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クワイエット・テラー
誘引 Ⅱ
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マイカは不本意ながら落下を受け入れた。高いところから落下する夢は本来とても恐ろしいもので、たいていは落下している間に夢から醒め、目覚めると心臓がバクバクしているのを感じる。だが、この夢はまだ覚めない。落ちる感覚をしばらく味わえるのである。マイカは、特にこれを恐れていなかった。それよりも、金髪の美しい女性とのしばしの別れに落胆するのである。
――これくらいだったら、この前お姉ちゃんと乗った遊園地のジェットコースターのほうがこわかったな。
落下は唐突に始まり、いつの間にか終わっている。マイカは、どこか分からないビルのフロアにポツンと立っている。そのビルは、天井がない。マイカのいるフロアより上の階は破壊されていて、そこは吹きさらしの状態になっている。やはり空は暗い。
その屋根がない、実質屋上と化したビルのフロアをすこし歩くと、壁が崩落してしまっている部分がある。そこから周りを見渡せば、そんなビルばっかりだ。ボロボロにはなっているが、円盤がいっぱいくっついたSF映画で見たことがあるような形のビルがいっぱいあった。ここはビルの墓場?そう思えるほど、都市が崩壊した姿がそこにはあった。
――怪獣でも来たの?
マイカはこの場面を見るたび、いつもそう思った。そしてその壁が崩落したところに、マイカとは別に、遠くの一点を見つめている女性がいる。その女性は、濃い青のコートに身を包み、フードを深くかぶっている。身長はそれほど高くなく、163cmのマイカより少し小さいぐらいだ。
――またあそこを見ているの?
マイカが、この女性が「あそこを見ている」と言うように、あたかも女性がどこを見ているかについて確信をもって言えるのにはわけがある。
マイカは、この夢を見るたび、その深くかぶったフードの中に隠された女性の顔を興味本位でのぞこうとする。しかし、いつも顔が見えるか見えないかギリギリのところで、マイカ自身がその女性の中にとりこまれてしまうのである。マイカはこのことをわかりやすく「合体」と名付けていた。そして、彼女の視線を共有することになるのである。ここまでが、この夢の「第2の場面」である。
――あの子……。
第2の女性がたたずんでいる壁が崩落したビルの縁まで行くのに、そのフロアを10メートルほど歩かされる。風が吹いているので、あちこちにある陥没孔に落ちないようおそるおそる進まないといけない。そしてこの部屋には、タッチパネルのようなものが埋め込まれた薄い台がいくつか備え付けられている。そのタッチパネルのモニターには、真っ黒の画面の中央にMIOとだけ表示されている。
――やっぱり……!MIOって書いてある……。
マイカはこの夢を見るとき、必ずそのタッチパネルに触れてみる。すると、MIOの文字が消え、数秒の映像が流れる。しかし、どれも映像は不鮮明で何が何だかわからない。1人の人間が登場しているような気もするが、それも定かではない。数台あるタッチパネルのどれも、これまで鮮明な映像を映し出してくれたことはなかった。
今度こそ綺麗な映像が見られるかもしれない。マイカはそんな、ほんの少しの期待をもって、画面上のMIOの文字をタップした。
――別に大した映像じゃなさそうだけど……。
しかし、期待とは裏腹に、映しだされたのは予想通りの不鮮明な映像だった。1人の人間が出てきて消えるといったぐらいのことしか分からない。その人間も子供なのか大人なのか、また男性なのか女性なのかもはっきり分からない。すべてのタッチパネルを試してみたがやはり結果は同じであった。
――やっぱりだめなんだ……。
マイカはため息をつき、視線を再び、フードの女性に向ける。マイカが「あの子」と呼ぶ女性のコートが風でバタバタと音を立てて揺れている。強風に吹かれても微動だにしていない。マイカはあと少し、慎重にフードの女性のところまで歩いて行く。
しかし、フードの女性はビルの縁のギリギリのところに立っているので、ビルの断崖から少し身を乗り出さないといけない。少し油断すれば、足を踏み外し、地面へとまっさかさまだ。
マイカはこのとき初めて意識してビルの断崖の下を見た。
――え!?
マイカはその恐ろしいほどの高さに、心臓が飛び出そうになった。
――こんなに高かったの!?
