【完結】ガン=カタ皇子、夜に踊る

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Third Chapter

spiral③

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 『ヴァンよ、起きるのだ!』
「何があった、『ロード』」
皇帝ヴァンドリックは夜明け前に飛び起きた。
隣では皇后ミマナが深い寝息を吐いて寝ていたが、明りが灯されてすぐに目を開ける。
『……「シャドウ」からの緊急の知らせだ』
彼の精霊獣『ロード』が通知を突き出した。
「「!」」
【マーロウスントの僭主ブォニートが帝都にて「赤斧帝」の元・寵臣達を抱き込んで違法な地下闘技賭博を催している。かの者は正統に従える者から精霊獣「ジンクス」を奪うのみならず、その力を悪用している。「ジンクス」は「スキル:カタストロフィー」を持つ。至急対応されたし】
皇后ミマナは精霊獣『オラクル』を呼んだ。
「『スキル:メッセージ』では、何と?」
『オラクル』はしばらく黙していたが――、
『……明日の昼にホーロロに軍隊が集います。地平線まで……僭主の旗が翻るでしょう。しかし雷は年老いて往事の力を失い、猛々しく戦う事は出来ません』
一気に、『ロード』の声に焦りが滲む。
『……これが6割の確率で的中しないとしても、依然憂慮すべき事態である事に変わりはないぞ、ヴァン』
「待て」ヴァンドリックは枕元の鈴を鳴らして宦官を呼び、ホーロロ国境地帯の地図を持ってこさせた。「大叔父上へ送った増援2万が、間に合わぬやも知れぬぞ!しまった!」
『それはどう言う意味だ!?』
見よ、とヴァンドリックは地図を指さした。ホーロロ国境地帯の近隣の領主の名は、いずれも――。
「……ブォニートに抱き込まれたであろう、『赤斧帝』の寵臣共ではありませんか!」
ミマナの顔も一気に険しくなった。
『赤斧帝』に阿諛追従した連中が徐々に中央より左遷され、権力から遠ざけられている今。
その彼らの領地が帝国の辺境にあるのは当然の帰結とも言えるのだが、今度ばかりは逆にそれが仇となった!
「もしもだ、大叔父上のいる大砦への最短の道の橋が、何らかの要因で落とされたとしたら?土砂崩れに見せかけて道が塞がれたとしたら?
いや、正にそのために――ブォニートが危険を冒してまで帝都に来、彼らを抱き込んだのだとしたら!」
ホーロロ国境地帯はガルヴァリナ帝国の直接の支配こそ受けていないが、今は帝国寄りの立ち位置にある。
マーロウスント王国との緩衝地帯でもある彼の地が、軍事的にマーロウスントに占領されたならば――、
ぐう、と『ロード』が呻いた。
『ホーロロの次はこの帝国の領土が歯牙にかかるも時間の問題!』
皇帝は宦官を次々と呼び、急ぎ服を着替えさせ、主立った臣下に使いを送るよう命じる。
「直ちに『峻霜』、『閃翔』、『幻闇』、『闘剛』の4名を集めて、ブォニートを捕らえさせよ!人質として扱っていたサレフィ姫へ尋問を行うのだ!」
「ロサリータ姫は如何します」
ミマナも同じように服を着替えさせながら問うた。
「同様に尋問を行え」
その間も『ロード』と『オラクル』は話し合っている。
『道理で今の公国なる連中の統制が取れていなかった訳だ』
『首長が……遠く離れた帝都にいたからですわ』
『かの国は僭主の統率力だけで今まで維持されていた故に、な……』
着替えが終わった頃、外で誰かが叫んでいる騒ぎが聞こえて、ヴァンドリックとミマナはそちらを向いた。
この声の主は!
「陛下!お休みの所に申し訳もござりませぬ!火急の事態でござりまする!」
引き留めようとする女官数人を押し切って、レーシャナ皇后が顔色を変えて走ってきた。
相当に焦ったのか、乱れた髪に寝間着のままである。
美しい顔は、今は蒼白の色であった。
「全ては私の、私が至らぬが故の責でございます!」
皇帝ヴァンドリックが落ち着いた態度をして訊ねる。
彼まで焦った様子を見せれば、ここから手を付けられぬ大混乱が始まってしまうからだ。
「何があった、レーシャナ?」
彼女は唇を噛みしめて告げる、
「ロサリータ姫の寝所が何者かの襲撃を受け拉致された隙に、サレフィ姫が脱走いたしました!」


