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クワイエット・テラー
合流/発火 Ⅵ-2
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SOMME作戦本部では、ひとりロイスがメインモニターで事の次第を見守っていた。あらゆる不安要素をクリアして、土壇場のところで根絶者イサゴージュを始末できた。ずいぶん冷や冷やとさせられたが、ようやく肩の荷が下りた気がした。
空っぽの指令フロアで、誇らしい部下たちが帰還するのを待っていると、下半身のみのイサゴージュが映し出されているメインモニターが突然真っ暗になった。そして、MIOの文字が浮かび上がる。ロイスはとっさに身構えた。
「あっぱれだな。ロイス」
まずそう声を発したのは、さきほどSOMMEに強引に待機命令を突き付けたシダーという年配の男性だった。
「あぁ、そうだな」とロイスは落ち着き払って言った。「デウスはやはり我々を見捨ててなどいなかった。これで万事解決だ。ソートエッジが致命的な状況に陥らなくて済んだ」
それに対し、シダーは「気に入らんな!」と不機嫌そうに言い放った。「パメラ・ブライズなどハナから必要なかったとでも言いたげだ」
「おいおい」ロイスは慌てて弁明した。「そんなことは思っていない。そう伝わってしまったのならそれは誤解だよ」
「ふん!」とシダーは鼻を鳴らした。「そうかな?SOMMEがMIOを出し抜いていい気分だなどと思っているのではないか?いいか、そんなことはないぞ。お前らのやったことは命令違反だということを忘れるな」
「その通りだ。待機命令を破って、根絶者に接近したことについての責任はしっかりとるつもりだ」
ロイスはMIOの幹部たちに従順さを示したが、妙に堂々とした物言いであった。
「あたりまえだ!」シダーは強い口調で、そう言い放った。
「それと、MIO幹部の皆には感謝している。パメラ・ブライズの3度目の起動の決断を止まってくれたことだ。そのおかげで、我々は安全にイセリックの少女を根絶者のもとへ導くことができた。礼を言う」
ロイスは神妙な面持ちでつけ加えた。
「お前たちのためではない。もともと3度目の起動など考えていなかったわ」
シダーは嫌味たっぷりにそう答えると、ゼーヴが「まあまあ」とシダーをなだめるように言った。
「そうは言ってもロイスさんとSOMMEの機転に我々も助けられたのは事実ですし」
「ゼーヴ。そう言ってもらえると助かる」ロイスはすかさず言った。
「ただ、イセリックの存在を公に発表するわけにはいかない。住民への発表は、このようにしましょう。――選りすぐりのセドレットからなるエリート集団SOMMEがイサゴージュを足止めし、MIOの兵器パメラ・ブライズが完膚なきまでに打ち砕き、セキュアドメイン計画は完成した、と。」
ずいぶん都合のいい提案であったが、ロイスはMIO幹部に恩を売るいい機会であった。その点で、このゼーヴの発言は願ったりかなったりだ。
「ロイス、それでいいな?」シダーが言い添えた。
「ああ、もちろんだ」
ロイスは即答した。このとき、根絶者が現れた時からずっとこわばっていたロイスの表情がやっと緩んだ。MIOからの通信が途絶えると、ロイスはニヤリとほくそ笑んだ。
マイカは目を覚ました。
そこが保健室のベッドの上だというのは、すぐにわかった。最終時限から1時間以上経っているのだからもう放課後なのだろう。みどりが心配そうにして、傍に座っている。
「マイカ!やっと起きた!」
みどりは、マイカの目が開いたのにすぐ気づき、声をかけた。
「みどりさん……」
「もう心配したよ!死んだように眠ってるんだから!もぬけの殻って感じで!」
「私無事に戻ってこれたんだ」マイカはロボットのように無表情で、そう言った。
「何言ってるの?……怖い夢でも見た?」
みどりがマイカの顔を怪訝そうに覗き込む。その仕草がやはりなんとなくミソノに似ていて、マイカは少し微笑んだ。
