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第八話:緩急
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ビシィッ!
バシィッ!
ユルトが一本鞭を振るうと、トルソーがぐらぐらと揺れて倒れた。
「ノンノン! 倒してはダ・メ。倒さず、表面の布を裂きなさァい」
トルソーを立て直すと、ジョセフィーヌはヒュンッとブルウィップを振るった。一瞬遅れて「パァンッ!」という音とともに、トルソーの表面の布地が裂ける。
「くっ……」
鞭の講座を受講し始めて数日たっていた。
狙った場所に鞭を当てることや、フォアハンド、バックハンドなどの基本的な動作はできるようになった。
しかしなかなか、ジョセフィーヌのように威力を操ることができない。
当初ユルトは、色んな武器を使いこなして来た経験もあるし、器用なつもりだったので、すぐに鞭スキルを習得できるだろうと思っていた。だがやはり達人の技は、一朝一夕では身につかないようだ。
宿題については、「やったかやらなかったか」は聞かれたが、「どうだったか」は聞かれなかった。
「内容そのものは、アタクシにとって意味がありませんもの」
とジョセフィーヌは謎めいたことを言っていた。何らかのSM哲学なのだろうか。
しかしユルトの、ウルリックを力いっぱいシバき倒してやりたいという思いは強まるばかりで、宿題に何の意味があったのか、よくわからなかった。
「ノンノン! 貴方、鞭に力が入りすぎていてよっ」
そうは言っても、ユルトの目的は、味わった痛みを全力でウルリックにぶつけてやることなのだ。力が入るに決まっている。
「全力で打ち据えるだけが、相手に痛みを与える手段ではなくってよ?」
「でも、パシンッみたいにかるーくやったら、痛くないですよね?」
「お黙りなさい、この臆病者」
ジョセフィーヌはいつものオネエ仕草を消して、スッと顎を上げ、据わった目でユルトを見下した。ヒールの高いブーツを履いているので、ユルトよりも目線がだいぶ上である。
──な……!
ショックを受けてユルトは立ち尽くした。
──いや、確かに俺は臆病者だ。ウルリックに言いたいことも言えずメソメソ泣いて……。
「ほ~ら。全力でなくとも、痛みを与えられるでしょ? ウッフ♪」
うつむいたユルトに、フフフッとジョセフィーヌは小指を立てて流し目を送ってきた。
「あ……」
どうやら今のは、ユルトの理解を促すための演技だったらしい。
そしてさげすんだ後に微笑みかけると、相手は自動的にホッとする。そこで油断したところに鞭を入れれば、たとえ軽かったとしても、相手は大きく痛めつけられるだろう。
緩急が大事、ということなのだろうか。
しかしあの朴念仁のウルリックに「緩急」という概念が通じるのだろうか。それに「急」はともかくとして、今のところユルトには「緩」などつけてやる気は毛頭ない。わざとやるのも違うような気がする。
とにかく全力でシバき倒したい。「緩急」じゃなくて「急急」しか考えられない。
ただ、ジョセフィーヌのよくわからないSM哲学はさておいて、鞭を思い通りにコントロールできていないのは確かである。
ジョセフィーヌは、部屋の端に立てた燭台のロウソクを狙ってヒュヒュンッと軽く鞭を振るった。
フッと炎が根元からちぎれ、後には一筋の煙を立てるロウソクが残った。
「必要なのは力ではなくってよ。対象をよく見てちょうだいねん♪」
ジョセフィーヌは優雅に鞭を巻き取った。
──くっそ~、一日も早く鞭スキル習得してやる!
ロウソクを倒さずに炎が消せたら、とりあえず初級レベルの鞭スキルがもらえるらしいので、SM哲学はさておき、ユルトはジョセフィーヌの動きをよく見て鍛錬に励むことにした。
◇ ◇ ◇
下宿に戻ると、大家である花屋のヘレンさんから声をかけられた。
「これ、ユルトにプレゼントだって」
黄色いポピーをメインに、周りにカモミールがあしらわれた、小さな花束だった。というかこの店に並んでいるものだ。周囲にオレンジや黄色の紙を巻いて、きれいに包んである。
「誰が?」
「なんか最近よくこの辺ウロウロしてるイケメン。白髪みたいな銀髪で、剣士っぽいかな」
──何やってるんだあいつ!?
