デッフェでお逢いしましょう――デッフェコレクション1――

せとかぜ染鞠

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3 未練の人

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 デッフェとはアイ系カフェ・・の略語だという。また立食を楽しみながら交流をはかるパーティーも催しているためにビュッフェの意味も兼ねているらしい。
 ここでは会員のあらゆる要望に応えることをモットーとしている。会員になりさえすれば,家柄や社会的地位,年収などに大きな格差のある相手とは無論,性別を同じくする相手との縁結びにむけても全面的にバックアップする。意中の相手が会員でなくとも仲をとりもつサービスが同業の他社にはない売り物として人気だとか――
「元々モーションをかけてきたのは彼女のほうじゃありませんか。彼女があなた方を使って,私をこちらのバイキングパーティーへ招いたのが交際の切っかけです。あなた方の熱心な勧めもあって会員にまでなったのに,今更別れろなんて――到底承服できませんよ。私は結婚を条件に交際をはじめたんです。彼女だって納得ずくで交際にオーケーしたんじゃないですか。私はね――」と言いかけてひどく咳きこむ。
 巣沼すぬま貢義みつぎの不満の訴えは既に1時間以上も続いていた。むせかえりが治まると緑茶を一気に呷り,再び咳きこんだ。 
 隣に座ったノブ代が背中をさすると,丸めた上半身が小刻みに震えた。泣いているのだ。
「44歳になるまで仕事をがむしゃらに頑張ってきました。一級建築士の資格も取得して仕事だけに専念してきたんです。上司や部下からの信頼も得られて満足していました。正直,結婚なんてどうでもよかった――そんなときに彼女が現れたんです。それまでの自分の生活が馬鹿らしく思えました。世の中にはこれほど楽しいことがあったのに,自分は何も知らずに,くそ真面目なだけの薄っぺらい時間を過ごしてきたものだと――」
「あなたは社会に貢献する大きな仕事を幾つも成しとげられた。つまりとても有意義な時間を過ごしてこられたということです」伽藍堂が言った。
「いいえ――」首を左右に振る。「彼女と過ごす時間に比べれば,実に味気なく無意味なものです」
「それほど雲母さんを愛しておられるなら,彼女の要求を受けいれてさしあげれば宜しいではありませんか」
 巣沼がびくりと痙攣するような動きを見せた。
「雲母さんから聞いていますよ――地元との付きあいをってほしいとお願いしたものの,聞きいれてもらえなかったと」
「私は1人息子なんですよ!」勢いこんで顔をあげ,唾を散らせた。「いずれは実家の工務店を継がなきゃならない! 地元の人間との繫がりを抜きにして生きられるわけがない!」
「だったら巣沼さんと雲母さんとの関係は終了です」伽藍堂が声色をかえて踏んぞりかえった。
「そんな!――」応接台を両手で叩く。「そうか!――彼女のほうが私より高い金を払ってるから,あっちの味方をしてるんだな!」
「だったら,どうだと仰るんです?」
 巣沼は中途半端な口の開閉を続けながら,すがりつくみたいな表情で伽藍堂を見ていたが,俄かに思いついたように「そうだ,そうだ――契約書,契約書――」と呟きつつ,アタッシェケースからぼろぼろの書類をとりだした。「これを見てください!――赤でアンダーラインを引いた部分です! 相手に不義理が認められた場合には,こちらの申立てが通ると記載されてるじゃありませんか!」
「不義理と言いますと?」
「浮気ですよ! 新しい相手ができたに決まってます! それで彼女は私との縁を切ろうとしてるんだ!」
「そんな証拠が何処に?」
「証拠なんて――そんなものは大体分かることじゃありませんか!」
「ははは……」分厚い胸を反らせたまま,後頭部で両手を組む。「それじゃ証拠にならないな……」
「それを見つけんのが,おまえらの仕事だろうが! 何のために大金,落としてやってんだ! 証拠,見つけてこいよ!」巣沼が応接台に足をのせ,伽藍堂の胸倉を摑んだ。反射の強いグレースーツの下からブラックシャツのラメがちかちか輝いた。
「これ――警察に通報していいレベルですかね?」上目遣いで人を見る――
 巣沼は顔色をかえ,じわりと手を離した。
「今週中に退会手続きをお願いします」そう言ってから,伽藍堂はドア前に立っていた僕へ視線をむけた。「お客さまがお帰りだ」
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