【魔女ローゼマリー伝説】~5歳で存在を忘れられた元王女の私だけど、自称美少女天才魔女として世界を救うために冒険したいと思います!~

ハムえっぐ

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第6章 雪原は鮮血に染まる

第8話 お見舞い品の感想は?

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 ー大陸暦1118年ー

 リョウとクレアは王都に戻り、魔導具店の店主に報告すると、店主は目を丸くして驚き、すぐに安堵の表情を浮かべた。

「おお、リョウ殿! まさか本当に仕留めてくるとは! いやはや見事! これで厄介事が一つ片付いたわい!」

 店主は約束通り、サンストーン・グレイプの原体をリョウに手渡す。
 傍らで顛末を聞いていたクレアに、店主は小さな革袋を差し出した。

「クレア殿にも情報提供と大ウグイ運搬の礼じゃ。少ないが受け取ってくだされ」

 中には小金貨が一枚。
 クレアはそれを受け取り、店主に尋ねた。

「あの少年なら、倒すと信じていたのかね?」

「……はっはっは、まさか。だがリョウ殿なら、何かを起こすかもとは思っとったよ。あの一帯は荒くれ者が多くてな。下手に討伐隊を組んでも、奴らとの揉め事で失敗する。陛下や宰相閣下がご不在で、他の英雄殿たちも病と聞き、頭を抱えていたところじゃった。リョウ殿が現れてくれて、正直助かったわい」

 店主の言葉に、クレアは(なるほど、そういう役割も期待されていたのか)と内心で納得した。
 リョウが手にしたサンストーン・グレイプと、交渉で確保した高級果実を見て、クレアは彼に向き直る。
 ふわりと、彼女の特製香油の微かな香りがリョウの鼻をくすぐった。

「それじゃあ、私はこれで旅立つさね。君の仲間たちが、早く良くなるといいねえ」

「クレア殿、本当に世話になりました。このご恩は忘れません。また、どこかでお会いできる日を」

 リョウが深々と頭を下げる。
 その律儀な姿に、クレアはふと遠い過去を思い描いた。

(……あの時も、こうだったかねえ……)

 千年以上も前の記憶。
 意地っ張りなドワーフ王シュタインが、人間の使者と大喧嘩。一触即発の危機になった。
 自分が間に立ち、根気強く対話し仲裁した。
 礼にシュタインが鍛えた漆黒の剣を貰い、それをディンレル王女アリスの側仕え、誠実で強い瞳のキルア族の青年、ヒイラギに譲った日のこと。

 リョウの真っ直ぐな瞳と、仲間を思うひたむきさが、あの頃のヒイラギと重なる。
 だが感傷に浸る時間は短い。

「達者でね、リョウ・アルバース。君の武運を祈っているさね」

 クレアは穏やかに微笑み、リョウに背を向けた。
 微笑みの奥には、単なる別れの挨拶だけでない打算と、かつての友人に似た少年への微かな感傷が隠されていたが、リョウは気づかない。

 リョウ自身も、クレアとの短い濃密な交流、助言や言葉にならない励ましを胸に刻んでいた。
 サンストーン・グレイプや高級果物。
 それらは見舞い品以上の、彼女との奇妙な縁の証のようだ。
 彼女の博識、落ち着き、時折見せる寂寥感漂う微笑み……彼女は何者なのか。
 疑問が、リョウの心に小さな棘のように残った。

(……そうだ。大ウグイの売却益と、これまでの報酬で貯めた金がある。以前から考えていた、あれを買うにはちょうど良いかもしれん)

 リョウは仲間たちの待つ王宮へ戻る前に、ある場所へ立ち寄った。

 ***

 王宮の部屋に戻ると、ローゼたちはベッドから起き上がり、侍女が用意した軽めの夕食を楽しんでいた。
 熱はまだあるようだが、顔色はずいぶん良い。

「あっ! リョウ、お帰りなさい! わあ、すごい! こんなにたくさんの果物! これ全部、リョウが私たちのために?」

 ローゼが目を輝かせ、リョウが抱える大きな籠を見つめる。

「傭兵! ブラックベリーは⁉ まさか手に入らなかったんじゃ………って、何これ? ジャムじゃないの!」

 ベレニスは一瞬不満げだったが、ジャム瓶を開け、指ですくって舐めると「んん~っ!」と満足げに頬を緩ませた。
 すぐにパンにたっぷり塗り、大きな口で頬張り至福の表情で目を閉じる。

「おおっ! リョウ様、正直期待してなかったっすが、これは見事な梨っす! この甘みとシャリシャリ感! 歯ごたえ抜群っす! ありがとうっす! ちょっと見直したっすよ!」

 フィーリアは大ぶりの梨に豪快に齧りつき、溢れる果汁で口の周りを濡らしながら満足そうに頷いた。

「まさか……遠くパルケニアから離れたこのファインダで、故郷レスティアのリンゴと同じ風味に出会えるなんて。……リョウ様、感謝いたします。初めて……ええ、初めて戦い以外で、わたくしの期待を大きく超えてくださいました」

 ヴィレッタはナイフで丁寧にリンゴの皮を剥き、薄く切って一口一口、故郷を思い出すように味わった。

「おおー! 師匠! これです、これ! 私が食べたかったマンゴーです! 南国でしか味わえない、この口の中でとろける濃厚な甘さ……最高です! いくらでも食べられます!」

 レオノールはマンゴーを受け取るや否や、かぶりつき、あっという間に平らげた。
 侍女に窘められても、どこ吹く風だ。

「ふふ、まさか本当に手に入れてくれるなんて~。サンストーン・グレイプだよね? これ、とこしえの森でもすごく貴重だったんだ。いい香り……もぐもぐ……ん~、ぷはぁ。美味しい~」

