんすから。宜しく頼んだっす」
「ホッホッホッ。皆さんお疲れのようですね。ギルドへの報告は明日にして、このままロザリーの家へ向かうとしましょう」
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
疲れた身体に鞭打ち、ようやくモアの街へと到着したスズネたち。
これまで味わったことがないほどの緊張から解放されたことにより一気に訪れた疲労を理由にギルドへの報告は翌日にすることにした。
そして、いざロザリーの家へ。
コンコンコン ──────── 。
「はいはい、今出ますよ」
ガチャッ ───────── 。
「おばあちゃん、ただいまー」
「おや、スズネじゃないか。それにみんなもいらっしゃい」
「ロザリーさん、お久しぶりです」
「わっちはもう腹ペコなのじゃ~」
「おいラーニャ!起きてるならさっさと降りろ」
「クエストの帰りかい?」
「うん。モンナケルタまで行ってきた帰りなんだ」
「そうかい。それはみんな疲れただろう。さぁさぁ早く中にお入り・・・おや?」
突然の訪問にも関わらずいつもと変わらぬ笑顔でスズネたちを出迎えてくれたロザリー。
そんな彼女がスズネたちの後方へと視線を送ると、そこには見慣れた白猫の姿があった。
若くして出会い、たくさんの時間を共に過ごし、数多くの死線を潜り抜けてきた相棒がそこに立っていた。
「十年以上も連絡をよこさず急にフラッと帰ってくるなんて、本当に良いご身分だね~うちの放浪猫は」
珍しく嫌味を口にしたロザリーであったのだが、その表情は安堵と喜びに満ち溢れていた。
「ただいま、ロザリー。見ないうちにまた一段と年老いたな」
「まったく、帰ってきて早々に口にする言葉がそれかい。アンタと一緒にされちゃ、こっちはたまったもんじゃないよ」
息の合った掛け合い。
言葉以上の想いが二人の間を交差する。
それは決して目に見えることはないが、確かにそこに存在している。
そんな二人が創り出す空間をスズネたちは穏やかな気持ちで見守っていた。
「さぁさぁ、早く中にお入り。食事の準備をするからみんな手伝っておくれ」
「「「「「「 はーーーい 」」」」」」
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ガチャガチャガチャガチャ ──────── 。
モグモグモグモグ ──────── 。
食事の最中も話題はジークハルトのことでもちきりとなる。
ロザリーとのこと、スズネとのこと、そして何よりもその強さの秘密について、矢継ぎ早に質問が飛ぶ。
そして、それらの話の中でジークハルトがかなり長い年月を生きてきた存在であることが明かされる。
「えっ!?ジークさんってロザリーさんよりも年上なんですか?」
「ホッホッホッ。私が初めてロザリーと会った時はまだ幼い少女でしたよ。あの頃は素直で可愛げのある女の子でした」
「まったく、いつの話をしてるんだい。それにねミリアちゃん、私だってこんな千年以上も生きてるような老いぼれと一緒にされるなんてごめんだよ」
「「「「「「 えっ!?・・・えーーーーーっ!? 」」」」」」
千年という途方もない数字に驚き、疲れていることなど忘れてしまったかのように大きな声を上げて驚くスズネたち。
幼少の頃から一緒に過ごしてきたスズネですら知らされていなかった事実。
てっきりロザリーと同じくらいか、少しばかり年上なのかくらいに思っていたスズネも目を丸くするしかなかった。
「せっ…千年?千年も生きてるんですか?」
「ホッホッホッ。あまり言われると照れてしまいますね~」
「ちょっ…ちょっと待つっす!千年も生きてるってことは・・・イェーニル大戦にも ───── 」
「ホッホッホッ。当然参加していますよ。あの頃はまだまだ駆け出しの若輩者でしたがね」
「「「「「「 ・・・・・ 」」」」」」
開いた口が塞がらない。
何と言えばいいのか・・・感情や思いが言葉にならない。
勇者サーバインの伝記やガルディア王国の歴史書などの古い文献にしか出てこないような歴史的大戦に実際に参加した者が今目の前にいる。
もはや何がなんだか分からない。
しかし、ここでジークハルトの口から意外な言葉が飛び出す。
「まぁ~確かなことはあまり覚えていないんですけどね」
「えっ?」
「仲間たちと共に魔王軍と戦ったのは事実。勇者サーバインが魔王を討ち取ったのも事実。しかし、なぜか最後の一騎討ちの場面の記憶だけが曖昧なのです。当時他の者たちにも聞いてみたのですが、皆一様にハッキリとは覚えていないと・・・」
「極限状態によって記憶が混乱してしまったのでしょうか」
「まぁ~何年もの間戦争なんて続けてたら頭もおかしくなるわよ」
「数年間も生死を懸けた戦いを続けるなんて、並大抵の精神じゃ保たないっすよ」
「しかし、みんなで戦ったというのに勇者だけが英雄扱いされるというのは納得できんのじゃ」
「ホッホッホッ。誰かに称えられることなどなくとも、種族の垣根を越えて背中を預け合い、彼らと共に戦場を駆け抜けた日々は私にとって誇りです。それに魔王を討伐し、世界を救ったのは紛れもなく勇者サーバインなのです。それに続いた私たちとしては、今のこの世界が平和であることが何よりも大事なことなのですよ」
「う~む。そういうものなのかのう」
「そういうものなのです」
その後も大戦当時の話を聞くことができたスズネたち。
歴史の生き証人とでもいうべきジークハルトの話は、教科書や歴史書を読むよりもずっとリアルで、当時の人々がどのような想いで戦い、喜び、悩み、悲しみ、葛藤していたのかを強く感じ取ることができた。
その上で今を生きる自分たちに出来ることは何なのかと真剣に考えるきっかけにもなったのだった。
「皆良い顔をしておる」
「ああ、私たち老いぼれはそれを支えてやるのが役目さね」
「ホッホッホッ。まったくもってその通りです」
ジークハルトの話を聞き終え、真剣な面持ちで熱い議論を交わすスズネたちの顔を眺めながら、ロザリーとジークハルトはその穏やかな時間を噛み締めるのだった。
─────────────────────────
「さて、もう時間も遅くなってきたからそろそろお開きにしようかね」
「えっ!?もうそんな時間なんだ。それじゃ、明日もギルドへの報告もあるしそろそろ帰ろうか」
そう言ってスズネたちが椅子から立ち上がろうとした時、それまで黙っていたジークハルトが口を開く。
「皆そのまま聞いてください。最後に私から君たちに確認しておきたいことがあります」
??????
