【R18】花頭症候群 ~花盛りの女たちと、翻弄される男たちのあれやこれや

優奎 日伽 (うけい にちか)

文字の大きさ
38 / 51
3. 架純 ~女の純情なめんなよ

架純 ⑨

しおりを挟む
 

「金子くんの先刻の “ごめん” って?」

 唐突に謝罪されても、意味が分かるはずもなく、何を許せば良いのか聞いておくべきだと思った。
 先刻のびっくりが続いている訳じゃないけど、今ならなんとなく素直に話が出来る気がする。
 今更な感じもしないではないけど。

 黒須は数瞬真顔になって架純を見、少しの戸惑いを浮かべると、言い辛そうに顔をくしゃりとする。
 何度か口を開いては噤み、架純の顔をチラ見してまた同じ行動を繰り返す。辛抱強い方だと思うけど、ずっとここで突っ立って、通行人にチラチラと窺われるのは、居心地が悪い。落ち着きなく周囲に目をやる架純の態度に気が付き、黒須が再び「ごめん」と呟く。

 傲岸不遜なくらい動じない黒須に何度も謝られると、いやにムズムズする。黒珠といてどの道居心地の悪い思いをするならと、架純は場所の移動を提案した。



 近くの公園にいざ移動となり、架純は原付バイクを押して歩道を歩いている。
 エンジンの掛かっていない原付は、めちゃくちゃ重い。数メートル押しただけで、息が上がってきた。

「……やっぱり変わろうか?」
「いいッ!」

 見ていられないと言った風情の黒珠の申し出を、断り続けること十三回目。多分、二~三メートル間隔で訊かれてて、ちょっとウザい。

 原付よりも黒珠の自転車を押す方が楽に決まっている。彼に任せた方が、移動速度も上がって効率がいいのは分かっていても、移動を提案したのは架純だし、こんな事で借りを作るような事したくない、と変なところで意固地になっていていた。

 断るたびに黒珠を盗み見るくらいなら、素直にお願いしたらいいのに、できない自分がもどかしい。うっかり黒珠と口論にならないようにと、気を引き締めた。
 梅雨時の湿気が架純の体感温度を引き上げて、彼女の額から汗が滴り落ちる。心なしか花頭もへばっているようだ。

(でも枯れないんだから忌々しい)

 水分を含んだ空気で、身体まで重さを増しているようだ。
 架純の人相が険しさを増していくたびに、交代を申し出ては断られる黒珠は、ほとほと困った表情で溜息を吐いた。

「なあ。こんなんじゃ着いた頃にはへとへとだろ。俺が何を言っても反論する気力もなくなるぞ?」
「あたしを怒らせること前提な話しなわけ?」
「そうじゃないけど、何処に地雷があるかわからない」
「怒らせる気満々なんだね? 帰ってもい?」
「ダメだ!」

 思いがけない大きな声に、架純の目が大きく開かれて黒珠を見る。声を出した本人も驚いた顔をしていた。
 手で口元を覆い隠し、黒珠はバツが悪そうにそっぽを向く。暫くそうやって車道を目にしていた彼は不意に足を止め、「ちょっと良いか?」と架純の返事も待たずに、シート下のボックスからヘルメットを取り出して架純に被せ、いきなり原付のキーを回し、セルボタンを押した。
 一連の行動を唖然と眺めていた架純は、エンジンをかけた黒珠をギョッとして見る。

「ちょっ、何してんの!?」
「架純さん。車道に移動」
「え? あ? はい……?」

 言われるまま車道に出ると、左肩に何かが乗った。架純が肩越しに振り返ると、彼女の薄い肩に黒珠の大きな手が置かれている。
 予想外の出来事に言葉もなく見入っていると、自転車に跨った黒珠のGOの合図。架純に考える暇も与えない強い口調に、反射的にアクセルを回していた。
 走り出してからハッとする。

「ちょっとちょっとちょっと! これ道交法違反ッ!」
「サイドミラーで後ろ確認しろよ? パトが来たら死ぬ気で逃げ切れ。そのあと公園合流な」
「何言っちゃってくれてんの!? あたしにそんな高等なバイクテクある訳ないじゃん!」
「人間必死になったら何でも出来る」
「馬鹿言わないでよ!」

