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第9話 天才クレマンティーヌ
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王都リュンカーラの、宮廷魔術師たちが使う練兵場はすでに半壊状態だった。
地面は抉れ、焦げ付き、所々凍り付き、かと思えば色とりどりの花々が狂い咲いている。
練兵場の中心で宮廷魔術師長クレマンティーヌと、アリス姫とアニス姫、両姫に仕える宮廷魔術師見習いの少女7名が、互いの魔法の成果を披露しあっていたのだ。
見習いとはいえ実力は並ではない。
まあ、俺、ヒイラギには魔法の優劣なんてさっぱりだが、威力だけは嫌でもわかる。
キルア族の戦士として鍛えた俺の目から見ても、彼女たちの放つ力は自然の脅威に匹敵するものだった。
チャービルとかいう赤髪の娘が放つ炎は、ただ燃え盛るだけじゃない。
根元は溶けた鉄のように深紅に輝き、先端は目に眩しい白光を放っている。
地面を溶かし、空気を震わせる熱波は離れていても肌がひりつくほどだ。
対照的にディルという金髪の娘は、無数の光の粒子を操る。
キラキラと舞う粒子は美しいが、ひとたび収束すれば、岩をも穿つ鋭い光線へと変わる。
まさに光そのものを武器にしているようだ。
紫髪のローレルは天候すら操るのか、指先から空を引き裂くような稲妻を放つ。
轟音と共に地面を焦土に変える様は神の怒りそのものだ。
アリス姫の側近だが、俺を見る目がどうにも剣呑で困る。
緑髪のアロマティカスもそうだ。
彼女が地面に触れると、足元から色とりどりの植物が瞬く間に生い茂る。
甘い香りが漂い、一見すると穏やかな魔法だが、その花や蔦には鋭い棘や毒が仕込まれているらしい。
土と生命力を操る、厄介な魔法だ。
クレマンティーヌが旅先から連れてきたという、幼い少女たちも末恐ろしい。
水色の髪のタイムは優雅な仕草で巨大な水の渦を操り、触れるもの全てを凍てつかせそうな冷気を放つ。
白色の髪のフェンネルは空気中の水分を瞬時に凍らせ、鋭利な氷の槍や巨大な氷壁を作り出す。
そして……妹のマツバが静かに目を閉じると、周囲に濃密な闇が広がる。
それは光を飲み込み、音すら吸い込むような絶対的な静寂。
闇の中から黒曜石のような鋭い棘が無数に伸び出し、地面に深い亀裂を刻む。
予知能力だけでなく、これほどの闇魔法まで使えたのか。
さすが俺の妹だ。
クレマンティーヌはそんな弟子たちの成長ぶりを満足げに眺めていたが、特にマツバの闇魔法にひときわ強い興味を示しているようだった。
「ふむ、マツバの闇魔法……まだ粗削りではあるけれど、これは私の予想を遥かに超える伸び代を秘めているさね。磨けば、あるいは私すら凌駕するかもしれない。もっとも、一つの属性だけを極めても、いずれ限界は来るだろうけどねえ」
含みのある言葉に、マツバはただ静かに師を見つめている。
他の少女たちは自分たちの魔法を披露し終え、どこか誇らしげだ。
「ちょっとぉ! クレア! 私と姉様の評価はどうなのよ!」
「そうです! 私だって負けていませんでしたよ! むしろ、今日の私、最高にイケてたと思うんですけど!」
「ぐぬぬ……悔しいけど、今日はちょっとだけ姉様の方がキレが良かったかも……」
アニス姫が師匠に詰め寄り、アリス姫が自画自賛し、それにアニス姫が少し悔しそうに同意する。
いつもの光景だ。クレマンティーヌはそんな2人を見て、悪戯っぽく微笑んだ。
「はいはい、わかってるさね。全属性を高いレベルで使いこなす君たち2人が、私に一番近い実力を持っていることは認めてあげるよ。じゃあ、その実力、この私相手に試してみるかね?」
クレマンティーヌの言葉にアリス姫とアニス姫の顔色が変わる。
挑戦的な光を瞳に宿し、互いに頷き合うと、練兵場の中央へと進み出た。
クレマンティーヌもまた、ふわりと風に乗り、姉妹と対峙する。
見習いたちが固唾を飲んで見守る中、師弟による本気の模擬戦が始まろうとしていた。
俺も、思わず息を詰める。
「「いざ!」」
アリス姫とアニス姫の掛け声と同時に、凄まじい魔力がぶつかり合った!
