【R18】花頭症候群 ~花盛りの女たちと、翻弄される男たちのあれやこれや

優奎 日伽 (うけい にちか)

文字の大きさ
37 / 51
3. 架純 ~女の純情なめんなよ

架純 ⑧

しおりを挟む
 

 フリでも良いから仲良くしてと言った店長の願いもすっかり忘れ、バックヤードで喧嘩をおっぱじめてしまった架純と黒珠は、罰として閉店作業を店長監視のもと黙々と熟している。

 注意されてから、二日は我慢した。
 今日だって架純が一々過剰に反応しなければ、喧嘩は避けられた筈だ。
 分かっているけれど、一度弾けてしまった感情は治まる事を知らず、後悔したはずのあの日の再現をこれでもかとしでかしている。

 何を言っても冷静な黒珠が、唯一反応を見せるから、架純もつい意地悪な気持ちになってしまう。嫌われる一方だと分かっているのに。

(お姉さんは、やっぱ特別なんだね)

 瑠珠が入院して、毎日見舞いに通う黒珠を詰った。そんなことを言える立場でもないくせに。
 黒珠を訪ねてくる杏里は、偶に目が合うと憐れむような視線を投げてきたり、これ見よがしの溜息を吐いていた。彼が何を言いたかったのか、今更知りたいとも思わない。と言うか今の今まですっかり忘れていたし。

(そう言えばあの子に “馬鹿” 呼ばわりされたんだっけ……ま実際、馬鹿だけどさ。なんか、思い出したら腹立ってきた)

 年下のくせに生意気なのは、きっと黒珠の幼馴染みだからだと、勝手に解釈すれば尚のこと、無表情で床掃除をしている彼が憎たらしくなってくる。
 イラっとした顔で黒珠を睨むと、店長の咳払いが聞こえた。
 慌ててモップを動かせば、向こうでクスッと笑う声が聞こえた気がして、眉間に皺を寄せて黒珠を見る。けど架純の所からは表情を確認できない。下手に声を上げようものなら、監視員を怒らせるだけだ。

(我慢だ我慢。金子くんの誘導に乗せられて、キレたらこっちの負けよ!)

 立場が悪くなって、店に居辛くなったら困る。勉強しないなら働けと、孫の手で母親に尻はもう叩かれたくない。

(お母さんってば、娘のお尻本気で叩くんだもんなぁ)

 しばらくヒリヒリして座れなかった記憶が甦る。
 卒業してから毎日ゴロゴロと、家の手伝いもしなかった架純も悪いのだけど、あの時は何もする気になれなかった。

 そこからやっとの思いで復活したのに、元凶に再会してしまうとはツイてない。  
 しかも職を失うかもしれない危機。
 黒珠に恋してから、自分ばかりが振り回されている気がして、理不尽さを感じずにはいられない。
 黒珠を盗み見て、無意識のうちに何度も溜息を吐いていた。


 ***


 黒珠がバイトに来るようになってから半月、架純も感情のコントロールを覚え、一発触発の危うい空気にはならなくなってきた。が、二人の間に流れる冷気は依然変わらない。
 指導係の任も解かれ、犬猿の仲だとスタッフに浸透してからは、女性スタッフの僻みやっかみは沈静化し、それだけでも架純の心に平安が訪れた。

 この日、遅番で出勤した架純が更衣室から出て来ると、どんなタイミングなのだか、黒珠がスタッフルームに顔を出した。咄嗟に壁掛け時計に目を遣る。黒珠の手にはグラスが握られていて、休憩だと知れた。
 架純の出勤時間に黒珠の休憩を入れたのは、店長の采配ではない。確か今日は公休日のはずだ。

 黒珠はチラッと架純を見て、テーブル席に着く。
 架純は言葉にならないモヤモヤを胸に抱えたまま、壁際の姿見の前に立った。手にした大き目の帽子を被って、髪の毛を中に押し込む。
 普段はバンダナを海賊みたいに被るのだが、花頭が咲くと専用の帽子を被ることになっている。匂いの防止と花粉の飛散を防ぐためだ。

 ふと視線を感じ、鏡越しから背後を窺う。黒珠にじっと見られていて、ぞくりと震えが走った。
 恐怖ではない。
 落ち着かなくなる眼差しが、架純に向けられている。

(……なに? なんで?)

 熱っぽい目で見られている。
 そう感じた途端、心臓が早鐘を打ち始め、息苦しさを感じた。

(今までそんな目で見たことなんてなかったじゃないッ!)

 居た堪れなさから目を逸らし、帯状になった友布を後頭部で結ぼうとした時、黒珠が呟くように口を開いた。

「……薔薇」

 一瞬何を言ったのか分からず、きょとんとした顔で彼を振り返り、目線の先で花頭のことだと気が付いた。
 黒珠を見たまま、帽子の隙間から花粉が零れたりしないように、紐をぎゅっと結ぶ。

「薔薇だけど、何か?」

 平静を装い、如何にも黒珠のせいで不愉快だと言わんばかりに眉を寄せ、壁にぶら下がっているコロコロを手に取った。プラスチックのカバーを外し、粘着面を衣服の上で転がす。
 気にも留めていないと、素っ気ない態度を示す架純に、くすっと笑いを漏らした黒珠。ムッと唇を尖らせて、上目遣いに彼を睨んだ。

「高校の時のままだな、って」

 黒珠の口角が意地悪そうに上がる。
 卒業してから、まだ四ヶ月にもなっていない。
 黒珠が言わんとしている言葉がなんなのか、頭を掠めただけで頬に朱が走った。

「だ、だったら何よ!?」
「別に。薔薇が咲いてると、言っただけ」

 艶然と微笑む黒珠。
 心臓が鷲掴まれた様にギュッとなり、次の瞬間に思ったことは、イニシアチブを取られるだった。
 架純がひたすら黒珠を想い続けたことは、今さら隠しようもない。それを弱みとして掴まれるのは御免だ。

 なのに……。
 もう黒珠を好きではないんだと、彼を想って咲いているわけではないんだと、勘違いされては困ると、そう言いたいのに言葉が出ない。
 何で、まだ花頭は咲いてしまうんだろう。
 こんなに腹が立つのに、どうして――――



 早番の黒珠が帰るまで、本当に心臓が痛かった。
 居た堪れないとかそんなレベルじゃ到底済まない。それこそ体調不良を言い訳に、早退したかった。
 悉く架純の視界に入り込み、目が合ってニヤッと笑われたりしたら、悲鳴を上げて逃げ出したかったくらい、慄いた。
 弱みを掴まれた。もう終わりだ。そんなことばかりが頭の中を占め、全く生きた心地がしなかった。
 だから彼が上がった時は心底安堵し、あからさまに胸を撫で下ろしたと言うのに……。

「何でいるのよ」

 架純が原付バイクを置いている所に、諸悪の根源が居た。恐らく黒珠のだと思われる自転車に腰掛け、彼女の姿を見止めると薄く微笑んだ。

「架純さんを待ってたから」

 今ではすっかり慣れ、佐々木とは言わなくなった黒珠に、外でそう呼ばれると変な感じがする。
 嬉しいような、怖いような、もぞもぞとくすぐったいような、ヒリヒリするような、複雑な思いが交錯し、何か裏があるかもと胡乱な目で見てしまう。
 架純はその場に佇み、黒珠の動向を窺いつつも口を開く。

「待たれる覚えはないけど?」
「確認したいことがあって」
「確認? なに。仕事のことなら「違う」

 架純から言葉を奪い、被せて否定する。黒珠の睨むような眼差しに、息を詰めて見返すと、「ごめん」と頭を下げてきた。いつでも喧嘩上等の構えだった架純も、これには呆気に取られてポカンとする。

(今、ごめんって言った? 空耳、かな……?)

 首を傾げて眺めていると、少しだけ顔を上げた黒珠の様子を窺う双眸と視線が合った。いつもなら直ぐに逸らすのに、お互いの瞳から逸らせない。
 熱の篭った眼が僅かに潤んでいると、どうして気付いてしまったのだろう。
 縫いつけられたようにその場から動けないでいると、黒珠が一歩、また一歩と近付いて来るのが見えた。
 腕を掴まれ、グイッと引っ張られる。

「え……?」

 頭が理解する前に、「通行の邪魔」と黒珠の声が耳に届き、架純の背後を数人の会社員が通り過ぎて行く。

(び……びっくりした~ぁ)

 何事が起きたのかと思った。

「ご、めん」
「何が?」
「人に気付かなくて」
「それ俺に謝るとこじゃない。ありがとだろ、普通」
「そっか。ありがと」

 びっくりしたせいか、素直な言葉が口から滑り出る。
 黒珠を見上げた瞳に、優しく微笑む彼の姿が映り込んだ。
 かつて欲しいと羨望した微笑みが、今架純に向けられていた。

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

俺様上司に今宵も激しく求められる。

美凪ましろ
恋愛
 鉄面皮。無表情。一ミリも笑わない男。  蒔田一臣、あたしのひとつうえの上司。  ことあるごとに厳しくあたしを指導する、目の上のたんこぶみたいな男――だったはずが。 「おまえの顔、えっろい」  神様仏様どうしてあたしはこの男に今宵も激しく愛しこまれているのでしょう。  ――2000年代初頭、IT系企業で懸命に働く新卒女子×厳しめの俺様男子との恋物語。

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

ちょっと大人な物語はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な短編物語集です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

ヤンデレエリートの執愛婚で懐妊させられます

沖田弥子
恋愛
職場の後輩に恋人を略奪された澪。終業後に堪えきれず泣いていたところを、営業部のエリート社員、天王寺明夜に見つかってしまう。彼に優しく慰められながら居酒屋で事の顛末を話していたが、なぜか明夜と一夜を過ごすことに――!? 明夜は傷心した自分を慰めてくれただけだ、と考える澪だったが、翌朝「責任をとってほしい」と明夜に迫られ、婚姻届にサインしてしまった。突如始まった新婚生活。明夜は澪の心と身体を幸せで満たしてくれていたが、徐々に明夜のヤンデレな一面が見えてきて――執着強めな旦那様との極上溺愛ラブストーリー!

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

処理中です...