197 / 200
鬼の副長
しおりを挟む
ザッザッザッ ──────── 。
「ここか」
ドンドンドン ──────── 。
「ん?こんな時間に誰だろう?ちょっと出てくるね」
楽しい時間はあっという間。
カルラという王国内最高峰の冒険者との時間はいろんな意味で刺激的であり、これからさらに上を目指していこうとしているスズネたちにとっても有意義な時間となっていた。
そして夜も深くなりつつあった時、そんな時間には珍しく来客が訪れる。
「お~の~れ~、Sランクだからといって調子に乗りよってからに」
「イヒヒヒヒ。強いクロちゃんの隣に立つのは強いカルラの方がいいに決まってんじゃん」
「なにをーーー、表に出るのじゃ!わっちの本気を見せてやるのじゃ!!」
「はいはい、アンタたちいい加減にしなさいよ。カルラも泊まるんなら大人しくしてなさい。それから、もう夜も遅いんだから寝る準備するわよ」
「えーーー、カルラまだ眠たくな~い。まだまだお喋りしたい、したい、したーーーい」
まだまだ楽しい時間を終わらせたくない。
カルラの中にはそんな思いが溢れていた。
Sランククラン『焔』のリーダーとはいえ、まだ年端もいかない少女である。
クラン内には大人たちばかりで同年代の者などおらず、久しぶりに年相応の会話が出来ることがとにかく楽しかったのだ。
しかし、そんな彼女の笑顔は数秒後に消えてしまうこととなる。
「みんな~お客さんだよ」
「こんな時間に誰よ」
「まぁ~私たちっていうよりカルラさんとフリットさんにだけどね」
スズネの言葉に反応したカルラとフリットがそちらの方へと視線を向けた瞬間、二人の顔から笑顔が消え、一瞬の内に恐怖へと塗り替えられたのだった。
「随分と楽しそうだな。カルラ」
「ウゲッ・・・」
「・・・・・」
「えっ?どうしたんすか?っていうか、誰なんすか?」
「こちらカルラさんのお兄さん。二人の帰りが遅いからってわざわざ迎えに来てくれたんだって」
そこに現れたのは、カルラの実の兄にしてSランククラン『焔』のサブリーダーであるカルマその人であった。
最近あまりにもクランに顔を出さずに外出ばかりを繰り返しているカルラを追って『宿り木』のホームまでやってきたのだ。
その登場にカルラはあからさまに嫌そうな顔をし、フリットの額からは大量の冷や汗が溢れ出す。
「挨拶が遅れた。宿り木の皆さん初めまして、俺はクラン『焔』でサブリーダーをしているカルマだ。この度は愚妹と我がクランのメンバーが突然押し掛けたようで迷惑をかけた。クランを代表して謝罪させてもらう。申し訳ない」
スズネたちに挨拶を終えた後、誰に聞いたのかカルラたちのこれまでの行いが耳に届いていたカルマは深く頭を下げて謝罪したのだった。
その姿に驚きを隠せないスズネたちは自分の目を疑ってしまう。
この一週間カルラと時間を共にしてきた彼女たちからすると、その実直かつ誠実なカルマの姿は衝撃的であった。
この兄とこの妹は本当に兄妹なのか?