これまでも下を見ようとしたことはあったが、どれぐらい高いかはいつも曖昧であった。夢の中でも記憶の中でもぼんやりしていた。しかし、今、その高さは眼前に明らかになった。スカイツリーの展望台かというぐらいの高さで、少なくともマイカが知っている近所の標高200メートルほどの山の頂きからみる景色と比べてみても断然こちらの方が高い場所なのだと分かった。こんな高い場所に立ったのはマイカにとって生まれて初めてだ。
マイカが足を置いた場所がもろくなっていていたようで、つま先の部分が少しだけボロボロと崩れた。
――ひゃっ!
マイカは肝を冷やし、とっさに後ずさりした。マイカの心臓の鼓動が速くなる。さきほどの、第1の場面から第2の場面への転換のときの落下で味わうものとは完全に異なる恐怖感がそこにはあった。妙にリアルなのである。なんとなくだが、ここでは「落ちたら死ぬ」というリアリティを突き付けられていた。
――なんか今までと違う……。成長したから?
マイカはもう一度ビルの断崖に近づくことをためらった。ならば、声をかけて振り向かせればいいのではないかということになるが、マイカはこの夢の女性たちに対しての言葉によるアプローチが無意味だと知っていた。仮に声を出そうとしてもそれは声にならない。喉から発した音は空気を伝わらず消滅してしまうようだ。
覚悟を決めて、へっぴり腰になりながらも、フードの女性に近づく。そして体を断崖から気持ち前に乗り出した。その角度まで顔を近づけることができたのは、これが初めてかもしれないとマイカは思った。
――今度こそ見れた!
マイカはその女性の顔をとらえた。マイカが「あの子」と予想する通り、やはりその女性は、マイカと同じくらいか少し下の年齢の少女であった。
しかし、その顔をとらえたと同時に、突然目の前が壊れかけのビデオテープを再生しているかのように不鮮明になってしまった。ちょうど、あのタッチパネルで再生されていた映像のように。マイカは「あれ?」と思った瞬間、バランスを崩し、自分の姿勢がどうなっているかおぼつかなくなってしまった。
――やばっ!落ちる……!
マイカは足が完全に地に着いていない、宙に浮いている感覚があった。次の場面へ行くには、このフードの少女と合体しないといけないのに!この状況は今までと少し違う。少女の顔を見てしまったからなのか。マイカの体ははるか下にある地面に向かって直滑降を始めてしまった。
――え!?……合体しないの!?
――これくらいだったら、この前お姉ちゃんと乗った遊園地のジェットコースターのほうがこわかったな。
落下は唐突に始まり、いつの間にか終わっている。マイカは、どこか分からないビルのフロアにポツンと立っている。そのビルは、天井がない。マイカのいるフロアより上の階は破壊されていて、そこは吹きさらしの状態になっている。やはり空は暗い。
その屋根がない、実質屋上と化したビルのフロアをすこし歩くと、壁が崩落してしまっている部分がある。そこから周りを見渡せば、そんなビルばっかりだ。ボロボロにはなっているが、円盤がいっぱいくっついたSF映画で見たことがあるような形のビルがいっぱいあった。ここはビルの墓場?そう思えるほど、都市が崩壊した姿がそこにはあった。
――怪獣でも来たの?
マイカはこの場面を見るたび、いつもそう思った。そしてその壁が崩落したところに、マイカとは別に、遠くの一点を見つめている女性がいる。その女性は、濃い青のコートに身を包み、フードを深くかぶっている。身長はそれほど高くなく、163cmのマイカより少し小さいぐらいだ。
――またあそこを見ているの?
