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第六話
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目を覚ました時、私はふかふかのベッドの上に眠っていた。ベッドのスペースは広く、あと私が二人眠れるほどはゆうにあった。天蓋がつけられ、カーテンが四隅の柱に縛られている。部屋はそこまで広くはなく。多分寝るためだけの部屋なのだろう。
洋服は私の物ではない、真っ白なネグリジェ。首が少し苦しい。
横になったまま、私は思い出していた。たぶん倒れてしまったのだ。疲労に耐えられず体のスイッチが切れて、自分の意志ではどうにもできない様になってしまった。当然よね。あんな訳の分からない結婚式を挙げることになったのだもの。きっとジェラール様もアバズレな女と結婚してしまったと、後悔されているに違いない。
水でも飲もうと、起き上がった。
「信じられない!」
廊下から甲高いヒステリックな女性の叫び声が聞こえてきた。それだけなら私は動いてベッドのそばに置いてあるコップに水を注ぎ入れて飲んでただろう。でも「あの女!」と聞こえ動きを止めた。
「もっとちゃんと考えようって言ったじゃない!あんな田舎の娘、ジェラールには全く似合わないし、この屋敷を回していけるわけもないわ。あんな子供が伯爵夫人だなんて、笑っちゃう」
別に聞きたいわけではないけれど、耳に入ってくるのだから仕方ない。
「ウエディングドレスもない。髪はぼさぼさのソバカスだらけの田舎臭い子。ヴァロア子爵は何を考えてるのよ。本当は妹の方がジェラールと結婚するはずだったでしょ」
え?どういうこと?ジェラール様と結婚するのは本当はカタリナだったということ?ならなんで私が結婚してるわけ?こんなに大きなお屋敷で、お金持ちならカタリナが絶対に結婚したはず。私なんかに結婚させるはずない。父も何を考えてるの?
「あの子が起きてしまうわ。声を落として」
「お父様が生きてたらなんて言ったか。たった一週間馬車に揺られただけで、倒れるなんて。体が弱いに違いないわ。今からでも遅くないから別れた方が良い。もっと良い人がいるわ。私は王宮で働いてるからわかるもの。でも」
耳を澄ませた。
「私だってそう思ってるわよ」
声が遠のいていき、しばらくして静かに扉が開いた。入ってきたのは義母であった。私はベッドに座ったままで、彼女の動きをうかがった。近くへやってくると私が起きていることが分かり、申し訳なさそうに笑った。
「起きてたのね。ごめんなさいね。聞こえてた?」
「今起きたばかりですよ」
「ちょっとうるさかったでしょ?ジェラールの姉で、ほら、彼女のドレスを着たでしょう?」
さんざん蔑んでいたのは義姉であったのか。たしか披露宴で少し見かけた気がする。ツリ目で、神経質そうな人という印象。ドレスは鮮やか、アクセサリーは多く、ピンとまっすぐ立ち、他の女性の様に軽々しく笑わない。すごく強そうな人だと思った。
「あの聞こえてしまったのですが、ジェラール様と結婚するのは私ではなく妹のはずだったのですか?」
「ええ、聞かされていなかった?」
「はい、結婚を聞かされたのは一週間前。両親と妹が家へ帰ってきたときでした。唐突に結婚を告げられ次の日の朝には発ち、やってきました」
「そうだったのね」
ベッドに腰かけ両手を握りしめながら、義母はため息を吐いた。
「息子は人に対して興味関心の薄い人間だから、結婚にも女性にも興味を示さなかったの。それとね、ヴァロア子爵には恩があったの」
表情が陰り、また大きなため息を吐いた。「長い話になるわ」と一言告げてから離し始めた。
「夫は生前、広大な領地を治めていたけれど、陰で国王暗殺を企てていた。国家転覆を狙っていたのよ。元々野望があって、高みを目指す人だとは思っていたけれど、私は全く知らずにいた。それでその大きな罪が暴かれようとしたとき、ヴァロア子爵がウィリアム公爵へ懇願して、もみ消してもらった。その二人にどんなやり取りがあったかなんてわからないけれど、とにかく感謝したわ。ヴァロア子爵は一つだけ願いを言った。娘をモンフォール家の息子と結婚させること。ウチは子だくさんで、娘が三人、息子が七人の十人兄弟なの。ジェラールは上から三番目の次男」
十人兄弟を育て上げたなんて、苦労をしているどころの話ではない。でも、乳母もいるはずだからそこまで大変ではないのかもしれないが。それにしても国家転覆を企む男が夫とは。不運としか言いようがない。苦労しかしてきていないのかもしれない。
「カタリナとちょうどいい歳はジェラールか、もう一つ下のリチャードの二人。リチャードには拒絶されたわ。親しい仲のご令嬢がもういたわけだから。でもジェラールは良いと答えた。それでカタリナとジェラールが結婚するということになったのだけれど、カタリナはジェラールと上手くいかなかった。そりが合わなかったのよ。それでジェラールもこんな女とは結婚したくないとまで言って。それが一か月前の話よ。それならとヴァロア子爵は姉と結婚させると言ったわ。結婚式の準備はもうほとんど整って招待状も配り終えていたから。私も承諾した」
彼女は私の方を見てから、申し訳なさそうに頭を垂れた。疑問がすべてほどかれた。ジェラール様とカタリナがどうして上手くいかなかったのかはもっと詳しく知りたいところだけれど、お金も権力もない子爵家と大金持ちの伯爵と結婚できたのかは分かった。
「本当にごめんなさい。唐突に貴方を巻き込んでしまって。夫があんなことしていなければ、結婚でもめる必要もなかったのに」