そんな思いが彼女たちの脳内を駆け巡る。
そして、彼女たちの思考が衝撃に囚われていると、カルマがここにやってきた目的を遂行する。
「帰るぞ」
その一言がこの集まりの解散を告げる。
しかし、目の前の恐怖に耐え小さな身体を震わせながらもカルラは自分の気持ちを吐露する。
「カルラ今日は帰らない」
「なんだと?」
「今日はお泊まり会だから・・・。だから、カルラ帰りたくない」
「お泊まり会??」
そう聞き返したカルマの表情は微かな怒りと煩わしさが混同したものであった。
瞬く間に部屋の空気が凍りつく。
その圧倒的なプレッシャーを一身に受けたカルラは慌ててクロノの腕にしがみつき半身を彼の後ろに隠す。
そんな状況の中でカルラの付き人であるフリットは、ただただ大粒の汗を吹き出させながら沈黙を続けることしか出来ないでいた。
しかし、実質的に『焔』という巨大クランをまとめ上げているサブリーダーはその沈黙を許しはしない。
その視線を一切向けることなく、ただ一言だけ告げる。
「フリット」
「は…はい。申し訳ありません。サラマンドラの討伐という大きな仕事を終えられたカルラ様にも多少なりとも休息の時間が必要かと思い ──────── 」
「お前の役割は何だ?」
自身の名前を呼ばれてすぐさま現状に関する弁明を始めたフリットであったが、そんなものが通用するような相手ではなく、話を遮るようにして己の役割を問われたのだった。
「公私ともにおけるカルラ様のサポートをすることです」
「そうだな。それでは、この様は何だ?」
「申し訳ありません」
額から滝のような汗を流し深く深く頭を下げるフリット。
しかし、そんなものでカルマの追及は終わらない。
「ハァ~・・・。俺は“この様は何だ”と聞いたんだぞ」
「・・・・・」
カルマからの追い込みに対して沈黙しか返せないフリット。
何故なら、どちらに非があるかなど口にするまでもなく明白であったからだ。
怯え続けるカルラ。
汗びっしょりになりながら叱責を受け続けるフリット。
その光景は外野であるはずのスズネたちからしても恐怖心を煽られるものであった。
その後いくら待とうとも一向に返答が返ってこない状況に痺れを切らしたカルマが改めて“帰るぞ”と言ったのだが、それでも動こうとしない妹の姿にいよいよ兄からの雷が落とされる。
「いったい何日ホームを空けるつもりだ!お前の仕事だけが全く進んでいないんだぞ。その間、他の者たちがどれだけ迷惑し、クランにどれほどの損害を出していると思っているんだ!!」
部屋の中に怒声が響き渡る。
完全に堪忍袋の尾が切れてしまっている。
それでもカルラは諦めない。
「カルラ…冒険者だもん。魔獣を倒すのが仕事で、机に座ってずーっと紙ばかり読むのがカルラの仕事じゃないよ」
絶対的な存在である兄に対して勇気を振り絞って反論したカルラであったが、やはり恐怖心は取り除けないようであり、なかなか目線を合わせることが出来ない。
そして、そんな彼女の返答が彼をさらに苛立たせるのであったが、その勇気に応えるようにしてカルラに助け舟が出される。
妙な緊迫感が部屋中を覆う中、苛立つ兄と怯える妹の間にスズネが割って入る。
「すみません。カルラさんを誘ったのは私なんです。この一週間の間で仲良くなって、今後の私たちのためにもSランクの冒険者であるカルラさんの話をもっと聞きたいなと思って、今日泊まることをお願いしました。そちらのクランの事情など考えずに勝手なことをして申し訳ありませんでした」
「・・・・・」
その話を聞きそれまでカルラへと放っていた圧を一気に弱めたカルマは沈黙と共にジッとスズネへと視線を向ける。
「カルラさんの話は今の私たちにとって貴重なものなんです。今夜だけでもダメでしょうか?」
「ハァ~~~・・・」
スズネからの最後の一押しを受けたカルマは大きな溜め息をつく。
そして ──────── 。
「今回だけだぞ」
「えっ!?」
「今回だけは許可する。明日からはちゃんと仕事をするんだぞ」
「うん!カルラ約束する!!」
兄からのまさかの返答。
許可が出るなんて思いもしていなかった。
