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Second Chapter
大船に乗ったつもりで
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ガルヴァリー大河は、『大河』の名の通り帝国有数の長大さと流域を誇る、流れの緩やかな大河である。帝都のすぐ側を流れており、帝都に繋がる運河の役割も果たしているため、毎日、昼夜を問わずに多くの船が行き来していた。
しかし、帝都が大軍に囲まれた今は、逃げられる船は悉く遠くへ逃げおおせ、唯一、数多の明かりを灯した絢爛豪華な大船一隻のみが、水面に浮かんだ月影の隣にある。
その大船の中では、正に帝都の陥落を楽しまんとして、盛大な宴が催されていた。
「ほほほ、もう良いじゃろうて」
ツェクだけで構成された大軍を『分身』で増殖させるのを一度止めると、ピシュトーナ家の太母マージェッテは宴の主の席から帝都城壁の閉ざされた城門を見つめた。
「仮に『ロード』が帝都を結界で覆ったとて、先に干からびるは帝都よ。この数ならば各地より救援が来たとしても相手にもならぬ」
しかし、とムガウルが言った。
「太母よ、セージュと精霊獣からの魔力供給が途絶えましたぞ」
ツェクやノルゼドも首を縦に振り、
「ここは早めに動くべきかと存じまする」
「不肖の私めも意見を同じくしておりまする」
「よしよし、愛い我が子孫達よ。では、動かすとしようかの」
ここで、給仕の召使いに休む暇もなく料理を口に運ばせていたカノーが、小首をかしげる。
「ねえ、太母様、暗くてよく分かりませぬが……これから、そんなに面白い見物があるのですか?」
「カノーや」マージェッテは――憎い皇統の血を引かぬ、愚かで愛しい女孫を見つめた。「これから帝都が跡形も無く燃え尽きるのじゃよ」
「えっ?」
「いつもの様に美しいお前は一切案じなくて良いのじゃ」
「太母様がそう仰るのなら……。私はそうね、帝都の誰よりも美しいのだし」
マージェッテは手元にあった煌びやかな扇を、すうっと持ち上げる。それは明かりを反射して、まるでもう一つの月のように輝いた。
「さあ、行け!」
地鳴りのような雄叫びを上げて、地面そのものが襲いかかってくるかのような錯覚を伴いながら、六十万の軍勢が一気に動き出した。
――帝都全域を光が包み、強固な結界が覆い巡らされたのは、その瞬間である。
「ほう……自ら干からびる事を選んだか」
マージェッテが扇を振ると、軍勢の侵攻がぴたりと止まった。
「何?何かしら?」
カノーは暢気なものだった。彼女も身代わりの『分身』を帝国城に残し、その隙に逃げたのだ。
「どうも何が何なのか、よく分からないけれど。近頃の帝国城では宴会もめっきり無くなってしまったし……ああだこうだと邪魔な女達から、五月蠅い事を言われもしないわ!」
『――眠れ、そこに安息はある。眠れ、夜の帳は下りた。眠れ、死をも恐れずに……』
そのカノーが突っ伏すように倒れ、それを支えるはずの召使いも誰もかも、4人以外が昏倒した。
一拍おいて、どどう、と大きな地響きがしたのは六十万の軍勢まで一瞬で倒れたからだ。
「な、何事じゃ!?」
大声を出したマージェッテを庇うように咄嗟に前に進み出たムガウルが、固有魔法を放とうとした。
「『復元』!」
眠りの状態が徐々に復元されて、倒れたツェクの『分身』が意識を取り戻しかけるが――。
「させん!――ガン=カタForm.7『チャリオット』!」
ムガウル、ツェク、ノルゼドが銃撃によって船縁から転落した。
派手な水音が上がったのとは対照的に、酷く静かに――その影は月明かりの中を船に降り立った。
「――何やつ!?」
思わずマージェッテは問うていた。
彼女達は知らなかったのだ。
何故なら、その者の存在は不確定で不思議な噂でしか市井には広まっていなかったのだから――。
「誰と聞かれたら応えてやろう」
「ガン=カタを愛する者として!」
「『同期』!」
