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クワイエット・テラー
誘引
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――この夢……。久しぶりだ。いつから見ていなかったんだろう?
マイカは、その夜高熱が出ていた。たっぷりと着込み、掛け布団を二重にかぶり、ベッドの中にうずくまっていた。ひどく苦しい。頭痛と吐き気が同時に襲ってくるのは本当に辛い。それを乗り越えて眠りについてさえしまえば。そう念じながら、眠りに落ちることを目指して苦しみと格闘していた。しかし、この地獄が永遠に続くのではないかという恐怖が襲ってくるにもかかわらず、思ったよりもその恐怖はいつの間にか終わっているのである。
――最後に見たのは中学入ったばかりだったかな?もう3年ぶりになるんだ……。
その夜、マイカは夢を見た。その夢は、しばらく見ていなかったが、マイカにとって今まで何度も見たことがあるもので、とても短く、しかしその内容はとても不思議なものであった。マイカは、この夢を見る時はいつも、自分は夢を見ているのだという自覚がある。それどころか、マイカはその夢の中で、非常に限られた範囲であるが、自分の意志で行動できる。
この夜見た夢も、これまでも見てきた「3人の女性が登場する」というパターンは変わるところはなく、一部始終をしっかりと覚えていた。ただ、細かい部分で、いくつかこれまでとは異なる点があり、マイカはその変化を敏感に捉えていくことになる。
その夢は、最初に暗がりの中で金髪の女性が現れる。夜なのかもしれない。昼間に雲が空全体を覆っているかのような薄暗さとも言える。それでいて、空がとても近い気がする。しかし、これまでマイカは空を見上げることはなかった。なぜなら、マイカの関心はその女性一点に集中するからである。その美しく艶やかな女性は、腰にかかるぐらい長い金髪をなびかせながらマイカに向かってゆっくりと歩いてきて、いつも優しく微笑みかけてくれる。どんな格好をしているかはっきり分からないが、眩しい笑顔だけは目覚めた後ですらはっきり目に焼きついている。
――金髪のお姉さん……。相変わらずきれい……。
マイカは小学生の頃、初めてこの金髪の女性を見たとき、自身の理想の女性像というものを確立させた。このおそらく20代前半とみられる女性とだんだん歳が近くなってきているが、小学生の頃からの憧れは全く変わらない。むしろそれはどんどん増している。その優しい笑顔の中に、あふれ出んばかりの力強さを内包していることをマイカはよく分かっていた。
あらためて、目の前にいる女性の完璧さを認識し、自分もこんな美しい女性になりたいという思いがますます強くなっているのを感じる一方で、まだまだ到底この女性のようにはなれそうもない、という気持ちも同居していた。
しかし、美の鑑賞に浸っていられるのはほんの束の間である。金髪の女性は、マイカに手を差しのべてくれるが、マイカがその手に触れようとすると、そうはさせまいと見えざる力によって2人は引き離されてしまう。もっと、この女性を眺めていたいのだが、そうはさせてくれないのである。
精一杯伸ばした手が、金髪の女性の手に触れる寸前で、マイカは唐突に落下する感覚に襲われるのだということをよく覚えていた。今まで立っていた場所に突然ぽっかりと穴が開いたかのように、落ちていく。
マイカは、落下することを知っていながらも、幸せな時間が終わってしまう最後の最後までそのひとときを大事にしたかった。ひょっとしたら、この金髪の女性に触れられるのではないかという淡い期待を毎回抱いてしまう。
しかし、その期待はあっさりと裏切られるのであろうが、マイカは頭の片隅でそのように諦めをつけながら、目一杯手を伸ばしてしまうのである。
金髪の女性は、これまでと同じようにマイカに手を差しのべた。
――せっかく久しぶりに会えたんだから!今日こそ、触れたい。お願い!
マイカは体全体を預けるぐらいの勢いでもって、手を伸ばした。金髪の女性は、例によって手が届くか届かないかの絶妙な距離で右手を差し出している。ならばと、マイカはこちらから飛び込んで行ってやろうと思った。
差しのべられた彼女の手にさあ触れようとしたときだった。
――え?何かいる!?
金髪の女性の背後数メートル先に、それはいた。というより、「あった」という表現が正しいか。これまで、薄暗くて気付かなかったのか……。マイカは前のめりになっているはずの体が一瞬硬直する感覚に陥った。
――今まではいなかったよね?
それは、マイカにとって全く見覚えのない石像のようだった。悪魔のような形をしている。猿のように曲がった背中にコウモリのような翼が生えていて、顔は鷲鼻につぶらな瞳が印象的だった。
――悪魔?でも悪魔にしてはちょっと……。
悪魔の体は縮こまっていて、マイカにはそれが体育座りをしているように見えた。悪魔らしからぬチャーミングなフォルムにマイカは一瞬釘づけになった。
しかし、ハッと気付いたとき、唐突にマイカは次の場面へと突き落とされ、金髪の女性との貴重な時間を変な悪魔の石像に邪魔されたと気づいた。唐突に重力を強く感じ、かろうじて片目を開けても、おそらく高速に移り変わっている風景がどんなものなのか全くわからなかった。
――もう!何だったの!?あれは!