先手を取ったのはアリス姫だ。
練兵場に残っていた水を瞬時に集め、巨大な水の龍を形成する。
氷のような冷気を纏い、咆哮を上げながらクレマンティーヌに襲い掛かる!
対するクレマンティーヌは余裕の笑みでそれを迎え撃つ。
最小限の動きで水龍の牙を避け、指先から放たれた風の刃が、まるでバターを切るように龍の巨体を切り裂いた。
「やるじゃない、姉様!」
「アニス、合わせるわよ!」
アリス姫が防御と牽制に回る。
水の盾を展開し、氷の矢を連射してクレマンティーヌの動きを封じにかかる。
その隙を突き、アニス姫が渾身の炎魔法を放つ!
チャービルの炎にも劣らない、白く輝く灼熱の炎が渦を巻き、巨大な火柱となってクレマンティーヌを飲み込もうとする!
「甘いさね」
クレマンティーヌは呟くと、右手に雷を、左手に風を集束させる。
炎の渦が迫る寸前、地面を蹴って高く跳躍。
空中で雷撃を放ち、アリス姫の水の盾を砕くと同時に、風の障壁を展開してアニス姫の炎を防ぎきる。
それだけではない。防いだ炎の勢いを利用し、自身の風魔法でさらに加速させ、姉妹へと送り返したのだ!
「きゃあっ!」
「うわっ!」
姉妹は咄嗟に防御魔法を展開するが、クレマンティーヌによって勢いを増して送り返された炎に押され、体勢を崩される。
クレマンティーヌはその一瞬の隙を逃さない。
地を滑るように移動して姉妹の懐へ入り、目にも留まらぬ速さで放たれた魔力弾が、寸分違わず2人の鳩尾を捉えた。
「ぐっ……!」
「あぅ……!」
数分間の激しい攻防。
姉妹は持てる力の限りを尽くし、見事な連携を見せた。
だがクレマンティーヌの経験、技術、純粋な魔力量はそれを遥かに凌駕していた。
魔法の精度、状況判断、体術に至る全てが圧倒的だ。
プスプスと小さな音を立てて魔力切れを起こし、アリス姫とアニス姫は力なく地面に倒れ伏している。
「アニス様! アリス様!」
真っ先に駆け寄ったのはマツバだった。
俺の妹は倒れた2人を守るように、小さな身体でクレマンティーヌの前に立ちはだかる。
妹の瞳には恐怖よりも強い忠誠心が宿っていた。
「あら? 忠誠心が高いのは良いことだけど、無謀さね」
クレマンティーヌが冷ややかに言う。
他の見習いたちは師匠の圧倒的な実力と、模擬戦とはいえ容赦のない一撃に完全に気圧され、動けずにいる。
ローレルやアロマティカスですら、悔しそうに唇を噛むだけで、師匠に逆らうことはできないようだ。
あるいはこれがクレマンティーヌの指導であり、手出しは無用だと理解しているのかもしれない。
だが、俺は違う。マツバが危ない!