「『切断』!」
「『復元』!」
ツェクが空間を切断して、真っ先にびしょ濡れのまま大船の上に戻ってきたかと思うと、ムガウルとノルゼドを引き上げる。オレ達の魔弾で撃ち抜いた箇所は3人それぞれ違っていたはずなのに、マージェッテの捨てられた『分身』だけがノルゼドと同じ場所に傷を負っていて絶命していた。ノルゼドがマージェッテと一時的に体を『同期』させ、『分身』に押しつけて致命傷を回避したらしい。しかもムガウルが船の上に戻ったら、『分身』を『復元』させて治しやがった。
つまり、一瞬でこの4人を仕留めなければ、こうやって連携して何度でも『復活』してくると言う訳か。『分身』して増える可能性もある上に、4人の魔力は『ドルマー』から大量に奪ったばかりだ。
しかも、六十万の軍勢が目を覚ますまでに仕留めなきゃならない。
「ほほほ……奇襲した事で良い気になったか?そのまま地獄に堕ちるが良いぞえ!」
「逆だ」
「は?」
「地獄に堕ちたのは貴様らだ。――ガン=カタForm.14『テンペランス』!」
オレ達は踊るように攻撃をすり抜けながら、膨大な数の魔弾をムガウルに次々と叩き込んだ。『シルバー&ゴースト』だったら反動で銃身が焼けていただろうが、『シルバー&ゴースト・ネクスト』は見事に耐え抜いている。
「無駄だ!『復元』!」
冷笑して固有魔法を使ったムガウルは、ようやく異常に気付いた。
前屈みになって治りきらない銃創を抑え込みながら、
「最初に、復らない……!?私の魔力が、消えて……」
「本来の所有者に還しているだけだ」
マージェッテの悲鳴が響く。
「ムガウルが危うい!急ぎその男を殺すのじゃ!」
「『切断』!」
ツェクが襲いかかってきたが――。
「父御、私と直に『同期』を!魔力を分けまする!」
「礼を言うぞ、息子よ!」
「止めろ!」
オレ達は思わず叫んだ時には、ムガウルはノルゼドと手を繋いでいた。その背後ではマージェッテが嘲笑っていた。
――直後。
人の身ではただでさえ細かく操作するのも大変な、圧倒的な魔力量なのに――それを身に宿したツェクが、攻撃を躱し続けるオレ達をどうにか『切断』しようとして――とうとう勢い余り、この大船を真二つに切り裂いてしまったのだった。
しかし、帝都が大軍に囲まれた今は、逃げられる船は悉く遠くへ逃げおおせ、唯一、数多の明かりを灯した絢爛豪華な大船一隻のみが、水面に浮かんだ月影の隣にある。
その大船の中では、正に帝都の陥落を楽しまんとして、盛大な宴が催されていた。
「ほほほ、もう良いじゃろうて」
ツェクだけで構成された大軍を『分身』で増殖させるのを一度止めると、ピシュトーナ家の太母マージェッテは宴の主の席から帝都城壁の閉ざされた城門を見つめた。
「仮に『ロード』が帝都を結界で覆ったとて、先に干からびるは帝都よ。この数ならば各地より救援が来たとしても相手にもならぬ」
しかし、とムガウルが言った。
「太母よ、セージュと精霊獣からの魔力供給が途絶えましたぞ」
ツェクやノルゼドも首を縦に振り、
「ここは早めに動くべきかと存じまする」
「不肖の私めも意見を同じくしておりまする」
「よしよし、愛い我が子孫達よ。では、動かすとしようかの」
ここで、給仕の召使いに休む暇もなく料理を口に運ばせていたカノーが、小首をかしげる。
「ねえ、太母様、暗くてよく分かりませぬが……これから、そんなに面白い見物があるのですか?」
「カノーや」マージェッテは――憎い皇統の血を引かぬ、愚かで愛しい女孫を見つめた。「これから帝都が跡形も無く燃え尽きるのじゃよ」
「えっ?」
「いつもの様に美しいお前は一切案じなくて良いのじゃ」
「太母様がそう仰るのなら……。私はそうね、帝都の誰よりも美しいのだし」
マージェッテは手元にあった煌びやかな扇を、すうっと持ち上げる。それは明かりを反射して、まるでもう一つの月のように輝いた。
「さあ、行け!」
地鳴りのような雄叫びを上げて、地面そのものが襲いかかってくるかのような錯覚を伴いながら、六十万の軍勢が一気に動き出した。