「謝らないでください。不幸になるだなんて決まったわけではありません。私は大丈夫です」
皴が刻み込まれ、血管の浮き出た冷たい手で私の手を握った。
「何も分からないあなたに重荷を背負わせることになってしまうわ」
「大丈夫ですよ」
あと分かったことがある。この人はあまり演技が上手じゃない。私に出て行ってほしいならはっきりそう言えばいいのに。
洋服は私の物ではない、真っ白なネグリジェ。首が少し苦しい。
横になったまま、私は思い出していた。たぶん倒れてしまったのだ。疲労に耐えられず体のスイッチが切れて、自分の意志ではどうにもできない様になってしまった。当然よね。あんな訳の分からない結婚式を挙げることになったのだもの。きっとジェラール様もアバズレな女と結婚してしまったと、後悔されているに違いない。
水でも飲もうと、起き上がった。
「信じられない!」
廊下から甲高いヒステリックな女性の叫び声が聞こえてきた。それだけなら私は動いてベッドのそばに置いてあるコップに水を注ぎ入れて飲んでただろう。でも「あの女!」と聞こえ動きを止めた。
「もっとちゃんと考えようって言ったじゃない!あんな田舎の娘、ジェラールには全く似合わないし、この屋敷を回していけるわけもないわ。あんな子供が伯爵夫人だなんて、笑っちゃう」
別に聞きたいわけではないけれど、耳に入ってくるのだから仕方ない。
「ウエディングドレスもない。髪はぼさぼさのソバカスだらけの田舎臭い子。ヴァロア子爵は何を考えてるのよ。本当は妹の方がジェラールと結婚するはずだったでしょ」
え?どういうこと?ジェラール様と結婚するのは本当はカタリナだったということ?ならなんで私が結婚してるわけ?こんなに大きなお屋敷で、お金持ちならカタリナが絶対に結婚したはず。私なんかに結婚させるはずない。父も何を考えてるの?
「あの子が起きてしまうわ。声を落として」
「お父様が生きてたらなんて言ったか。たった一週間馬車に揺られただけで、倒れるなんて。体が弱いに違いないわ。今からでも遅くないから別れた方が良い。もっと良い人がいるわ。私は王宮で働いてるからわかるもの。でも」
耳を澄ませた。
「私だってそう思ってるわよ」
声が遠のいていき、しばらくして静かに扉が開いた。入ってきたのは義母であった。私はベッドに座ったままで、彼女の動きをうかがった。近くへやってくると私が起きていることが分かり、申し訳なさそうに笑った。
「起きてたのね。ごめんなさいね。聞こえてた?」
「今起きたばかりですよ」
「ちょっとうるさかったでしょ?ジェラールの姉で、ほら、彼女のドレスを着たでしょう?」
さんざん蔑んでいたのは義姉であったのか。たしか披露宴で少し見かけた気がする。ツリ目で、神経質そうな人という印象。ドレスは鮮やか、アクセサリーは多く、ピンとまっすぐ立ち、他の女性の様に軽々しく笑わない。すごく強そうな人だと思った。
「あの聞こえてしまったのですが、ジェラール様と結婚するのは私ではなく妹のはずだったのですか?」
「ええ、聞かされていなかった?」
「はい、結婚を聞かされたのは一週間前。両親と妹が家へ帰ってきたときでした。唐突に結婚を告げられ次の日の朝には発ち、やってきました」
「そうだったのね」
ベッドに腰かけ両手を握りしめながら、義母はため息を吐いた。
「息子は人に対して興味関心の薄い人間だから、結婚にも女性にも興味を示さなかったの。それとね、ヴァロア子爵には恩があったの」
表情が陰り、また大きなため息を吐いた。「長い話になるわ」と一言告げてから離し始めた。
「夫は生前、広大な領地を治めていたけれど、陰で国王暗殺を企てていた。国家転覆を狙っていたのよ。元々野望があって、高みを目指す人だとは思っていたけれど、私は全く知らずにいた。それでその大きな罪が暴かれようとしたとき、ヴァロア子爵がウィリアム公爵へ懇願して、もみ消してもらった。その二人にどんなやり取りがあったかなんてわからないけれど、とにかく感謝したわ。ヴァロア子爵は一つだけ願いを言った。娘をモンフォール家の息子と結婚させること。ウチは子だくさんで、娘が三人、息子が七人の十人兄弟なの。ジェラールは上から三番目の次男」
十人兄弟を育て上げたなんて、苦労をしているどころの話ではない。でも、乳母もいるはずだからそこまで大変ではないのかもしれないが。それにしても国家転覆を企む男が夫とは。不運としか言いようがない。苦労しかしてきていないのかもしれない。
「カタリナとちょうどいい歳はジェラールか、もう一つ下のリチャードの二人。リチャードには拒絶されたわ。親しい仲のご令嬢がもういたわけだから。でもジェラールは良いと答えた。それでカタリナとジェラールが結婚するということになったのだけれど、カタリナはジェラールと上手くいかなかった。そりが合わなかったのよ。それでジェラールもこんな女とは結婚したくないとまで言って。それが一か月前の話よ。それならとヴァロア子爵は姉と結婚させると言ったわ。結婚式の準備はもうほとんど整って招待状も配り終えていたから。私も承諾した」
彼女は私の方を見てから、申し訳なさそうに頭を垂れた。疑問がすべてほどかれた。ジェラール様とカタリナがどうして上手くいかなかったのかはもっと詳しく知りたいところだけれど、お金も権力もない子爵家と大金持ちの伯爵と結婚できたのかは分かった。
「本当にごめんなさい。唐突に貴方を巻き込んでしまって。夫があんなことしていなければ、結婚でもめる必要もなかったのに」
「謝らないでください。不幸になるだなんて決まったわけではありません。私は大丈夫です」
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