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プロローグ
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私はその時まだ七歳だった。その日の事はよく覚えている。
その日はフィル殿下と昼食をする約束をしていたのだけれど、フィル殿下は予定の時間を過ぎても約束の場所に現れなくて、メイドから聞いた話によると、サーカスが王都にやってきたからサーカスを見に行ったと。
私だってサーカスを見に行きたかった。だけどフィル殿下が珍しく昼食に呼んでくださったからと、心躍る気持ちいっぱいな状態で、王宮へやってきた。
期待が大きかったからか、サーカスへ行ってしまったと聞いた時、ショックで水だけ飲んで帰った記憶がある。家に帰ったら父になんといえばいいだろうと悶々と考えていた。父は私がフィル殿下と婚約したとき一番喜んでくれたから、フィル殿下とお近づきになるために必死だった。
付き添いの騎士も、メイドも、とても気まずそうにして「大丈夫ですよ。また次の機会がありますから」とか「怒 らなかったのはとてもよかったですよ」とか、言ってきたけれど、そんなことじゃ幼い私の心は満たされなくて、励ましてくれていた騎士やメイドも、黙ってしまった。
そして王宮から帰る途中、下ばかり見て歩いていたせいか、誰かにぶつかった。騎士はすぐに臨戦態勢となり、私は頭をぶつけてフラフラとした。
「すみませんレディ」
見上げると私よりも年上の少年だった。十五歳ぐらいの少年で、とても美形だったのを覚えている。綺麗な銀髪で、少し前髪で隠れた目、手足は細くて、肌は白い。それでも顔の堀は深くて、鼻も高い、桃色の唇。まるで雪の精か、何かかと子供の私は思った。
そしてそれが私の初恋だった。
「何者だ」と騎士が野太い声で聞いた。
「僕はノア・バートル。隣国から来ました」
その名前を聞いた騎士は構えるのをやめ、私の後ろに隠れた。隣にいたメイドも深くお辞儀をした。騎士は震えた声で「申し訳ございません」と言った。緊張感のある空気の中、私は初恋によりフワフワとしていた。
「大丈夫ですよ」
騎士にそう言うと、ノア様は私の前で跪き、私の手を取ってきた。
「申し訳ございません、レディ。お詫びと言ったら何ですがよかったらこれを」
ノア様はポケットから一枚の紙を私の手に握らせてきた。それはあのサーカスのチケットだった。私は両手で持って、そのチケットを眺めていた。
「では」
私は帰ってしまおうとしたノア様の服の袖を掴んで引き留めた。
「あ、貴方、どこからいらしたの?」
「隣国から来ましたよ」
「どんなお仕事してらっしゃるの?」
ノア様は人差し指を立てて、唇に当てると、その人差し指で私の唇に当ててきた。私は顔が熱くなって、口を両手で押さえた。
「内緒です」
「内緒?」
私を見るとノア様はにっこりと笑った。
「またどこかで会えるといいですね」
「待って!住所だけでも教えてください!」
メイドたちが言うには、あれほど積極的なお嬢様はあれ以来見たことが無いとよく話している。そして私は毎日のようにノア様に手紙を出し、ノア様は月に一度ほど返事をよこしてくれた。エリック様に婚約者がいるのは分かってる。だってあんなにかっこいいのだから。
私だってフィル殿下と婚約しているけれど、手紙を送りあうだけならば、それぐらいならば、誰も叱らないでいてくれるでしょう。
そして今日も日記の様に手紙をしたためて、手紙にキスをしてフクロウに渡した。私はこれだけで幸せなの。これだけで私は幸せだから良いの。毎日が我慢だらけなのだから、これぐらいならいいはず。
部屋の扉をノックしてメイドが入ってきた。
「そろそろ舞踏会のお時間ですけれど」
「ええ、今行くわ」
今日は午前中に学院の卒業式が行われ、今晩はその学院卒業を祝う舞踏会がある。そこにはフィル殿下もやって来る。今度こそ私と踊ってくれるだろうか。
その日はフィル殿下と昼食をする約束をしていたのだけれど、フィル殿下は予定の時間を過ぎても約束の場所に現れなくて、メイドから聞いた話によると、サーカスが王都にやってきたからサーカスを見に行ったと。
私だってサーカスを見に行きたかった。だけどフィル殿下が珍しく昼食に呼んでくださったからと、心躍る気持ちいっぱいな状態で、王宮へやってきた。
期待が大きかったからか、サーカスへ行ってしまったと聞いた時、ショックで水だけ飲んで帰った記憶がある。家に帰ったら父になんといえばいいだろうと悶々と考えていた。父は私がフィル殿下と婚約したとき一番喜んでくれたから、フィル殿下とお近づきになるために必死だった。
付き添いの騎士も、メイドも、とても気まずそうにして「大丈夫ですよ。また次の機会がありますから」とか「怒 らなかったのはとてもよかったですよ」とか、言ってきたけれど、そんなことじゃ幼い私の心は満たされなくて、励ましてくれていた騎士やメイドも、黙ってしまった。
そして王宮から帰る途中、下ばかり見て歩いていたせいか、誰かにぶつかった。騎士はすぐに臨戦態勢となり、私は頭をぶつけてフラフラとした。
「すみませんレディ」
見上げると私よりも年上の少年だった。十五歳ぐらいの少年で、とても美形だったのを覚えている。綺麗な銀髪で、少し前髪で隠れた目、手足は細くて、肌は白い。それでも顔の堀は深くて、鼻も高い、桃色の唇。まるで雪の精か、何かかと子供の私は思った。
そしてそれが私の初恋だった。
「何者だ」と騎士が野太い声で聞いた。
「僕はノア・バートル。隣国から来ました」
その名前を聞いた騎士は構えるのをやめ、私の後ろに隠れた。隣にいたメイドも深くお辞儀をした。騎士は震えた声で「申し訳ございません」と言った。緊張感のある空気の中、私は初恋によりフワフワとしていた。
「大丈夫ですよ」
騎士にそう言うと、ノア様は私の前で跪き、私の手を取ってきた。
「申し訳ございません、レディ。お詫びと言ったら何ですがよかったらこれを」
ノア様はポケットから一枚の紙を私の手に握らせてきた。それはあのサーカスのチケットだった。私は両手で持って、そのチケットを眺めていた。
「では」
私は帰ってしまおうとしたノア様の服の袖を掴んで引き留めた。
「あ、貴方、どこからいらしたの?」
「隣国から来ましたよ」
「どんなお仕事してらっしゃるの?」
ノア様は人差し指を立てて、唇に当てると、その人差し指で私の唇に当ててきた。私は顔が熱くなって、口を両手で押さえた。
「内緒です」
「内緒?」
私を見るとノア様はにっこりと笑った。
「またどこかで会えるといいですね」
「待って!住所だけでも教えてください!」
メイドたちが言うには、あれほど積極的なお嬢様はあれ以来見たことが無いとよく話している。そして私は毎日のようにノア様に手紙を出し、ノア様は月に一度ほど返事をよこしてくれた。エリック様に婚約者がいるのは分かってる。だってあんなにかっこいいのだから。
私だってフィル殿下と婚約しているけれど、手紙を送りあうだけならば、それぐらいならば、誰も叱らないでいてくれるでしょう。
そして今日も日記の様に手紙をしたためて、手紙にキスをしてフクロウに渡した。私はこれだけで幸せなの。これだけで私は幸せだから良いの。毎日が我慢だらけなのだから、これぐらいならいいはず。
部屋の扉をノックしてメイドが入ってきた。
「そろそろ舞踏会のお時間ですけれど」
「ええ、今行くわ」
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