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2 格安でもお支払いできません
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「ようこそデッフェへ」街のポスターで見た女優の桜坂 慶に似たウェーブ髪の女性がコーヒーを出してくれる。
気持ちが解れ,目礼をする。
応接室へ通されていた。眼前には最初に声をかけてきた男が座ってにこやかな笑みを浮かべている。
「それで?――」男が前のめりになる。「お相手はどちらの,どのような方でしょうか。名前や住所は既にお分かりで?」
「はぁ……」
「――と申しますと?――特定のお相手はまだお決まりでない。畏まりました。どのようなタイプの方がお好きですか」
「タイプですか……そうですね。桜坂慶さんなんて素敵だなと思います」
男と女性が声をたてて笑った。熟女好みだと言う……
「それではこちらの松峰ノブ代は如何でしょう」男が女性に一瞥をやる。「桜坂慶に似ているとよく言われるんですよ」
「あら,どうしましょう。お客さまと同じぐらいの息子がおりますのよ――」両頰を押さえて軽やかな口調で言う「松峰と申します♪」
「僕には勿体ないです。とてもお綺麗すぎて直視できそうにない……」
「あらっ……綺麗だなんて,まぁ,お上手ね」
「勿体ないなんて言わないで――人生,何事もチャレンジですよ。どうです? この後お2人でお食事にでも行かれては? 格安の料金でフランス料理のフルコースを楽しめるお店を御紹介しますから」
「フランス料理ですか……申し訳ありません。たとえ格安でもお支払いできません。バス代もなく,山からずっと歩いてきたのです」
2人が,ボストンバッグと,ネック部分がほつれたベージュのセーターと同色の薄いウィンドブレーカーと木綿のズボンを見た。
「何だよ――」山荒らしの針を想わせる,後方へ毛羽だつ大量の髪を搔く。「客じゃねぇのかよ。だったら最初から言いなよ」
「求人広告を見ていらしたんじゃない――ねえ,あなた,そうなんでしょ?」
「いえ,違うのです。ハローワークを探していたら道に迷ってしまいました。疲れて座っていたところ,声をかけられたのです――」
「なら,あたしは失礼しますから――」若い娘が応接室に入ってきた。銀フレームの眼鏡をかけ,長い黒髪を後ろで一つに束ねている。真っ直ぐに切りそろえた前髪下の蝶番を押しあげて僕をまじまじと見てからドアに身を隠す。「社長,ちょっと!」
男が部屋を出ていった。
コーヒーのおかわりをしてケーキを食べおわるころ,男が戻ってくる。いきなり右手を突きだした。「伽藍堂百覚だ――宜しく」
手の指が2本しかなかった――正確には2本並びに3分の2本プラス3分の1本とでも表現すればよいのだろうか。本来小指ののびる位置には赤黒い切断面が露わになり,薬指は第二関節からもぎとられたみたいになく,人差し指は先へ行くほど痩せぼそりして第一関節あたりから消失していた。
「すげぇだろ……」自分の右手を撫でながら薄い二重の横広の目を細める。「小指は鉈でばっさりよ。薬指はタイガーに食いちぎられた。人差しは薬をぶっかけられて溶けたんだ」
その手に捕まえられて否応なしに握手させられる。強力な握力だった――
「今日から働いてもらうぜ。いやとは言わせねぇ――コーヒー2杯と洋菓子1個で5千円だ。代金はきっちり払ってもらう。ええっと?――おまえ,名前は?」
「九十九折斎薔薇です」
「なら,斎薔薇――今から客が来る。上得意の会員だから粗相すんな。女の心がわりをどうにかしてくれって相談だ。女もうちの会員でユーチューバーの星雲母だ」
気持ちが解れ,目礼をする。
応接室へ通されていた。眼前には最初に声をかけてきた男が座ってにこやかな笑みを浮かべている。
「それで?――」男が前のめりになる。「お相手はどちらの,どのような方でしょうか。名前や住所は既にお分かりで?」
「はぁ……」
「――と申しますと?――特定のお相手はまだお決まりでない。畏まりました。どのようなタイプの方がお好きですか」
「タイプですか……そうですね。桜坂慶さんなんて素敵だなと思います」
男と女性が声をたてて笑った。熟女好みだと言う……
「それではこちらの松峰ノブ代は如何でしょう」男が女性に一瞥をやる。「桜坂慶に似ているとよく言われるんですよ」
「あら,どうしましょう。お客さまと同じぐらいの息子がおりますのよ――」両頰を押さえて軽やかな口調で言う「松峰と申します♪」
「僕には勿体ないです。とてもお綺麗すぎて直視できそうにない……」
「あらっ……綺麗だなんて,まぁ,お上手ね」
「勿体ないなんて言わないで――人生,何事もチャレンジですよ。どうです? この後お2人でお食事にでも行かれては? 格安の料金でフランス料理のフルコースを楽しめるお店を御紹介しますから」
「フランス料理ですか……申し訳ありません。たとえ格安でもお支払いできません。バス代もなく,山からずっと歩いてきたのです」
2人が,ボストンバッグと,ネック部分がほつれたベージュのセーターと同色の薄いウィンドブレーカーと木綿のズボンを見た。
「何だよ――」山荒らしの針を想わせる,後方へ毛羽だつ大量の髪を搔く。「客じゃねぇのかよ。だったら最初から言いなよ」
「求人広告を見ていらしたんじゃない――ねえ,あなた,そうなんでしょ?」
「いえ,違うのです。ハローワークを探していたら道に迷ってしまいました。疲れて座っていたところ,声をかけられたのです――」
「なら,あたしは失礼しますから――」若い娘が応接室に入ってきた。銀フレームの眼鏡をかけ,長い黒髪を後ろで一つに束ねている。真っ直ぐに切りそろえた前髪下の蝶番を押しあげて僕をまじまじと見てからドアに身を隠す。「社長,ちょっと!」
男が部屋を出ていった。
コーヒーのおかわりをしてケーキを食べおわるころ,男が戻ってくる。いきなり右手を突きだした。「伽藍堂百覚だ――宜しく」
手の指が2本しかなかった――正確には2本並びに3分の2本プラス3分の1本とでも表現すればよいのだろうか。本来小指ののびる位置には赤黒い切断面が露わになり,薬指は第二関節からもぎとられたみたいになく,人差し指は先へ行くほど痩せぼそりして第一関節あたりから消失していた。
「すげぇだろ……」自分の右手を撫でながら薄い二重の横広の目を細める。「小指は鉈でばっさりよ。薬指はタイガーに食いちぎられた。人差しは薬をぶっかけられて溶けたんだ」
その手に捕まえられて否応なしに握手させられる。強力な握力だった――
「今日から働いてもらうぜ。いやとは言わせねぇ――コーヒー2杯と洋菓子1個で5千円だ。代金はきっちり払ってもらう。ええっと?――おまえ,名前は?」
「九十九折斎薔薇です」
「なら,斎薔薇――今から客が来る。上得意の会員だから粗相すんな。女の心がわりをどうにかしてくれって相談だ。女もうちの会員でユーチューバーの星雲母だ」
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