デッフェでお逢いしましょう――デッフェコレクション1――

せとかぜ染鞠

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「何が『デッフェでお逢いしましょう』だ!」巣沼は外に出るなり,玄関脇にかかるプレートを拳で叩いた。「ただのぼったくり屋じゃないか!」
「お客さま,本日は誠にありがとうございます! 次回のお運びを心よりお待ち申しあげております! お近くにおいでの際にはお喋りがてらお気軽にお立ちよりくださいませ!」
「いや,おかしいだろ!――」巣沼が僕に怒鳴りつけた。「何を朗らかに挨拶してくれてんだ! おたくの社長の話を聞いてたろ? 今週中に退会手続きをとれってのたまわれたのさ」
「済みません――お客さまをお見送りする際の御挨拶として研修で習ったものですから」
「習ったことをそのまま使えばいいってもんじゃないだろ。状況で判断しろよ――」
「仰るとおりです。では――平穏な日々が訪れますように。お祈り申しあげます」両手をあわせて頭をさげる。
「……何か居心地が悪いな……君,幾らもらってんの? そんなかに僕の払った金も入ってんだよ」
「お給料については何も聞いていません」
「給料について聞かないまま働いてんの?……大丈夫? ここブラックじゃないの? あの社長,如何にも危ない方面の人間でしょ? ヤクザだったりして?――社長の押しが強くって,会員は紹介された話を断れないのさ。ほら,怒らせると何されるか分かんないじゃない? 成婚率の高さの秘訣は恐怖支配にあるんだよ」
「……」
「……調子狂っちゃうな……まあ,君に何を言ったところで,気持ちが晴れるわけでもなし……」
「心中お察しします。何かお手伝いできることがありますか」
「……本気でもないくせに,上っ面な言葉を羅列するの,やめてくんない?」
「……」
「……じゃあさ,じゃあ手伝ってよ。自分で彼女の浮気相手を見つけだすから,君も付きあってよ――」
「……」
「ほら,どうせ無理だろ! それ見たことか! 君らみたいな人間は親切そうに振るまってるが,いざとなると,とんずらなのさ――」
「あなたさまのお気が済むなら,お付きあいしましょう――全身全霊を捧げ御奉仕いたします。では参りましょう」
「……全身全霊って……そこまで求めてないんだけど……ちょっと恐いな。社長とは別の意味でかなり恐いよ……」
 巣沼は喋りつづけながら,街の中心部にほど近い高層ビルの密集地帯へと僕をつれてきた。そして群を抜いて一際高く聳えたつマンションの頂点を指さす。落陽に染めぬかれたそのビルの最上階に星雲母が住んでいるのだと。
 最近はユーチューブ以外にテレビのコメンテーターやCMの仕事が増えて彼女の帰宅しない日も多いらしい。
「雲母さんの行動を調べはじめて長いのですか?」
「何だよ,気持ち悪いって言いたいんだろ! どうせストーカーだよ! ああ,僕はストーカーだ!」
「いえいえ,他意はないのです。尾行や監視をはじめてどのくらい経ちますか?」
「尾行とか監視とか言うなよ! 立派なストーカー行為だってことを正面から突きつけられてるみたいだろ!」
「……」
「……ちょ,ちょっとだよ。そんなに長くストーカーしてない……」
「1日ですか? それとも3日?」
「3箇月だよ!」
「その間に彼女が男性を伴って帰宅したことはありますか?」
「ないよ! あったらとっくにスマホでカシャッてしてるさ!」
「それならば彼女は浮気をしていないのです。おめでとうございます!」
「あはっ! そうか? ありがとう!――」
上気した顔面がかたまった。「――いや,違うだろ。浮気の証拠を突きつけて雲母も社長もギャフンと言わせてやりたいんだよ」
「ぎゃふんと言わせて,それからどうなりますか?」
「慰謝料をしこたま分捕ってやるのさ」
「巣沼さんのお気持ちはそれで晴れますか?」
「それは……」足もとに視線を落としたまま口を噤んでしまう。
「伽藍堂に頼んでみます――もう1度雲母さんと話しあわれる機会をもたれては如何です?」
「彼女は聞く耳なんかもっちゃいない! 地元と縁を切らなきゃ,何もかも終わりだと言い張ってんだよ!」
「地元と縁を切るならば復縁にも応じるということでしょうか。雲母さんはまだ巣沼さんを愛しているのかもしれない」
 巣沼がうずくまった。
「雲母さんを選ぶか地元を選ぶか――難しい選択ですね。でも答えは疾うに出ているのではありませんか。ストーカーになるぐらいですから」
「ストーカーって言うな!」巣沼が立ちあがる。「世の中,簡単に割りきれる問題ばかりじゃないんだよ。どんなに雲母を愛していたって死ぬまで僕は地元と縁を切れやしない」
 巣沼は俯いたまま早足で歩きはじめた。
「帰るのですか?」
「くだらないことはやめた! 時間の無駄だ!」
「もうじき戻ってくるかもしれません」
「どうせ局の奴らと朝まで飲み会だ!」
「朝まで待ちますか」
「この寒空の下で馬鹿やれるかよ! かわりにやっとけ!」
「はい,全身全霊を捧げ御奉仕いたします」
 巣沼は一旦足をとめたが,そのまま行ってしまった。すぐに日も暮れた。
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