しかし、カルラの気持ちはそれどころではない。
嬉しくて嬉しくてたまらない。
そんな思いが溢れ出した彼女の顔は満面の笑みを浮かべ、その口から発せられた声はこれまで以上に弾んでいた。
そして、一気にご機嫌となった妹に対して兄から追加の条件が出される。
「それから国王への謁見もだぞ。いつまでも断り続けることなど出来ないんだからな」
「え~~~。カルラ興味ないよ。国王とか知らないし、待たされるのも嫌いだし、大したことない連中が偉そうにしてるのもムカつくし、褒賞とかもど~でもいい」
「おい・・・」
落ち着きを取り戻したカルマの口から苛立ちを含んだ低い声が発せられる。
他のパーティのホームであるためこれ以上怒鳴りつけることは控えようと必死に気持ちを押さえ込もうとしているのだろうが、それすらも超える感情が滲み出た瞬間であった。
「カルラ様、ここは折れるところですよ」
「えーーー」
「さもなくば強制的にホームに連れ戻されますよ。カルマ様にそれが容易く出来ることは分かっているでしょ」
「ハァ~~~…分かったよ。国王に会えばいいんでしょ。面倒くさいけど仕方ない。お泊まり会のためにカルラ我慢してあげる」
先程までの反省の色はどこへいってしまったのか。
いつもの調子を取り戻したカルラ。
その驚くべき切り替えの速さにスズネたちは驚き圧倒されるのだった。
「では、明朝迎えに来る」
「え~いいよ。カルラたちだけで帰るから」
「お前の言葉に信用など無い。明朝必ず連れて帰るからな」
「はーーーい」
翌朝に再び迎えに来ること、その時には必ず帰ることを念押しした後、カルマは帰って行った。
そして、兄の恐怖から解放されたカルラは抑え込んでいた感情を解放する。
「あーーー帰った帰った。カルラやっと羽を伸ばせる~~~」
「ちょっと、アンタの兄貴怖過ぎでしょ。こっちまで変な汗かいちゃったじゃない」
「お兄ちゃんはいっっっつもカルラのこと怒るんだよ。きっと怒るために生きてるんだよ」
「いや…それはカルラ様があまりにも好き勝手やるからですよ」
「知らな~い。カルラはいつでもカルラだし、これまでもこれからもそれは変わらないもーーーん」
「なんかカッコイイっすね」
「でしょ~~~。カルラは強くてカッコ良くて可愛いんだ~」
緊迫した場からゆるゆるの場へと変貌を遂げた部屋の中に穏やかな空気が流れる。
いろんな意味で恐ろしいほどの影響力をみせつけたカルマであったのだが、そんな彼のクラン内での信頼・人望の厚さはリーダーであるカルラをも上回る。
フリットは言う。
「カルマ様ほどクランのこと・クランメンバーのことを考えている方はいらっしゃいません。カルラ様に厳しく接するのもカルラ様を思ってのことです。自由にするということは責任が伴うこと。Sランクとなりクランとしても冒険者としても絶大な力を得たからこそ、そのことを深く胸に刻んでおくことが大事なのだと仰っていました」
その話を聞いた後、カルラもスズネたちも言葉を発することが出来なかった。
思うがままに生きること。
大きな力を持つこと。
それらを手にするということがどういった意味を持つのか。
そんなことを頭の片隅に置いたまま、スズネたちはカルラとの夜を楽しんだのだった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「宿り木の皆さん、この度は愚妹が大変世話になった。Sランクとはいえまだまだ心も身体も幼い我儘なやつだが、これからも仲良くしてやってくれ」
「はい。もちろんです」
「ふわぁ~~~・・・。カルラ…我儘じゃないよ…。ムニャムニャムニャ」
「いや…アンタが我儘でなければ誰がそれになるのよ」
「確かに、言いたい放題やりたい放題っすからね」
「で…でも、それだけの実力は備わっていると思います」
翌朝、約束通りカルラを迎えに来たカルマ。
カルラは朝が弱いのかまだまだ眠気眼な様子でフリットにおぶられている。
まぁ~起きていたら起きていたでそれは大荒れになりそうでもあるのだが・・・。
「それでは失礼する」