「何?マイカがそんなふうに笑うなんて珍しいね。」
みどりは嬉しそうに言った。
「みどりさんが私をここに?」
「そうだよ~!」みどりは自信満々に言った。「びっくりしちゃったよ。マイカ、様子がおかしかったから、暦ちゃんが優しく肩を叩いたら、マイカそのままバターンって倒れちゃうんだもん。やっぱりまだ熱が……」
――そうだ、先生……。
「作倉先生は!?」マイカはみどりの言葉を遮り、大事なことを思い出したかのように言った。
「さっき5時限目が終わった後、一回見に来てくれたんだけど、すぐに行っちゃったよ。なんか冷たい感じだったな~。ちょっとがっかりしちゃった」
みどりは頬を膨らませた。
「私、作倉先生のところに行かなきゃ!」唐突にそう言ってマイカはベッドから飛び起きて、上履きを履いた。「みどりさん、保健室まで連れて来てくれてありがとう!この埋め合わせは必ずするから!」
みどりを残して、マイカは保健室を飛び出す。
「ちょっと待って!マイカ!もう動いていいの!?」
みどりはマイカを呼び止めようとしたが、その声はマイカの耳には全く届かなかった。
保健室を飛び出してマイカが真っ先に向かった先は、哲学思想研究部の部室であった。
確信があったわけではないが、マイカには作倉がそこにいる気がした。部室できっと自分が来るのを待っている。お互いにとって、部室は都合のいい場所なのだ。
マイカは、生徒が粗方はけてしまってガランとした校舎を無心で走っていた。マイカは不思議なぐらい、軽快な足取りで走れていたのだが、走っている途中で右ふくらはぎに違和感を覚えた。「もしかして」とマイカは思った。立ち止まり、右足を後ろに上げ、カーラに撃たれた箇所をチェックした。
「気のせい?」
特にふくらはぎはどうもなっていなかった。それもそのはずだ。こうやってここまで走れて来たわけだし。それに向こうでは、まともに走ることもできなかったのだから。
何度も転んで汚れたはずの制服も、今こうして見ても綺麗だ。向こうの世界とこちらの世界は全く別だ。繋がってはいない。
――でもあれは夢なんかじゃない。
マイカは真実を掴むべく、再び走り出していた。
青空廊下を通ると、やはりおしゃべりに興じている女子生徒が何人かいた。彼女たちは普段校舎中に響き渡るような大きな声で話しているというのに、マイカが横を走って通ると、マイカを見て何かヒソヒソと話し出した。
それは、昨日の作倉の前で倒れていたあの女子生徒だと話していたかもれないし、あれが桐山といい感じの女子生徒だと話していたのかもしれない。しかし、そんなことはマイカにとってはどうでもよいことだった。
マイカは息も絶え絶えとなりながら、部室の前までやってきた。扉の前に立つと、向こうの世界での出来事が頭に蘇ってくる。作倉に聞かなくてはならないことが山ほどある。
しかし、それらを聞いたところで、真実は耳に心地よいものだろうか?あの怪物を思い出すと、喉を締め付けられているかのような息苦しさを感じる。一方で、ルミナという憧れの存在により近づけるきっかけを掴めるかもしれない。
さまざまな感情が入り混じる中、マイカはドアノブをひねった。
思い切って部室の中に飛びこむと、目の前に小宮山がいた。小宮山も部室を出るところだったらしく、ちょうどかち合ってしまった。
「わわ!」マイカは思わず後ろにのけぞり、廊下に再び出た。もう少しでぶつかるところであった。
「あれ?マイカさん。授業中倒れたらしいじゃないですか!大丈夫ですか!?」
小宮山が後退するマイカに、やや驚いた表情をしながら詰め寄った。
「だ、大丈夫です。ご心配かけて申し訳ないです……」
マイカは小宮山の勢いに圧倒されて、作り笑いで答えた。
「ならいいですけど。無理は禁物ですよ!僕は今から補講がありますので、それでは」
「は、はい。お疲れ様です!」
マイカはささっと小宮山の前から離れ、ほんの少しの間見送った。マイカは、小宮山の気が抜けた顔を見たら、緊張の糸が切れそうになった。
