【完結】ガン=カタ皇子、夜に踊る

2626

文字の大きさ
214 / 297
Third Chapter

やさぐれロウに絡まれると

しおりを挟む
 よろず屋アウルガはまだ酒臭かった。この一週間で、ロウはどれだけ飲んだんだ……?
「ロウ相手に説教なんてしたくなかったが、これではあまりにも世話をさせられているゲイブンが可哀想だ。やさぐれるのもいい加減にしろ!」
「うるさい、うるさい……こんな事ならギルガンドなんて殺しておけば良かった!」
病気でも怪我でも無いのに、愚痴と泣き言ばかり言いながら丸一週間も布団から引きこもって出てこない三十路の男なんて鬱陶しいだけだ。
『ごめんねテオも……。ロウってばちっちゃい子供みたいよー?どうせ甥っ子か姪っ子が出来たら豹変する癖に、本当に「かまってちゃん」になっちゃって仕方ないわよねえ』
ロウの頭を撫でてやっているパーシーバーが喋りすぎた。
「パーシーバー!!!!」
オレ達が止めるのも間に合わず、『甥っ子か姪っ子』と聞いたロウが身も世もなく号泣し始めた。
「く、クノハルは……初めて出会った時……あんなにも繋いだ手が小さくて……俺に、『おにいちゃんなの?』って……」
『ああ……ロウってばすっかり回想に浸っちゃっているわ……。完全に心が今じゃなくてあの頃に戻っちゃっているじゃないの……』
当分は駄目だな、これは……。
もうしばらく、心の中での折り合いが付くまで、ロウを放っておいてやりたい所だった。
だが、オレ達にはもう後回しに出来ない事情があってそうも行かないのだ。
「早く闇カジノに行くぞ、ロウ」
「……ああ。新しい賭博が相当に流行っているらしいな」
「知っているならどうして調べに行かなかった?」
『ううん、勿論調べに行ったわよ?と言うか先週、ロウはウッキウキで行ったのよ……でも……』
「入ろうとしたら……お断りされたんだ」
とロウが言う。
「断られた?常連客のロウを断ったのか!?」
この前、『逆雷のバズム』と組んで桁のおかしい勝ち方をしたからか?
「……いや、逆雷の爺さんの所為じゃ無いぞ。闇カジノの元締め連中が変な新参者に一掃されたらしくてな、一見様お断りになっていたんだよ。馴染みからの紹介状を持たない者は絶対に入れない、ってな」
『それですごすごと戻ってくるしかなかったの……』
「そこまでして、何の……新しい違法賭博をやっているんだ?」
「実は、それに関係しているようなんだが。一昨日に、地獄横町から依頼が来たんだ」
「おい、ロウ。まさか地獄横町からの依頼を無視していたのか!?」
度胸があるのか、それとも……。
『あのねえ、テオ。呆れるのもよーっく分かるんだけれど、泣き虫ロウにとってクノハルより大事なものなんてこの世に存在しないのよ?』
「うるさい!全部全部全部あの忌々しいギルガンドが悪いんだ!」
「ハアー……」
ゲイブンが家出してもおかしくないくらいのロウの荒み具合に、オレ達が完全に呆れてしまった時――もはや聞き慣れた足音が外から聞こえたので、煎餅布団をはね除けてロウが飛び起きた。
「何の用だ!」
「――ひゃああっ!?」
オレ達が咄嗟にしゃがみ込んだ真上を通って、欠けた皿が投げつけられたのを、ギルガンドは黙って受け止めた。
「相変わらず耳の良い男だ。それにしても、どれだけ飲んだ?」
『ええ、本当に酷いわよねえ……ロウってばすぐ潰れちゃう癖にお酒を飲むのよね……』
飲めない癖に飲むなんて馬鹿じゃないか?と言うツッコミは止めておく。
それでも飲まずにはいられなかったんだから、もう仕方ないのだ……。
「だから何の用だ!用が無いなら出て行け!」
八つ当たりだな、これは……。
こんな態度のロウを一週間も付きっきりで世話させられたゲイブンの苦労が偲ばれる。ほぼ介護だろ。
せめてオレ達がここにいる時くらい、『黒葉宮』でオユアーヴの作った美味いものを腹一杯食べて、少しは癒やされていると良いんだが。
オレ達はロウのフォローのために、おずおずとこう言った。
「す、すいやせんギルガンドさん。ロウさん、ずっとこうでして……。あの、おめでとうなんですぜ!」
「ああ」一瞬だけ視線が揺らいだが、すぐにロウを見据えてギルガンドは言った。「貴様に話がある、ロウ」
「俺には何も無い!出て行け!」
『ロウってば、もうこのパーシーバーちゃんにもお手上げだわ!すーっかりいじけちゃった……世界全部にチクチクするいじけ毛虫になっちゃったわ……』と、パーシーバーが嘆く。
「貴様は地獄横町に伝手があったな?」
仕事の話で良かった……。オレ達は内心で安心する。これでクノハル絡みの単語が出ていたら、ロウのやさぐれが過ぎて毒の毛虫どころか全方位絶刺のヤマアラシになる所だった。
「それが何だ!」
「キアラードに会わせろ。金なら払う。急ぎなのだ」
「……俺の暗殺の依頼じゃ無さそうだな」
ロウはようやく立ち上がると、オレ達に向かって、
「ゲイブン、付いてきてくれ」
といつもの声で言った。


