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第15話
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ソフィアとウィルが結婚してから六年という月日が経った。
「お母様、お外で遊びたい」
まだ言葉を話し始めたような子供が窓際の椅子に座る婦人に近づいて、婦人の足にしがみついた。刺繍をする茶髪の婦人はソフィアであった。顔色が良く、肉付きもかなりよくなり体のラインもはっきりとしている。
それでも品の行動は変わらない。
「そうね。晴れているし、お散歩でも行きましょうか、ノア」
その幼児はノアという名前らしく、まだまだ幼いのだけれども、大きな瞳を持ち、整った眉、形の整った鼻。将来が楽しみなほどに可愛らしい容姿をしている。
二人はあれからあの屋敷を離れて、王都に近い屋敷へと引っ越した。ソフィアは家族のことは大丈夫だと話したけれども、ウィルが我慢ならなかったらしい。フラン家の人間には何も言わずに引っ越したために、新居では穏やかに過ごしていた。
そして新居へ引っ越して一年も経たずにソフィアは妊娠し、次の年の寒い冬の下で、元気な産声を上げてノアが生まれた。
ウィルはソフィアに両親にノアのことを話すことを止めた。自らの両親であるといえ、ソフィアは二人に身勝手に縁を切られたようなもの。またソフィアが体調を崩して、精神を疲弊することを恐れていた。
「お父様も一緒がいいです」
「お父様は今、お仕事で疲れて眠っているのよ」
そんなソフィアの話も耳に入らず、ノアは「起こしてくる!」と明るく笑って、ウィルが眠っている寝室へと走った。
「ノア、お父様はお疲れなのよ。お休みさせてあげて」
寝室の扉を開けて、ノアは中に入ろうとした。けれども走り出そうとして、ソフィアが抱き上げた。言葉が達者で元気だと言ってもまだまだ体は幼い。
「お母様のお話をお聞きなさい」
「だって、お父様ずっと寝てますよ」
「お父様はお仕事でお疲れだと言っているでしょう」
つまらなそうに表情をゆがめるノアと、穏やかに微笑んでいるソフィア。
「ま、待って…」
「起きていたんですか」
「い、今、今起きた」
苦しそうに頭を抱えるウィルは、服を着ておらず裸だった。それを見てノアが幼児特有の甲高い声で、大笑いした。
「お父様、裸!」
「なんで服を着て寝て居ないんですか。風邪ひきますよ」
「君だって、寝るとき服着ていなかったじゃないか」
「ノアの前で何言ってるんですか。さあ、ノアは私と一緒にお散歩へ行きましょう」
ウィルが気だるそうに、いろいろ言っている中、寝室の扉を閉めて、ソフィアはノアを抱きかかえたまま一階へと降りた。
「お母様も裸だったの?」
「お父様の戯言よ。裸で寝るわけないでしょう。寒くてかなわないわ」
二人で外へ戻ろうとしたときだった。玄関のベルが鳴り、ソフィアはノアの手をつないだまま玄関へと向かった。
「誰かしらね」
楽し気に廊下を歩いていたのだけれども、その楽しさはすぐに打ち砕かれた。玄関にいるメイド達はあたふたとソフィアのことを見て、心配そうな表情を浮かべていた。
「誰が来たのかしら」
「え、えっと、それが」
玄関まで行ってみると、ソフィアは目を丸くした。
そこには、げっそりとやせこけたソフィアの両親が立っていた。昔の美しい母と胸板もあった父の姿はない。やせ細りまるで辺境の貧乏な男爵家の様だった。
母親はソフィアそっくりのノアを見るや否や、目を輝かせてノアのことを抱きしめようとした。それに恐怖を感じたソフィアはノアのことを抱き仕上げて、二人から距離を取るように屋敷の中に二、三歩下がった。
「久しぶり、ソフィア」
ぎこちない笑みを浮かべる母親を見てソフィアは背筋に悪寒が走った。
「お母様?」
ソフィアの恐怖の空気を感じ取ったのかノアも顔をゆがめた。ソフィアはノアをメイドに預けて、母親と父親を温かな陽気が差す外に押し出した。
「いまさら、何をしに来たっていうのよ。お父様もお母様も、もう私と縁を切って、ミアとオリバーと一緒に暮らすんじゃなかったの?」
二人とも暗い顔をして俯いた。そして話をはぐらかすように母親が作り笑顔をソフィアに向けた。