なぜ自分が授業中倒れたことを2年の小宮山が知っているのだろうとマイカは思い、半開きのドアを見つめた。その答えは明確だった。
マイカはドアノブを再び掴み、今度は確信をもって思い切り開けた。部室は、明りはついていないが、夕日が差し込んでいて十分に明るかった。
「先生……」
マイカの目に飛び込んで来たのは、真正面の椅子に座って微笑む作倉の姿であった。
「戻ってきたな。」
作倉がそう声をかける。マイカは何も声を発さず、不信の目で作倉を見た。
「もう起きないかと思って心配だった」
「だったら、ずっと寄り添ってくれていてもよかったんじゃないですか?」
マイカにいきなり辛辣な言葉を浴びせられたせいか、作倉は微笑みを消して暗い表情となった。
「とりあえず座りなさい」
そう言って、マイカを近くの椅子に座らせた。マイカは長椅子を隔てて、作倉と正面に向かい合うように座った。すると、作倉は部室の窓を少し開けて、再び同じ椅子に座った。
「戻ってきたっておっしゃいましたけど、先生は私がどこから戻ってきたとお思いなんですか?」
「それはもちろん、ここではない世界だよ」
作倉は意外にもマイカの目をはっきり見て言ったので、マイカは作倉の雰囲気に飲まれないようにと気を強く持った。
「先生があそこに連れて行ったんですか?」
作倉は何も言わず、ただ黙って頷いた。するとマイカは、急に胸に込み上げてくるものを感じた。それが怒りなのか、安心からなのか、それとも他の感情なのか分からないが、泣き出してしまいそうなのを、マイカは必死にこらえた。
「大変だったんですから!いきなりとてつもなくでかい変な怪物と戦えだなんて言われて!……ワケわからないですよ!」
喚き散らすように言うマイカに、作倉はとまどうようなそぶりを見せた。少しマイカが落ち着くのを待ってから作倉は口を開いた。
「薄々感づいているだろうが、君の経験したことは夢ではない」
「じゃあ、いったいあの世界は何ですか!?なぜ私をあの世界に連れて行ったんですか?」
マイカは立ち上がり、作倉に食いかかるような姿勢をとった。
「ノイズを見ていただろう」作倉はマイカの迫力にいっさい動じず、そう言った。
「ノイズ?」
「君がこれまで見てきた、その世界の映像だよ。大抵は夢で見ていたのだろうが。……私はそれをノイズと呼んでいる」
マイカは急に黙りこんで、作倉から目を逸らした。
「思い当たる節があるだろう?」
「はい」とマイカは小さく答えた。「つい最近までは、楽しみにしていたんですけど……。先生に会ってからはとても怖いものに変わってしまったんです」
マイカは癪であったが、正直に話した。だが、作倉を責める姿勢だけは保った。そんなマイカの思惑も意に介さず、作倉はピシャリと言い放つ。
「ノイズを恐れるな。あの世界を救う鍵がその中にあるはずだ」
「あの世界を救う?根絶者というのを倒すことですか?」
「あの世界に行くというのは、そういうことだ」さらに、作倉はマイカが訊いてくるであろうことを先回りし、つけ加えて言った。
「君がやるんだ。ノイズを見るというのはそういうことなんだ」
「全然納得いかないです」マイカも負けじと言い返した。「私、またあの世界に行くんですか?」
「君が望まないというなら行かなくてもいい」
そう言って、作倉は立ち上がった。
「しかし君が運命を受け入れるというなら、その世界で真実を掴め」
作倉は部室から出て行こうとする。マイカは言い返せずに、あたふたしてしまう。結局、作倉の鋭い眼光がマイカのペースを狂わせる。自分を不甲斐なく思いながらも、マイカにはひとつだけ本当に聞いておきたいことがあった。
作倉がドアノブを掴む前にマイカは「向こうの世界では」と大きな声を出した。
「私は、デウスの使者って呼ばれました。そのデウスって作倉先生のことですか?」
作倉は何も言わずに、ドアノブをひねり、部室を後にしようとした。そのまま去っていくかと思いきや、最後に一言マイカに言い残した。