「皆さんお世話になりました。またカルラ様と遊んであげてください。それでは失礼します」
「おい!わっちは貴様などには負けんぞ!!」
「ん~~~?イヒヒ…クロちゃんはカルラのだもんね~~~」
「フンッ、寝言は寝て言うのじゃ。次会った時には白黒ハッキリさせてやるからのう!!」
「お前ら ─────── 」
そう言いかけて口を閉ざしたクロノ。
言いたいことは山ほどあるのだが、目の前で交わされた小さな少女たちの笑みにこれ以上の言葉を挟む気にはならなかった。
「よーし!今日からまた頑張っていこーーー!!」
「まずはギルドに行ってこの間のクエストの報告をしないといけなっすけどね」
「ウゲッ!?そうだった・・・あのクソ女鳥人のこと忘れてたわ」
「ま…まだ私たちにあのクエストは早かったですね」
「まぁ~失敗しないと自分たちの実力も分かりませんからね。とりあえず切り替えていきましょう」
こうしてカルラたちは帰って行き、激動の一週間が終わりを告げる。
そして、スズネたちはここから再び冒険の日々へと向かうのだが ───── この時すでにガルディア王国内で不穏な影が動き出していることを彼女たちは知る由もなかった。
「ここか」
ドンドンドン ──────── 。
「ん?こんな時間に誰だろう?ちょっと出てくるね」
楽しい時間はあっという間。
カルラという王国内最高峰の冒険者との時間はいろんな意味で刺激的であり、これからさらに上を目指していこうとしているスズネたちにとっても有意義な時間となっていた。
そして夜も深くなりつつあった時、そんな時間には珍しく来客が訪れる。
「お~の~れ~、Sランクだからといって調子に乗りよってからに」
「イヒヒヒヒ。強いクロちゃんの隣に立つのは強いカルラの方がいいに決まってんじゃん」
「なにをーーー、表に出るのじゃ!わっちの本気を見せてやるのじゃ!!」
「はいはい、アンタたちいい加減にしなさいよ。カルラも泊まるんなら大人しくしてなさい。それから、もう夜も遅いんだから寝る準備するわよ」
「えーーー、カルラまだ眠たくな~い。まだまだお喋りしたい、したい、したーーーい」
まだまだ楽しい時間を終わらせたくない。
カルラの中にはそんな思いが溢れていた。
Sランククラン『焔』のリーダーとはいえ、まだ年端もいかない少女である。
クラン内には大人たちばかりで同年代の者などおらず、久しぶりに年相応の会話が出来ることがとにかく楽しかったのだ。
しかし、そんな彼女の笑顔は数秒後に消えてしまうこととなる。
「みんな~お客さんだよ」
「こんな時間に誰よ」
「まぁ~私たちっていうよりカルラさんとフリットさんにだけどね」
スズネの言葉に反応したカルラとフリットがそちらの方へと視線を向けた瞬間、二人の顔から笑顔が消え、一瞬の内に恐怖へと塗り替えられたのだった。
「随分と楽しそうだな。カルラ」
「ウゲッ・・・」
「・・・・・」
「えっ?どうしたんすか?っていうか、誰なんすか?」
「こちらカルラさんのお兄さん。二人の帰りが遅いからってわざわざ迎えに来てくれたんだって」
そこに現れたのは、カルラの実の兄にしてSランククラン『焔』のサブリーダーであるカルマその人であった。
最近あまりにもクランに顔を出さずに外出ばかりを繰り返しているカルラを追って『宿り木』のホームまでやってきたのだ。
その登場にカルラはあからさまに嫌そうな顔をし、フリットの額からは大量の冷や汗が溢れ出す。
「挨拶が遅れた。宿り木の皆さん初めまして、俺はクラン『焔』でサブリーダーをしているカルマだ。この度は愚妹と我がクランのメンバーが突然押し掛けたようで迷惑をかけた。クランを代表して謝罪させてもらう。申し訳ない」
スズネたちに挨拶を終えた後、誰に聞いたのかカルラたちのこれまでの行いが耳に届いていたカルマは深く頭を下げて謝罪したのだった。
その姿に驚きを隠せないスズネたちは自分の目を疑ってしまう。
この一週間カルラと時間を共にしてきた彼女たちからすると、その実直かつ誠実なカルマの姿は衝撃的であった。
この兄とこの妹は本当に兄妹なのか?
