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Second Chapter
我が子を奪われた母親の、①
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マージェッテはその日まではただの貴族の夫人であった。
その日まで――大貴族ピシュトーナ家の当主代理や後見人として家を切り盛りし、試行錯誤しながら我が子らを育て、幸いにも全員無事に育つまでもうすぐとなった。
もうしばらくしたら、海辺の別荘に一人で遊びに、いや湖のほとりの別荘でゆっくりするのも悪くないかも知れない等々、己の人生の新たな局面について、穏やかに考えていた頃だった。
夫が早くに亡くなってしまっていた事もあって、跡取り息子と長女からは次女が成人したならば『貧乏役者の後援者』になる事さえ勧められていた。見目の良い愛人を常識の範囲で持つなら見ぬふりをする、と言ってくれたのである。
「母御前は散々に苦労されましたから、少しは酒色にだって耽るべきですよ」
ピシュトーナ家当主である息子ジェラームはそう言って笑ったが、長女のフィビウは怒った。
「そんなはしたない言い方は止めて下さいな、兄御前。人生の面白みと楽しみを探す、で良いではありませんか。母御前を侮辱するのならば許しませんわよ!」
「妹よ、早く婚家に帰れ!ようやく五月蠅いのが嫁いだと言うのに、事あるごとに実家に帰ってきてばかり。本当に仕方の無い妹だ!」
「でも私、姉御前が帰ってきて下さると嬉しいですわ!」
次女のリビウがそう言ってフィビウに甘えると、フィビウは大喜びでリビウを可愛がり、それを呆れた顔をして追い払おうと画策するジェラーム。しかし姉妹二人に結託されるとどうにも分が悪い……。
仲の良い3人の子供をマージェッテは温かな眼差しで見守りながら、そうね、それも悪くないわと考えていた。
ただ、己の幸せについてはリビウの婚約が定まってからでも遅くはあるまい。
親のひいき目ながらリビウはとても愛くるしい娘に育った。
そうね、出来れば、リビウにとっても不幸にならぬ相手と添わせたいものだわ……。
――数日後。
母御前、と愛くるしくリビウが甘えてきた時、マージェッテは理由が分かっていた。
つい先日、リビウには数人の殿方の肖像画を見せた。リビウは固有魔法が発現していない『未成年』なので、すぐに婚約とまでは行かないが、気に入った相手がいれば最近の貴族の若者の中で流行だと言う、同じ詩集を買って贈り合う事から始めても悪くない。ピシュトーナ家と縁続きになりたい貴族は大勢いる。貴族の定めの政略結婚は避けられぬが、お互いの事を多少は知り合ってからの結婚にする事は十分に出来るのだ。
「私、あれから夢に見るのです……」
「まあ、どの殿方を?」
もじもじとしていたリビウだったが、そっとマージェッテに耳打ちした。
名前を聞いてマージェッテは親心にも安堵した。
若干、見た目こそ冴えぬ殿方だが、調べた所では性格も家も文句なしの、恐らく一番の優良物件だったからだ。
「どうしてその方を選んだのかしら?」
優しく訊ねると、リビウは恥じらいながら、
「……父御が、一度夢に出てきて。かの方ならば安心できる、と……。それに、とっても優しそうなお顔でしたから」
「では出入りの商人に流行の詩集を幾つか持ってこさせましょう」
「母御前、本当に良いのですか?」しかしリビウは不安そうに訊ねてきた。「貴族なのに、こんな……自由があっても」
ああ、何て可愛い子なのだろうか。マージェッテは胸がいっぱいになった。
「ふふふ。ジェラーム達に感謝なさい、あの子達が頑張ってくれているからこの位の融通も利くのですから」
「兄御前と兄嫁様にすぐさま伝えて参ります!」
リビウは走るように去って行ったので、こら、と彼女はたしなめる。
「まあリビウ、はしたない!」
「嫁ぐまでの小さな自由ですのよ、母御前!」
悪戯っぽく笑ったリビウをそれ以上怒れなくて、マージェッテは小さく嘆息した。
リビウが空いた時間に詩集を眺めやりながら、春の夜霧のような物憂げなため息をこぼすようになって、数ヶ月後。
ジェラームの子が出来たと言う吉報がピシュトーナ家に更に明るい光をもたらした
それに続いて正式にリビウの婚約が結ばれた。3年の婚約の期間を経て、リビウが二十歳になったら正式に結婚をすると定まった。
妹と離れる事をフィビウが寂しがって泣いた以外は、誰もが笑っていた。
「旦那様、本当に有り難う、神々よ、心から感謝を。これで妾に思い残しはありませんわ」
