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Third Chapter
ふしあわせなだけのもの
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寝込みを襲われて拉致されたロサリータが、どうにか意識を取り戻した時には――『コロシアム』の特別な見物席にいた。
そこは豪勢な、まるで帝国城の中のような威厳ある設えの部屋であった。
『コロシアム』に面した壁には大きなガラスがはめられていて、その側には『コロシアム』の戦いがよく見えるように遠眼鏡まで置かれていた。
今は数人の男達によって、綺麗に砂を撒いて整えられている『コロシアム』の舞台が――とても良く見下ろせる位置に置かれた頑丈な椅子に、彼女は体中を縛り付けられていた。
「っ!?」
咄嗟にもがくが、拘束は外れない。
『……起きたのね、ロサリータ』
彼女の前には精霊獣『ジンクス』がいて、涙を流しながらコロシアムの舞台が整えられているのを見やっていたが、ロサリータの方を向いた。
「これは一体何なの!?」
『……ごめんね、ロサリータ。わたしが……わたしが、全部……全部悪いの……』
「ねえ、何をしたの!?地獄横町って所に火を付けただけじゃないの!?」
『……わたしは、ただ、あそこにいただけ。でもわたしがあそこにいたから、ほとんど燃えてしまったわ……』
そう言って、『ジンクス』は目を閉じて涙を流し続ける。
「この拘束を解いて!」
「……うふふふ。それは出来ないわ、可哀想なロサリータ」
驚いて首だけ振り返った先に、サレフィがいた。彼女は血まみれの夜着を着ていた。
「サレフィ!?」
「安心して、これは返り血よ?」
「そんな事を聞いたんじゃない!」
「可哀想ねえ、ロサリータは……本当に……」とても嬉しそうにサレフィは近づいて、ロサリータをまじまじと見つめる。「ねえ、今、ここで何が起きているか知りたいわよね?」
「どうせマーロウスント王国が帝国に戦争をふっかけたんでしょう!?」
人質の彼女達が許可もなく帝国城から出られる訳が無い。ましてや、己は寝込みを襲われて拉致されたのだ。
「ううーん……惜しいわね。マーロウスント『王国』は何もしていないわ。私達のマーロウスント『公国』が……ホーロロ国境地帯で宣戦布告して、勝っちゃっただけよ?」
「え……!?」
愕然とした顔をするロサリータを、サレフィはますます嬉しそうに見下ろす。
「だって20万の大軍ですもの、いくら『逆雷のバズム』が強くたって1万もいない軍隊じゃあねえ……」
ロサリータの全身から、血の気が引いていく。
「何ですって…………………………」
彼女には、その事態が今後においてどのような意味を持つのか、よく理解できていた。
「うふふふ、可哀想ねえ、可哀想なロサリータ。貴方はね、これから殺されて顔を焼かれるの。だって私が生きている事が露呈したら、追っ手が放たれてしまうでしょう?だから、身代わりに――」
そう言ってサレフィがロサリータの首元に短刀を握った手を回した時だった。
「やむを得ん、『サレフィ』を殺せ、ザイテ」
「へえ」
「えっ――?」サレフィはきょとんとした顔のまま、やや前のめりに、ぐるりと体を横に回転させながら倒れた。首から夥しい量の血を天井に吹き上げて。「――っ、」
彼女が最期に見た光景は、灯りのともった天井と、乱杭歯の男がニカリ、ニカリと嗤いながら、彼女の顔を見つめているものだった。
「大丈夫か、ロサリータ」
そう言って顔面蒼白のロサリータの顔に飛び散った血を、ブォニートは優しく拭ってやった。
「お、伯父様……どうして……?」
震える彼女に向けて、ブォニートは囁く。
「どうしてって、お前は私が真心を捧げた女と私との間に生まれた、愛しい娘だからだ。断じて政略結婚の結果などでは無い、愛の女神に誓って私の真心を捧げて愛したロデアナと――」
恍惚とした顔でそう語る男に、鼻孔を突く濃厚な血の臭いに、限界を迎えたロサリータは喉から血を吐かんばかりに絶叫した。