「あの子、貴方の子なの?ソフィアにとっても似てるわよね。そう思わない?ねえ」
「ああ、本当に似てた。女の子か?」
きっとミアのことで何か悪いことがあったのだ。それをソフィアはすぐに感じ取った。そしてきっと口を開いても出てくるのは言い訳だけ。そうなれば、ソフィアを頼るほかない。
「そんなことどうだっていいのよ!私はお父様とも、お母様とも縁を切ったのよ。さっさと出て行って。ここはウィルと私と息子の家なの」
もう今までのソフィアではないと二人も分かったのだろう。家族が出来たからためか。息子ができたためか。もうこれ以上二人とは関わるつもりはないとソフィアははっきりと言った。
「お願いだ。少しだけ話を聞いてくれ」
今までソフィアに頭を下げたことが無かった父親が、深々と頭を下げた。それを見て今まで生きてきた姉妹差別の積み重なったストレスが爆発した。
「いまさら何よ」
鋭い視線で二人を睨みつけた。
「ずっとミアだけを特別たくさん愛して、今更助けがほしくなったら私を頼るの?」
瞳の中には涙が浮かび、爪が食い込むほどに痛く手を握りしめた。今までの記憶が頭の中を駆け抜けていき、胃が気持ち悪くなった。
「さっさと帰ってよ!もう二度と、私の前に姿を見せないで!」
「ソフィア」
背後から声が聞こえたかと思ったら、寝ぐせのあるウィルがノアを抱きしあげ、寝間着のまま立っていた。ソフィアは涙が頬を伝い、震えながら大きく息を吐いた。
ノアは泣きながらウィルの腕にしがみついている。
「ああ、ケイルトンさん」
母親が猫なで声を出し、ウィルに近づいた。特にウィルは何をするでもなく微笑んでいる。
「ウィルと、ノアに近づかないで!」
涙が流れたままで震えた声で言った。母親はそれを聞くなり気持ち悪いほどに皴を作りにっこりと笑い「何もしないわよ」と言った。
「ケイルトンさん、少しお話がありまして」
「では、中でどうぞ。私は寝間着ですし」
「ウィル!!」
ウィルは二人を屋敷の中へ招き入れ、母親はソフィアを見て勝ち誇ったように笑った。泣きじゃくるソフィアにノアを抱かせて、ウィルは二階を指さした。
「君は二階でノアと遊んでるんだ」
何か理由があるのだろうとソフィアはノアを抱き上げて、二階の階段を上った。
「お母様、お外で遊びたい」
まだ言葉を話し始めたような子供が窓際の椅子に座る婦人に近づいて、婦人の足にしがみついた。刺繍をする茶髪の婦人はソフィアであった。顔色が良く、肉付きもかなりよくなり体のラインもはっきりとしている。
それでも品の行動は変わらない。
「そうね。晴れているし、お散歩でも行きましょうか、ノア」
その幼児はノアという名前らしく、まだまだ幼いのだけれども、大きな瞳を持ち、整った眉、形の整った鼻。将来が楽しみなほどに可愛らしい容姿をしている。
二人はあれからあの屋敷を離れて、王都に近い屋敷へと引っ越した。ソフィアは家族のことは大丈夫だと話したけれども、ウィルが我慢ならなかったらしい。フラン家の人間には何も言わずに引っ越したために、新居では穏やかに過ごしていた。
そして新居へ引っ越して一年も経たずにソフィアは妊娠し、次の年の寒い冬の下で、元気な産声を上げてノアが生まれた。
ウィルはソフィアに両親にノアのことを話すことを止めた。自らの両親であるといえ、ソフィアは二人に身勝手に縁を切られたようなもの。またソフィアが体調を崩して、精神を疲弊することを恐れていた。
「お父様も一緒がいいです」
「お父様は今、お仕事で疲れて眠っているのよ」
そんなソフィアの話も耳に入らず、ノアは「起こしてくる!」と明るく笑って、ウィルが眠っている寝室へと走った。
「ノア、お父様はお疲れなのよ。お休みさせてあげて」
寝室の扉を開けて、ノアは中に入ろうとした。けれども走り出そうとして、ソフィアが抱き上げた。言葉が達者で元気だと言ってもまだまだ体は幼い。
「お母様のお話をお聞きなさい」
「だって、お父様ずっと寝てますよ」
「お父様はお仕事でお疲れだと言っているでしょう」
つまらなそうに表情をゆがめるノアと、穏やかに微笑んでいるソフィア。
「ま、待って…」
「起きていたんですか」
「い、今、今起きた」