そんな思いが彼女たちの脳内を駆け巡る。
そして、彼女たちの思考が衝撃に囚われていると、カルマがここにやってきた目的を遂行する。
「帰るぞ」
その一言がこの集まりの解散を告げる。
しかし、目の前の恐怖に耐え小さな身体を震わせながらもカルラは自分の気持ちを吐露する。
「カルラ今日は帰らない」
「なんだと?」
「今日はお泊まり会だから・・・。だから、カルラ帰りたくない」
「お泊まり会??」
そう聞き返したカルマの表情は微かな怒りと煩わしさが混同したものであった。
瞬く間に部屋の空気が凍りつく。
その圧倒的なプレッシャーを一身に受けたカルラは慌ててクロノの腕にしがみつき半身を彼の後ろに隠す。
そんな状況の中でカルラの付き人であるフリットは、ただただ大粒の汗を吹き出させながら沈黙を続けることしか出来ないでいた。
しかし、実質的に『焔』という巨大クランをまとめ上げているサブリーダーはその沈黙を許しはしない。
その視線を一切向けることなく、ただ一言だけ告げる。
「フリット」
「は…はい。申し訳ありません。サラマンドラの討伐という大きな仕事を終えられたカルラ様にも多少なりとも休息の時間が必要かと思い ──────── 」
「お前の役割は何だ?」
自身の名前を呼ばれてすぐさま現状に関する弁明を始めたフリットであったが、そんなものが通用するような相手ではなく、話を遮るようにして己の役割を問われたのだった。
「公私ともにおけるカルラ様のサポートをすることです」
「そうだな。それでは、この様は何だ?」
「申し訳ありません」
額から滝のような汗を流し深く深く頭を下げるフリット。
しかし、そんなものでカルマの追及は終わらない。
「ハァ~・・・。俺は“この様は何だ”と聞いたんだぞ」
「・・・・・」
カルマからの追い込みに対して沈黙しか返せないフリット。
何故なら、どちらに非があるかなど口にするまでもなく明白であったからだ。
怯え続けるカルラ。
汗びっしょりになりながら叱責を受け続けるフリット。
その光景は外野であるはずのスズネたちからしても恐怖心を煽られるものであった。
その後いくら待とうとも一向に返答が返ってこない状況に痺れを切らしたカルマが改めて“帰るぞ”と言ったのだが、それでも動こうとしない妹の姿にいよいよ兄からの雷が落とされる。
「いったい何日ホームを空けるつもりだ!お前の仕事だけが全く進んでいないんだぞ。その間、他の者たちがどれだけ迷惑し、クランにどれほどの損害を出していると思っているんだ!!」
部屋の中に怒声が響き渡る。
完全に堪忍袋の尾が切れてしまっている。
それでもカルラは諦めない。
「カルラ…冒険者だもん。魔獣を倒すのが仕事で、机に座ってずーっと紙ばかり読むのがカルラの仕事じゃないよ」
絶対的な存在である兄に対して勇気を振り絞って反論したカルラであったが、やはり恐怖心は取り除けないようであり、なかなか目線を合わせることが出来ない。
そして、そんな彼女の返答が彼をさらに苛立たせるのであったが、その勇気に応えるようにしてカルラに助け舟が出される。
妙な緊迫感が部屋中を覆う中、苛立つ兄と怯える妹の間にスズネが割って入る。
「すみません。カルラさんを誘ったのは私なんです。この一週間の間で仲良くなって、今後の私たちのためにもSランクの冒険者であるカルラさんの話をもっと聞きたいなと思って、今日泊まることをお願いしました。そちらのクランの事情など考えずに勝手なことをして申し訳ありませんでした」
「・・・・・」
その話を聞きそれまでカルラへと放っていた圧を一気に弱めたカルマは沈黙と共にジッとスズネへと視線を向ける。
「カルラさんの話は今の私たちにとって貴重なものなんです。今夜だけでもダメでしょうか?」
「ハァ~~~・・・」
スズネからの最後の一押しを受けたカルマは大きな溜め息をつく。
そして ──────── 。
「今回だけだぞ」
「えっ!?」
「今回だけは許可する。明日からはちゃんと仕事をするんだぞ」
