【完結】ガン=カタ皇子、夜に踊る

2626

文字の大きさ
217 / 297
Third Chapter

二重生活

しおりを挟む
 「よし、決めた」
帝国第一高等学院の保健室で昼休みを過ごしていたオレ達は、ようやく腹を決めた。
「闇カジノに潜入する」
「……え、テオ様……今、何て?」
「決めた。僕が闇カジノへ偵察に行く」
少しウトウトとしていたユルルアちゃんの顔色がオレ達の言葉を聞いて、仮面越しにもジワジワと悪くなっていくのが分かった。
「何も情報が無いに等しいのに、一人で行くなんてあまりにも危険ですわ!」
「暴れはしない。敵が精霊獣なのかも知れないのだから、あくまでも偵察だ」
「でも!」
「奴等は地獄横町に火を放った。最悪、貧民街が全て燃え尽きても構わないと思ってやったんだ。これ以上野放しにすれば、次に焼かれるのは遊郭だ。遊郭の近くには『よろず屋アウルガ』がある……。
これほど危険な連中なのにだ、こちらが奴等について得ている情報はあまりにも少なすぎるとは思わないか?」
「……」
ユルルアちゃんは今にも泣き出しそうな目をしていた。
彼女にこんな顔をさせた罪悪感は相当にある。
だが、オレ達はもう下がれなかった。
「それに昨夜、地獄横町に火を放たれた今が、僕が潜入できる唯一の狙い目なんだ」
「……どう言う意味ですの?」
オレ達はユルルアちゃんの手を握って頼み込んだ。
「君の『劇毒』で僕の顔を跡形もなく焼いてくれ、ユルルア」


 精霊獣を従える者は、その精霊獣が消えるまでは本当の死を迎える事は無い。
『赤斧帝』が正にそれだった。それこそ猛毒を盛られようが、首を刎ねられようが、たちどころに再生したらしい。
それ故に――圧倒的な破壊力を誇る精霊獣『タイラント』を殺しうる者がその時にはいなかったが故に、両者を引き離して封印・幽閉するしか無かったのだ。
『乱詛帝』もそうだったのだが、精霊獣を従える者は先に精霊獣を討たない限り、完全に斃れる事は無いのだろう。
オレ達も同じだ。
オレことトオル――精霊獣『クラウン』が消えてしまうまで、相棒テオドリックは決して死なない。処刑された時の大怪我はどうしようも無かったが、オレ達が一緒にいる間の傷は即座に治せるし、致命傷で無ければあえて治さないように遅延させる事も出来る。
体の痛みばかりはどうしようも無いが、ああだこうだと戯れ言を言っている余裕は無い。

 「昨日の火事で、顔に火傷を負った者だって少なからずいる」
ユルルアちゃんが激しく頭を振った。
「嫌、それだけは!私がテオ様を傷つけるなんて、それだけは!」
「夜明けまでには戻る。どうしても君でなければ駄目なんだ」
「でも、でも!!!!」
「仕方ない、では自力で顔を焼くとしよう」
まるでオレ達が虐めたみたい(※実際その通り)だが、ユルルアちゃんはしくしくと泣き出してしまった。
「…………うう、ううっ……お、お顔は治りますの?」
「心配要らない」
「痛みは……?」
「君からの痛みなら喜んで」
あっ、相棒が本音を言った。
このドM男の変態野郎め!
そこは『悦んで』の間違いだろうが!
「…………どうしても?」
「君で無ければ駄目なのだ」


