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第九話
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義母と義姉、お屋敷にいた人全員が、自分の家へ帰って行った。最後の見送りの時、義姉は私を追い出すことに必死であった。義母も私に哀れみの視線を向けたままで、希望を全く持っていなかった。彼女が憐れんでいるのは私が何も持たない女だから。後ろ盾も、何もない。私自身に何の価値もないから。
帰る日、義母は諦めたような、呆れたような表情で私の髪を触った。
「貴方はまだ若いし、良い人がるはずよ。それに貴方にはこの御屋敷を任せるのは心苦しいわ。ひどく大変でしょうし、苦しい思いをしてほしくない。ジェラールにはアデルハイドと結婚した方が、貴方もみんなも楽になるはずよ」
この人の卑怯なところはジェラール様のいるところでは絶対にこの話をしないところだ。
これなら義姉のように頭ごなしに怒鳴られて、貴方みたいな人と結婚させたくなかったと言われた方がよかった。何重にも回り道をして、人を誘導するようなことをされると、逆にはっきりとさせてもらってほしくなってしまう。
「伯爵夫人って言うのは、いろいろな人と関わって大変なものだし、元気な男の子を生まなければ、価値がないと言われてしまう。貴方は繊細なようだし」
この人も被害者なのだと分かっている。きっと男尊女卑の世界で、懸命に生きてきた人なのだろう。だから私のような人に、任せることは心配だし、伯爵夫人が務まるだなんて思っていない。それにたぶん私のことをあまり好いていない。やさしくは接するけれど、全然私のことを好いていない。きっといつか、怒りが爆発したりするのだと思う。
「帰れと命令するなら、私は帰ります。釣り合っていませんし、私なんて何もないんですから。妹ならまだ価値があったかもしれませんが」
少し表情が明るくなり、作り笑いではない笑顔が垣間見えた。
「でも、ジェラール様は、満足しているとおっしゃいました。私はこういう大きな決断をしたことがありません。だからジェラール様にゆだねることにしました」
彼女はぎこちなく笑い、眉をひそめた。私の前で初めて義母は不穏な表情を浮かべた。抑圧した苛立ちかもしれない。
「そう。嫌になれば逃げてしまえばいいわ」
「ありがとうございます」
義母と義姉が帰ってからであった。私のウエディングドレスが用意されていたことが判明したのは。カタリナが着るはずだったウエディングドレスが、私が到着する前に届いていたのだ。まさか誰も知らなかったはずがない。誰かが意図して、ドレスを隠したということしか考えられない。しかしそんなことを詮索したところで、何も問題が解決するわけではないので、考えることをやめた。
次の日、肉料理ばかりが出てきた食卓にお粥が出てきたとき、私は驚いた。ジェラール様の計らいということだった。胃に負担のかからない食事をしたことで、久しぶりにお腹が温かくなった。
ジェラール様の仕事は忙しいようだった。朝一緒に朝食を食べた後、秘書と一緒に執務室で仕事をして、お昼にはまた私と食事をした。食事中はほとんどしゃべらなかった。必要なこと以外はしゃべらない人なのだ。私も話をするのが得意な方でないし、使用人たちが見守る中、仲の良さなんて感じられなかった。きっと使用人たちは息が詰まっただろう。ジェラール様の無言は話題を探しているような緊張感が感じられない。とても穏やかで静か。
「調子はどうだ」
「おかげさまで、少しずつ体が楽になってきました」
丁寧に一口大にきり分けられたリンゴを口を運んだ。ジェラール様はかなりの大食いな様で、分厚い肉の塊を余裕で食べている。白パンではなく茶色の硬いパン。スープは二杯目で、ゆで卵はいくつあるか分からない。
「だが、まだ顔色が悪い」
「そうでしょうか」
「外で日光浴でもすればいい」
「お気遣いいただきありがとうございます」
オレンジを食べ、アールグレイを一口飲んだ。
右目の猛獣の爪でひっかかれたような一本の傷はどこでついたものなのかしら。それにしてもこんなに綺麗な瞳をしている人って世界に何人もいないわよね。公爵令嬢のアデルハイド様より、もっと薄くて、瞳孔がはっきりと見える。
「なんだ」
彼は突然顔を上げ、目が合った。咄嗟に目をそらし、アールグレイをこぼしそうになった。私ったら、見すぎてた。少しは気を使わないと。まったく。ナプキンで口を拭いた。
「いえ、ただ、なんでもありません」
「そうか」
言われた通り私は午後外を散歩した。そう言えば結婚式の日から私は外へ出ていないのだ。窮屈なお屋敷の中で、変に絡まってしまった糸のような人々の中、縛り付けられていた。
天気は程よく雲がたゆたい、太陽が時々雲に隠れながら、照らしている。風は冷たく穏やかで、青草の匂いを運んだ。草木はのびのびと生い茂っている。
敷地の外へ出ようと、門へ近づいたけれど、衛兵に制止された。
「モンフォール伯爵に止められています。今外では、第二騎士団の野外演習を行っており、危険ですので、この塀の外へ出ないようお願いします」
一人で敷地の中を歩いて回った。一番最初来た日はとにかく広いように思えていたけれど、回ってみるとそこまで広いわけでもなかった。それにお屋敷だってお城と思えるほどに大きいわけではない。たぶんいろんな衝撃で、いろいろと広く、大きく見えていたのでしょうね。とはいっても、もちろん広いのだけれど。
日が傾くまで、外のベンチで本を読んだ。夕食にジェラール様はいらっしゃらなかった。でも夜、ベッドで刺繍をしていたところでやってきた。
帰る日、義母は諦めたような、呆れたような表情で私の髪を触った。
「貴方はまだ若いし、良い人がるはずよ。それに貴方にはこの御屋敷を任せるのは心苦しいわ。ひどく大変でしょうし、苦しい思いをしてほしくない。ジェラールにはアデルハイドと結婚した方が、貴方もみんなも楽になるはずよ」
この人の卑怯なところはジェラール様のいるところでは絶対にこの話をしないところだ。
これなら義姉のように頭ごなしに怒鳴られて、貴方みたいな人と結婚させたくなかったと言われた方がよかった。何重にも回り道をして、人を誘導するようなことをされると、逆にはっきりとさせてもらってほしくなってしまう。
「伯爵夫人って言うのは、いろいろな人と関わって大変なものだし、元気な男の子を生まなければ、価値がないと言われてしまう。貴方は繊細なようだし」
この人も被害者なのだと分かっている。きっと男尊女卑の世界で、懸命に生きてきた人なのだろう。だから私のような人に、任せることは心配だし、伯爵夫人が務まるだなんて思っていない。それにたぶん私のことをあまり好いていない。やさしくは接するけれど、全然私のことを好いていない。きっといつか、怒りが爆発したりするのだと思う。
「帰れと命令するなら、私は帰ります。釣り合っていませんし、私なんて何もないんですから。妹ならまだ価値があったかもしれませんが」
少し表情が明るくなり、作り笑いではない笑顔が垣間見えた。
「でも、ジェラール様は、満足しているとおっしゃいました。私はこういう大きな決断をしたことがありません。だからジェラール様にゆだねることにしました」
彼女はぎこちなく笑い、眉をひそめた。私の前で初めて義母は不穏な表情を浮かべた。抑圧した苛立ちかもしれない。
「そう。嫌になれば逃げてしまえばいいわ」
「ありがとうございます」
義母と義姉が帰ってからであった。私のウエディングドレスが用意されていたことが判明したのは。カタリナが着るはずだったウエディングドレスが、私が到着する前に届いていたのだ。まさか誰も知らなかったはずがない。誰かが意図して、ドレスを隠したということしか考えられない。しかしそんなことを詮索したところで、何も問題が解決するわけではないので、考えることをやめた。
次の日、肉料理ばかりが出てきた食卓にお粥が出てきたとき、私は驚いた。ジェラール様の計らいということだった。胃に負担のかからない食事をしたことで、久しぶりにお腹が温かくなった。
ジェラール様の仕事は忙しいようだった。朝一緒に朝食を食べた後、秘書と一緒に執務室で仕事をして、お昼にはまた私と食事をした。食事中はほとんどしゃべらなかった。必要なこと以外はしゃべらない人なのだ。私も話をするのが得意な方でないし、使用人たちが見守る中、仲の良さなんて感じられなかった。きっと使用人たちは息が詰まっただろう。ジェラール様の無言は話題を探しているような緊張感が感じられない。とても穏やかで静か。
「調子はどうだ」
「おかげさまで、少しずつ体が楽になってきました」
丁寧に一口大にきり分けられたリンゴを口を運んだ。ジェラール様はかなりの大食いな様で、分厚い肉の塊を余裕で食べている。白パンではなく茶色の硬いパン。スープは二杯目で、ゆで卵はいくつあるか分からない。
「だが、まだ顔色が悪い」
「そうでしょうか」
「外で日光浴でもすればいい」
「お気遣いいただきありがとうございます」
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「なんだ」
彼は突然顔を上げ、目が合った。咄嗟に目をそらし、アールグレイをこぼしそうになった。私ったら、見すぎてた。少しは気を使わないと。まったく。ナプキンで口を拭いた。
「いえ、ただ、なんでもありません」
「そうか」
言われた通り私は午後外を散歩した。そう言えば結婚式の日から私は外へ出ていないのだ。窮屈なお屋敷の中で、変に絡まってしまった糸のような人々の中、縛り付けられていた。
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