マイカは、その夜高熱が出ていた。たっぷりと着込み、掛け布団を二重にかぶり、ベッドの中にうずくまっていた。ひどく苦しい。頭痛と吐き気が同時に襲ってくるのは本当に辛い。それを乗り越えて眠りについてさえしまえば。そう念じながら、眠りに落ちることを目指して苦しみと格闘していた。しかし、この地獄が永遠に続くのではないかという恐怖が襲ってくるにもかかわらず、思ったよりもその恐怖はいつの間にか終わっているのである。
――最後に見たのは中学入ったばかりだったかな?もう3年ぶりになるんだ……。
その夜、マイカは夢を見た。その夢は、しばらく見ていなかったが、マイカにとって今まで何度も見たことがあるもので、とても短く、しかしその内容はとても不思議なものであった。マイカは、この夢を見る時はいつも、自分は夢を見ているのだという自覚がある。それどころか、マイカはその夢の中で、非常に限られた範囲であるが、自分の意志で行動できる。
この夜見た夢も、これまでも見てきた「3人の女性が登場する」というパターンは変わるところはなく、一部始終をしっかりと覚えていた。ただ、細かい部分で、いくつかこれまでとは異なる点があり、マイカはその変化を敏感に捉えていくことになる。
その夢は、最初に暗がりの中で金髪の女性が現れる。夜なのかもしれない。昼間に雲が空全体を覆っているかのような薄暗さとも言える。それでいて、空がとても近い気がする。しかし、これまでマイカは空を見上げることはなかった。なぜなら、マイカの関心はその女性一点に集中するからである。その美しく艶やかな女性は、腰にかかるぐらい長い金髪をなびかせながらマイカに向かってゆっくりと歩いてきて、いつも優しく微笑みかけてくれる。どんな格好をしているかはっきり分からないが、眩しい笑顔だけは目覚めた後ですらはっきり目に焼きついている。
――金髪のお姉さん……。相変わらずきれい……。
マイカは小学生の頃、初めてこの金髪の女性を見たとき、自身の理想の女性像というものを確立させた。このおそらく20代前半とみられる女性とだんだん歳が近くなってきているが、小学生の頃からの憧れは全く変わらない。むしろそれはどんどん増している。その優しい笑顔の中に、あふれ出んばかりの力強さを内包していることをマイカはよく分かっていた。
あらためて、目の前にいる女性の完璧さを認識し、自分もこんな美しい女性になりたいという思いがますます強くなっているのを感じる一方で、まだまだ到底この女性のようにはなれそうもない、という気持ちも同居していた。
しかし、美の鑑賞に浸っていられるのはほんの束の間である。金髪の女性は、マイカに手を差しのべてくれるが、マイカがその手に触れようとすると、そうはさせまいと見えざる力によって2人は引き離されてしまう。もっと、この女性を眺めていたいのだが、そうはさせてくれないのである。
精一杯伸ばした手が、金髪の女性の手に触れる寸前で、マイカは唐突に落下する感覚に襲われるのだということをよく覚えていた。今まで立っていた場所に突然ぽっかりと穴が開いたかのように、落ちていく。
マイカは、落下することを知っていながらも、幸せな時間が終わってしまう最後の最後までそのひとときを大事にしたかった。ひょっとしたら、この金髪の女性に触れられるのではないかという淡い期待を毎回抱いてしまう。
しかし、その期待はあっさりと裏切られるのであろうが、マイカは頭の片隅でそのように諦めをつけながら、目一杯手を伸ばしてしまうのである。
金髪の女性は、これまでと同じようにマイカに手を差しのべた。
――せっかく久しぶりに会えたんだから!今日こそ、触れたい。お願い!
マイカは体全体を預けるぐらいの勢いでもって、手を伸ばした。金髪の女性は、例によって手が届くか届かないかの絶妙な距離で右手を差し出している。ならばと、マイカはこちらから飛び込んで行ってやろうと思った。
差しのべられた彼女の手にさあ触れようとしたときだった。
――え?何かいる!?
金髪の女性の背後数メートル先に、それはいた。というより、「あった」という表現が正しいか。これまで、薄暗くて気付かなかったのか……。マイカは前のめりになっているはずの体が一瞬硬直する感覚に陥った。
――今まではいなかったよね?
それは、マイカにとって全く見覚えのない石像のようだった。悪魔のような形をしている。猿のように曲がった背中にコウモリのような翼が生えていて、顔は鷲鼻につぶらな瞳が印象的だった。
――悪魔?でも悪魔にしてはちょっと……。
悪魔の体は縮こまっていて、マイカにはそれが体育座りをしているように見えた。悪魔らしからぬチャーミングなフォルムにマイカは一瞬釘づけになった。
しかし、ハッと気付いたとき、唐突にマイカは次の場面へと突き落とされ、金髪の女性との貴重な時間を変な悪魔の石像に邪魔されたと気づいた。唐突に重力を強く感じ、かろうじて片目を開けても、おそらく高速に移り変わっている風景がどんなものなのか全くわからなかった。
――もう!何だったの!?あれは!
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