「――いやああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」
渾身の力で激しく身をよじって、半狂乱で逃げようとする。とうとう椅子が横倒しになって、彼女はサレフィの生み出した血の池の中に倒れて血にまみれたが、それでもなお抵抗した。
「嫌よ!!!!嫌よ!!!!!それだけは!!!!!!それだけはあああああああ!!!!!!」
「公王様あ、こりゃ舌を噛み切りかねませんぜえ」
ザイテはさっとナイフの血を拭うと、ロサリータの口に手早く口枷を嵌めた。
「自害はさせるな、決して。――さて、後は帝都を覆う『ロード』の結界をいかに抜けるか、だが……」
そう呟きながらかがみ込んで手を伸ばし、ブォニートはまだ温かいサレフィの目をそっと閉じてやった。
直後、ザイテがその死に顔を焼いている間は、顔を背けてすらいた……。
「安心して下せえ、公王様あ。ここは昔っからの闇カジノですぜえ、秘密の地下道だって幾らでもありまさあ」
「とは言え、それは帝国城の連中も知っているのだろう?」
「大した事ねえ、もう数日だけここでお待ち下せえ。すぐに役立たずの『赤斧帝』の寵臣達を呼び集めれば良いんでさあ」
「うむ、もう彼らは不要だ。邪魔なだけだ。精々、囮に、身代わりにするとしよう」
「そうでさあ!第一、今日の昼頃にはホーロロで『逆雷』がくたばっている頃だあ」
「ああ。それまで『ジンクス』で時間稼ぎさえすれば、皇帝とて敗残兵の受け入れと敗戦処理のために結界を解くしかなくなるだろうな」
へえ、と従順にザイテは頷いて、それから舌なめずりをした。
「ところで、公王様あ……。一つお願いがあるんですがねえ?」
「何だ?」
「ちょっと『コロシアム』で一番の最後に見世物にしたい女がいるんですよお」
「誰だ」
「クノハルって言う女官僚なんですがねえ。実は、俺が帝都を泣く泣く追われた原因なんですよお……」
「私の目的の阻害にならなければ何であれお前の好きなようにして良いと、お前を雇う時に告げたはずだが?」
ニカリ、ニカリとザイテは乱杭歯を剥いて嗤う。
「ありがてえなあ、公王様よお。公王様は本当に『幸運』な御方だあ。一生付いていくぜえ……!」
そこは豪勢な、まるで帝国城の中のような威厳ある設えの部屋であった。
『コロシアム』に面した壁には大きなガラスがはめられていて、その側には『コロシアム』の戦いがよく見えるように遠眼鏡まで置かれていた。
今は数人の男達によって、綺麗に砂を撒いて整えられている『コロシアム』の舞台が――とても良く見下ろせる位置に置かれた頑丈な椅子に、彼女は体中を縛り付けられていた。
「っ!?」
咄嗟にもがくが、拘束は外れない。
『……起きたのね、ロサリータ』
彼女の前には精霊獣『ジンクス』がいて、涙を流しながらコロシアムの舞台が整えられているのを見やっていたが、ロサリータの方を向いた。
「これは一体何なの!?」
『……ごめんね、ロサリータ。わたしが……わたしが、全部……全部悪いの……』
「ねえ、何をしたの!?地獄横町って所に火を付けただけじゃないの!?」
『……わたしは、ただ、あそこにいただけ。でもわたしがあそこにいたから、ほとんど燃えてしまったわ……』
そう言って、『ジンクス』は目を閉じて涙を流し続ける。
「この拘束を解いて!」
「……うふふふ。それは出来ないわ、可哀想なロサリータ」
驚いて首だけ振り返った先に、サレフィがいた。彼女は血まみれの夜着を着ていた。
「サレフィ!?」
「安心して、これは返り血よ?」
「そんな事を聞いたんじゃない!」
「可哀想ねえ、ロサリータは……本当に……」とても嬉しそうにサレフィは近づいて、ロサリータをまじまじと見つめる。「ねえ、今、ここで何が起きているか知りたいわよね?」
「どうせマーロウスント王国が帝国に戦争をふっかけたんでしょう!?」
人質の彼女達が許可もなく帝国城から出られる訳が無い。ましてや、己は寝込みを襲われて拉致されたのだ。
