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第二話
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鏡台の前で茶色の髪をブラシでとかしていた。鏡の中に映る私はソバカスだらけの田舎臭い女。瞳は茶色、眉毛は人より太くて、赤い口紅が似合わないことが悩みの種である。だからと言ってすべてが嫌なわけではない。案外体には満足している。スタイルは良い方だと思う。背は人より高いし、太っているというわけではない。胸だって横から見ればしっかり山なりになっている。お尻だって小ぶりだ。ウエストも細い方。全身鏡で見る私は、案外悪いものじゃない。
とかした髪を三つ編みにしたのち、お団子にして後ろでまとめた。鏡で左右の顔を見て、そこまで悪くないことを確認する。19歳の女にしては、悪くない。貴族としてはどうなの?と言われると、どうかしら?と首をかしげたくなるが、私にはお金がないんだから仕方ない。
教養はあるし、勉強も好きだから、女としては悪くない。歯を食いしばって鏡で見ると、真っ白くて、歯並びもよくて健康的。歯並びもお気に入りだ。にっこり笑うと形が良い。
今日は父と母と、妹が帰ってくる。それも夏に来る避暑とは違って、もうずっとここで一緒に暮らすのだ。理由は聞かされていないけれど、たぶん父の仕事がひと段落ついて、妹が健康的になったのね。もっといろんな理由もあるかもしれないけれど。
不安はあるけれど、きっとそのうち馴染んでいく。たとえ私が使用人のようにあくせく働かされても私はそれでいいと思っている。だって今までずっとそんな風に生きてきたのだから、今更高いドレスを着せられて、宝石を買ってもらう方が変な気がする。
ただ両親と妹と暮らせれば私はそれでいい。差別され、贔屓されてきたけれど両親を責めるつもりも、妹に嫉妬する気もない。なるようになってしまっただけ。私は衣食住があって、案外楽しく成長した。図書館は近くにあるし、ご飯に困ったことはないし、服だって悪くない。
この変わらない日が続いてくれればそれでいい。
三人が帰ってきたのは、夕方のことだった。黒塗りの金箔の文様が入ったとても高そうな馬車が敷地に入ってきた。窓を眺めていた私は、部屋から飛び出して、台所で料理の準備をしていたマーサのところへ寄った。
「お父様とお母様、カタリナが帰ってきたみたいよ」
「本当ですか?そろそろ、夕食の準備ができたところだからよかった」
台所には大皿に載った料理がたくさん置かれていた。大きな鍋からは湯気が出て、いいにおいが部屋中に漂っている。昨日からずっと下ごしらえをして、私も手伝った。なかなかこんなに手の込んだ料理を作ることはないから喜んでくれるだろう。
外へ出て、玄関へと近づいてくる馬車を眺めた。栗色の毛をした馬はゆっくりとスピードを落とし、玄関の前で滑らかに停車した。
駆け寄ってドアを開けると、疲労困憊の三人がぐったりと座っていた。カタリナの重く厚いドレスが邪魔そうに見えた。いくつパニエが重ねられているのだろうか。前より一層豪華な装いになっている気がする。ただ移動するだけなのにこんな服を着る必要性がどこにあるのだろうか。
「おかえりなさい。何か月ぶりかしら」
意気揚々と明るい私に対して、三人はうめき声だけ上げていた。
「セラフィナ、なにか踏み台を持ってきて。木箱でもなんでもいいから。カタリナが降りれないでしょ」
「わかったわ」
母は眉間にしわを寄せて、こめかみを指で押さえている。父は私を押しのけて、馬車から出て背伸びをした。父のお腹はぽっこりと出ているし、母の白髪は増えている。カタリナは顔がふっくらとしている。ドレスがきつそうに見える。
屋敷の裏口にある空の木箱を持ってきて、馬車の扉の前に置いた。母とカタリナはその木箱に足を下ろしてから降りてきた。
「お母様、腰が痛い。さっさと寝たいわ。ベッドの準備できてるのかしら。お腹もすいたし」
「寝る準備も、食事の準備できてるわ」
全くカタリナは私の方を見ようとしなかった。ただ静かに「そう」とだけ言った。母はカタリナの肩を掴んで、私のことを一目見ると、屋敷の中へ入って行った。
木箱をどけて、屋根に積まれていた荷物を下ろし屋敷に入れるのは私の仕事だった。長旅で疲れた三人はリビングでテーブルを囲んでいた。