 ――おい、保健室に誰かが近づいてくる。それも数人!
「誰か来る!」
「!」
オレ達は慌ててユルルアちゃんの膝枕で昼寝をしている振りをした。
数人がドヤドヤと入ってきて、怪我の治療をしているのだろうか、消毒液の匂いがした。
「……ゴメン、ナサイ」
可憐で弱々しい、何処かたどたどしい声がした。
「いえ、我らの責任ですので」
「全くロサリータ姫の癇癪には困ったものだ!」
「レーシャナ皇后様に報告は?」
「昨日も書面で提出したとも。激しく叱責なさったらしいが、今日もこの通りだ!」
「いくら王国が凋落している原因が公国だとは言え、この学院で嫌がらせを続けるならば我らが帝国の沽券に関わる!」
「いっそロサリータ姫を登校停止処分にすべきでは無いか?」
よく言うよ。護衛のお前達がしっかりと引き離さないからだろうが。
「何の騒ぎだ?」
オレ達が保健室の奥の寝台から声を出してカーテンから顔を出すと、サレフィ姫とその護衛達は驚いた顔をした。
「これは第十二皇子殿下、実は……」
またロサリータ姫がサレフィ姫に言い掛かりをつけて、突き飛ばしたらしい。それで足を擦りむいたんだと。
「事情は分かった。それで、言い掛かりを付けられて突き飛ばされるまでの間、護衛の君達は何をやっていたんだ?」
「「……」」
気まずそうな顔をする。職務怠慢だと認めたくは無いんだろうな。
どうも身振りや態度からすると、ただ七光りだけでこの地位に就いた門閥貴族の子弟らしい。
皇族の僕が言うのもおかしいが、一族のコネと贔屓だけで高い地位に就いた者には職務怠慢が多くて困る。
「アノ、カレラヲセメナイデ、クダサイ」
サレフィ姫が目を潤ませてオレ達に懇願する。ユルルアちゃんがこっそりとオレ達の手を強く握った。
「ワタシガ、ゼンブ、ワルイノデス……!」
安心しろ、この手の女はオレ達も生理的に気持ち悪いから……。
「その通りです」
オレ達がマーロウスントの公用語で全肯定してやると、案の定サレフィ姫は目を丸くした。
「話を聞けば、君は学級が違うにも関わらず、毎日のように自らロサリータ姫の所に訪れては騒動を引き起こさせている様じゃないですか」
「それは、そんなつもりじゃ」
「ロサリータ姫に近づけば邪険にされる。必ず騒動になる。まさか、未だにその事を学習できていないのですか?それとも全ての人間とお手々を繋いで仲良く出来ると都合の良い夢でも見ていらっしゃるのか?仮にも『公女』であらせられるのに、そのような夢見がちな態度で今まで無事にやってこられた理由をとくと伺いたいが?」
護衛の連中がポカーンとしていたかと思ったら、オレ達に、
「殿下、あの、何と……?」
やはり、マーロウスントの公用語を学んでいないのだ。
マーロウスントの要人の護衛として、明らかに人選が間違っている。
大声でオレも言いたくは無いけれど、貴族出身者にはアホが多くて困るんだよな……。
「酷い、酷い!そんなつもりじゃ無いのに!どうしてそんな酷い事を言えるの!?」
そんなつもりじゃ無かろうが、その結果を考えずに人前で言葉を発している時点で、貴様は人の上に立つ者として失格だ。
「では、どのようなおつもりなのか伺っても?」
「あの子は私がいないと駄目なのよ!いつも不幸だから私が側にいて慰めてあげないといけないの!」
「それで?」
「可哀想なのよ、あの子は!お祖母様も、叔母様も、乳母も、乳母子も、みんなみんなあの子の所為で不幸になって死んでしまったの!だから私が側にいて、『可哀想』って慰めてあげないと――」
「『公女』殿下、貴方は己より可哀想な対象を見つけて哀れみ見下す事で、内心で我知らず愉悦を感じているに過ぎません。それは慈悲でも何でも無い、ただの自慰行為の一種ではありませんか?」
絶句したサレフィ姫にテオは言う。
ユルルアちゃんが俯いて震えている。
済まない、君に『自慰行為』なんて本当にはしたない言葉を聞かせてしまって……。
いや、笑いを堪えてくれているぞ。助かったな。
「案外、貴方が側にいる方がロサリータ姫にとっては余程『可哀想』であって――環境が変わって、彼女はそれに気づき始めたのかも知れないな。とにかく学院で騒動を起こす事は推奨できない。率先して関わらぬ事だ」
「この○×△×××ピー――野郎が!」
あっ、本音が出た。ついでに手元にあった消毒液の瓶を投げつけてきた。
オレ達が避けたらユルルアちゃんに命中するので、仕方なく当たった振りをする。
「ぐっ!?」
「テオ様!」
ユルルアちゃんの悲鳴。
一連の光景に護衛の連中が慌てる。皇族のテオに危害を加えられたのをボケーッと見ていたって事で、己の馘首について心配しているだけだろうがな。
「サレフィ姫!?」
「いかん、外に――!」
護衛の連中がどうにか暴れ喚く彼女を保健室から連れ出して、やっと保健室から落ち着いた。

