うら若き魔女の王女が恋をして、魔王になるまでの日々

ハムえっぐ

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第22話 視えた未来は?

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 リザードマンの族長代理であるリフリーガから話を聞いたアニスは、姉のアリスや側近の魔女たち、師であるクレマンティーヌに語るべきだと判断した。

 理由は父王や重臣たちがマツバの話を蒸し返し、彼らを処刑しかねないと危惧したからだ。
 娘である姉と自分を尊重してくれた母はもうこの世にいない。
 処刑されるのを防ごうとすれば、必ず父と対立し、決定的な軋轢を生むことになるだろう。

 だが残念ながら、クレマンティーヌは出張中で見つからなかった。
 どうやら、とこしえの森のエルフの女王フォレスタが家出してしまい、捜索に駆り出されたそうだ。

「マツバ。去年、王国が滅びる夢を見たというけど、どんな夢だったか思い出せないかな?」

 アニスは真剣な目でマツバへ向き合った。
 アニスが教会に張り巡らせた遮音魔法が、周囲のざわめきをすっかり遮断する。

 マツバは少し俯いていたが、やがて顔を上げ、緊張を伴った声で語り始める。

「私が見た夢は大きな街が炎に包まれる光景です。見たことのない建物が多かったので、起きてから兄様あにさまに、白い大きなお城や、立派な教会がある場所って何処だろうと尋ねました。すると兄様はリュンカーラじゃないか? と教えてくれました」

 ヒイラギは頷いた。

「そうだ。リュンカーラのことだと思う」

「その話が漏れて、お父様の耳に入り、軍勢を率いてキルア族に攻めたのね。本当にお父様も短気なんだから!」

 アリスは父への不満を口にするが、表情には不安と苦笑が入り混じっている。
 もし父が攻め込まなければ、ヒイラギと出会うこともなかったのかもしれない、という複雑な思いが彼女の胸にはあったから。

「キルアの巫女の予知の的中率は5割を超える、って評判になってたよね。だから陛下も気が気じゃなくなったのかも」

 ローレルがため息をつく。

「その後、捕虜になってキルア族が奴隷になるって予知もしてたって言ってたっけ。実際は陛下はマツバを処刑しようとして、アリス姫様とアニス姫様に助けられたんだけど、そこんところも予知していたの?」

 アロマティカスが興味深げに尋ねる。

「私が予知したのは私が処刑されますが、多くが奴隷にされる一方で部族は滅びないという内容でした。ですので、父様ちちさま兄様あにさまは被害を最小限にする方策を考え、100人の部族が捕虜にされるも、それ以外の者は逃げられるようにしました」

 マツバは静かに自信を持って説明する。

「徹底抗戦を主張する者も多くいた。俺もその1人だ。だが、戦力差は大きく、キルア族の全滅は避けられなかっただろう。だから俺は妹を死なせてたまるかと、共に捕虜となり、ディンレル王をあわよくば殺し、王宮で暴れて妹のディンレル王国滅亡の予知を現実にする計画を立てた。捕虜の人選も、計画を可能にするためのものだった」

 ヒイラギは力強く語った。

「兄様。兄様はそれだから女子からモテないのです。妹にすら恥をかかせようとしてたなんて、モテないのも当然です!」

 マツバはムスッと頬を膨らませると、ヒイラギはムッとして反論する。

「何を言う。妹を殺されてたまるか……だが、俺の計画も、マツバの処刑されるという予知も、アリス姫とアニス姫の登場によって全て水泡に帰した」

 突如として現れた姉妹は、まるで嵐のようにキルアの捕虜全員をキルアの大地に転移させる。
 絶句するとはまさにこのことだった。

「私の予知に、こんな展開はありませんでした。いつも命を失う者、殺される者の未来しか見なかったのです。ですので、興味が湧きました。私の予知をあっさり覆したアリス様とアニス様に。……すみません、先に謝っておきます。あの時、王妃様に説教されるアリス様とアニス様の予知が少し見えました。10年後、どちらも生きている程度のことですが。……ですので確信しました。ディンレル王国が滅ぶという予知は覆されたのだと」

 両姫が10年後も生きているという予知に、ホッとする魔女たち。沈黙の中に安心が広がっていく。

「ねえねえ、マツバの予知って半分の的中率なんだよね? じゃあ、ディンレル王国が滅ぶ予知が当たってて、10年後の予知がハズレている可能性もあるの?」

 タイムが疑問を挟む。

「それはないよ。夢と違って対面で直接視たんだ。マツバの魔力なら100%当たる。それが10年後の予知なんだ」

 書物に詳しいディルが確信を持って告げる。

 マツバは魔力がまだ成長途中で、自由に未来予知を発動させることはできないとはいえ、直接視た予知でハズレたことは一度もない。

「初めて会った時の、フェンネルとタイムの不意打ちを防いだのも、ちゃんと視えたからなんだ」

「ふうん? そんなのまで視えるんだ? でも、狙って見れないのは不便ね」

 フェンネルが不思議そうに言った。

「それで、ちょっと話が逸れるけど聞いていいか? 10年後のアリス姫様とアニスはどんな感じで視えたの?」

 チャービルがマツバへ訊く。

 全員が気になっていたようで、一斉にマツバへと視線を集中させる。

「う~ん。聞きたくないような知りたいような。……ちょっと待って! 10年後って、私、24歳でしょ? 誰かと結婚して子供を産んでそうじゃない? 横に、誰か知らない男の人が視えてたら言わないでマツバ! いや、待って。やっぱ知りたいかも」