あたりは薄暗く、オレンジと青色に染まっている。いつものこと。私がまるで使用人のようにふるまっているのは悪い事じゃない。長く離れすぎていたから仕方がない。離れすぎていたのだから、こういう関係になってしまうのも仕方がない。
馬車の上に積まれたトランクは山のように置かれ、良くここまでバランスを保って来たものだと驚くほどだった。トランクを玄関へとすべて運び込んだ時、マーサは銀トレーに料理を乗せて廊下を小走りで移動していた。額に滲んだ汗を拭ってリビングへ入ると、カタリナは険しい表情をしていた。
「セラフィナも席に着きなさい」
「え、ええ」
父に促されるまま私はカタリナの隣へ腰かけた。なんだか、カタリナから甘ったるい香水の匂いが下。
「昨日からマーサと二人で用意したの。帰ってくるのを待っていたわ」
「そう、ありがとうね」
とても素っ気なく母は言った。
カタリナはワイングラスに入った水を一気に飲み干して、スープに口を付けた。その瞬間顔をゆがめ、たたきつけるようにしてスプーンを置いた。
「なにこれ、こんなまずい料理食べられない!」
その場の空気が凍り付いた。カタリナは自分が発した言葉に対して全く気にせず、立ち上がった。
「ご馳走様。私、もう寝るわ」
そして父と母の頬にキスをして、二階へと消えて行った。部屋の中は無言で包まれ、マーサは銀トレーを抱きかかえて、硬直していた。
「王宮でいろいろとね。苛立ってるのよ。それよりあなた」
「ああ」
父は咳払いをして、かしこまった様子で私を見た。
「すごく急な話なんだが。お前の結婚が決まった。実は」
結婚する年齢であることは分かっていたけれど、その当事者になるとなると現実味が沸かなかった。あまりにも唐突で、帰ってきてする話ではない。一度眠って、朝起きてから話したって遅くはないはずなのに。
「式は一週間後だ」
「一週間後!?」
いったいどこの誰と結婚するわけ?
「お前が知らない間に王宮でいろいろとあってな」
「お相手はジェラール・モンフォール伯爵。貴方は知らないわよね。王都では有名な方なんだけれど」
一度も聞いたことがない。それより私社交界デビューだってしたことがない。貴族なんて祖父母と叔父家族以外知らないし、王都なんて一度も行ったことがない。王宮なんてもちろん一度も。
「モンフォール伯爵の領地はここから一週間ほど北へ向かったところへあるんだ」
「ちょっと待って、それじゃあ、結婚式に間に合わないんじゃ」
両親はぎこちなく苦笑いを浮かべている。
「だからね、明日の朝、ここを立ってほしいの」
とかした髪を三つ編みにしたのち、お団子にして後ろでまとめた。鏡で左右の顔を見て、そこまで悪くないことを確認する。19歳の女にしては、悪くない。貴族としてはどうなの?と言われると、どうかしら?と首をかしげたくなるが、私にはお金がないんだから仕方ない。
教養はあるし、勉強も好きだから、女としては悪くない。歯を食いしばって鏡で見ると、真っ白くて、歯並びもよくて健康的。歯並びもお気に入りだ。にっこり笑うと形が良い。
今日は父と母と、妹が帰ってくる。それも夏に来る避暑とは違って、もうずっとここで一緒に暮らすのだ。理由は聞かされていないけれど、たぶん父の仕事がひと段落ついて、妹が健康的になったのね。もっといろんな理由もあるかもしれないけれど。
不安はあるけれど、きっとそのうち馴染んでいく。たとえ私が使用人のようにあくせく働かされても私はそれでいいと思っている。だって今までずっとそんな風に生きてきたのだから、今更高いドレスを着せられて、宝石を買ってもらう方が変な気がする。
ただ両親と妹と暮らせれば私はそれでいい。差別され、贔屓されてきたけれど両親を責めるつもりも、妹に嫉妬する気もない。なるようになってしまっただけ。私は衣食住があって、案外楽しく成長した。図書館は近くにあるし、ご飯に困ったことはないし、服だって悪くない。
この変わらない日が続いてくれればそれでいい。
三人が帰ってきたのは、夕方のことだった。黒塗りの金箔の文様が入ったとても高そうな馬車が敷地に入ってきた。窓を眺めていた私は、部屋から飛び出して、台所で料理の準備をしていたマーサのところへ寄った。
「お父様とお母様、カタリナが帰ってきたみたいよ」
「本当ですか?そろそろ、夕食の準備ができたところだからよかった」