「やめろ!」
俺は咄嗟にマツバの前に飛び出していた。
クレマンティーヌは一瞬驚いた顔をしたが、すぐに面白そうな表情に変わる。
「ほう? 君が割って入るのかい? キルアの戦士」
「妹と……この人たちに、それ以上手出しはさせん!」
そうだ。俺はディンレルに強制的に連れてこられた。
奴隷という扱いも受けている。
だが、この数日、アリス姫とアニス姫の民に向ける優しい眼差しや、一生懸命な姿を見てきた。
マツバを救ってくれた恩もある。
この人たちが傷つくのを、ただ見ているわけにはいかない。
奴隷だからじゃない、俺がそうしたいからだ。
「ふうん? なかなか良い目をするじゃないか。アリス姫の騎士気取りかい? いいだろう、じゃあ、君にも少し手合わせしてあげるさね。あんたは武器は何が得意なんだい?」
「武器がなくとも、この身で王女を護る! それが俺がここにいる意味だ!」
「クスッ。それじゃあ、護衛失格さね」
マツバが闇の力を放とうとしたが、クレマンティーヌはそれを見逃さず、指先一つで力を霧散させると同時に、軽い衝撃でマツバの意識を刈り取った。
クレマンティーヌが軽く手を振るった次の瞬間、見えない衝撃が俺の身体を打ち、地面に叩きつけられてしまう。
「くっ……!」
身体が痺れて動かない。
それでも俺は、クレマンティーヌが倒れているアリス姫たちに再び手をかざすのを睨みつけた。
「よせ! やめろおおおおおおおお!」
俺の悲痛な叫びが練兵場に響く。
だが、クレマンティーヌは俺の叫びを意に介さず、身体から光を放ち始めた。
それは攻撃的な魔力の色ではない。
温かく、神々しい、まるで……祝福のような光。
「なっ⁉」
俺がきょとんとしていると、背後でくすくすと笑い声が聞こえた。
見れば他の見習いたちが、俺の反応を見て笑っている。
意味を理解したのは光が収まった直後だった。
「う~ん……気絶してたなんて、屈辱だわ~」
「でも、本気のクレアの片鱗を見られた気がします。感謝しないとですね、姉様」
さっきまで倒れていたはずのアリス姫とアニス姫が、まるで何事もなかったかのように、むくりと起き上がったのだ。
傷一つない。マツバも、きょろきょろと状況を確認した後、アニス姫に駆け寄って無事を確かめている。
「はい、次は君の番さね」
クレマンティーヌが俺の傍らに屈み込み、温かい光の手を俺にかざす。
痺れや痛みが嘘のように消え去り、力がみなぎってくる。
「うふふ。なかなか男気のあるところを見せてもらったさね。『王女を護る!それが俺がここにいる意味だ!』……か。実にカッコよかったよ」
からかうような口調。
だが、銀色の瞳の奥には慈愛のようなものが揺らめいている……気がした。
「魔女で……聖女だと⁉ あなたは一体……?」
「あら? そんなことより、今の台詞、アリス姫にはどう聞こえたかねえ?」
クレマンティーヌが悪戯っぽくアリス姫に視線を送る。
「ちょっ! 先生! 何を訳の分からないことを言ってるんですか!」
アリス姫が顔を真っ赤にして抗議する。
それを見たアニス姫が「あらあら~姉様ったら~」とニヤニヤし、ローレルとアロマティカスからは再び殺気にも似た敵意が俺に向けられる。
ディルとチャービルは呆れたように肩をすくめ、マツバは頭の上に疑問符を浮かべて首を傾げている。
幼いタイムとフェンネルはよくわからないけど師匠が凄い、と思ったのか、クレマンティーヌに抱きついていく。
いつもの喧騒が戻ってきた。
この光景を見て、俺の中に今まで感じたことのない温かい感情が込み上げてくるのを感じてしまう。
それが何かはまだ上手く言葉にできない。
この騒がしいディンレルの王女姉妹と魔女たちに対して、もはや敵意など微塵も感じない。
それどころか、胸の内に好意が芽生え始めているのをはっきりと自覚した。
「クレマンティーヌ殿」
俺は立ち上がり、真っ直ぐに彼女を見据えた。
「俺の得意な武器は剣だ。是非、次は剣で手合わせ願いたい」
「真面目か!」
アリス姫からの鋭いツッコミが飛んできて、練兵場に再び笑い声が響いた。