 今度は、地獄横町の地下道の奥深くの建物にある、狭い地下室に連れて行かれたので、オレ達はヒヤヒヤしていた。ロウが依頼を無視した所為で、生き埋めにされるんじゃないかと……。
「――ロウさん、私からの頼みを無視しようとするなんて良い度胸じゃないですか」
案の定。暗殺組織『スーサイド・レッド』の党首キアラードは、その地下室の扉の前に立っていたが、振り返るなりロウに向かって嫌味を言った。
「知っているだろう、全部この憎い糞野郎の所為だ!」
「……!」
ギルガンドが凄い顔をするが、多少の自覚はあるらしくて、どうにか黙っている。
「まあ、事情はおおよそ知っています。少しは妹離れしたらどうですかと思っただけですよ」
『それはそうよねえ……まるで永遠に失恋したみたいなんだから……』
「娘離れが出来ていない男に言われたくは無いな!」とロウは刺々しく言った。
止めてくれパーシーバーにキアラード、ロウが今度こそ人間の姿をしたヤマアラシになる!
無駄話はこのくらいにしましょう、とキアラードは首を振って、
「ここにいる私達は全員――おっと、そこの少年は別ですがね――ある共通の疑念と問題を抱いています」
ロウは率直に訊ねる、
「闇カジノの新しい賭博とは何をやっているんだ?」
その前に簡単に裏社会の掟を説明しましょう、とキアラードは地下室の扉を開けた。
中には怯えた様子の太った男がいて、扉が開いたので顔を手で覆って悲鳴を上げて椅子から転げ落ちたが――ややあってロウの顔を見た途端に安堵したようで、再び椅子に腰掛けた。灯りがともっている部屋には排泄物を入れる壺が隅にあって、机の上には食べた後の食器、椅子がいくつか、そして簡素な寝台が反対の隅にあった。
「……脅かすのは止めてくれ、キアラードさんよ……。『便利屋のロウ』が来たってんなら先に言ってくれや」
「おい!」と、ロウの顔が強ばる。
ええ、とキアラードは頷いて、
「ロウさんもご存じのように、彼は闇カジノの総元締めでした。ですが新参者に居場所を追われた上に首に懸賞金まで掛けられたので、こうしてウチで特別に匿っているんですよ」
「待て。確かにコイツは金づるの俺から散々に搾り取ってくれたが……首に懸賞金だと?」
キアラードはさっさと空いている椅子に腰掛けると、説明を始めた。


