平凡を望んだ私が、なぜ侯爵と結婚して、溺愛されることとなったのか？

第五話

「あんなふうに女性に突き放されたのは初めてだった。それに逃げられるのも。私は貴方のような女性に会うのは初めて。ぜひ私と結婚してください」

　一昨日の夜、突き放した男が目を輝かせて、花束を持って目の前に立っていたために、ソフィはネグリジェのままで苦笑いをして、まだ寝ぼけているのかと、自らの脳みそを疑い玄関の扉を閉めた。
　何？さっきの？夢？頭打ったかしら。どこからどう感じてもおかしい。一昨日会ったばかりの、外見が派手な侯爵が私に求婚してきた。もしかしたら見間違いかも。
　そんな風なことを思い、もう一度こっそりと玄関の扉を開けてみるとまだしっかりと、ケイトが立っていた。ブロンドの前髪を綺麗にセットして、上質なスーツを着こなし、ほっそりとした手足は長い、全体が細長い。夢ではないことが分かると、もう一度冷静になるために扉を閉めようとした。でも彼は目を細め、唇を薄く広げると先に玄関のドアの間に足を入れ、扉を閉めることを妨げた。

「やめてください。警察呼びますよ！」
「大丈夫、ただ言質を取れれば、私はそれで満足だから」
「言質ってなに！？」

　恐ろしい！何、この男！気持ち悪すぎて、絶対に結婚とかしたくない。とにかくさっさとここから追い出さないと。
　今お父様はちょうど昨晩出かけて居ないし、お母様は十年前に亡くなったし、使用人は侯爵になんて手出しできないだろうし。もう！どうすればいいの！？

「侯爵だからって何をしてもいいと思っていらして？もう少し紳士らしくなさったらいかが？」
「レディ・ソフィが逃げようとなさらないなら、いくらでも紳士になりましょう」

　にっこりと笑うケイトのことを見てソフィは絶句した。
　な、なんでこいつ私の名前知ってるわけ？私一度も名乗ってないのに！ていうか、そもそも、なんでこいつ私の家知ってたの？気持ち悪い。でも仕方がない。

「着替えてまいりますから、中でお待ちください」
「ありがとうございます」

　仕方が無しに、ソフィはケイトのことを屋敷の中へ招き入れて。客間で待たせておくことにした。
　部屋の中でソフィはとにかく、考えを巡らせた。どうすればあの男をこの家から追い出すことができるのか、どうすれば逃げられるか。

「どのお召し物になさいますか？」

　何も思いつかない。

「適当にいつもの出して」

　普通のドレスに着替えたソフィは全く策がないままで、客間へと向かった。
　それにしても、どうして私は気に入られたのかしら。私に気に入られるところなんてあった？いいえ、全くなかったはず。すごくマナーがなって居ないおかしな女と思われていたはずだけど。男ってのは本当に良く分からない生物だわ。
　客間へ行くと、扉の前でメイド達が、ケイトの容姿をほめたたえてキャーキャー言っていた。

「お嬢様、絶対あの方と結婚してくださいね」
「え、ええ…」
「すごくいい殿方でしたよ。私達みたいな使用人にも、挨拶してくださるし、ありがとうって言ってくださるし」
「絶対幸せになれますよ」

　大変だわ。外堀から埋められている。私じゃなくて、周りの人間から落としていくなんて、なんて男なの。あんな男と結婚なんて、絶対に嫌。

「お待たせいたしました」

　向かい合うように座り、警戒するようにソフィはケイトの方を見た。

「素敵なお召し物だ」
「いえ、別に」
「単刀直入だけれど、結婚の話をしてもよろしいだろうか」
「ダメです。まず、私の話を聞いてください。なぜ私の名前を知っていて、住まいまで知っていたのですか？」
「貴女の隣にいた女性にいろいろ聞いたのだよ」　

　エリーゼ！なんてことをしてくれているのよ。こんなおかしな男を送り込んできて、きっと善良な心で色々教えたのだろうけれど、逆！

「では、なぜ私のような女と結婚をしたいなどと」
「あなたのような素敵な女性に私は今まで会ったことがない」

　玄関で見たように、目をキラキラ輝かせてケイトはそう言った。

「今まで、私のことを嫌悪的に見る女性なんていなかった。爵位や、容姿のメリットばかりに目を向けられて、騙されたり、言いくるめられたりすることが多かったのです。だから、妻だけは絶対にそういうメリットばかりに目を向けない女性と結婚したかった。それが貴女だ」

　ど、どうしよう。どうすれば逃げられるかしら。この変人から。