「兄様の剣はキルアで一番……いえ、大陸一です! 私が太鼓判を押します!」
マツバがふんす、と得意げに胸を張る。そんな様子を見て、アニス姫たちがまた楽しそうに笑い合う。
なんだかんだで、賑やかで悪くない場所だ、と俺は思った。
地面は抉れ、焦げ付き、所々凍り付き、かと思えば色とりどりの花々が狂い咲いている。
練兵場の中心で宮廷魔術師長クレマンティーヌと、アリス姫とアニス姫、両姫に仕える宮廷魔術師見習いの少女7名が、互いの魔法の成果を披露しあっていたのだ。
見習いとはいえ実力は並ではない。
まあ、俺、ヒイラギには魔法の優劣なんてさっぱりだが、威力だけは嫌でもわかる。
キルア族の戦士として鍛えた俺の目から見ても、彼女たちの放つ力は自然の脅威に匹敵するものだった。
チャービルとかいう赤髪の娘が放つ炎は、ただ燃え盛るだけじゃない。
根元は溶けた鉄のように深紅に輝き、先端は目に眩しい白光を放っている。
地面を溶かし、空気を震わせる熱波は離れていても肌がひりつくほどだ。
対照的にディルという金髪の娘は、無数の光の粒子を操る。
キラキラと舞う粒子は美しいが、ひとたび収束すれば、岩をも穿つ鋭い光線へと変わる。
まさに光そのものを武器にしているようだ。
紫髪のローレルは天候すら操るのか、指先から空を引き裂くような稲妻を放つ。
轟音と共に地面を焦土に変える様は神の怒りそのものだ。
アリス姫の側近だが、俺を見る目がどうにも剣呑で困る。
緑髪のアロマティカスもそうだ。
彼女が地面に触れると、足元から色とりどりの植物が瞬く間に生い茂る。
甘い香りが漂い、一見すると穏やかな魔法だが、その花や蔦には鋭い棘や毒が仕込まれているらしい。
土と生命力を操る、厄介な魔法だ。
クレマンティーヌが旅先から連れてきたという、幼い少女たちも末恐ろしい。
水色の髪のタイムは優雅な仕草で巨大な水の渦を操り、触れるもの全てを凍てつかせそうな冷気を放つ。
白色の髪のフェンネルは空気中の水分を瞬時に凍らせ、鋭利な氷の槍や巨大な氷壁を作り出す。
そして……妹のマツバが静かに目を閉じると、周囲に濃密な闇が広がる。
それは光を飲み込み、音すら吸い込むような絶対的な静寂。
闇の中から黒曜石のような鋭い棘が無数に伸び出し、地面に深い亀裂を刻む。
予知能力だけでなく、これほどの闇魔法まで使えたのか。
さすが俺の妹だ。
クレマンティーヌはそんな弟子たちの成長ぶりを満足げに眺めていたが、特にマツバの闇魔法にひときわ強い興味を示しているようだった。
「ふむ、マツバの闇魔法……まだ粗削りではあるけれど、これは私の予想を遥かに超える伸び代を秘めているさね。磨けば、あるいは私すら凌駕するかもしれない。もっとも、一つの属性だけを極めても、いずれ限界は来るだろうけどねえ」
含みのある言葉に、マツバはただ静かに師を見つめている。
他の少女たちは自分たちの魔法を披露し終え、どこか誇らしげだ。
「ちょっとぉ! クレア! 私と姉様の評価はどうなのよ!」
「そうです! 私だって負けていませんでしたよ! むしろ、今日の私、最高にイケてたと思うんですけど!」
「ぐぬぬ……悔しいけど、今日はちょっとだけ姉様の方がキレが良かったかも……」
アニス姫が師匠に詰め寄り、アリス姫が自画自賛し、それにアニス姫が少し悔しそうに同意する。
いつもの光景だ。クレマンティーヌはそんな2人を見て、悪戯っぽく微笑んだ。
「はいはい、わかってるさね。全属性を高いレベルで使いこなす君たち2人が、私に一番近い実力を持っていることは認めてあげるよ。じゃあ、その実力、この私相手に試してみるかね?」
クレマンティーヌの言葉にアリス姫とアニス姫の顔色が変わる。
挑戦的な光を瞳に宿し、互いに頷き合うと、練兵場の中央へと進み出た。
クレマンティーヌもまた、ふわりと風に乗り、姉妹と対峙する。
見習いたちが固唾を飲んで見守る中、師弟による本気の模擬戦が始まろうとしていた。
俺も、思わず息を詰める。
「「いざ!」」
アリス姫とアニス姫の掛け声と同時に、凄まじい魔力がぶつかり合った!