 クリスはオレンジ色に輝く果実を、小さな口で幸せそうに頬張り、うっとり目を細めた。

「このイチゴ、すごく美味しい! 粒も大きいし、甘さと酸味のバランスが絶妙だよ! これ、すごく高かったんじゃない? 無理しちゃって……えへへ……でも、ありがとう、リョウ。嬉しい」

 ローゼは真っ赤な大粒のイチゴを手に取り、愛おしそうに見つめ、一粒一粒大切そうに口に運んだ。

 仲間たちの満面の笑みと感謝の言葉に、リョウは苦労が報われたような温かい充足感に包まれた。
 よかった、間に合って。頑張ってよかった。

 だが……なぜだろう。心のどこかに、妙な落ち着かなさが残る。
 クレアとの別れ際の光景が、脳裏にちらつく。
 彼女の言葉、微笑み。今も鼻の奥に残るような微かな香油の香り。
 それらが単なる気のせいでは片付けられない、何か説明のつかない引っかかりを感じさせる。
 あれほどの知識と立ち居振る舞いの人物が、なぜ今まで名を知られていなかったのか。その違和感が拭えない。

「……ところでリョウ」

 不意に、ローゼがじっとリョウを見つめて言った。

「リョウから、なんだか……知らない女の人の香水の匂いがするんだけど?」

「ん? クンクン……あ、本当だ。いい匂いだね~。でも、リョウからは魚臭い匂いの方が強いのに、ローゼ、鼻がいいんだね~」

 クリスがのんきに相槌を打つと、途端に他の少女たちの視線も、詮索するようにリョウへ突き刺さった。

(嘘だろ⁉)

 リョウは内心で叫ぶ。たしかにクレアからは常に微かに良い香りがした。
 けれどそれは本当に微量で、リョウ自身、言われるまで意識していなかったほどだ。
 なのに、なぜローゼは気づくんだ⁉
 動揺を悟られまいと、リョウは咄嗟に話題を変えた。

「そ、そうだ! みんなが寝込んでいる間に、移動用の馬車を買っておいた。これからの旅に必要だろう。御者は俺がやる」

 リョウの突然の告白に、少女たちの目が点になる。

「は……? 馬車? 一体いくら使ったの? 私たちに一言も相談なしに⁉」

 ローゼが代表して詰め寄る。他のメンバーも唖然としたり、呆れたり、疑念の目を向けたりしている。

 リョウに促され、半信半疑で外に出ると、立派な幌付きの大型馬車が停まっていた。
 毛艶の良い頑丈そうな馬が二頭繋がれている。

「こ、これは……」

 ヴィレッタが息をのむ。

「軽く見積もっても小金貨8枚は下らない代物っすよ……リョウ様、これまでの貯金をほとんどつぎ込んだんじゃ……?」

 フィーリアがジト目でリョウを見る。

 幌の中は、大人10人が余裕で寝泊まりできそうな広さで、食料や水を保存する樽や木箱も綺麗に積まれていた。
 御者台も広く、快適そうだ。

 馬たちはローゼを見ると、なぜかニヤリと歯を見せて笑ったように見えた。

「こいつらの名前はフタエゴとバラオビだ。以前、ダリム宰相から紹介された馬商人の店で見かけてな。ずっと気になっていたんだ。今回の報酬と貯金で、ようやく手が届いた」

 リョウは2頭の馬のたてがみを誇らしげに撫でる。

「馬車自体は素晴らしいものっすけど……リョウ様は武具とかこういう道具を見る目は一流っすねえ。はあ……でも、こんな高価な買い物を相談なしにするなんて、これだからこの人は……」

 フィーリアが深いため息をつく。

「フタエゴとバラオビ、ですか? 何か特別な意味がある名前なのでしょうか?」

 ヴィレッタが興味深そうに馬を見つめる。

「ちょっとアンタたち! 新入りは私の言うことを聞きなさい! おすわり! おーすーわーり!」

 ベレニスが女王様然として馬たちに命令するが、馬たちは鼻で笑うように無視している。

(……絶対こいつら、普通の馬じゃないよね)

 ローゼは確信に近い思いでため息をついた。

「まあまあ、いいじゃない~。これなら雪道でも安心だし、丈夫そうだから……いざとなったら非常食にもなりそうだしね~」

 クリスがじゅるりと涎を垂らしながら馬たちを見つめると、2頭の馬はサッと青ざめ、クリスに向かって恭しく跪いた。

(いや賢すぎでしょ! 本当にただの馬なの⁉)

 ローゼはもはやツッコむ気力も失せていた。

「これで金は底をついたが、良い買い物をした。馬具も全て新調した。みんなの体調が完全に回復したら、ガーデリア地方へ出立しよう」

 リョウの言葉にローゼたちは一応頷いた。
 だが苦労して果物を集めてくれた彼への感謝は、相談なしの高額な買い物によって、かなり相殺されてしまっていた。
 どうしてこの男は、こういう大事なことを1人で決めてしまうのか……と、全員が呆れと不満の入り混じった視線をリョウに送るのだった。

 ちなみに、フタエゴとバラオビという名前は馬肉の部位の名称である。
 後にそれを知ったヴィレッタが、恐ろしい剣幕でリョウに説教するのだが、その頃には2頭の馬の名前に慣れており、変わることはなかった。

 リョウの株が、またしても急落することになるのは言うまでもない。
 
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