マイカが、この女性が「あそこを見ている」と言うように、あたかも女性がどこを見ているかについて確信をもって言えるのにはわけがある。
マイカは、この夢を見るたび、その深くかぶったフードの中に隠された女性の顔を興味本位でのぞこうとする。しかし、いつも顔が見えるか見えないかギリギリのところで、マイカ自身がその女性の中にとりこまれてしまうのである。マイカはこのことをわかりやすく「合体」と名付けていた。そして、彼女の視線を共有することになるのである。ここまでが、この夢の「第2の場面」である。
――あの子……。
第2の女性がたたずんでいる壁が崩落したビルの縁まで行くのに、そのフロアを10メートルほど歩かされる。風が吹いているので、あちこちにある陥没孔に落ちないようおそるおそる進まないといけない。そしてこの部屋には、タッチパネルのようなものが埋め込まれた薄い台がいくつか備え付けられている。そのタッチパネルのモニターには、真っ黒の画面の中央にMIOとだけ表示されている。
――やっぱり……!MIOって書いてある……。
マイカはこの夢を見るとき、必ずそのタッチパネルに触れてみる。すると、MIOの文字が消え、数秒の映像が流れる。しかし、どれも映像は不鮮明で何が何だかわからない。1人の人間が登場しているような気もするが、それも定かではない。数台あるタッチパネルのどれも、これまで鮮明な映像を映し出してくれたことはなかった。
今度こそ綺麗な映像が見られるかもしれない。マイカはそんな、ほんの少しの期待をもって、画面上のMIOの文字をタップした。
――別に大した映像じゃなさそうだけど……。
しかし、期待とは裏腹に、映しだされたのは予想通りの不鮮明な映像だった。1人の人間が出てきて消えるといったぐらいのことしか分からない。その人間も子供なのか大人なのか、また男性なのか女性なのかもはっきり分からない。すべてのタッチパネルを試してみたがやはり結果は同じであった。
――やっぱりだめなんだ……。
マイカはため息をつき、視線を再び、フードの女性に向ける。マイカが「あの子」と呼ぶ女性のコートが風でバタバタと音を立てて揺れている。強風に吹かれても微動だにしていない。マイカはあと少し、慎重にフードの女性のところまで歩いて行く。
しかし、フードの女性はビルの縁のギリギリのところに立っているので、ビルの断崖から少し身を乗り出さないといけない。少し油断すれば、足を踏み外し、地面へとまっさかさまだ。
マイカはこのとき初めて意識してビルの断崖の下を見た。
――え!?
マイカはその恐ろしいほどの高さに、心臓が飛び出そうになった。
――こんなに高かったの!?
これまでも下を見ようとしたことはあったが、どれぐらい高いかはいつも曖昧であった。夢の中でも記憶の中でもぼんやりしていた。しかし、今、その高さは眼前に明らかになった。スカイツリーの展望台かというぐらいの高さで、少なくともマイカが知っている近所の標高200メートルほどの山の頂きからみる景色と比べてみても断然こちらの方が高い場所なのだと分かった。こんな高い場所に立ったのはマイカにとって生まれて初めてだ。
マイカが足を置いた場所がもろくなっていていたようで、つま先の部分が少しだけボロボロと崩れた。
――ひゃっ!
マイカは肝を冷やし、とっさに後ずさりした。マイカの心臓の鼓動が速くなる。さきほどの、第1の場面から第2の場面への転換のときの落下で味わうものとは完全に異なる恐怖感がそこにはあった。妙にリアルなのである。なんとなくだが、ここでは「落ちたら死ぬ」というリアリティを突き付けられていた。
――なんか今までと違う……。成長したから?
マイカはもう一度ビルの断崖に近づくことをためらった。ならば、声をかけて振り向かせればいいのではないかということになるが、マイカはこの夢の女性たちに対しての言葉によるアプローチが無意味だと知っていた。仮に声を出そうとしてもそれは声にならない。喉から発した音は空気を伝わらず消滅してしまうようだ。
覚悟を決めて、へっぴり腰になりながらも、フードの女性に近づく。そして体を断崖から気持ち前に乗り出した。その角度まで顔を近づけることができたのは、これが初めてかもしれないとマイカは思った。
――今度こそ見れた!
マイカはその女性の顔をとらえた。マイカが「あの子」と予想する通り、やはりその女性は、マイカと同じくらいか少し下の年齢の少女であった。
しかし、その顔をとらえたと同時に、突然目の前が壊れかけのビデオテープを再生しているかのように不鮮明になってしまった。ちょうど、あのタッチパネルで再生されていた映像のように。マイカは「あれ?」と思った瞬間、バランスを崩し、自分の姿勢がどうなっているかおぼつかなくなってしまった。
――やばっ!落ちる……!
マイカは足が完全に地に着いていない、宙に浮いている感覚があった。次の場面へ行くには、このフードの少女と合体しないといけないのに!この状況は今までと少し違う。少女の顔を見てしまったからなのか。マイカの体ははるか下にある地面に向かって直滑降を始めてしまった。
――え!?……合体しないの!?
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