先手を取ったのはアリス姫だ。
練兵場に残っていた水を瞬時に集め、巨大な水の龍を形成する。
氷のような冷気を纏い、咆哮を上げながらクレマンティーヌに襲い掛かる!
対するクレマンティーヌは余裕の笑みでそれを迎え撃つ。
最小限の動きで水龍の牙を避け、指先から放たれた風の刃が、まるでバターを切るように龍の巨体を切り裂いた。
「やるじゃない、姉様!」
「アニス、合わせるわよ!」
アリス姫が防御と牽制に回る。
水の盾を展開し、氷の矢を連射してクレマンティーヌの動きを封じにかかる。
その隙を突き、アニス姫が渾身の炎魔法を放つ!
チャービルの炎にも劣らない、白く輝く灼熱の炎が渦を巻き、巨大な火柱となってクレマンティーヌを飲み込もうとする!
「甘いさね」
クレマンティーヌは呟くと、右手に雷を、左手に風を集束させる。
炎の渦が迫る寸前、地面を蹴って高く跳躍。
空中で雷撃を放ち、アリス姫の水の盾を砕くと同時に、風の障壁を展開してアニス姫の炎を防ぎきる。
それだけではない。防いだ炎の勢いを利用し、自身の風魔法でさらに加速させ、姉妹へと送り返したのだ!
「きゃあっ!」
「うわっ!」
姉妹は咄嗟に防御魔法を展開するが、クレマンティーヌによって勢いを増して送り返された炎に押され、体勢を崩される。
クレマンティーヌはその一瞬の隙を逃さない。
地を滑るように移動して姉妹の懐へ入り、目にも留まらぬ速さで放たれた魔力弾が、寸分違わず2人の鳩尾を捉えた。
「ぐっ……!」
「あぅ……!」
数分間の激しい攻防。
姉妹は持てる力の限りを尽くし、見事な連携を見せた。
だがクレマンティーヌの経験、技術、純粋な魔力量はそれを遥かに凌駕していた。
魔法の精度、状況判断、体術に至る全てが圧倒的だ。
プスプスと小さな音を立てて魔力切れを起こし、アリス姫とアニス姫は力なく地面に倒れ伏している。
「アニス様! アリス様!」
真っ先に駆け寄ったのはマツバだった。
俺の妹は倒れた2人を守るように、小さな身体でクレマンティーヌの前に立ちはだかる。
妹の瞳には恐怖よりも強い忠誠心が宿っていた。
「あら? 忠誠心が高いのは良いことだけど、無謀さね」
クレマンティーヌが冷ややかに言う。
他の見習いたちは師匠の圧倒的な実力と、模擬戦とはいえ容赦のない一撃に完全に気圧され、動けずにいる。
ローレルやアロマティカスですら、悔しそうに唇を噛むだけで、師匠に逆らうことはできないようだ。
あるいはこれがクレマンティーヌの指導であり、手出しは無用だと理解しているのかもしれない。
だが、俺は違う。マツバが危ない!