「うん!カルラ約束する!!」
兄からのまさかの返答。
許可が出るなんて思いもしていなかった。
しかし、カルラの気持ちはそれどころではない。
嬉しくて嬉しくてたまらない。
そんな思いが溢れ出した彼女の顔は満面の笑みを浮かべ、その口から発せられた声はこれまで以上に弾んでいた。
そして、一気にご機嫌となった妹に対して兄から追加の条件が出される。
「それから国王への謁見もだぞ。いつまでも断り続けることなど出来ないんだからな」
「え~~~。カルラ興味ないよ。国王とか知らないし、待たされるのも嫌いだし、大したことない連中が偉そうにしてるのもムカつくし、褒賞とかもど~でもいい」
「おい・・・」
落ち着きを取り戻したカルマの口から苛立ちを含んだ低い声が発せられる。
他のパーティのホームであるためこれ以上怒鳴りつけることは控えようと必死に気持ちを押さえ込もうとしているのだろうが、それすらも超える感情が滲み出た瞬間であった。
「カルラ様、ここは折れるところですよ」
「えーーー」
「さもなくば強制的にホームに連れ戻されますよ。カルマ様にそれが容易く出来ることは分かっているでしょ」
「ハァ~~~…分かったよ。国王に会えばいいんでしょ。面倒くさいけど仕方ない。お泊まり会のためにカルラ我慢してあげる」
先程までの反省の色はどこへいってしまったのか。
いつもの調子を取り戻したカルラ。
その驚くべき切り替えの速さにスズネたちは驚き圧倒されるのだった。
「では、明朝迎えに来る」
「え~いいよ。カルラたちだけで帰るから」
「お前の言葉に信用など無い。明朝必ず連れて帰るからな」
「はーーーい」
翌朝に再び迎えに来ること、その時には必ず帰ることを念押しした後、カルマは帰って行った。
そして、兄の恐怖から解放されたカルラは抑え込んでいた感情を解放する。
「あーーー帰った帰った。カルラやっと羽を伸ばせる~~~」
「ちょっと、アンタの兄貴怖過ぎでしょ。こっちまで変な汗かいちゃったじゃない」
「お兄ちゃんはいっっっつもカルラのこと怒るんだよ。きっと怒るために生きてるんだよ」
「いや…それはカルラ様があまりにも好き勝手やるからですよ」
「知らな~い。カルラはいつでもカルラだし、これまでもこれからもそれは変わらないもーーーん」
「なんかカッコイイっすね」
「でしょ~~~。カルラは強くてカッコ良くて可愛いんだ~」
緊迫した場からゆるゆるの場へと変貌を遂げた部屋の中に穏やかな空気が流れる。
いろんな意味で恐ろしいほどの影響力をみせつけたカルマであったのだが、そんな彼のクラン内での信頼・人望の厚さはリーダーであるカルラをも上回る。
フリットは言う。
「カルマ様ほどクランのこと・クランメンバーのことを考えている方はいらっしゃいません。カルラ様に厳しく接するのもカルラ様を思ってのことです。自由にするということは責任が伴うこと。Sランクとなりクランとしても冒険者としても絶大な力を得たからこそ、そのことを深く胸に刻んでおくことが大事なのだと仰っていました」
その話を聞いた後、カルラもスズネたちも言葉を発することが出来なかった。
思うがままに生きること。
大きな力を持つこと。
それらを手にするということがどういった意味を持つのか。
そんなことを頭の片隅に置いたまま、スズネたちはカルラとの夜を楽しんだのだった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「宿り木の皆さん、この度は愚妹が大変世話になった。Sランクとはいえまだまだ心も身体も幼い我儘なやつだが、これからも仲良くしてやってくれ」
「はい。もちろんです」
「ふわぁ~~~・・・。カルラ…我儘じゃないよ…。ムニャムニャムニャ」
「いや…アンタが我儘でなければ誰がそれになるのよ」
「確かに、言いたい放題やりたい放題っすからね」
「で…でも、それだけの実力は備わっていると思います」
翌朝、約束通りカルラを迎えに来たカルマ。