 「地獄横町でもそうですけれどね、裏社会では血の掟があるんです。その中の最も代表的なものの一つが『お互いの領域を絶対に侵犯しない』事ですよ。遊郭なら売春行為、闇カジノなら違法賭博、そして地獄横町は……ご存じでしょうから省きますが。
故に、闇カジノで売春行為は御法度、遊郭で違法賭博は禁忌、ましてや地獄横町以外の人間が殺しを商売にするなんてもっての外だ。一度でも裏社会に携わったからには、この掟を侵犯した者には裏社会が総力を挙げて血と死を持って償わせる。
それはロウさん、貴方もよく分かっているでしょう?」
「ああ、闇の社会だからこそ、秩序の違反者への容赦のなさは光の当たる社会の比じゃあ無いって分かっている」
一般に、刑罰として罰金や鞭打ち数回で済む事でも、見せしめも兼ねて違反者の命で償わせるんだよな……。
「でもねえ、新参者はそうじゃなかったんですよ。闇カジノを奪い取った、そこまではまだ良かった。でもね、今、あそこではよりにもよって『売春行為』と『殺人賭博』をさせているんです」
『な、何よそれ……!?』
パーシーバーが絶句した。ギルガンドが問い詰める。
「『殺人賭博』とは何だ?」
「そこに少年がいるので柔らかい表現にしますけれど――新参者共はね、私達の専売特許であるはずの人殺しを、賭けの対象にしているんです。一対一だったり、一対多数だったり、多数対多数だったり。時には猛獣相手だったりするそうですけれど。
金に釣られた貧民街の一般の住民が一方的に殺される事がほとんどのようですが、とにかく対戦させて殺し合わせて、どちらが勝つか死ぬかの賭博を楽しんでいるんですよ。無論、招待した客の周りに何人もの娼婦を侍らせてね……」
『酷い……!何て酷い事を……!』
いわゆる『コロシアム』か……悪質だな。
「何が目的なのだ?」
「さあ……」キアラードは少し黙ってから、「それ以上を探らせに行かせたうちの手練れが帰ってこなかったんでね、目的までは。
ただ、随分な大金が動いているようですから、『殺人賭博』の客は貴族か富豪あたりでしょう。『閃翔』がここに来たと言う事は、お上も相当に訝しんでいるご様子ですしね」
「……それで、俺への依頼とは何だ?」
キアラードはじっと、冷たい目でロウを見つめた。
「『シャドウ』に渡りをつけて貰えませんか。何、人殺しを頼もうってんじゃない。うちの手練れの形見だけでも拾ってきてやって欲しいんです」
「形見?」
「ヤハノ草の刻印が刻まれたペンダントです」
「そいつも吸血鬼だったのか」
『……。乱詛帝によって滅ぼされた吸血鬼の王国ザルティリャの国旗には、ヤハノ草の意匠も組み込まれていたのよね……』
「……」キアラードはそれには答えなかった。「見た目がとても粗末なものですから売られてはいないと思うんですよ。壊されたとしても、今ならまだ闇カジノの何処かに捨てられているとは思うんです……」
「いつ何処でどうやって繋がるかは分からんが、やってはみる。ただ、結果がどうであれ、俺に恨みも報酬も寄越すなよ。
何度でも言うが、俺は『シャドウ』じゃないからな」
分かった、とロウは引き受けた。
「――それじゃ仕方ない」わざとらしくため息をついてから、この暗殺組織『スーサイド・レッド』の親玉は最後に言った。「『閃翔』も帝国治安局の潜入調査員が全員行方不明になったそうなんで、うちの関与を疑ったんでしょう?ですがうちも今度ばかりはどうしようもない被害者ですよ。
……そうそう、遊郭の方も相当な害を被っているみたいなんで、妖艶なるマダム達に聞いてみても良いかも知れませんね」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