ヘレンさんは、勇者ウルリックの顔を知らないようだ。
「なんか最近よく店先でボーっと立ってるけど、ユルトに会いたかったんだね。花なんか贈ってきて、きっとユルトのこと好きなんだね」
きゃっ♪ みたいな感じでヘレンさんは胸元で拳を握った。
「騙されるなっ!」
「へ?」
「ヘレンさん、いいですか。そういう思わせぶりな態度が、ヤツの手口なんですよ。俺がいる時に来ても、いないって言ってくださいね」
「え~、そんな器用そうな人に見えなかったけどなあ」
「甘いですよ。俺はすでにひどい目に遭ってるんです」
器用そうに見えないのはユルトも同意だし、実際ウルリックは不器用の言語不自由なのだが、既に騙されている以上、油断してはいけない。
「え、じゃあこのお花どうする?」
「す……」
捨てといてください、と言おうとして、言えなかった。
お花を売ったヘレンさんが気の毒だし、花もかわいそうだ。
「部屋に持って帰ります……」
その辺にあった壺に花を生けると、ため息をついてユルトはベッドに腰かけた。
この壺も、ウルリックと冒険した時に遺跡で拾った壺だ。値がつくかと思ったが大した額ではなかったので、自分で使うことにしたのだ。
こんなことをするくらいなら、何故パーティメンバーから外すことにしたのか。
いや、理由を聞かなかったのは自分だ。
それに、数々の冒険で約束どおり報酬もその都度公平に分配してもらったし、ドラゴンは倒したから、もう用は済んでいると言えば済んでいるのだ。
叙勲なんて元々、ユルトにとって興味はない。
だけど──。
「俺は、お前にとって何だったんだ……? ウルリック……」
バシィッ!
ユルトが一本鞭を振るうと、トルソーがぐらぐらと揺れて倒れた。
「ノンノン! 倒してはダ・メ。倒さず、表面の布を裂きなさァい」
トルソーを立て直すと、ジョセフィーヌはヒュンッとブルウィップを振るった。一瞬遅れて「パァンッ!」という音とともに、トルソーの表面の布地が裂ける。
「くっ……」
鞭の講座を受講し始めて数日たっていた。
狙った場所に鞭を当てることや、フォアハンド、バックハンドなどの基本的な動作はできるようになった。
しかしなかなか、ジョセフィーヌのように威力を操ることができない。
当初ユルトは、色んな武器を使いこなして来た経験もあるし、器用なつもりだったので、すぐに鞭スキルを習得できるだろうと思っていた。だがやはり達人の技は、一朝一夕では身につかないようだ。
宿題については、「やったかやらなかったか」は聞かれたが、「どうだったか」は聞かれなかった。
「内容そのものは、アタクシにとって意味がありませんもの」
とジョセフィーヌは謎めいたことを言っていた。何らかのSM哲学なのだろうか。
しかしユルトの、ウルリックを力いっぱいシバき倒してやりたいという思いは強まるばかりで、宿題に何の意味があったのか、よくわからなかった。
「ノンノン! 貴方、鞭に力が入りすぎていてよっ」
そうは言っても、ユルトの目的は、味わった痛みを全力でウルリックにぶつけてやることなのだ。力が入るに決まっている。
「全力で打ち据えるだけが、相手に痛みを与える手段ではなくってよ?」
「でも、パシンッみたいにかるーくやったら、痛くないですよね?」
「お黙りなさい、この臆病者」
ジョセフィーヌはいつものオネエ仕草を消して、スッと顎を上げ、据わった目でユルトを見下した。ヒールの高いブーツを履いているので、ユルトよりも目線がだいぶ上である。
──な……!