カルラは朝が弱いのかまだまだ眠気眼な様子でフリットにおぶられている。
まぁ~起きていたら起きていたでそれは大荒れになりそうでもあるのだが・・・。
「それでは失礼する」
「皆さんお世話になりました。またカルラ様と遊んであげてください。それでは失礼します」
「おい!わっちは貴様などには負けんぞ!!」
「ん~~~?イヒヒ…クロちゃんはカルラのだもんね~~~」
「フンッ、寝言は寝て言うのじゃ。次会った時には白黒ハッキリさせてやるからのう!!」
「お前ら ─────── 」
そう言いかけて口を閉ざしたクロノ。
言いたいことは山ほどあるのだが、目の前で交わされた小さな少女たちの笑みにこれ以上の言葉を挟む気にはならなかった。
「よーし!今日からまた頑張っていこーーー!!」
「まずはギルドに行ってこの間のクエストの報告をしないといけなっすけどね」
「ウゲッ!?そうだった・・・あのクソ女鳥人のこと忘れてたわ」
「ま…まだ私たちにあのクエストは早かったですね」
「まぁ~失敗しないと自分たちの実力も分かりませんからね。とりあえず切り替えていきましょう」
こうしてカルラたちは帰って行き、激動の一週間が終わりを告げる。
そして、スズネたちはここから再び冒険の日々へと向かうのだが ───── この時すでにガルディア王国内で不穏な影が動き出していることを彼女たちは知る由もなかった。
0
あなたにおすすめの小説
ある日、俺の部屋にダンジョンの入り口が!? こうなったら配信者で天下を取ってやろう!
さかいおさむ
ファンタジー
ダンジョンが出現し【冒険者】という職業が出来た日本。
冒険者は探索だけではなく、【配信者】としてダンジョンでの冒険を配信するようになる。
底辺サラリーマンのアキラもダンジョン配信者の大ファンだ。
そんなある日、彼の部屋にダンジョンの入り口が現れた。
部屋にダンジョンの入り口が出来るという奇跡のおかげで、アキラも配信者になる。
ダンジョン配信オタクの美人がプロデューサーになり、アキラのダンジョン配信は人気が出てくる。
『アキラちゃんねる』は配信収益で一攫千金を狙う!
ウォーキング・オブ・ザ・ヒーロー!ウォークゲーマーの僕は今日もゲーム(スキル)の為に異世界を歩く
まったりー
ファンタジー
主人公はウォークゲームを楽しむ高校生、ある時学校の教室で異世界召喚され、クラス全員が異世界に行ってしまいます。
国王様が魔王を倒してくれと頼んできてステータスを確認しますが、主人公はウォーク人という良く分からない職業で、スキルもウォークスキルと記され国王は分からず、いらないと判定します、何が出来るのかと聞かれた主人公は、ポイントで交換できるアイテムを出そうとしますが、交換しようとしたのがパンだった為、またまた要らないと言われてしまい、今度は城からも追い出されます。
主人公は気にせず、ウォークスキルをゲームと同列だと考え異世界で旅をします。
異世界翻訳者の想定外な日々 ~静かに読書生活を送る筈が何故か家がハーレム化し金持ちになったあげく黒覆面の最強怪傑となってしまった~
於田縫紀
ファンタジー
図書館の奥である本に出合った時、俺は思い出す。『そうだ、俺はかつて日本人だった』と。
その本をつい翻訳してしまった事がきっかけで俺の人生設計は狂い始める。気がつけば美少女3人に囲まれつつ仕事に追われる毎日。そして時々俺は悩む。本当に俺はこんな暮らしをしてていいのだろうかと。ハーレム状態なのだろうか。単に便利に使われているだけなのだろうかと。
最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。
みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。
高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。