「それも含めてだ。」
マイカは作倉を呼び止められず、その背中を黙って見送ることしかできなかった。急に日が陰り、暗い部室の中にマイカはひとり取り残された。
マイカと作倉の、ソートエッジをめぐる関係は、――始まった。
空っぽの指令フロアで、誇らしい部下たちが帰還するのを待っていると、下半身のみのイサゴージュが映し出されているメインモニターが突然真っ暗になった。そして、MIOの文字が浮かび上がる。ロイスはとっさに身構えた。
「あっぱれだな。ロイス」
まずそう声を発したのは、さきほどSOMMEに強引に待機命令を突き付けたシダーという年配の男性だった。
「あぁ、そうだな」とロイスは落ち着き払って言った。「デウスはやはり我々を見捨ててなどいなかった。これで万事解決だ。ソートエッジが致命的な状況に陥らなくて済んだ」
それに対し、シダーは「気に入らんな!」と不機嫌そうに言い放った。「パメラ・ブライズなどハナから必要なかったとでも言いたげだ」
「おいおい」ロイスは慌てて弁明した。「そんなことは思っていない。そう伝わってしまったのならそれは誤解だよ」
「ふん!」とシダーは鼻を鳴らした。「そうかな?SOMMEがMIOを出し抜いていい気分だなどと思っているのではないか?いいか、そんなことはないぞ。お前らのやったことは命令違反だということを忘れるな」
「その通りだ。待機命令を破って、根絶者に接近したことについての責任はしっかりとるつもりだ」
ロイスはMIOの幹部たちに従順さを示したが、妙に堂々とした物言いであった。
「あたりまえだ!」シダーは強い口調で、そう言い放った。
「それと、MIO幹部の皆には感謝している。パメラ・ブライズの3度目の起動の決断を止まってくれたことだ。そのおかげで、我々は安全にイセリックの少女を根絶者のもとへ導くことができた。礼を言う」
ロイスは神妙な面持ちでつけ加えた。
「お前たちのためではない。もともと3度目の起動など考えていなかったわ」
シダーは嫌味たっぷりにそう答えると、ゼーヴが「まあまあ」とシダーをなだめるように言った。
「そうは言ってもロイスさんとSOMMEの機転に我々も助けられたのは事実ですし」
「ゼーヴ。そう言ってもらえると助かる」ロイスはすかさず言った。
「ただ、イセリックの存在を公に発表するわけにはいかない。住民への発表は、このようにしましょう。――選りすぐりのセドレットからなるエリート集団SOMMEがイサゴージュを足止めし、MIOの兵器パメラ・ブライズが完膚なきまでに打ち砕き、セキュアドメイン計画は完成した、と。」
ずいぶん都合のいい提案であったが、ロイスはMIO幹部に恩を売るいい機会であった。その点で、このゼーヴの発言は願ったりかなったりだ。
「ロイス、それでいいな?」シダーが言い添えた。
「ああ、もちろんだ」
ロイスは即答した。このとき、根絶者が現れた時からずっとこわばっていたロイスの表情がやっと緩んだ。MIOからの通信が途絶えると、ロイスはニヤリとほくそ笑んだ。
マイカは目を覚ました。
そこが保健室のベッドの上だというのは、すぐにわかった。最終時限から1時間以上経っているのだからもう放課後なのだろう。みどりが心配そうにして、傍に座っている。
「マイカ!やっと起きた!」
みどりは、マイカの目が開いたのにすぐ気づき、声をかけた。
「みどりさん……」
「もう心配したよ!死んだように眠ってるんだから!もぬけの殻って感じで!」
「私無事に戻ってこれたんだ」マイカはロボットのように無表情で、そう言った。
「何言ってるの?……怖い夢でも見た?」
みどりがマイカの顔を怪訝そうに覗き込む。その仕草がやはりなんとなくミソノに似ていて、マイカは少し微笑んだ。
「何?マイカがそんなふうに笑うなんて珍しいね。」
みどりは嬉しそうに言った。
「みどりさんが私をここに?」
「そうだよ~!」みどりは自信満々に言った。「びっくりしちゃったよ。マイカ、様子がおかしかったから、暦ちゃんが優しく肩を叩いたら、マイカそのままバターンって倒れちゃうんだもん。やっぱりまだ熱が……」