 魔法バカと言われているアニスも、実は乙女であり恋愛に凄く興味を持っているのだ。
 あたふたするアニスに、アリスは水魔法を浴びせた。

「アニス、落ち着きなさい」

「んなっ⁉ 姉様! 姉様もこういう話で慌てふためくはずなのに、何故冷静なんですか⁉」

「フッ。大人の余裕よ。ねえマツバ、私にはこれだけ答えて。10年後の私の横にはヒイラギがいた?」

 アリスの口から自分の名が出ると、ヒイラギは顔を紅潮させ、心臓を高鳴らせる。

「はい。玉座に座るアリス様の横に、兄様がいました」

 まるで当然のように告げるマツバ。
 アリスは答えを聞いて、満面の笑みを浮かべた。

 アニスや魔女たちとエルフ姉妹は、ニマニマしながらアリスとヒイラギの様子を眺める。
 当のヒイラギは、ザックスとササスに腹にグイグイと肘鉄を食らっていた。

「そ、それは近衛隊長的な、可能性が⁉」

 ヒイラギは顔を真っ赤にしている。

「うわあ、最低な男ね~」

「逃げを作ってるわよ~、こいつ」

 エルフ姉妹がジト目で呟く。

「へへ、ヒイラギの旦那、逃げられませんぜ。ここは男らしくビシッと言っておくべきですぜ」

「言う勇気が無ければ、俺のお酒をあげますよ」

 ササスとザックスも茶化し、ヒイラギの逃げ道を塞いだ。

 アリスはゆっくりとヒイラギに近づき、彼の目を見つめる。
 言葉にしてほしい、とでも言わんばかりに。

「……アリス姫。リュンカーラの処刑場で初めて見た時から、俺の心は貴女に奪われたままです。俺、ヒイラギは貴女をお慕いしております」

「ヒイラギ。私もよ。貴方に一目惚れしたのよ」

 突然の公開告白に、一同は硬直し、その後一斉に拍手喝采が送られた。

(……え? なにこの茶番)

 2人の経緯を知らないリフリーガはそう思ったが、口にする雰囲気ではない。

「えっと、なんか良い雰囲気で悪いが、凶兆の話に戻していいか?」

「いえ、リフリーガさん。しばしお待ち下さい。アニスの10年後も聞いておかないと、この話は終わりません。マツバ、アニスの10年後はどのような感じだったんですか?」

 アリスの発言に、再び一同はマツバに目を向けた。

「もう、私はいいのに。でも独り身だったら凹むかも。あと、地方領主のお嫁はやだなあ。リュンカーラでみんなと一緒にいたいかも、なんて」

 アニスは照れながら語る。

「私が視たアニス様は魔法をぶっ放していました。凄く綺麗な金色の光に包まれていました」

「……はい?」

「アニス様は、大人になってもかっこよかったのです」

 フンスと誇らしげな表情のマツバに、アニスは固まった。

「フフ。アニスったら今と変わらない、おてんば姫のままだってこと?」

「ああ、うん。なんか想像通りね。結婚してなさそう」

 ディルとチャービルが、お腹を抱えて笑いながら言った。

「ちょっ⁉ ディル、チャービル! 一言多い! ……グスン。一生独身かあ」

 アニスは落ち込んだ。
 まさか10年後も落ち着いていなくて、魔法をぶっ放している自分だとは。

「ねえねえマツバ。私たちは?」

 タイムとフェンネルの童女コンビも未来が気になるのか、マツバの袖をつかみ、上目遣いで尋ねる。

「まだ視えてないからゴメンね」

「「ちぇ、視えたら教えてよね~」」

 ローレルとアロマティカス、ディルとチャービルも少し気になっているようだ。

 ディンレル王国の両姫に仕える、7人の見習い宮廷魔術師たち。
 皆が願うのは両姫が幸せな未来を迎えること。
 それが、きっと自分たちも両姫の側で幸せに暮らすことに繋がるのだと信じている。

 口元が緩むマツバだったが、その瞬間、突如脳裏に鮮烈な映像が浮かぶ。

 血溜まりに囲まれた死体の山。
 円卓を囲む7人の赤髪、金髪、白髪、水髪、黒髪、紫髪、緑髪の老婆たち。

(何? 今の?)

「ちょっ⁉ マツバ!」

 意識を失ったマツバを、アニスは慌てて抱きとめた。
 
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