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Third Chapter
ふしあわせなけだもの
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「あナた方は『不幸』ダ」
ブォニートはかつての『赤斧帝』に阿諛追従した、その寵臣達が――皇子ヴァンドリック達によるクーデターの後で徐々に権力から遠ざけられている中――彼らに急接近した。
「あなた方は本来あルべき地位も追ワれ、治めルべき領地をも奪わレた。……とテも、とても不幸ダと思わなイのか?」
「あなた方ダって、おカしいと思ッているのだロう?」
「私に力を貸シてくれたナらば、あなた方だケに倍ニして返そウ」
最初は戸惑い、丁重に断ってくる佞臣がほとんどだった。下手に動いて、これ以上を失いたく無いと言う彼らの気持ちは彼にもよく分かった。その時には皇太子ヴァンドリックに抗ったところで勝てる未来など、欠片も彼らには見えていないのだから。
故に、彼は、彼らにも精霊獣『ジンクス』の姿を見せた。
帝国においても大変な瑞兆とされる、精霊獣の姿の顕現を。
正統なる皇統の血を彼も強く濃く引いていると言う、無二にして最高の証明を目の前に出したのだった。
「ホら、私にもコの通り精霊獣ガいるのでスから……」
この『ジンクス』を彼が巧く従えた時も――実は、彼はとても『不幸』で『悲惨』だった。
己の娘ロサリータが精霊獣を従えた事を知った直後から、ロサリータを追い詰めるために、彼の生みの母親も、彼が真心を捧げていた妹ロデアナも、ロサリータが年の離れた姉のように慕っていた彼女の乳母も、その乳母子も、全部、全員、『ジンクス』の『スキル:カタストロフィー』の仕業に見せかけて謀殺しなければならなかったのだから。
「どうして!」
けれども、その甲斐あって、ロサリータと『ジンクス』の仲は決裂した。
「どうして貴方が来てから!みんな死んでしまうの!私が愛した人も!私を愛してくれた人も!みんなどうして!?」
『……ロサリータ、「スキル:カタストロフィー」は対象のステータスを一瞬で、凄まじく下げてしまうから……きっと、……きっと……、そうよ、わたしの……所為………………』
「返してよ!お母様を!お祖母様を!フェレネとフェルニを返して!!!!
みんな、私が不義の子だからって虐めなかった!うんとうんと可愛がってくれた!本当に愛してくれたのよ!お願いだから、あの人たちを返して!!!!
ねえ、私は幾らでも『不幸』になって良い!でも、でも私の『家族』まで『不幸』にしないで頂戴……!!!!!」
『…………ごめん、なさい…………ロサリータ……わたしの……所為で……』
「謝罪なんか要らない!貴方なんかもう要らない!」
それが決定打だった。
「ロサリータ、もう止めなさい」
ブォニートが、幼子のように泣きじゃくりながら精霊獣『ジンクス』に詰め寄るロサリータを引き留めた時、彼にとっては人生最大の――そして、最高にして最悪に近しい『不幸』と『悲惨』がやって来たのだった。
彼の秘密の娘ロサリータが――かつて真心を捧げ、そして首を絞めてこの世から去らせた最愛の妹ロデアナとうり二つに育っていた事に――とうとう気づいてしまったのだから。
「ロサリータは君を不要だと告げた、『ジンクス』。だが私にとって君は必要不可欠な存在だ。どうか私に力を貸して欲しい」
『……はい』と精霊獣は涙を流して頷いた。
そうやってブォニートは予定通りに『ジンクス』を手に入れた。彼は己の『不幸』をとことん『悲惨』に感じながらも、帝国を内部から切り崩すべく工作を続けた。
何年も、慎重に、少しずつ事を進めて、ようやく――ホーロロ国境地帯で千載一遇の好機を手に入れたのだった。
相手はたった2万、こちらは総軍15万――その内訳は、訓練を良く受け、数々の戦を経てきた精兵2万と、どうにか国中からかき集めた寄せ集めの15万であったが――ブォニートはその大軍の数を利用して、一気に帝国軍を押しつぶすつもりであった。
そう。
もしも先鋒が敵の挑発に乗らず。
軍の隊列が乱れず。
兵が彼の言う事に忠実に従い。
いつの間にかサンタンカン渓谷に誘い込まれもせず。
数の差に慢心して『ジンクス』を置いてこなければ。
ブォニートが圧倒的に勝っていたはずの戦であった。
――後ろも見ずに、必死に馬を駆って逃げながら、ブォニートには何が起きたのか分からなくて震えていた。気付けばもう己の周りには、ほんの十数騎の供回りしかいなくなっていたのだ。
百戦錬磨の『逆雷のバズム』と戦った事こそが本当の『不幸』だと彼は知らぬまま、どうしようもなく王都マーロウシーナーに帰還した。
「これは摂政、ご無事で何より」
敗死していれば良かったものを、と言外に含ませながら、王太子ガレトンは慇懃無礼に彼を出迎えた。
「しかしこれではとても帝国に抗い続ける事は出来ませんな。すぐに講和の使者を送らねば」
「……殿下は、私を『不幸』と思うか?」
「いいえ、勝つも負けるも戦では良くある事。問題は何をどう『不幸』と思うかです」
それでもだ、と彼は思うのだ。
彼が手元に置いておきたくてたまらなかった、愛するロサリータも、可愛い娘のサレフィも憎き帝国へ人質として奪われてしまった事が――『不幸』で『悲惨』以外の何なのだろう、と。
……いや。
これはむしろ『幸運』なのかも知れないぞ?