 「安心してくれ、無傷だ」
消毒液の瓶を拾って、オレ達はユルルアちゃんに囁く。ユルルアちゃんはオレ達にぎゅうっとしがみついて、
「あの女の顔こそ……真っ先に焼いて爛れさせたいですわ……」
この闇ンデレと、愉悦も哀れみも入る余裕さえ無い、重すぎて奈落の底にすら一瞬で堕ちるほどの一途な愛情が本当にテオにとっては非常に嬉しいらしい。
え、オレはって?
オレはとても怖い。裏切ったら彼女は確実にオレ達をぶち殺しに来るから。
「君にここまで愛されて、僕は本当に幸せ者だ」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

無限に進化を続けて最強に至る

お寿司食べたい
ファンタジー
突然、居眠り運転をしているトラックに轢かれて異世界に転生した春風 宝。そこで女神からもらった特典は「倒したモンスターの力を奪って無限に強くなる」だった。 ※よくある転生ものです。良ければ読んでください。 不定期更新 初作 小説家になろうでも投稿してます。 文章力がないので悪しからず。優しくアドバイスしてください。 改稿したので、しばらくしたら消します

幸福の魔法使い〜ただの転生者が史上最高の魔法使いになるまで〜

霊鬼
ファンタジー
生まれつき魔力が見えるという特異体質を持つ現代日本の会社員、草薙真はある日死んでしまう。しかし何故か目を覚ませば自分が幼い子供に戻っていて……? 生まれ直した彼の目的は、ずっと憧れていた魔法を極めること。様々な地へ訪れ、様々な人と会い、平凡な彼はやがて英雄へと成り上がっていく。 これは、ただの転生者が、やがて史上最高の魔法使いになるまでの物語である。 (小説家になろう様、カクヨム様にも掲載をしています。)

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件

美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…? 最新章の第五章も夕方18時に更新予定です! ☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。 ※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます! ※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。 ※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!

高校生の俺、異世界転移していきなり追放されるが、じつは最強魔法使い。可愛い看板娘がいる宿屋に拾われたのでもう戻りません

下昴しん
ファンタジー
高校生のタクトは部活帰りに突然異世界へ転移してしまう。 横柄な態度の王から、魔法使いはいらんわ、城から出ていけと言われ、いきなり無職になったタクト。 偶然会った宿屋の店長トロに仕事をもらい、看板娘のマロンと一緒に宿と食堂を手伝うことに。 すると突然、客の兵士が暴れだし宿はメチャクチャになる。 兵士に殴り飛ばされるトロとマロン。 この世界の魔法は、生活で利用する程度の威力しかなく、とても弱い。 しかし──タクトの魔法は人並み外れて、無法者も脳筋男もひれ伏すほど強かった。

貧弱の英雄

カタナヅキ
ファンタジー
この世界では誰もが生まれた時から「異能」と「レベル」呼ばれる能力を身に付けており、人々はレベルを上げて自分の能力を磨き、それに適した職業に就くのが当たり前だった。しかし、山奥で捨てられていたところを狩人に拾われ、後に「ナイ」と名付けられた少年は「貧弱」という異能の中でも異質な能力を身に付けていた。 貧弱の能力の効果は日付が変更される度に強制的にレベルがリセットされてしまい、生まれた時からナイは「レベル1」だった。どれだけ努力してレベルを上げようと日付変わる度にレベル1に戻ってしまい、レベルで上がった分の能力が低下してしまう。 自分の貧弱の技能に悲観する彼だったが、ある時にレベルを上昇させるときに身に付ける「SP」の存在を知る。これを使用すれば「技能」と呼ばれる様々な技術を身に付ける事を知り、レベルが毎日のようにリセットされる事を逆に利用して彼はSPを溜めて数々の技能を身に付け、落ちこぼれと呼んだ者達を見返すため、底辺から成り上がる―― ※修正要請のコメントは対処後に削除します。

エレンディア王国記

火燈スズ
ファンタジー
不慮の事故で命を落とした小学校教師・大河は、 「選ばれた魂」として、奇妙な小部屋で目を覚ます。 導かれるように辿り着いたのは、 魔法と貴族が支配する、どこか現実とは異なる世界。 王家の十八男として生まれ、誰からも期待されず辺境送り―― だが、彼は諦めない。かつての教え子たちに向けて語った言葉を胸に。 「なんとかなるさ。生きてればな」 手にしたのは、心を視る目と、なかなか花開かぬ“器”。 教師として、王子として、そして何者かとして。 これは、“教える者”が世界を変えていく物語。

処理中です...