――そうだ、先生……。
「作倉先生は!?」マイカはみどりの言葉を遮り、大事なことを思い出したかのように言った。
「さっき5時限目が終わった後、一回見に来てくれたんだけど、すぐに行っちゃったよ。なんか冷たい感じだったな~。ちょっとがっかりしちゃった」
みどりは頬を膨らませた。
「私、作倉先生のところに行かなきゃ!」唐突にそう言ってマイカはベッドから飛び起きて、上履きを履いた。「みどりさん、保健室まで連れて来てくれてありがとう!この埋め合わせは必ずするから!」
みどりを残して、マイカは保健室を飛び出す。
「ちょっと待って!マイカ!もう動いていいの!?」
みどりはマイカを呼び止めようとしたが、その声はマイカの耳には全く届かなかった。
保健室を飛び出してマイカが真っ先に向かった先は、哲学思想研究部の部室であった。
確信があったわけではないが、マイカには作倉がそこにいる気がした。部室できっと自分が来るのを待っている。お互いにとって、部室は都合のいい場所なのだ。
マイカは、生徒が粗方はけてしまってガランとした校舎を無心で走っていた。マイカは不思議なぐらい、軽快な足取りで走れていたのだが、走っている途中で右ふくらはぎに違和感を覚えた。「もしかして」とマイカは思った。立ち止まり、右足を後ろに上げ、カーラに撃たれた箇所をチェックした。
「気のせい?」
特にふくらはぎはどうもなっていなかった。それもそのはずだ。こうやってここまで走れて来たわけだし。それに向こうでは、まともに走ることもできなかったのだから。
何度も転んで汚れたはずの制服も、今こうして見ても綺麗だ。向こうの世界とこちらの世界は全く別だ。繋がってはいない。
――でもあれは夢なんかじゃない。
マイカは真実を掴むべく、再び走り出していた。
青空廊下を通ると、やはりおしゃべりに興じている女子生徒が何人かいた。彼女たちは普段校舎中に響き渡るような大きな声で話しているというのに、マイカが横を走って通ると、マイカを見て何かヒソヒソと話し出した。
それは、昨日の作倉の前で倒れていたあの女子生徒だと話していたかもれないし、あれが桐山といい感じの女子生徒だと話していたのかもしれない。しかし、そんなことはマイカにとってはどうでもよいことだった。
マイカは息も絶え絶えとなりながら、部室の前までやってきた。扉の前に立つと、向こうの世界での出来事が頭に蘇ってくる。作倉に聞かなくてはならないことが山ほどある。
しかし、それらを聞いたところで、真実は耳に心地よいものだろうか?あの怪物を思い出すと、喉を締め付けられているかのような息苦しさを感じる。一方で、ルミナという憧れの存在により近づけるきっかけを掴めるかもしれない。
さまざまな感情が入り混じる中、マイカはドアノブをひねった。
思い切って部室の中に飛びこむと、目の前に小宮山がいた。小宮山も部室を出るところだったらしく、ちょうどかち合ってしまった。
「わわ!」マイカは思わず後ろにのけぞり、廊下に再び出た。もう少しでぶつかるところであった。
「あれ?マイカさん。授業中倒れたらしいじゃないですか!大丈夫ですか!?」
小宮山が後退するマイカに、やや驚いた表情をしながら詰め寄った。
「だ、大丈夫です。ご心配かけて申し訳ないです……」
マイカは小宮山の勢いに圧倒されて、作り笑いで答えた。
「ならいいですけど。無理は禁物ですよ!僕は今から補講がありますので、それでは」
「は、はい。お疲れ様です!」
マイカはささっと小宮山の前から離れ、ほんの少しの間見送った。マイカは、小宮山の気が抜けた顔を見たら、緊張の糸が切れそうになった。
なぜ自分が授業中倒れたことを2年の小宮山が知っているのだろうとマイカは思い、半開きのドアを見つめた。その答えは明確だった。
マイカはドアノブを再び掴み、今度は確信をもって思い切り開けた。部室は、明りはついていないが、夕日が差し込んでいて十分に明るかった。