勝って気が緩んでいる帝国の帝都に潜入し、そして――内側から帝国を切り崩す方が楽かも知れない。
幸い、彼の支持者は帝都にも大勢いる。『赤斧帝』の寵臣達と彼はたいそう懇ろに通じ合っているのだから。
そうだ、彼らをもてなしつつ更に助力を得るべく、『コロシアム』を催したらどうだろうか?
精霊獣『ジンクス』が言っていた。ジンクスのいた世界では――大昔に円形闘技場があって、そこでは人を人や動物と戦わせていた。観衆は血なまぐさいその見世物に熱狂した、と――。
それを更に、どちらが生き残るかの賭け事にして、更に観客を白熱させれば良いのでは無かろうか。
無論、違法賭博だ。彼らが一度でも参加したら、二度とブォニートの味方側から降りられなくなるようにするために。
さて、ブォニートには腹心の部下ザイテがいた。
元々は帝都にいたらしいのだが、裏の社会でもめ事を起こしてマーロウスントまで逃げてきたのだと言っていた。
乱杭歯が特徴的な貧相な外見をしているが、やけに目端の利く男で、どうにも裏切りそうな気配の『赤斧帝』の寵臣を見かければ、事前に彼へと密告してくるのだった。そしてそれはほぼ確実に的中する上に、裏切り者の始末まで見事にこなすので、ブォニートはとても重宝していた。
そのザイテに『コロシアム』の話をすると、案の定、食いついてきた。
「そいつはすげえなあ、公王様あ!ただ、一つだけ問題があるんでさあ……」
帝都の裏の社会には、相互不可侵の絶対の掟があるのだと言う。
「貴様は何を言っているのだ?邪魔なものは綺麗さっぱり焼いてしまえば良いだけだろうが」
ニカリ、ニカリとザイテは乱杭歯を剥いて大いに嗤った。
「へえ、全部その通りでさあ、公王様あ!」
ブォニートはかつての『赤斧帝』に阿諛追従した、その寵臣達が――皇子ヴァンドリック達によるクーデターの後で徐々に権力から遠ざけられている中――彼らに急接近した。
「あなた方は本来あルべき地位も追ワれ、治めルべき領地をも奪わレた。……とテも、とても不幸ダと思わなイのか?」
「あなた方ダって、おカしいと思ッているのだロう?」
「私に力を貸シてくれたナらば、あなた方だケに倍ニして返そウ」
最初は戸惑い、丁重に断ってくる佞臣がほとんどだった。下手に動いて、これ以上を失いたく無いと言う彼らの気持ちは彼にもよく分かった。その時には皇太子ヴァンドリックに抗ったところで勝てる未来など、欠片も彼らには見えていないのだから。
故に、彼は、彼らにも精霊獣『ジンクス』の姿を見せた。
帝国においても大変な瑞兆とされる、精霊獣の姿の顕現を。
正統なる皇統の血を彼も強く濃く引いていると言う、無二にして最高の証明を目の前に出したのだった。
「ホら、私にもコの通り精霊獣ガいるのでスから……」
この『ジンクス』を彼が巧く従えた時も――実は、彼はとても『不幸』で『悲惨』だった。
己の娘ロサリータが精霊獣を従えた事を知った直後から、ロサリータを追い詰めるために、彼の生みの母親も、彼が真心を捧げていた妹ロデアナも、ロサリータが年の離れた姉のように慕っていた彼女の乳母も、その乳母子も、全部、全員、『ジンクス』の『スキル:カタストロフィー』の仕業に見せかけて謀殺しなければならなかったのだから。
「どうして!」
けれども、その甲斐あって、ロサリータと『ジンクス』の仲は決裂した。
「どうして貴方が来てから!みんな死んでしまうの!私が愛した人も!私を愛してくれた人も!みんなどうして!?」
『……ロサリータ、「スキル:カタストロフィー」は対象のステータスを一瞬で、凄まじく下げてしまうから……きっと、……きっと……、そうよ、わたしの……所為………………』
「返してよ!お母様を!お祖母様を!フェレネとフェルニを返して!!!!
みんな、私が不義の子だからって虐めなかった!うんとうんと可愛がってくれた!本当に愛してくれたのよ!お願いだから、あの人たちを返して!!!!