無限に進化を続けて最強に至る

お寿司食べたい
ファンタジー
突然、居眠り運転をしているトラックに轢かれて異世界に転生した春風 宝。そこで女神からもらった特典は「倒したモンスターの力を奪って無限に強くなる」だった。 ※よくある転生ものです。良ければ読んでください。 不定期更新 初作 小説家になろうでも投稿してます。 文章力がないので悪しからず。優しくアドバイスしてください。 改稿したので、しばらくしたら消します

幸福の魔法使い〜ただの転生者が史上最高の魔法使いになるまで〜

霊鬼
ファンタジー
生まれつき魔力が見えるという特異体質を持つ現代日本の会社員、草薙真はある日死んでしまう。しかし何故か目を覚ませば自分が幼い子供に戻っていて……? 生まれ直した彼の目的は、ずっと憧れていた魔法を極めること。様々な地へ訪れ、様々な人と会い、平凡な彼はやがて英雄へと成り上がっていく。 これは、ただの転生者が、やがて史上最高の魔法使いになるまでの物語である。 (小説家になろう様、カクヨム様にも掲載をしています。)

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件

美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…? 最新章の第五章も夕方18時に更新予定です! ☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。 ※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます! ※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。 ※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!

高校生の俺、異世界転移していきなり追放されるが、じつは最強魔法使い。可愛い看板娘がいる宿屋に拾われたのでもう戻りません

下昴しん
ファンタジー
高校生のタクトは部活帰りに突然異世界へ転移してしまう。 横柄な態度の王から、魔法使いはいらんわ、城から出ていけと言われ、いきなり無職になったタクト。 偶然会った宿屋の店長トロに仕事をもらい、看板娘のマロンと一緒に宿と食堂を手伝うことに。 すると突然、客の兵士が暴れだし宿はメチャクチャになる。 兵士に殴り飛ばされるトロとマロン。 この世界の魔法は、生活で利用する程度の威力しかなく、とても弱い。 しかし──タクトの魔法は人並み外れて、無法者も脳筋男もひれ伏すほど強かった。

貧弱の英雄

カタナヅキ
ファンタジー
この世界では誰もが生まれた時から「異能」と「レベル」呼ばれる能力を身に付けており、人々はレベルを上げて自分の能力を磨き、それに適した職業に就くのが当たり前だった。しかし、山奥で捨てられていたところを狩人に拾われ、後に「ナイ」と名付けられた少年は「貧弱」という異能の中でも異質な能力を身に付けていた。 貧弱の能力の効果は日付が変更される度に強制的にレベルがリセットされてしまい、生まれた時からナイは「レベル1」だった。どれだけ努力してレベルを上げようと日付変わる度にレベル1に戻ってしまい、レベルで上がった分の能力が低下してしまう。 自分の貧弱の技能に悲観する彼だったが、ある時にレベルを上昇させるときに身に付ける「SP」の存在を知る。これを使用すれば「技能」と呼ばれる様々な技術を身に付ける事を知り、レベルが毎日のようにリセットされる事を逆に利用して彼はSPを溜めて数々の技能を身に付け、落ちこぼれと呼んだ者達を見返すため、底辺から成り上がる―― ※修正要請のコメントは対処後に削除します。

エレンディア王国記

火燈スズ
ファンタジー
不慮の事故で命を落とした小学校教師・大河は、 「選ばれた魂」として、奇妙な小部屋で目を覚ます。 導かれるように辿り着いたのは、 魔法と貴族が支配する、どこか現実とは異なる世界。 王家の十八男として生まれ、誰からも期待されず辺境送り―― だが、彼は諦めない。かつての教え子たちに向けて語った言葉を胸に。 「なんとかなるさ。生きてればな」 手にしたのは、心を視る目と、なかなか花開かぬ“器”。 教師として、王子として、そして何者かとして。 これは、“教える者”が世界を変えていく物語。

処理中です...