ここまでスズネたちの質問に応じて話すことがほとんどであったジークハルトからの突然の問い掛けに一同が不思議そうな顔をする。
「私はスズネのことを実の孫のように思っている。そして、その仲間である君たちのことを応援したいとも思っています。その上で聞くのですが、もしやそこにいる男は魔族なのではないですか?」
!?!?!?!?!?!?
一瞬にして全員に緊張が走る。
先程までの穏やかな空気がまるで嘘かのよう。
そして、質問を終えたジークハルトは無言のまま静かにクロノへと疑惑の目を向けている。
「まっ…待ってよジークさん。クロノは確かに魔族だけど、私と契約もしてるし、これまでも私たちのことをたくさん助けてくれたんだよ。それにクロノは無闇矢鱈に他の人を傷つけたりなんかしないよ」
「そうよ!クロノはバカだけど無意味に他人に危害を加えたりなんかしないわ」
「その通りっす!クロノはこれまでもウチらのピンチを救ってくれたっす」
「ご…ご主人様は、忌み子とされ同族からも忌み嫌われていた私を救ってくれたのです」
「お主、わっちの旦那様に何かするつもりなら今すぐ消し炭にしてやるのじゃ」
「クロノのことはガルディア王も承知されています。それ故に先の獣王国との戦争にも王国軍に同行を許されています」
「ホッホッホッ。皆さん随分とその男のことを信頼されているようですね」
「「「「「「 ・・・・・ 」」」」」」
沈黙が広がる。
その中で誰一人として口を開くことができない。
ジークハルトはというと、依然としてクロノへと視線を送り続けている。
そして ──────── 。
「フゥー・・・。私の聞き間違いでなければ、クロノという名の魔族に覚えがあるのですが。もしや、歴代最強の魔王といわれている方ですか?」
「ああ、そうだが。それがどうした」
二人の間を視線が交差し、さらなる沈黙が広がる。
何とも居心地が悪く息苦しい。
スズネたちは二人の緊迫した状況に圧倒されてしまい口を挟むことができない。
その時、そんな状況を見かねたロザリーが満を持して二人の間に割って入る。
「アンタたちその辺にしておきな。まったくスズネのことになるとすぐにムキになるところは変わってないね。ジークは昔からスズネに対して過保護が過ぎるんだよ」
「当然でしょう。可愛い孫に変な男が寄り付いては黙ってなどいられません!何処の誰であろうと我が剣の錆にしてやりますよ」
「ハァ~…この孫バカはどうしようもないね。いいかい、この子たちの言っている通りクロノは冒険者としてのスズネたちの活動に協力してくれているんだ。それからこれまでにもガルディアの危機を救っている。そして最後に、スズネと契約をしてから一度たりとも自分から他種族に対して攻撃の意思をみせたことすらないんだよ」
「それは本当ですか?」
「はぁ?なんで俺がわざわざそんな面倒なことをしなきゃなんねぇーんだよ」
「あんまり干渉し過ぎるとスズネに嫌われちまうよ」
「ホッホッホッ。それは勘弁願いたいですね」
実際に魔族と戦ったことがあるからこそ、その凶暴性や圧倒的な力というものを誰よりも身に染みて理解している。
だからこそ、目の前にいる魔族の男を警戒しないわけにはいかない。
しかもそれが歴代最強とまで云われるような魔王であるならば尚更である。
しかし、目の前に立つ男からは遠い昔に戦った魔族から感じた強烈な悪意というものがまったく感じられない。
そして何より、ロザリーやスズネ、他の者たちが懸命にこの男を守ろうとしている。
ヒト族にドワーフ族にエルフ族。
千年前には考えられなかったこと。
もう笑うしかない。
「ホッホッホ…ホ~ッホッホッホッ。魔王クロノよ、変な疑いをかけてしまい申し訳ありません。どうもロザリーを始め私の周りにいる者たちはお人好しばかりなのでね。心配するあまり無礼なことをしてしまいました」
「あ~まぁ~気にすんな。お人好しのバカばかりだという点については同感だ」
「ホッホッホッ。あなたも苦労しているようですね」
「ちょっとクロノ!今のはどういう意味なの」
「ジークも今の話について詳しく聞きたいものだね~」
ガヤガヤガヤガヤ ──────── 。
何かを理解し合えたクロノとジークハルトの姿に違和感を覚えたスズネたち。
彼らの言葉に対して一斉に反論を開始し、その後も夜遅くまで笑い声が響き続けたのであった。
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