ねえ、私は幾らでも『不幸』になって良い!でも、でも私の『家族』まで『不幸』にしないで頂戴……!!!!!」
『…………ごめん、なさい…………ロサリータ……わたしの……所為で……』
「謝罪なんか要らない!貴方なんかもう要らない!」
それが決定打だった。
「ロサリータ、もう止めなさい」
ブォニートが、幼子のように泣きじゃくりながら精霊獣『ジンクス』に詰め寄るロサリータを引き留めた時、彼にとっては人生最大の――そして、最高にして最悪に近しい『不幸』と『悲惨』がやって来たのだった。
彼の秘密の娘ロサリータが――かつて真心を捧げ、そして首を絞めてこの世から去らせた最愛の妹ロデアナとうり二つに育っていた事に――とうとう気づいてしまったのだから。
「ロサリータは君を不要だと告げた、『ジンクス』。だが私にとって君は必要不可欠な存在だ。どうか私に力を貸して欲しい」
『……はい』と精霊獣は涙を流して頷いた。
そうやってブォニートは予定通りに『ジンクス』を手に入れた。彼は己の『不幸』をとことん『悲惨』に感じながらも、帝国を内部から切り崩すべく工作を続けた。
何年も、慎重に、少しずつ事を進めて、ようやく――ホーロロ国境地帯で千載一遇の好機を手に入れたのだった。
相手はたった2万、こちらは総軍15万――その内訳は、訓練を良く受け、数々の戦を経てきた精兵2万と、どうにか国中からかき集めた寄せ集めの15万であったが――ブォニートはその大軍の数を利用して、一気に帝国軍を押しつぶすつもりであった。
そう。
もしも先鋒が敵の挑発に乗らず。
軍の隊列が乱れず。
兵が彼の言う事に忠実に従い。
いつの間にかサンタンカン渓谷に誘い込まれもせず。
数の差に慢心して『ジンクス』を置いてこなければ。
ブォニートが圧倒的に勝っていたはずの戦であった。
――後ろも見ずに、必死に馬を駆って逃げながら、ブォニートには何が起きたのか分からなくて震えていた。気付けばもう己の周りには、ほんの十数騎の供回りしかいなくなっていたのだ。
百戦錬磨の『逆雷のバズム』と戦った事こそが本当の『不幸』だと彼は知らぬまま、どうしようもなく王都マーロウシーナーに帰還した。
「これは摂政、ご無事で何より」
敗死していれば良かったものを、と言外に含ませながら、王太子ガレトンは慇懃無礼に彼を出迎えた。
「しかしこれではとても帝国に抗い続ける事は出来ませんな。すぐに講和の使者を送らねば」
「……殿下は、私を『不幸』と思うか?」
「いいえ、勝つも負けるも戦では良くある事。問題は何をどう『不幸』と思うかです」
それでもだ、と彼は思うのだ。
彼が手元に置いておきたくてたまらなかった、愛するロサリータも、可愛い娘のサレフィも憎き帝国へ人質として奪われてしまった事が――『不幸』で『悲惨』以外の何なのだろう、と。
……いや。
これはむしろ『幸運』なのかも知れないぞ?
勝って気が緩んでいる帝国の帝都に潜入し、そして――内側から帝国を切り崩す方が楽かも知れない。
幸い、彼の支持者は帝都にも大勢いる。『赤斧帝』の寵臣達と彼はたいそう懇ろに通じ合っているのだから。
そうだ、彼らをもてなしつつ更に助力を得るべく、『コロシアム』を催したらどうだろうか?
精霊獣『ジンクス』が言っていた。ジンクスのいた世界では――大昔に円形闘技場があって、そこでは人を人や動物と戦わせていた。観衆は血なまぐさいその見世物に熱狂した、と――。
それを更に、どちらが生き残るかの賭け事にして、更に観客を白熱させれば良いのでは無かろうか。
無論、違法賭博だ。彼らが一度でも参加したら、二度とブォニートの味方側から降りられなくなるようにするために。
さて、ブォニートには腹心の部下ザイテがいた。
元々は帝都にいたらしいのだが、裏の社会でもめ事を起こしてマーロウスントまで逃げてきたのだと言っていた。
乱杭歯が特徴的な貧相な外見をしているが、やけに目端の利く男で、どうにも裏切りそうな気配の『赤斧帝』の寵臣を見かければ、事前に彼へと密告してくるのだった。そしてそれはほぼ確実に的中する上に、裏切り者の始末まで見事にこなすので、ブォニートはとても重宝していた。
そのザイテに『コロシアム』の話をすると、案の定、食いついてきた。
「そいつはすげえなあ、公王様あ!ただ、一つだけ問題があるんでさあ……」
帝都の裏の社会には、相互不可侵の絶対の掟があるのだと言う。
「貴様は何を言っているのだ?邪魔なものは綺麗さっぱり焼いてしまえば良いだけだろうが」
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