「ううーん……惜しいわね。マーロウスント『王国』は何もしていないわ。私達のマーロウスント『公国』が……ホーロロ国境地帯で宣戦布告して、勝っちゃっただけよ?」
「え……!?」
愕然とした顔をするロサリータを、サレフィはますます嬉しそうに見下ろす。
「だって20万の大軍ですもの、いくら『逆雷のバズム』が強くたって1万もいない軍隊じゃあねえ……」
ロサリータの全身から、血の気が引いていく。
「何ですって…………………………」
彼女には、その事態が今後においてどのような意味を持つのか、よく理解できていた。
「うふふふ、可哀想ねえ、可哀想なロサリータ。貴方はね、これから殺されて顔を焼かれるの。だって私が生きている事が露呈したら、追っ手が放たれてしまうでしょう?だから、身代わりに――」
そう言ってサレフィがロサリータの首元に短刀を握った手を回した時だった。
「やむを得ん、『サレフィ』を殺せ、ザイテ」
「へえ」
「えっ――?」サレフィはきょとんとした顔のまま、やや前のめりに、ぐるりと体を横に回転させながら倒れた。首から夥しい量の血を天井に吹き上げて。「――っ、」
彼女が最期に見た光景は、灯りのともった天井と、乱杭歯の男がニカリ、ニカリと嗤いながら、彼女の顔を見つめているものだった。
「大丈夫か、ロサリータ」
そう言って顔面蒼白のロサリータの顔に飛び散った血を、ブォニートは優しく拭ってやった。
「お、伯父様……どうして……?」
震える彼女に向けて、ブォニートは囁く。
「どうしてって、お前は私が真心を捧げた女と私との間に生まれた、愛しい娘だからだ。断じて政略結婚の結果などでは無い、愛の女神に誓って私の真心を捧げて愛したロデアナと――」
恍惚とした顔でそう語る男に、鼻孔を突く濃厚な血の臭いに、限界を迎えたロサリータは喉から血を吐かんばかりに絶叫した。
「――いやああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」
渾身の力で激しく身をよじって、半狂乱で逃げようとする。とうとう椅子が横倒しになって、彼女はサレフィの生み出した血の池の中に倒れて血にまみれたが、それでもなお抵抗した。
「嫌よ!!!!嫌よ!!!!!それだけは!!!!!!それだけはあああああああ!!!!!!」
「公王様あ、こりゃ舌を噛み切りかねませんぜえ」
ザイテはさっとナイフの血を拭うと、ロサリータの口に手早く口枷を嵌めた。
「自害はさせるな、決して。――さて、後は帝都を覆う『ロード』の結界をいかに抜けるか、だが……」
そう呟きながらかがみ込んで手を伸ばし、ブォニートはまだ温かいサレフィの目をそっと閉じてやった。
直後、ザイテがその死に顔を焼いている間は、顔を背けてすらいた……。
「安心して下せえ、公王様あ。ここは昔っからの闇カジノですぜえ、秘密の地下道だって幾らでもありまさあ」
「とは言え、それは帝国城の連中も知っているのだろう?」
「大した事ねえ、もう数日だけここでお待ち下せえ。すぐに役立たずの『赤斧帝』の寵臣達を呼び集めれば良いんでさあ」
「うむ、もう彼らは不要だ。邪魔なだけだ。精々、囮に、身代わりにするとしよう」
「そうでさあ!第一、今日の昼頃にはホーロロで『逆雷』がくたばっている頃だあ」
「ああ。それまで『ジンクス』で時間稼ぎさえすれば、皇帝とて敗残兵の受け入れと敗戦処理のために結界を解くしかなくなるだろうな」
へえ、と従順にザイテは頷いて、それから舌なめずりをした。
「ところで、公王様あ……。一つお願いがあるんですがねえ?」
「何だ?」
「ちょっと『コロシアム』で一番の最後に見世物にしたい女がいるんですよお」
「誰だ」
「クノハルって言う女官僚なんですがねえ。実は、俺が帝都を泣く泣く追われた原因なんですよお……」
「私の目的の阻害にならなければ何であれお前の好きなようにして良いと、お前を雇う時に告げたはずだが?」
ニカリ、ニカリとザイテは乱杭歯を剥いて嗤う。
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