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3. 架純 ~女の純情なめんなよ
架純 ⑧
しおりを挟むフリでも良いから仲良くしてと言った店長の願いもすっかり忘れ、バックヤードで喧嘩をおっぱじめてしまった架純と黒珠は、罰として閉店作業を店長監視のもと黙々と熟している。
注意されてから、二日は我慢した。
今日だって架純が一々過剰に反応しなければ、喧嘩は避けられた筈だ。
分かっているけれど、一度弾けてしまった感情は治まる事を知らず、後悔したはずのあの日の再現をこれでもかとしでかしている。
何を言っても冷静な黒珠が、唯一反応を見せるから、架純もつい意地悪な気持ちになってしまう。嫌われる一方だと分かっているのに。
(お姉さんは、やっぱ特別なんだね)
瑠珠が入院して、毎日見舞いに通う黒珠を詰った。そんなことを言える立場でもないくせに。
黒珠を訪ねてくる杏里は、偶に目が合うと憐れむような視線を投げてきたり、これ見よがしの溜息を吐いていた。彼が何を言いたかったのか、今更知りたいとも思わない。と言うか今の今まですっかり忘れていたし。
(そう言えばあの子に “馬鹿” 呼ばわりされたんだっけ……ま実際、馬鹿だけどさ。なんか、思い出したら腹立ってきた)
年下のくせに生意気なのは、きっと黒珠の幼馴染みだからだと、勝手に解釈すれば尚のこと、無表情で床掃除をしている彼が憎たらしくなってくる。
イラっとした顔で黒珠を睨むと、店長の咳払いが聞こえた。
慌ててモップを動かせば、向こうでクスッと笑う声が聞こえた気がして、眉間に皺を寄せて黒珠を見る。けど架純の所からは表情を確認できない。下手に声を上げようものなら、監視員を怒らせるだけだ。
(我慢だ我慢。金子くんの誘導に乗せられて、キレたらこっちの負けよ!)
立場が悪くなって、店に居辛くなったら困る。勉強しないなら働けと、孫の手で母親に尻はもう叩かれたくない。
(お母さんってば、娘のお尻本気で叩くんだもんなぁ)
しばらくヒリヒリして座れなかった記憶が甦る。
卒業してから毎日ゴロゴロと、家の手伝いもしなかった架純も悪いのだけど、あの時は何もする気になれなかった。
そこからやっとの思いで復活したのに、元凶に再会してしまうとはツイてない。
しかも職を失うかもしれない危機。
黒珠に恋してから、自分ばかりが振り回されている気がして、理不尽さを感じずにはいられない。
黒珠を盗み見て、無意識のうちに何度も溜息を吐いていた。
***
黒珠がバイトに来るようになってから半月、架純も感情のコントロールを覚え、一発触発の危うい空気にはならなくなってきた。が、二人の間に流れる冷気は依然変わらない。
指導係の任も解かれ、犬猿の仲だとスタッフに浸透してからは、女性スタッフの僻みやっかみは沈静化し、それだけでも架純の心に平安が訪れた。
この日、遅番で出勤した架純が更衣室から出て来ると、どんなタイミングなのだか、黒珠がスタッフルームに顔を出した。咄嗟に壁掛け時計に目を遣る。黒珠の手にはグラスが握られていて、休憩だと知れた。
架純の出勤時間に黒珠の休憩を入れたのは、店長の采配ではない。確か今日は公休日のはずだ。
黒珠はチラッと架純を見て、テーブル席に着く。
架純は言葉にならないモヤモヤを胸に抱えたまま、壁際の姿見の前に立った。手にした大き目の帽子を被って、髪の毛を中に押し込む。
普段はバンダナを海賊みたいに被るのだが、花頭が咲くと専用の帽子を被ることになっている。匂いの防止と花粉の飛散を防ぐためだ。
ふと視線を感じ、鏡越しから背後を窺う。黒珠にじっと見られていて、ぞくりと震えが走った。
恐怖ではない。
落ち着かなくなる眼差しが、架純に向けられている。
(……なに? なんで?)
熱っぽい目で見られている。
そう感じた途端、心臓が早鐘を打ち始め、息苦しさを感じた。
(今までそんな目で見たことなんてなかったじゃないッ!)
居た堪れなさから目を逸らし、帯状になった友布を後頭部で結ぼうとした時、黒珠が呟くように口を開いた。
「……薔薇」
一瞬何を言ったのか分からず、きょとんとした顔で彼を振り返り、目線の先で花頭のことだと気が付いた。
黒珠を見たまま、帽子の隙間から花粉が零れたりしないように、紐をぎゅっと結ぶ。
「薔薇だけど、何か?」
平静を装い、如何にも黒珠のせいで不愉快だと言わんばかりに眉を寄せ、壁にぶら下がっているコロコロを手に取った。プラスチックのカバーを外し、粘着面を衣服の上で転がす。
気にも留めていないと、素っ気ない態度を示す架純に、くすっと笑いを漏らした黒珠。ムッと唇を尖らせて、上目遣いに彼を睨んだ。
「高校の時のままだな、って」
黒珠の口角が意地悪そうに上がる。
卒業してから、まだ四ヶ月にもなっていない。
黒珠が言わんとしている言葉がなんなのか、頭を掠めただけで頬に朱が走った。
「だ、だったら何よ!?」
「別に。薔薇が咲いてると、言っただけ」
艶然と微笑む黒珠。
心臓が鷲掴まれた様にギュッとなり、次の瞬間に思ったことは、イニシアチブを取られるだった。
架純がひたすら黒珠を想い続けたことは、今さら隠しようもない。それを弱みとして掴まれるのは御免だ。
なのに……。
もう黒珠を好きではないんだと、彼を想って咲いているわけではないんだと、勘違いされては困ると、そう言いたいのに言葉が出ない。
何で、まだ花頭は咲いてしまうんだろう。
こんなに腹が立つのに、どうして――――
早番の黒珠が帰るまで、本当に心臓が痛かった。
居た堪れないとかそんなレベルじゃ到底済まない。それこそ体調不良を言い訳に、早退したかった。
悉く架純の視界に入り込み、目が合ってニヤッと笑われたりしたら、悲鳴を上げて逃げ出したかったくらい、慄いた。
弱みを掴まれた。もう終わりだ。そんなことばかりが頭の中を占め、全く生きた心地がしなかった。
だから彼が上がった時は心底安堵し、あからさまに胸を撫で下ろしたと言うのに……。
「何でいるのよ」
架純が原付バイクを置いている所に、諸悪の根源が居た。恐らく黒珠のだと思われる自転車に腰掛け、彼女の姿を見止めると薄く微笑んだ。
「架純さんを待ってたから」
今ではすっかり慣れ、佐々木とは言わなくなった黒珠に、外でそう呼ばれると変な感じがする。
嬉しいような、怖いような、もぞもぞとくすぐったいような、ヒリヒリするような、複雑な思いが交錯し、何か裏があるかもと胡乱な目で見てしまう。
架純はその場に佇み、黒珠の動向を窺いつつも口を開く。
「待たれる覚えはないけど?」
「確認したいことがあって」
「確認? なに。仕事のことなら「違う」
架純から言葉を奪い、被せて否定する。黒珠の睨むような眼差しに、息を詰めて見返すと、「ごめん」と頭を下げてきた。いつでも喧嘩上等の構えだった架純も、これには呆気に取られてポカンとする。
(今、ごめんって言った? 空耳、かな……?)
首を傾げて眺めていると、少しだけ顔を上げた黒珠の様子を窺う双眸と視線が合った。いつもなら直ぐに逸らすのに、お互いの瞳から逸らせない。
熱の篭った眼が僅かに潤んでいると、どうして気付いてしまったのだろう。
縫いつけられたようにその場から動けないでいると、黒珠が一歩、また一歩と近付いて来るのが見えた。
腕を掴まれ、グイッと引っ張られる。
「え……?」
頭が理解する前に、「通行の邪魔」と黒珠の声が耳に届き、架純の背後を数人の会社員が通り過ぎて行く。
(び……びっくりした~ぁ)
何事が起きたのかと思った。
「ご、めん」
「何が?」
「人に気付かなくて」
「それ俺に謝るとこじゃない。ありがとだろ、普通」
「そっか。ありがと」
びっくりしたせいか、素直な言葉が口から滑り出る。
黒珠を見上げた瞳に、優しく微笑む彼の姿が映り込んだ。
かつて欲しいと羨望した微笑みが、今架純に向けられていた。
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