「先生……」
マイカの目に飛び込んで来たのは、真正面の椅子に座って微笑む作倉の姿であった。
「戻ってきたな。」
作倉がそう声をかける。マイカは何も声を発さず、不信の目で作倉を見た。
「もう起きないかと思って心配だった」
「だったら、ずっと寄り添ってくれていてもよかったんじゃないですか?」
マイカにいきなり辛辣な言葉を浴びせられたせいか、作倉は微笑みを消して暗い表情となった。
「とりあえず座りなさい」
そう言って、マイカを近くの椅子に座らせた。マイカは長椅子を隔てて、作倉と正面に向かい合うように座った。すると、作倉は部室の窓を少し開けて、再び同じ椅子に座った。
「戻ってきたっておっしゃいましたけど、先生は私がどこから戻ってきたとお思いなんですか?」
「それはもちろん、ここではない世界だよ」
作倉は意外にもマイカの目をはっきり見て言ったので、マイカは作倉の雰囲気に飲まれないようにと気を強く持った。
「先生があそこに連れて行ったんですか?」
作倉は何も言わず、ただ黙って頷いた。するとマイカは、急に胸に込み上げてくるものを感じた。それが怒りなのか、安心からなのか、それとも他の感情なのか分からないが、泣き出してしまいそうなのを、マイカは必死にこらえた。
「大変だったんですから!いきなりとてつもなくでかい変な怪物と戦えだなんて言われて!……ワケわからないですよ!」
喚き散らすように言うマイカに、作倉はとまどうようなそぶりを見せた。少しマイカが落ち着くのを待ってから作倉は口を開いた。
「薄々感づいているだろうが、君の経験したことは夢ではない」
「じゃあ、いったいあの世界は何ですか!?なぜ私をあの世界に連れて行ったんですか?」
マイカは立ち上がり、作倉に食いかかるような姿勢をとった。
「ノイズを見ていただろう」作倉はマイカの迫力にいっさい動じず、そう言った。
「ノイズ?」
「君がこれまで見てきた、その世界の映像だよ。大抵は夢で見ていたのだろうが。……私はそれをノイズと呼んでいる」
マイカは急に黙りこんで、作倉から目を逸らした。
「思い当たる節があるだろう?」
「はい」とマイカは小さく答えた。「つい最近までは、楽しみにしていたんですけど……。先生に会ってからはとても怖いものに変わってしまったんです」
マイカは癪であったが、正直に話した。だが、作倉を責める姿勢だけは保った。そんなマイカの思惑も意に介さず、作倉はピシャリと言い放つ。
「ノイズを恐れるな。あの世界を救う鍵がその中にあるはずだ」
「あの世界を救う?根絶者というのを倒すことですか?」
「あの世界に行くというのは、そういうことだ」さらに、作倉はマイカが訊いてくるであろうことを先回りし、つけ加えて言った。
「君がやるんだ。ノイズを見るというのはそういうことなんだ」
「全然納得いかないです」マイカも負けじと言い返した。「私、またあの世界に行くんですか?」
「君が望まないというなら行かなくてもいい」
そう言って、作倉は立ち上がった。
「しかし君が運命を受け入れるというなら、その世界で真実を掴め」
作倉は部室から出て行こうとする。マイカは言い返せずに、あたふたしてしまう。結局、作倉の鋭い眼光がマイカのペースを狂わせる。自分を不甲斐なく思いながらも、マイカにはひとつだけ本当に聞いておきたいことがあった。
作倉がドアノブを掴む前にマイカは「向こうの世界では」と大きな声を出した。
「私は、デウスの使者って呼ばれました。そのデウスって作倉先生のことですか?」
作倉は何も言わずに、ドアノブをひねり、部室を後にしようとした。そのまま去っていくかと思いきや、最後に一言マイカに言い残した。
「それも含めてだ。」
マイカは作倉を呼び止められず、その背中を黙って見送ることしかできなかった。急に日が陰り、暗い部室の中にマイカはひとり取り残された。
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