台所には大皿に載った料理がたくさん置かれていた。大きな鍋からは湯気が出て、いいにおいが部屋中に漂っている。昨日からずっと下ごしらえをして、私も手伝った。なかなかこんなに手の込んだ料理を作ることはないから喜んでくれるだろう。
外へ出て、玄関へと近づいてくる馬車を眺めた。栗色の毛をした馬はゆっくりとスピードを落とし、玄関の前で滑らかに停車した。
駆け寄ってドアを開けると、疲労困憊の三人がぐったりと座っていた。カタリナの重く厚いドレスが邪魔そうに見えた。いくつパニエが重ねられているのだろうか。前より一層豪華な装いになっている気がする。ただ移動するだけなのにこんな服を着る必要性がどこにあるのだろうか。
「おかえりなさい。何か月ぶりかしら」
意気揚々と明るい私に対して、三人はうめき声だけ上げていた。
「セラフィナ、なにか踏み台を持ってきて。木箱でもなんでもいいから。カタリナが降りれないでしょ」
「わかったわ」
母は眉間にしわを寄せて、こめかみを指で押さえている。父は私を押しのけて、馬車から出て背伸びをした。父のお腹はぽっこりと出ているし、母の白髪は増えている。カタリナは顔がふっくらとしている。ドレスがきつそうに見える。
屋敷の裏口にある空の木箱を持ってきて、馬車の扉の前に置いた。母とカタリナはその木箱に足を下ろしてから降りてきた。
「お母様、腰が痛い。さっさと寝たいわ。ベッドの準備できてるのかしら。お腹もすいたし」
「寝る準備も、食事の準備できてるわ」
全くカタリナは私の方を見ようとしなかった。ただ静かに「そう」とだけ言った。母はカタリナの肩を掴んで、私のことを一目見ると、屋敷の中へ入って行った。
木箱をどけて、屋根に積まれていた荷物を下ろし屋敷に入れるのは私の仕事だった。長旅で疲れた三人はリビングでテーブルを囲んでいた。
あたりは薄暗く、オレンジと青色に染まっている。いつものこと。私がまるで使用人のようにふるまっているのは悪い事じゃない。長く離れすぎていたから仕方がない。離れすぎていたのだから、こういう関係になってしまうのも仕方がない。
馬車の上に積まれたトランクは山のように置かれ、良くここまでバランスを保って来たものだと驚くほどだった。トランクを玄関へとすべて運び込んだ時、マーサは銀トレーに料理を乗せて廊下を小走りで移動していた。額に滲んだ汗を拭ってリビングへ入ると、カタリナは険しい表情をしていた。
「セラフィナも席に着きなさい」
「え、ええ」
父に促されるまま私はカタリナの隣へ腰かけた。なんだか、カタリナから甘ったるい香水の匂いが下。
「昨日からマーサと二人で用意したの。帰ってくるのを待っていたわ」
「そう、ありがとうね」
とても素っ気なく母は言った。
カタリナはワイングラスに入った水を一気に飲み干して、スープに口を付けた。その瞬間顔をゆがめ、たたきつけるようにしてスプーンを置いた。
「なにこれ、こんなまずい料理食べられない!」
その場の空気が凍り付いた。カタリナは自分が発した言葉に対して全く気にせず、立ち上がった。
「ご馳走様。私、もう寝るわ」
そして父と母の頬にキスをして、二階へと消えて行った。部屋の中は無言で包まれ、マーサは銀トレーを抱きかかえて、硬直していた。
「王宮でいろいろとね。苛立ってるのよ。それよりあなた」
「ああ」
父は咳払いをして、かしこまった様子で私を見た。
「すごく急な話なんだが。お前の結婚が決まった。実は」
結婚する年齢であることは分かっていたけれど、その当事者になるとなると現実味が沸かなかった。あまりにも唐突で、帰ってきてする話ではない。一度眠って、朝起きてから話したって遅くはないはずなのに。
「式は一週間後だ」
「一週間後!?」
いったいどこの誰と結婚するわけ?
「お前が知らない間に王宮でいろいろとあってな」
「お相手はジェラール・モンフォール伯爵。貴方は知らないわよね。王都では有名な方なんだけれど」
一度も聞いたことがない。それより私社交界デビューだってしたことがない。貴族なんて祖父母と叔父家族以外知らないし、王都なんて一度も行ったことがない。王宮なんてもちろん一度も。
「モンフォール伯爵の領地はここから一週間ほど北へ向かったところへあるんだ」
「ちょっと待って、それじゃあ、結婚式に間に合わないんじゃ」
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