ショックを受けてユルトは立ち尽くした。
──いや、確かに俺は臆病者だ。ウルリックに言いたいことも言えずメソメソ泣いて……。
「ほ~ら。全力でなくとも、痛みを与えられるでしょ? ウッフ♪」
うつむいたユルトに、フフフッとジョセフィーヌは小指を立てて流し目を送ってきた。
「あ……」
どうやら今のは、ユルトの理解を促すための演技だったらしい。
そしてさげすんだ後に微笑みかけると、相手は自動的にホッとする。そこで油断したところに鞭を入れれば、たとえ軽かったとしても、相手は大きく痛めつけられるだろう。
緩急が大事、ということなのだろうか。
しかしあの朴念仁のウルリックに「緩急」という概念が通じるのだろうか。それに「急」はともかくとして、今のところユルトには「緩」などつけてやる気は毛頭ない。わざとやるのも違うような気がする。
とにかく全力でシバき倒したい。「緩急」じゃなくて「急急」しか考えられない。
ただ、ジョセフィーヌのよくわからないSM哲学はさておいて、鞭を思い通りにコントロールできていないのは確かである。
ジョセフィーヌは、部屋の端に立てた燭台のロウソクを狙ってヒュヒュンッと軽く鞭を振るった。
フッと炎が根元からちぎれ、後には一筋の煙を立てるロウソクが残った。
「必要なのは力ではなくってよ。対象をよく見てちょうだいねん♪」
ジョセフィーヌは優雅に鞭を巻き取った。
──くっそ~、一日も早く鞭スキル習得してやる!
ロウソクを倒さずに炎が消せたら、とりあえず初級レベルの鞭スキルがもらえるらしいので、SM哲学はさておき、ユルトはジョセフィーヌの動きをよく見て鍛錬に励むことにした。
◇ ◇ ◇
下宿に戻ると、大家である花屋のヘレンさんから声をかけられた。
「これ、ユルトにプレゼントだって」
黄色いポピーをメインに、周りにカモミールがあしらわれた、小さな花束だった。というかこの店に並んでいるものだ。周囲にオレンジや黄色の紙を巻いて、きれいに包んである。
「誰が?」
「なんか最近よくこの辺ウロウロしてるイケメン。白髪みたいな銀髪で、剣士っぽいかな」
──何やってるんだあいつ!?
ヘレンさんは、勇者ウルリックの顔を知らないようだ。
「なんか最近よく店先でボーっと立ってるけど、ユルトに会いたかったんだね。花なんか贈ってきて、きっとユルトのこと好きなんだね」
きゃっ♪ みたいな感じでヘレンさんは胸元で拳を握った。
「騙されるなっ!」
「へ?」
「ヘレンさん、いいですか。そういう思わせぶりな態度が、ヤツの手口なんですよ。俺がいる時に来ても、いないって言ってくださいね」
「え~、そんな器用そうな人に見えなかったけどなあ」
「甘いですよ。俺はすでにひどい目に遭ってるんです」
器用そうに見えないのはユルトも同意だし、実際ウルリックは不器用の言語不自由なのだが、既に騙されている以上、油断してはいけない。
「え、じゃあこのお花どうする?」
「す……」
捨てといてください、と言おうとして、言えなかった。
お花を売ったヘレンさんが気の毒だし、花もかわいそうだ。
「部屋に持って帰ります……」
その辺にあった壺に花を生けると、ため息をついてユルトはベッドに腰かけた。
この壺も、ウルリックと冒険した時に遺跡で拾った壺だ。値がつくかと思ったが大した額ではなかったので、自分で使うことにしたのだ。
こんなことをするくらいなら、何故パーティメンバーから外すことにしたのか。
いや、理由を聞かなかったのは自分だ。
それに、数々の冒険で約束どおり報酬もその都度公平に分配してもらったし、ドラゴンは倒したから、もう用は済んでいると言えば済んでいるのだ。
叙勲なんて元々、ユルトにとって興味はない。
だけど──。
「俺は、お前にとって何だったんだ……? ウルリック……」
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