苦しそうに頭を抱えるウィルは、服を着ておらず裸だった。それを見てノアが幼児特有の甲高い声で、大笑いした。
「お父様、裸!」
「なんで服を着て寝て居ないんですか。風邪ひきますよ」
「君だって、寝るとき服着ていなかったじゃないか」
「ノアの前で何言ってるんですか。さあ、ノアは私と一緒にお散歩へ行きましょう」
ウィルが気だるそうに、いろいろ言っている中、寝室の扉を閉めて、ソフィアはノアを抱きかかえたまま一階へと降りた。
「お母様も裸だったの?」
「お父様の戯言よ。裸で寝るわけないでしょう。寒くてかなわないわ」
二人で外へ戻ろうとしたときだった。玄関のベルが鳴り、ソフィアはノアの手をつないだまま玄関へと向かった。
「誰かしらね」
楽し気に廊下を歩いていたのだけれども、その楽しさはすぐに打ち砕かれた。玄関にいるメイド達はあたふたとソフィアのことを見て、心配そうな表情を浮かべていた。
「誰が来たのかしら」
「え、えっと、それが」
玄関まで行ってみると、ソフィアは目を丸くした。
そこには、げっそりとやせこけたソフィアの両親が立っていた。昔の美しい母と胸板もあった父の姿はない。やせ細りまるで辺境の貧乏な男爵家の様だった。
母親はソフィアそっくりのノアを見るや否や、目を輝かせてノアのことを抱きしめようとした。それに恐怖を感じたソフィアはノアのことを抱き仕上げて、二人から距離を取るように屋敷の中に二、三歩下がった。
「久しぶり、ソフィア」
ぎこちない笑みを浮かべる母親を見てソフィアは背筋に悪寒が走った。
「お母様?」
ソフィアの恐怖の空気を感じ取ったのかノアも顔をゆがめた。ソフィアはノアをメイドに預けて、母親と父親を温かな陽気が差す外に押し出した。
「いまさら、何をしに来たっていうのよ。お父様もお母様も、もう私と縁を切って、ミアとオリバーと一緒に暮らすんじゃなかったの?」
二人とも暗い顔をして俯いた。そして話をはぐらかすように母親が作り笑顔をソフィアに向けた。
「あの子、貴方の子なの?ソフィアにとっても似てるわよね。そう思わない?ねえ」
「ああ、本当に似てた。女の子か?」
きっとミアのことで何か悪いことがあったのだ。それをソフィアはすぐに感じ取った。そしてきっと口を開いても出てくるのは言い訳だけ。そうなれば、ソフィアを頼るほかない。
「そんなことどうだっていいのよ!私はお父様とも、お母様とも縁を切ったのよ。さっさと出て行って。ここはウィルと私と息子の家なの」
もう今までのソフィアではないと二人も分かったのだろう。家族が出来たからためか。息子ができたためか。もうこれ以上二人とは関わるつもりはないとソフィアははっきりと言った。
「お願いだ。少しだけ話を聞いてくれ」
今までソフィアに頭を下げたことが無かった父親が、深々と頭を下げた。それを見て今まで生きてきた姉妹差別の積み重なったストレスが爆発した。
「いまさら何よ」
鋭い視線で二人を睨みつけた。
「ずっとミアだけを特別たくさん愛して、今更助けがほしくなったら私を頼るの?」
瞳の中には涙が浮かび、爪が食い込むほどに痛く手を握りしめた。今までの記憶が頭の中を駆け抜けていき、胃が気持ち悪くなった。
「さっさと帰ってよ!もう二度と、私の前に姿を見せないで!」
「ソフィア」
背後から声が聞こえたかと思ったら、寝ぐせのあるウィルがノアを抱きしあげ、寝間着のまま立っていた。ソフィアは涙が頬を伝い、震えながら大きく息を吐いた。
ノアは泣きながらウィルの腕にしがみついている。
「ああ、ケイルトンさん」
母親が猫なで声を出し、ウィルに近づいた。特にウィルは何をするでもなく微笑んでいる。
「ウィルと、ノアに近づかないで!」
涙が流れたままで震えた声で言った。母親はそれを聞くなり気持ち悪いほどに皴を作りにっこりと笑い「何もしないわよ」と言った。
「ケイルトンさん、少しお話がありまして」
「では、中でどうぞ。私は寝間着ですし」
「ウィル!!」
ウィルは二人を屋敷の中へ招き入れ、母親はソフィアを見て勝ち誇ったように笑った。泣きじゃくるソフィアにノアを抱かせて、ウィルは二階を指さした。
「君は二階でノアと遊んでるんだ」
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