心から亡き夫に感謝して、その魂と神々に祈りを捧げてから、マージェッテは別荘の場所を考えつつも、麗しい見た目の貧乏役者を探すため、僅かな供回りを連れて帝都の歓楽街へと繰り出したのだった。
その日まで――大貴族ピシュトーナ家の当主代理や後見人として家を切り盛りし、試行錯誤しながら我が子らを育て、幸いにも全員無事に育つまでもうすぐとなった。
もうしばらくしたら、海辺の別荘に一人で遊びに、いや湖のほとりの別荘でゆっくりするのも悪くないかも知れない等々、己の人生の新たな局面について、穏やかに考えていた頃だった。
夫が早くに亡くなってしまっていた事もあって、跡取り息子と長女からは次女が成人したならば『貧乏役者の後援者』になる事さえ勧められていた。見目の良い愛人を常識の範囲で持つなら見ぬふりをする、と言ってくれたのである。
「母御前は散々に苦労されましたから、少しは酒色にだって耽るべきですよ」
ピシュトーナ家当主である息子ジェラームはそう言って笑ったが、長女のフィビウは怒った。
「そんなはしたない言い方は止めて下さいな、兄御前。人生の面白みと楽しみを探す、で良いではありませんか。母御前を侮辱するのならば許しませんわよ!」
「妹よ、早く婚家に帰れ!ようやく五月蠅いのが嫁いだと言うのに、事あるごとに実家に帰ってきてばかり。本当に仕方の無い妹だ!」
「でも私、姉御前が帰ってきて下さると嬉しいですわ!」
次女のリビウがそう言ってフィビウに甘えると、フィビウは大喜びでリビウを可愛がり、それを呆れた顔をして追い払おうと画策するジェラーム。しかし姉妹二人に結託されるとどうにも分が悪い……。
仲の良い3人の子供をマージェッテは温かな眼差しで見守りながら、そうね、それも悪くないわと考えていた。
ただ、己の幸せについてはリビウの婚約が定まってからでも遅くはあるまい。
親のひいき目ながらリビウはとても愛くるしい娘に育った。
そうね、出来れば、リビウにとっても不幸にならぬ相手と添わせたいものだわ……。
――数日後。
母御前、と愛くるしくリビウが甘えてきた時、マージェッテは理由が分かっていた。
つい先日、リビウには数人の殿方の肖像画を見せた。リビウは固有魔法が発現していない『未成年』なので、すぐに婚約とまでは行かないが、気に入った相手がいれば最近の貴族の若者の中で流行だと言う、同じ詩集を買って贈り合う事から始めても悪くない。ピシュトーナ家と縁続きになりたい貴族は大勢いる。貴族の定めの政略結婚は避けられぬが、お互いの事を多少は知り合ってからの結婚にする事は十分に出来るのだ。
「私、あれから夢に見るのです……」
「まあ、どの殿方を?」
もじもじとしていたリビウだったが、そっとマージェッテに耳打ちした。
名前を聞いてマージェッテは親心にも安堵した。
若干、見た目こそ冴えぬ殿方だが、調べた所では性格も家も文句なしの、恐らく一番の優良物件だったからだ。
「どうしてその方を選んだのかしら?」
優しく訊ねると、リビウは恥じらいながら、
「……父御が、一度夢に出てきて。かの方ならば安心できる、と……。それに、とっても優しそうなお顔でしたから」
「では出入りの商人に流行の詩集を幾つか持ってこさせましょう」
「母御前、本当に良いのですか?」しかしリビウは不安そうに訊ねてきた。「貴族なのに、こんな……自由があっても」
ああ、何て可愛い子なのだろうか。マージェッテは胸がいっぱいになった。
「ふふふ。ジェラーム達に感謝なさい、あの子達が頑張ってくれているからこの位の融通も利くのですから」
「兄御前と兄嫁様にすぐさま伝えて参ります!」
リビウは走るように去って行ったので、こら、と彼女はたしなめる。
「まあリビウ、はしたない!」
「嫁ぐまでの小さな自由ですのよ、母御前!」
悪戯っぽく笑ったリビウをそれ以上怒れなくて、マージェッテは小さく嘆息した。
リビウが空いた時間に詩集を眺めやりながら、春の夜霧のような物憂げなため息をこぼすようになって、数ヶ月後。
ジェラームの子が出来たと言う吉報がピシュトーナ家に更に明るい光をもたらした
それに続いて正式にリビウの婚約が結ばれた。3年の婚約の期間を経て、リビウが二十歳になったら正式に結婚をすると定まった。
妹と離れる事をフィビウが寂しがって泣いた以外は、誰もが笑っていた。
「旦那様、本当に有り難う、神々よ、心から感謝を。これで妾に思い残しはありませんわ」
心から亡き夫に感謝して、その魂と神々に祈りを捧げてから、マージェッテは別荘の場所を考えつつも、麗しい見た目の貧乏役者を探すため、僅かな供回りを連れて帝都の歓楽街へと繰り出したのだった。
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