――帝都全域を光が包み、強固な結界が覆い巡らされたのは、その瞬間である。
「ほう……自ら干からびる事を選んだか」
マージェッテが扇を振ると、軍勢の侵攻がぴたりと止まった。
「何?何かしら?」
カノーは暢気なものだった。彼女も身代わりの『分身』を帝国城に残し、その隙に逃げたのだ。
「どうも何が何なのか、よく分からないけれど。近頃の帝国城では宴会もめっきり無くなってしまったし……ああだこうだと邪魔な女達から、五月蠅い事を言われもしないわ!」
『――眠れ、そこに安息はある。眠れ、夜の帳は下りた。眠れ、死をも恐れずに……』
そのカノーが突っ伏すように倒れ、それを支えるはずの召使いも誰もかも、4人以外が昏倒した。
一拍おいて、どどう、と大きな地響きがしたのは六十万の軍勢まで一瞬で倒れたからだ。
「な、何事じゃ!?」
大声を出したマージェッテを庇うように咄嗟に前に進み出たムガウルが、固有魔法を放とうとした。
「『復元』!」
眠りの状態が徐々に復元されて、倒れたツェクの『分身』が意識を取り戻しかけるが――。
「させん!――ガン=カタForm.7『チャリオット』!」
ムガウル、ツェク、ノルゼドが銃撃によって船縁から転落した。
派手な水音が上がったのとは対照的に、酷く静かに――その影は月明かりの中を船に降り立った。
「――何やつ!?」
思わずマージェッテは問うていた。
彼女達は知らなかったのだ。
何故なら、その者の存在は不確定で不思議な噂でしか市井には広まっていなかったのだから――。
「誰と聞かれたら応えてやろう」
「ガン=カタを愛する者として!」
「『同期』!」
「『切断』!」
「『復元』!」
ツェクが空間を切断して、真っ先にびしょ濡れのまま大船の上に戻ってきたかと思うと、ムガウルとノルゼドを引き上げる。オレ達の魔弾で撃ち抜いた箇所は3人それぞれ違っていたはずなのに、マージェッテの捨てられた『分身』だけがノルゼドと同じ場所に傷を負っていて絶命していた。ノルゼドがマージェッテと一時的に体を『同期』させ、『分身』に押しつけて致命傷を回避したらしい。しかもムガウルが船の上に戻ったら、『分身』を『復元』させて治しやがった。
つまり、一瞬でこの4人を仕留めなければ、こうやって連携して何度でも『復活』してくると言う訳か。『分身』して増える可能性もある上に、4人の魔力は『ドルマー』から大量に奪ったばかりだ。
しかも、六十万の軍勢が目を覚ますまでに仕留めなきゃならない。
「ほほほ……奇襲した事で良い気になったか?そのまま地獄に堕ちるが良いぞえ!」
「逆だ」
「は?」
「地獄に堕ちたのは貴様らだ。――ガン=カタForm.14『テンペランス』!」
オレ達は踊るように攻撃をすり抜けながら、膨大な数の魔弾をムガウルに次々と叩き込んだ。『シルバー&ゴースト』だったら反動で銃身が焼けていただろうが、『シルバー&ゴースト・ネクスト』は見事に耐え抜いている。
「無駄だ!『復元』!」
冷笑して固有魔法を使ったムガウルは、ようやく異常に気付いた。
前屈みになって治りきらない銃創を抑え込みながら、
「最初に、復らない……!?私の魔力が、消えて……」
「本来の所有者に還しているだけだ」
マージェッテの悲鳴が響く。
「ムガウルが危うい!急ぎその男を殺すのじゃ!」
「『切断』!」
ツェクが襲いかかってきたが――。
「父御、私と直に『同期』を!魔力を分けまする!」
「礼を言うぞ、息子よ!」
「止めろ!」
オレ達は思わず叫んだ時には、ムガウルはノルゼドと手を繋いでいた。その背後ではマージェッテが嘲笑っていた。
――直後。
人の身ではただでさえ細かく操作するのも大変な、圧倒的な魔力量なのに――それを身に宿したツェクが、攻撃を躱し続けるオレ達をどうにか『切断』しようとして――とうとう勢い余り、この大船を真二つに切り裂いてしまったのだった。
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