 「これは行かぬな……」
大橋が落とされたとの報告を受けて現場を見に来た『逆雷』バズム将軍は舌打ちした。
深い森と大きな山々に囲まれ、そこを急流であるホーロルス大河が幾つも流れている高地のホーロロ国境地帯に、帝国から大軍を送り込める最短経路が――これで潰えたのだ。
つまり、味方の迅速な増援は間に合わないと思って良いだろう。
「ワシの勘も……衰えたものだ」

 ――昔だったら。
 いや、せめてもう少しだけ若ければ。
 必ず勘で察知できたはずの事が、もう、今の彼には何も分からなくなってしまっている。

 大砦に引き返せば、参謀達が激論を戦わせている最中だった。
「将軍!サンタンカン渓谷には未だ続々とマーロウスントの軍勢が集まっております!」
「大敗を喫した場所で勝ち鬨を上げるつもりか……!?」
「このままではこの大砦を越えホーロロ国境地帯の部族衆の居住地まで攻め寄せるのも間もなくです!」
「彼らを見捨てれば部族衆は帝国への支持を切り捨てるは必定……!」
「敵勢は幾らだ!?」
「総勢、20万は下らぬ大軍との報告です!指揮官はブォニートの養子ボレッテ!」
「せめて後……2万は欲しかった。こちらが3万あれば間違いなく勝てたが……」それからバズムは小さな声で呟いた。「年老いるのは構わんのじゃが、出来ん事が増えるのは悔しい……!」
しかし直後、彼は膝を叩いて勢いよく立ち上がった。
「出陣だ!」
参謀達は一斉に敬礼する。
「はっ!総軍、既にその支度は整って――」
「いや、1000だ」
「……はっ?」
「聞こえんかったのか。出陣するのは1000だけじゃ」
「ですが!!!」
「ワシに策がある」
とバズムが言うと誰もが黙って従った。
今までバズムがこう言い出した時は、最終的にどのような不利な状況でも、必ずひっくり返ったからだ。
だが――今度ばかりはバズムの頭にもまともな『作戦』は無い。

 『少しでも時間を稼ぐため、森林に隠れての遊撃戦しかあるまい』と珍しく消極的に考えている。
 相手が20万の大軍では、間違いなく――帝国軍にも多大な損害が発生する事は確定したからだ。


 バズムは今まで叩き上げの軍人として生きてきた。いつ戦場で死んだとしても、恐怖も後悔も無いと断言できる。初めて戦った18の時から、そうだった。
むしろ今まで奇天烈と破天荒そのものの人生だったのに、良く処刑の一つもされずに生きてこられたものだと――我ながら不可思議な、感無量の思いでさえある。

 だが、無念だった。
責任を持って『小さな陛下』から預かった軍隊を、可能な限りに傷つけずにお返ししたかった。
生意気なアニグトラーンの雛小僧を散々にからかってやったが、あれはまだ若すぎる。もう少し大人になるまで見守ってやらねば――死んだ後でウルガンド達に詫びる以外の何が出来よう。
娼婦を抱きたいと無性に思った。あの柔らかで温かい体を強く抱きしめたいと思った。金貨をぶちまけた時でも何でも良い、目を輝かせている顔をもう一度だけ見たかった。
大昔、彼が辺境に送られてすぐに彼の母は死んだ。その後は一人で放置されていた彼を、代わりに哀れんで育ててくれたのがそこにいた娼婦達であったから。

 『まあ、人生なんてこんなものさ』
彼より遙かに若い癖に、妙に達観した事ばかり言う盲目の男の顔が浮かぶ。
『それでも最期まで、足掻くしか無いんだから』

 ……そうじゃな、そうじゃ。
 己が死ぬまで相手が何だろうと食らい付く。
 それが『狂犬』たる己の生き様じゃ。

 バズムはブレイ号にまたがると、最高指揮官だけが帯びる事を皇帝から許された短い指揮杖を掲げた。
「打って出るぞ、者ども!」
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