「やめろ!」
俺は咄嗟にマツバの前に飛び出していた。
クレマンティーヌは一瞬驚いた顔をしたが、すぐに面白そうな表情に変わる。
「ほう? 君が割って入るのかい? キルアの戦士」
「妹と……この人たちに、それ以上手出しはさせん!」
そうだ。俺はディンレルに強制的に連れてこられた。
奴隷という扱いも受けている。
だが、この数日、アリス姫とアニス姫の民に向ける優しい眼差しや、一生懸命な姿を見てきた。
マツバを救ってくれた恩もある。
この人たちが傷つくのを、ただ見ているわけにはいかない。
奴隷だからじゃない、俺がそうしたいからだ。
「ふうん? なかなか良い目をするじゃないか。アリス姫の騎士気取りかい? いいだろう、じゃあ、君にも少し手合わせしてあげるさね。あんたは武器は何が得意なんだい?」
「武器がなくとも、この身で王女を護る! それが俺がここにいる意味だ!」
「クスッ。それじゃあ、護衛失格さね」
マツバが闇の力を放とうとしたが、クレマンティーヌはそれを見逃さず、指先一つで力を霧散させると同時に、軽い衝撃でマツバの意識を刈り取った。
クレマンティーヌが軽く手を振るった次の瞬間、見えない衝撃が俺の身体を打ち、地面に叩きつけられてしまう。
「くっ……!」
身体が痺れて動かない。
それでも俺は、クレマンティーヌが倒れているアリス姫たちに再び手をかざすのを睨みつけた。
「よせ! やめろおおおおおおおお!」
俺の悲痛な叫びが練兵場に響く。
だが、クレマンティーヌは俺の叫びを意に介さず、身体から光を放ち始めた。
それは攻撃的な魔力の色ではない。
温かく、神々しい、まるで……祝福のような光。
「なっ⁉」
俺がきょとんとしていると、背後でくすくすと笑い声が聞こえた。
見れば他の見習いたちが、俺の反応を見て笑っている。
意味を理解したのは光が収まった直後だった。
「う~ん……気絶してたなんて、屈辱だわ~」
「でも、本気のクレアの片鱗を見られた気がします。感謝しないとですね、姉様」
さっきまで倒れていたはずのアリス姫とアニス姫が、まるで何事もなかったかのように、むくりと起き上がったのだ。
傷一つない。マツバも、きょろきょろと状況を確認した後、アニス姫に駆け寄って無事を確かめている。
「はい、次は君の番さね」
クレマンティーヌが俺の傍らに屈み込み、温かい光の手を俺にかざす。
痺れや痛みが嘘のように消え去り、力がみなぎってくる。
「うふふ。なかなか男気のあるところを見せてもらったさね。『王女を護る!それが俺がここにいる意味だ!』……か。実にカッコよかったよ」
からかうような口調。
だが、銀色の瞳の奥には慈愛のようなものが揺らめいている……気がした。
「魔女で……聖女だと⁉ あなたは一体……?」
「あら? そんなことより、今の台詞、アリス姫にはどう聞こえたかねえ?」
クレマンティーヌが悪戯っぽくアリス姫に視線を送る。
「ちょっ! 先生! 何を訳の分からないことを言ってるんですか!」
アリス姫が顔を真っ赤にして抗議する。
それを見たアニス姫が「あらあら~姉様ったら~」とニヤニヤし、ローレルとアロマティカスからは再び殺気にも似た敵意が俺に向けられる。
ディルとチャービルは呆れたように肩をすくめ、マツバは頭の上に疑問符を浮かべて首を傾げている。
幼いタイムとフェンネルはよくわからないけど師匠が凄い、と思ったのか、クレマンティーヌに抱きついていく。
いつもの喧騒が戻ってきた。
この光景を見て、俺の中に今まで感じたことのない温かい感情が込み上げてくるのを感じてしまう。
それが何かはまだ上手く言葉にできない。
この騒がしいディンレルの王女姉妹と魔女たちに対して、もはや敵意など微塵も感じない。
それどころか、胸の内に好意が芽生え始めているのをはっきりと自覚した。
「クレマンティーヌ殿」
俺は立ち上がり、真っ直ぐに彼女を見据えた。
「俺の得意な武器は剣だ。是非、次は剣で手合わせ願いたい」
「真面目か!」
アリス姫からの鋭いツッコミが飛んできて、練兵場に再び笑い声が響いた。
「兄様の剣はキルアで一番……いえ、大陸一です! 私が太鼓判を押します!」
マツバがふんす、と得意げに胸を張る。そんな様子を見て、アニス姫たちがまた楽しそうに笑い合う。
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