地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。
しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。
現世に侵略してきた異世界人を撃退して、世界を救ったら、世界と異世界から命を狙われるようになりました。
佐久間 譲司
ファンタジー
突如として人類世界に侵略を始めた異世界人達。圧倒的な戦闘能力を誇り、人類を圧倒していく。
人類の命運が尽きようとしていた時、異世界側は、ある一つの提案を行う。それは、お互いの世界から代表五名を選出しての、決闘だった。彼らには、鉄の掟があり、雌雄を決するものは、決闘で決めるのだという。もしも、人類側が勝てば、降伏すると約束を行った。
すでに追い詰められていた人類は、否応がなしに決闘を受け入れた。そして、決闘が始まり、人類は一方的に虐殺されていった。
『瀉血』の能力を持つ篠崎直斗は、変装を行い、その決闘場に乱入する。『瀉血』の力を使い、それまでとは逆に、異世界側を圧倒し、勝利をする。
勝利後、直斗は、正体が発覚することなく、その場を離れることに成功した。
異世界側は、公約通り、人類の軍門に下った。
やがて、人類を勝利に導いた直斗は、人類側、異世界側両方からその身を狙われるようになる。人類側からは、異世界の脅威に対する対抗策として、異世界側からは、復讐と力の秘密のために。
パワハラで会社を辞めた俺、スキル【万能造船】で自由な船旅に出る~現代知識とチート船で水上交易してたら、いつの間にか国家予算レベルの大金を稼い
☆ほしい
ファンタジー
過労とパワハラで心身ともに限界だった俺、佐伯湊(さえきみなと)は、ある日異世界に転移してしまった。神様から与えられたのは【万能造船】というユニークスキル。それは、設計図さえあれば、どんな船でも素材を消費して作り出せるという能力だった。
「もう誰にも縛られない、自由な生活を送るんだ」
そう決意した俺は、手始めに小さな川舟を作り、水上での生活をスタートさせる。前世の知識を活かして、この世界にはない調味料や保存食、便利な日用品を自作して港町で売ってみると、これがまさかの大当たり。
スキルで船をどんどん豪華客船並みに拡張し、快適な船上生活を送りながら、行く先々の港町で特産品を仕入れては別の町で売る。そんな気ままな水上交易を続けているうちに、俺の資産はいつの間にか小国の国家予算を軽く超えていた。
これは、社畜だった俺が、チートな船でのんびりスローライフを送りながら、世界一の商人になるまでの物語。
異世界でぼっち生活をしてたら幼女×2を拾ったので養うことにした【改稿版】
きたーの(旧名:せんせい)
ファンタジー
自身のクラスが勇者召喚として呼ばれたのに乗り遅れてお亡くなりになってしまった主人公。
その瞬間を偶然にも神が見ていたことでほぼ不老不死に近い能力を貰い異世界へ!
約2万年の時を、ぼっちで過ごしていたある日、いつも通り森を闊歩していると2人の子供(幼女)に遭遇し、そこから主人公の物語が始まって行く……。
―――
当作品は過去作品の改稿版です。情景描写等を厚くしております。
なお、投稿規約に基づき既存作品に関しては非公開としておりますためご理解のほどよろしくお願いいたします。
帰って来た勇者、現代の世界を引っ掻きまわす
黄昏人
ファンタジー
ハヤトは15歳、中学3年生の時に異世界に召喚され、7年の苦労の後、22歳にて魔族と魔王を滅ぼして日本に帰還した。帰還の際には、莫大な財宝を持たされ、さらに身につけた魔法を始めとする能力も保持できたが、マナの濃度の低い地球における能力は限定的なものであった。しかし、それでも圧倒的な体力と戦闘能力、限定的とは言え魔法能力は現代日本を、いや世界を大きく動かすのであった。
4年前に書いたものをリライトして載せてみます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる