10 / 44
クワイエット・テラー
作倉暦 Ⅴ
しおりを挟む
マイカは我に返ると、まだ廊下でへたり込んでいたままだった。体のだるさと頭痛が再びじわじわと襲ってくる。マイカは現実に戻って来たのを嫌というほど実感させられた。
「大丈夫か?」作倉が目の前に立っていた。「自分で起きれるな」
「はい、すいません」
マイカはスカートについたほこりを払いながらゆっくりと立ち上がった。
「先生、今のはいったい……?」
「今の……とは?」作倉が顔色一つ変えず聞き返す。
「あの、先生の手に触れた瞬間、あの……その……」
マイカはその先を言うのをためらった。
「……どうしたんだ?」作倉が少し待って、その言葉の先を促す。
「すごく高い建物の屋上みたいなところに行きました。先生といっしょに……」マイカは思い切って、作倉から視線を外しながらそう言った。傍から見ればいったい何を言っているんだと思われるだろうが、マイカにとっては確かめずにはいられなかった。
「何を言っているんだ?」作倉は眉をしかめて言った。
――やっぱりそうなるか……!
マイカは、作倉がそんな反応をしたからといって簡単に諦めるわけにはいかない。ここまで来たら、なんとしてでも食い下がらねば!
「部室で先生と目が合ったときも、そこに行ったんです。一瞬だったけど……。でもさっき、先生の手に触れたら、けっこう長く、その……すごく高い建物の屋上にいたんです。10分とか15分とかそのぐらいいた気がしたんですけど……」
マイカは目でも訴えかけつつ、そう言った。しかし、作倉は小さくため息をついてマイカの頭に手を触れようとした。マイカはとっさに身構えたが、観念して目をつむる。
作倉の右手が、マイカの頭の上に優しく置かれた。マイカは少しその手のひらが湿っているような感じがした。
「どうだ?そのすごく高い建物の屋上に行けそうか?」
マイカは数秒ほど待ってみたが、そのような感覚はやってこなかった。
「いえ。」マイカがボソッと言った。「さっきはすぐに行ったのに……」
頭にクエスチョンマークを浮かべるマイカを見て、作倉は優しく「そうだろう」と言った。マイカがおかしなことを言っていることに対して、何も気にしていない様子だ。マイカはあまり納得できなかったが、それで少し救われた。
「やはり体調が悪いんだな?それで、今少しだけ頭の中が混乱しているんだ。呼びだしておいてこう言うのもなんだが、今日は早く帰って休みなさい」
作倉はそう言って、マイカをその場に残して去って行った。マイカはそれ以上何も言い返せずに、黙って作倉の背中を目で追うだけだった。
作倉の姿が見えなくなると、マイカはトボトボと部室にカバンをとりに戻った。部室に入ると、小宮山が顔面蒼白でマイカを迎え入れた。
「ちょっと!マイカさん」小宮山が慌てて言った。「何があったの!?」
「何がって?」マイカは、小宮山がただならぬ様子で迫ってくるので驚いた。
「マイカさんがさっき急いで作倉先生を追うから!」と小宮山が早口で言う。「ドアからのぞいてみたんだ……」
そう言って、小宮山は何か恐ろしいものを思い出したかのように怯えた。
マイカは、ピンときた。あの夢の世界に行っている間の様子を小宮山が見ていたのだと判断した。ここに証人がいた!
「何があったんですか!?」マイカが小宮山に詰め寄る。
小宮山が唾をごくりと飲んで、答えた。
「マイカさんが、先生の前で力が抜けたように座り込んでいて……、そんなマイカさんを先生がとても恐い表情で見下ろしていたんだよ!」
マイカは絶句した。少しの沈黙の後、マイカが小宮山に訊いた。
「それって……どのくらいですか?」
「それが……、恐くてすぐドアをしめちゃったんだ」
小宮山はオドオドしながらそう答えた。
期待はずれの返答に、溜まっていた疲れがマイカにどっと押し寄せて来た。マイカは小宮山に背を向けて、机の上に置かれたかばんを手に取った。部室に来た時は床に置いたはずだが、小宮山が親切で机の上に置いてくれたのだろう。
小宮山はそんなマイカの態度にうろたえた。マイカを失望させまいと、小宮山はなんとか有益な情報を提供しようと頭を巡らせる。
「そうだ!マイカさんが戻って来たのは、それから10分ぐらい経った後だよ!」
「え?」マイカは小宮山の方に向き直して言った。「今……、10分って?」
小宮山がすかさず、「うんうん」と頭を縦に振る。
マイカは愕然とした。やっぱり、あの夢の世界にいたときの時間の感覚は間違ってなかったんだ!
――じゃあ、先生が知らないフリをしていたってこと?
マイカは「やられた!?」と心の中で叫んだ。同時に、マイカの顔は悔しさでいっぱいになる。
「いったい何があったの!?まさか先生に何かされたわけじゃないよね!?」
考え込むマイカに懸命に話しかける小宮山であったが、マイカにその声は届かない。マイカは頭の中を整理するのに必死だ。
――先生は私が夢の世界に行っている間、私を見ていた?先生もあの場所にいたのに。
「マイカさん!」小宮山がマイカの華奢な両肩をつかみ揺さぶる。マイカは思わず「キャッ」と声が出た。その声に驚き、小宮山が慌ててマイカの両肩から手を離す。
「ご、ごめん!でも心配だったんだ。どう見ても様子がおかしかったから……」
「だ、大丈夫です。ご心配かけてすいません……」
マイカはとりあえずひとりになって考えたかった。カバンを持ち上げて、右肩にかける。
――今日はとにかく、もう帰ろう。
マイカが、部室を出ようとすると、部室に向かって、誰かが廊下を歩いてくる音がした。
「やな予感」小宮山がつぶやいた。
小宮山のその予感は当たった。部室にひとりの男が入ってきた。
「都、チース!」その男は、キザにポーズを決めてマイカに近寄ってくる。
サッカー部のエースの桐原だ。桐原は小宮山と同じく2年生で、クラスも小宮山と同じだという。髪はスポーツマンであるわりに色は明るい茶色で、肩までかかるくらいの長髪である。制服もだらしなく着崩している。いわゆる典型的なチャラ男の風貌だ。
桐原は、マイカに一目惚れして以来、部活の定休日にわざわざマイカに会いにこの部室にやってくる。この日も、サッカー部は定休日であった。なぜかサッカー部の定休日と哲学思想研究部の活動する日は重なることが多いため、これまでたびたび哲学思想研究部の活動を妨害し、桐原は広美先生に叱られていた。
しかし、桐原にとってそんなことは関係なく、マイカを除いて部員皆がこの男を恐れていた。中でも小宮山は桐原を忌み嫌っている。
「ちょっと!」ズカズカと部室に入ってくる桐原に対して、小宮山が苦言を呈する。「き、君はいつも勝手に入ってくるね。こ、困るんだよ!」
小宮山は、おどおどとしていて、とても頼りない。桐原が哲研の活動を邪魔するのは毎度のことであるのに、全く毅然とした態度をとれるようにならない。
「チッ!」と桐原が舌打ちをする。「てめーもいんのかよ。ゴミヤマ!どけっ!」
桐原が小宮山の肩をぐいっと押した。小宮山は簡単に部室の壁まですっとんだ。今までは反抗することなどなく白旗を上げていた小宮山だったが、この日は少しだけ違うようだ。体勢をすぐさま立て直し、桐原に向かって言った。
「桐原くん!これからはもう来ないでくれないか!?この部は今日新しいスタートを切ったんだ!迷惑なんだよ!」いかにも勇気を振り絞って言ったというような甲高い叫び声だった。
「なに言ってんだ、こいつ。うるさいな。」桐原が面倒くさそうに言う。「暇そうじゃねーかよ。俺は都に用があるんだよ。お前は黙っとけ。……ていうか帰っていいぞ」
「ふざけるな……」小宮山はか細く頼りない腕で桐原に喰いかかり、桐原のブレザーの襟をつかんだ。「今日から作倉先生が顧問になったんだ。もうお前の自由にはさせないぞ。おまえのことはもう作倉先生に言ってあるんだからな!」
小宮山の精一杯の反抗も、全く効いていないようで、桐原は涼しい顔をしている。
「へぇーこよみちゃんが顧問になるのか。てか、テメー、チクってんじゃねえぞ!」
桐原はブレザーの襟をつかんでいる小宮山の手を振りほどいた。小宮山はいとも簡単にふらふらとよろめき、壁によりかかった。
マイカは2人の言い争いを黙って見ていたが、小宮山が不憫に思えてきた。
「桐原先輩、あんまり乱暴は…」
「いやいや!」と桐原はマイカに必死に弁明を始めた。「こいつが俺に喰いかかってきたから振りほどいただけだろ?それに都、こんなやつの味方するのか?そりゃあんまりだよ!」
マイカはため息をついて言う。「とにかく、喧嘩はやめてください。」
「まぁ、都がそう言うなら……。こんなやつどうでもいいし」桐原はマイカに媚びへつらうように言った。桐原は、よれたブレザーの襟を整えながら小宮山を睨みつけた。小宮山もバツが悪そうに黙っていた。
「先輩、今日……私調子が悪いんです。なので、もう帰ります」
マイカはガンガンする頭をおさえながら桐原に言った。
「なんだ、やっぱり調子悪いのか?」桐原はあっけらかんとしている。
「やっぱりって?」マイカが聞き返した。
「いや、さっきそこの青空廊下に俺のクラスメイトの女子がいてさ。そしたらその女子が、さっき都が廊下の床に倒れこんでて、しばらくしたら何事もなかったように起き上がってこの部室に戻っていったって言うからさ。なんだよそれって感じでさ?まるでホラーじゃん!」
桐原は軽い口調でそう言ったが、マイカがやや怒りを含んだような暗い表情をして黙り込んでいるので、驚いた。
「え?マジ?」桐原が真顔でマイカに言った。
「いえ、そんなことはありません。その人の見間違えじゃないですか?」マイカは無表情を装って言ったが、桐原にもマイカが負の感情を抱いているのは見てとれた。桐原は慌ててその場を取り繕おうとする。
「まぁ、そうだよな?全く何言ってんだか、アイツ。こよみちゃんもいて、なんかすごく汗かいてるようだったとかワケのわからないこと言いだすしさ……」
「汗?」マイカはその言葉がひっかかった。マイカは、ついさっき、自分の頭に置かれた作倉の手が湿っていた感じがしたのを思い出した。
「いや、たぶんその女子の見間違いだよ!きっと。」桐原は余計なことを言ってしまったと思った。
2人のやり取りを聞いていて、小宮山は自分が見た状況とかなり似ていると分かっていたので、マイカに目でそれを訴えた。マイカも小宮山のその視線に気づいて、一瞬目を合わせたが、すぐに俯いて肩にかけたカバンのとってを握りしめた。
そして、下唇を噛みしめ、かすかに聞き取れるぐらいの声で「帰ります」とだけ言って、2人を置いて部室を出ていった。
「大丈夫か?」作倉が目の前に立っていた。「自分で起きれるな」
「はい、すいません」
マイカはスカートについたほこりを払いながらゆっくりと立ち上がった。
「先生、今のはいったい……?」
「今の……とは?」作倉が顔色一つ変えず聞き返す。
「あの、先生の手に触れた瞬間、あの……その……」
マイカはその先を言うのをためらった。
「……どうしたんだ?」作倉が少し待って、その言葉の先を促す。
「すごく高い建物の屋上みたいなところに行きました。先生といっしょに……」マイカは思い切って、作倉から視線を外しながらそう言った。傍から見ればいったい何を言っているんだと思われるだろうが、マイカにとっては確かめずにはいられなかった。
「何を言っているんだ?」作倉は眉をしかめて言った。
――やっぱりそうなるか……!
マイカは、作倉がそんな反応をしたからといって簡単に諦めるわけにはいかない。ここまで来たら、なんとしてでも食い下がらねば!
「部室で先生と目が合ったときも、そこに行ったんです。一瞬だったけど……。でもさっき、先生の手に触れたら、けっこう長く、その……すごく高い建物の屋上にいたんです。10分とか15分とかそのぐらいいた気がしたんですけど……」
マイカは目でも訴えかけつつ、そう言った。しかし、作倉は小さくため息をついてマイカの頭に手を触れようとした。マイカはとっさに身構えたが、観念して目をつむる。
作倉の右手が、マイカの頭の上に優しく置かれた。マイカは少しその手のひらが湿っているような感じがした。
「どうだ?そのすごく高い建物の屋上に行けそうか?」
マイカは数秒ほど待ってみたが、そのような感覚はやってこなかった。
「いえ。」マイカがボソッと言った。「さっきはすぐに行ったのに……」
頭にクエスチョンマークを浮かべるマイカを見て、作倉は優しく「そうだろう」と言った。マイカがおかしなことを言っていることに対して、何も気にしていない様子だ。マイカはあまり納得できなかったが、それで少し救われた。
「やはり体調が悪いんだな?それで、今少しだけ頭の中が混乱しているんだ。呼びだしておいてこう言うのもなんだが、今日は早く帰って休みなさい」
作倉はそう言って、マイカをその場に残して去って行った。マイカはそれ以上何も言い返せずに、黙って作倉の背中を目で追うだけだった。
作倉の姿が見えなくなると、マイカはトボトボと部室にカバンをとりに戻った。部室に入ると、小宮山が顔面蒼白でマイカを迎え入れた。
「ちょっと!マイカさん」小宮山が慌てて言った。「何があったの!?」
「何がって?」マイカは、小宮山がただならぬ様子で迫ってくるので驚いた。
「マイカさんがさっき急いで作倉先生を追うから!」と小宮山が早口で言う。「ドアからのぞいてみたんだ……」
そう言って、小宮山は何か恐ろしいものを思い出したかのように怯えた。
マイカは、ピンときた。あの夢の世界に行っている間の様子を小宮山が見ていたのだと判断した。ここに証人がいた!
「何があったんですか!?」マイカが小宮山に詰め寄る。
小宮山が唾をごくりと飲んで、答えた。
「マイカさんが、先生の前で力が抜けたように座り込んでいて……、そんなマイカさんを先生がとても恐い表情で見下ろしていたんだよ!」
マイカは絶句した。少しの沈黙の後、マイカが小宮山に訊いた。
「それって……どのくらいですか?」
「それが……、恐くてすぐドアをしめちゃったんだ」
小宮山はオドオドしながらそう答えた。
期待はずれの返答に、溜まっていた疲れがマイカにどっと押し寄せて来た。マイカは小宮山に背を向けて、机の上に置かれたかばんを手に取った。部室に来た時は床に置いたはずだが、小宮山が親切で机の上に置いてくれたのだろう。
小宮山はそんなマイカの態度にうろたえた。マイカを失望させまいと、小宮山はなんとか有益な情報を提供しようと頭を巡らせる。
「そうだ!マイカさんが戻って来たのは、それから10分ぐらい経った後だよ!」
「え?」マイカは小宮山の方に向き直して言った。「今……、10分って?」
小宮山がすかさず、「うんうん」と頭を縦に振る。
マイカは愕然とした。やっぱり、あの夢の世界にいたときの時間の感覚は間違ってなかったんだ!
――じゃあ、先生が知らないフリをしていたってこと?
マイカは「やられた!?」と心の中で叫んだ。同時に、マイカの顔は悔しさでいっぱいになる。
「いったい何があったの!?まさか先生に何かされたわけじゃないよね!?」
考え込むマイカに懸命に話しかける小宮山であったが、マイカにその声は届かない。マイカは頭の中を整理するのに必死だ。
――先生は私が夢の世界に行っている間、私を見ていた?先生もあの場所にいたのに。
「マイカさん!」小宮山がマイカの華奢な両肩をつかみ揺さぶる。マイカは思わず「キャッ」と声が出た。その声に驚き、小宮山が慌ててマイカの両肩から手を離す。
「ご、ごめん!でも心配だったんだ。どう見ても様子がおかしかったから……」
「だ、大丈夫です。ご心配かけてすいません……」
マイカはとりあえずひとりになって考えたかった。カバンを持ち上げて、右肩にかける。
――今日はとにかく、もう帰ろう。
マイカが、部室を出ようとすると、部室に向かって、誰かが廊下を歩いてくる音がした。
「やな予感」小宮山がつぶやいた。
小宮山のその予感は当たった。部室にひとりの男が入ってきた。
「都、チース!」その男は、キザにポーズを決めてマイカに近寄ってくる。
サッカー部のエースの桐原だ。桐原は小宮山と同じく2年生で、クラスも小宮山と同じだという。髪はスポーツマンであるわりに色は明るい茶色で、肩までかかるくらいの長髪である。制服もだらしなく着崩している。いわゆる典型的なチャラ男の風貌だ。
桐原は、マイカに一目惚れして以来、部活の定休日にわざわざマイカに会いにこの部室にやってくる。この日も、サッカー部は定休日であった。なぜかサッカー部の定休日と哲学思想研究部の活動する日は重なることが多いため、これまでたびたび哲学思想研究部の活動を妨害し、桐原は広美先生に叱られていた。
しかし、桐原にとってそんなことは関係なく、マイカを除いて部員皆がこの男を恐れていた。中でも小宮山は桐原を忌み嫌っている。
「ちょっと!」ズカズカと部室に入ってくる桐原に対して、小宮山が苦言を呈する。「き、君はいつも勝手に入ってくるね。こ、困るんだよ!」
小宮山は、おどおどとしていて、とても頼りない。桐原が哲研の活動を邪魔するのは毎度のことであるのに、全く毅然とした態度をとれるようにならない。
「チッ!」と桐原が舌打ちをする。「てめーもいんのかよ。ゴミヤマ!どけっ!」
桐原が小宮山の肩をぐいっと押した。小宮山は簡単に部室の壁まですっとんだ。今までは反抗することなどなく白旗を上げていた小宮山だったが、この日は少しだけ違うようだ。体勢をすぐさま立て直し、桐原に向かって言った。
「桐原くん!これからはもう来ないでくれないか!?この部は今日新しいスタートを切ったんだ!迷惑なんだよ!」いかにも勇気を振り絞って言ったというような甲高い叫び声だった。
「なに言ってんだ、こいつ。うるさいな。」桐原が面倒くさそうに言う。「暇そうじゃねーかよ。俺は都に用があるんだよ。お前は黙っとけ。……ていうか帰っていいぞ」
「ふざけるな……」小宮山はか細く頼りない腕で桐原に喰いかかり、桐原のブレザーの襟をつかんだ。「今日から作倉先生が顧問になったんだ。もうお前の自由にはさせないぞ。おまえのことはもう作倉先生に言ってあるんだからな!」
小宮山の精一杯の反抗も、全く効いていないようで、桐原は涼しい顔をしている。
「へぇーこよみちゃんが顧問になるのか。てか、テメー、チクってんじゃねえぞ!」
桐原はブレザーの襟をつかんでいる小宮山の手を振りほどいた。小宮山はいとも簡単にふらふらとよろめき、壁によりかかった。
マイカは2人の言い争いを黙って見ていたが、小宮山が不憫に思えてきた。
「桐原先輩、あんまり乱暴は…」
「いやいや!」と桐原はマイカに必死に弁明を始めた。「こいつが俺に喰いかかってきたから振りほどいただけだろ?それに都、こんなやつの味方するのか?そりゃあんまりだよ!」
マイカはため息をついて言う。「とにかく、喧嘩はやめてください。」
「まぁ、都がそう言うなら……。こんなやつどうでもいいし」桐原はマイカに媚びへつらうように言った。桐原は、よれたブレザーの襟を整えながら小宮山を睨みつけた。小宮山もバツが悪そうに黙っていた。
「先輩、今日……私調子が悪いんです。なので、もう帰ります」
マイカはガンガンする頭をおさえながら桐原に言った。
「なんだ、やっぱり調子悪いのか?」桐原はあっけらかんとしている。
「やっぱりって?」マイカが聞き返した。
「いや、さっきそこの青空廊下に俺のクラスメイトの女子がいてさ。そしたらその女子が、さっき都が廊下の床に倒れこんでて、しばらくしたら何事もなかったように起き上がってこの部室に戻っていったって言うからさ。なんだよそれって感じでさ?まるでホラーじゃん!」
桐原は軽い口調でそう言ったが、マイカがやや怒りを含んだような暗い表情をして黙り込んでいるので、驚いた。
「え?マジ?」桐原が真顔でマイカに言った。
「いえ、そんなことはありません。その人の見間違えじゃないですか?」マイカは無表情を装って言ったが、桐原にもマイカが負の感情を抱いているのは見てとれた。桐原は慌ててその場を取り繕おうとする。
「まぁ、そうだよな?全く何言ってんだか、アイツ。こよみちゃんもいて、なんかすごく汗かいてるようだったとかワケのわからないこと言いだすしさ……」
「汗?」マイカはその言葉がひっかかった。マイカは、ついさっき、自分の頭に置かれた作倉の手が湿っていた感じがしたのを思い出した。
「いや、たぶんその女子の見間違いだよ!きっと。」桐原は余計なことを言ってしまったと思った。
2人のやり取りを聞いていて、小宮山は自分が見た状況とかなり似ていると分かっていたので、マイカに目でそれを訴えた。マイカも小宮山のその視線に気づいて、一瞬目を合わせたが、すぐに俯いて肩にかけたカバンのとってを握りしめた。
そして、下唇を噛みしめ、かすかに聞き取れるぐらいの声で「帰ります」とだけ言って、2人を置いて部室を出ていった。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】ドアマットに気付かない系夫の謝罪は死んだ妻には届かない
堀 和三盆
恋愛
一年にわたる長期出張から戻ると、愛する妻のシェルタが帰らぬ人になっていた。流行病に罹ったらしく、感染を避けるためにと火葬をされて骨になった妻は墓の下。
信じられなかった。
母を責め使用人を責めて暴れ回って、僕は自らの身に降りかかった突然の不幸を嘆いた。まだ、結婚して3年もたっていないというのに……。
そんな中。僕は遺品の整理中に隠すようにして仕舞われていた妻の日記帳を見つけてしまう。愛する妻が最後に何を考えていたのかを知る手段になるかもしれない。そんな軽い気持ちで日記を開いて戦慄した。
日記には妻がこの家に嫁いでから病に倒れるまでの――母や使用人からの壮絶な嫌がらせの数々が綴られていたのだ。
断腸の思いで王家に差し出した孫娘が婚約破棄されて帰ってきた
兎屋亀吉
恋愛
ある日王家主催のパーティに行くといって出かけた孫娘のエリカが泣きながら帰ってきた。買ったばかりのドレスは真っ赤なワインで汚され、左頬は腫れていた。話を聞くと王子に婚約を破棄され、取り巻きたちに酷いことをされたという。許せん。戦じゃ。この命燃え尽きようとも、必ずや王家を滅ぼしてみせようぞ。
もしかして寝てる間にざまぁしました?
ぴぴみ
ファンタジー
令嬢アリアは気が弱く、何をされても言い返せない。
内気な性格が邪魔をして本来の能力を活かせていなかった。
しかし、ある時から状況は一変する。彼女を馬鹿にし嘲笑っていた人間が怯えたように見てくるのだ。
私、寝てる間に何かしました?
三十年後に届いた白い手紙
RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。
彼は最後まで、何も語らなかった。
その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。
戴冠舞踏会の夜。
公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。
それは復讐でも、告発でもない。
三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、
「渡されなかった約束」のための手紙だった。
沈黙のまま命を捨てた男と、
三十年、ただ待ち続けた女。
そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。
これは、
遅れて届いた手紙が、
人生と運命を静かに書き換えていく物語。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
貧乏男爵家の末っ子が眠り姫になるまでとその後
空月
恋愛
貧乏男爵家の末っ子・アルティアの婚約者は、何故か公爵家嫡男で非の打ち所のない男・キースである。
魔術学院の二年生に進学して少し経った頃、「君と俺とでは釣り合わないと思わないか」と言われる。
そのときは曖昧な笑みで流したアルティアだったが、その数日後、倒れて眠ったままの状態になってしまう。
すると、キースの態度が豹変して……?
七日後に神罰が落ちる。上層部は「下を切り捨てろ」と言った——私は全員を逃がす
蒼月よる
ファンタジー
七日後、この港に神罰が落ちる。
追放された元観測士イオナだけが、その事実を知っていた。
しかも災害は自然現象ではない——誰かが、意図的に引き起こそうとしている。
港の上層部はすでに手を打っていた。「下層区画を緩衝被害区として切り捨てる」秘密契約。被害を最小限に見せかけ、体制を守る冷徹な計画だ。
イオナは元護送隊長ガルム、荷運び組合長メラとともに動き出す。
犯人を暴き、証拠を公開し、住民を逃がし、工廠を止める——すべてを七日で。
被害を「選ぶ」管理か、全員を「残す」運用か。
追放観測士の、七日間の港湾カウントダウン・サスペンス。
この作品は以下の箇所にAI(Claude Code)を利用しています。
・世界観・設定の管理補助
・プロット段階の壁打ち
・作者による執筆後の校正
【完結】20年後の真実
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。
マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。
それから20年。
マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。
そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。
おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。
全4話書き上げ済み。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる