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3. 架純 ~女の純情なめんなよ
架純 ⑨
しおりを挟む「金子くんの先刻の “ごめん” って?」
唐突に謝罪されても、意味が分かるはずもなく、何を許せば良いのか聞いておくべきだと思った。
先刻のびっくりが続いている訳じゃないけど、今ならなんとなく素直に話が出来る気がする。
今更な感じもしないではないけど。
黒須は数瞬真顔になって架純を見、少しの戸惑いを浮かべると、言い辛そうに顔をくしゃりとする。
何度か口を開いては噤み、架純の顔をチラ見してまた同じ行動を繰り返す。辛抱強い方だと思うけど、ずっとここで突っ立って、通行人にチラチラと窺われるのは、居心地が悪い。落ち着きなく周囲に目をやる架純の態度に気が付き、黒須が再び「ごめん」と呟く。
傲岸不遜なくらい動じない黒須に何度も謝られると、いやにムズムズする。黒珠といてどの道居心地の悪い思いをするならと、架純は場所の移動を提案した。
近くの公園にいざ移動となり、架純は原付バイクを押して歩道を歩いている。
エンジンの掛かっていない原付は、めちゃくちゃ重い。数メートル押しただけで、息が上がってきた。
「……やっぱり変わろうか?」
「いいッ!」
見ていられないと言った風情の黒珠の申し出を、断り続けること十三回目。多分、二~三メートル間隔で訊かれてて、ちょっとウザい。
原付よりも黒珠の自転車を押す方が楽に決まっている。彼に任せた方が、移動速度も上がって効率がいいのは分かっていても、移動を提案したのは架純だし、こんな事で借りを作るような事したくない、と変なところで意固地になっていていた。
断るたびに黒珠を盗み見るくらいなら、素直にお願いしたらいいのに、できない自分がもどかしい。うっかり黒珠と口論にならないようにと、気を引き締めた。
梅雨時の湿気が架純の体感温度を引き上げて、彼女の額から汗が滴り落ちる。心なしか花頭もへばっているようだ。
(でも枯れないんだから忌々しい)
水分を含んだ空気で、身体まで重さを増しているようだ。
架純の人相が険しさを増していくたびに、交代を申し出ては断られる黒珠は、ほとほと困った表情で溜息を吐いた。
「なあ。こんなんじゃ着いた頃にはへとへとだろ。俺が何を言っても反論する気力もなくなるぞ?」
「あたしを怒らせること前提な話しなわけ?」
「そうじゃないけど、何処に地雷があるかわからない」
「怒らせる気満々なんだね? 帰ってもい?」
「ダメだ!」
思いがけない大きな声に、架純の目が大きく開かれて黒珠を見る。声を出した本人も驚いた顔をしていた。
手で口元を覆い隠し、黒珠はバツが悪そうにそっぽを向く。暫くそうやって車道を目にしていた彼は不意に足を止め、「ちょっと良いか?」と架純の返事も待たずに、シート下のボックスからヘルメットを取り出して架純に被せ、いきなり原付のキーを回し、セルボタンを押した。
一連の行動を唖然と眺めていた架純は、エンジンをかけた黒珠をギョッとして見る。
「ちょっ、何してんの!?」
「架純さん。車道に移動」
「え? あ? はい……?」
言われるまま車道に出ると、左肩に何かが乗った。架純が肩越しに振り返ると、彼女の薄い肩に黒珠の大きな手が置かれている。
予想外の出来事に言葉もなく見入っていると、自転車に跨った黒珠のGOの合図。架純に考える暇も与えない強い口調に、反射的にアクセルを回していた。
走り出してからハッとする。
「ちょっとちょっとちょっと! これ道交法違反ッ!」
「サイドミラーで後ろ確認しろよ? パトが来たら死ぬ気で逃げ切れ。そのあと公園合流な」
「何言っちゃってくれてんの!? あたしにそんな高等なバイクテクある訳ないじゃん!」
「人間必死になったら何でも出来る」
「馬鹿言わないでよ!」
そうは言いながら、しっかり走っている。
「ほら。そこ左」
「き――――っ!」
「サルか」
「うるさい!」
夜の街中を労せず走り抜ける黒珠の笑い声。
悪いことをしているのに、彼と一緒だと子供の頃の悪戯が思い出される。次第に楽しくなって、ダメだと否定しつつも、架純の顔はにやけてしまうのだった。
公園のベンチに腰掛け、夜空を仰ぎながら「あーハラハラした」と、笑いを孕んだ架純の声が言う。隣に座った黒珠が「だな」と短く同意した。
ここでフィクションの世界なら、警察が絶妙のタイミングで現れて、カーチェイスが始まるか早々に捕まるところだ。現実は出会すこともなく、公園まで辿り着くことが出来た訳だけど、やはりドキドキすることに変わりはない。
腰を落ち着けて、しばらくの間どちらも無言だった。
黒珠が何を言い掛けたのか聞こうにも、タイミングを失っした感が邪魔をして、唐突過ぎないか? と躊躇っている。と、その当人が「あ~」と架純の出方を窺うような、間延びした声を上げて見据え、精悍な面立ちをくしゃりとさせた。なんとも“らしくない” 黒珠に架純の表情が、見る見る間に硬くなっていく。
高校の頃の黒珠と言えば、無表情もしくは仏頂面。常にそんな顔ばかりを見てきたせいか、困ったような、情けなさ気な黒珠は対応に困る。
(いま猛烈に……ダッシュで帰りたい)
じり、じり、とベンチの上をにじる様に間合いを開けて行く。
黒珠の眉が微かに顰められ、架純はひっと息を呑んだ。黒珠の大きな手に腕を容易に捉まれる。回された指にはまだ余裕があって、強く握られている訳でもないのに、身動いだぐらいではピクリともしない。
この手を振り切って逃げだすのは、到底無理だ。
黒珠の顔を上目遣いで見る。すると些か不機嫌になった彼と視線がぶつかって、架純から安堵の溜息が漏れた。
(……不機嫌な顔されて、ちょびっと安心するあたしって、どうなの?)
慣れとは怖いものだ。
それにしても、いつ迄こうしている心算だろう?
ずっとこのままという訳にはいかないし、架純は迫り寄るように黒珠の目を覗き込んでみた。すると彼は驚いたように上半身を後ろに退き、目を見開いて「近い」と彼女の両肩を押し返えされる。
それが非常に面白くなくて、黒珠を睨む。
「何だかんだ引き留めてるのはそっちの癖に、近いとか文句言うなッ!」
「悪い。けど、その……」
日頃の黒珠なら間違いなく架純の悪態に反撃してくるのに、何故だか口篭もる。どこまでも “らしくない” 黒珠に苛々が爆発した。
「んもお! 何なの!? 先刻から煮え切らないなぁ」
「だから、頭」
「頭が何よ?」
「花頭が咲いてるんだから、不用意に近付くなよ」
黒珠の視線が架純の頭上を一瞬見たかと思ったら、盛大な溜息を吐く。
花頭に手を遣って、首を傾げた彼女に心底呆れている……らしい。
それでもまだピンときてない架純は、眉根を寄せて黒珠をじっと見るや「意味わかんないんだけど」と怒りを織り交ぜて言う。
黒珠の間抜けた顔。
数秒見つめあってから、彼はがっくり項垂れた。
(意味わかんないのはこっちなのに、何で金子くんが泣きそうな表情するのよ?)
口を尖らせて彼を見れば、どんよりとした溜息に迎えられた。
「よく俺と同じ高校に通えたな」
「奇跡だよね」
「そこじゃない。奇跡云々はどうだっていい」
「もお~ぉ。言いたいことがあるなら、さっさと言ってよぉ。あたしが馬鹿だって言うために、こんなに引っ張ってんの? それなら帰るよ?」
わざわざ言われるまでもなく、充分に自覚している。だから今フリーターに身をやつしているのだ。
立ち上がりかけた架純の手が掴まれた。グイッと引っ張られて、すとんと元の位置に腰を落とす。
文句を言いかけた口が、きゅっと結ばれた。
真摯な眼差しを向けて来る黒珠。
急に心臓がすごい音を立てだした。彼の耳にも届きそうな乱打に、羞恥で躰が熱くなる。きっと全身真っ赤だ。
架純が胸中で高らかな悲鳴を上げる傍らで、黒珠の瞳に愉悦の色が浮かんだ。
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