 そうは言いながら、しっかり走っている。

「ほら。そこ左」
「き――――っ!」
「サルか」
「うるさい!」

 夜の街中を労せず走り抜ける黒珠の笑い声。
 悪いことをしているのに、彼と一緒だと子供の頃の悪戯が思い出される。次第に楽しくなって、ダメだと否定しつつも、架純の顔はにやけてしまうのだった。

     

 公園のベンチに腰掛け、夜空を仰ぎながら「あーハラハラした」と、笑いを孕んだ架純の声が言う。隣に座った黒珠が「だな」と短く同意した。

 ここでフィクションの世界なら、警察が絶妙のタイミングで現れて、カーチェイスが始まるか早々に捕まるところだ。現実は出会すこともなく、公園まで辿り着くことが出来た訳だけど、やはりドキドキすることに変わりはない。

 腰を落ち着けて、しばらくの間どちらも無言だった。
 黒珠が何を言い掛けたのか聞こうにも、タイミングを失っした感が邪魔をして、唐突過ぎないか? と躊躇っている。と、その当人が「あ~」と架純の出方を窺うような、間延びした声を上げて見据え、精悍な面立ちをくしゃりとさせた。なんとも“らしくない” 黒珠に架純の表情が、見る見る間に硬くなっていく。
 高校の頃の黒珠と言えば、無表情もしくは仏頂面。常にそんな顔ばかりを見てきたせいか、困ったような、情けなさ気な黒珠は対応に困る。

(いま猛烈に……ダッシュで帰りたい)

 じり、じり、とベンチの上をにじる様に間合いを開けて行く。
 黒珠の眉が微かに顰められ、架純はひっと息を呑んだ。黒珠の大きな手に腕を容易に捉まれる。回された指にはまだ余裕があって、強く握られている訳でもないのに、身動いだぐらいではピクリともしない。

 この手を振り切って逃げだすのは、到底無理だ。
 黒珠の顔を上目遣いで見る。すると些か不機嫌になった彼と視線がぶつかって、架純から安堵の溜息が漏れた。

(……不機嫌な顔されて、ちょびっと安心するあたしって、どうなの?)

 慣れとは怖いものだ。
 それにしても、いつ迄こうしている心算だろう?
 ずっとこのままという訳にはいかないし、架純は迫り寄るように黒珠の目を覗き込んでみた。すると彼は驚いたように上半身を後ろに退き、目を見開いて「近い」と彼女の両肩を押し返えされる。
  それが非常に面白くなくて、黒珠を睨む。

「何だかんだ引き留めてるのはそっちの癖に、近いとか文句言うなッ!」
「悪い。けど、その……」

 日頃の黒珠なら間違いなく架純の悪態に反撃してくるのに、何故だか口篭もる。どこまでも “らしくない” 黒珠に苛々が爆発した。

「んもお! 何なの!? 先刻から煮え切らないなぁ」
「だから、頭」
「頭が何よ?」
「花頭が咲いてるんだから、不用意に近付くなよ」  

 黒珠の視線が架純の頭上を一瞬見たかと思ったら、盛大な溜息を吐く。
 花頭に手を遣って、首を傾げた彼女に心底呆れている……らしい。
 それでもまだピンときてない架純は、眉根を寄せて黒珠をじっと見るや「意味わかんないんだけど」と怒りを織り交ぜて言う。
 黒珠の間抜けた顔。
 数秒見つめあってから、彼はがっくり項垂れた。

(意味わかんないのはこっちなのに、何で金子くんが泣きそうな表情かおするのよ?)

 口を尖らせて彼を見れば、どんよりとした溜息に迎えられた。

「よく俺と同じ高校に通えたな」
「奇跡だよね」
「そこじゃない。奇跡云々はどうだっていい」
「もお~ぉ。言いたいことがあるなら、さっさと言ってよぉ。あたしが馬鹿だって言うために、こんなに引っ張ってんの? それなら帰るよ?」

 わざわざ言われるまでもなく、充分に自覚している。だから今フリーターに身をやつしているのだ。
 立ち上がりかけた架純の手が掴まれた。グイッと引っ張られて、すとんと元の位置に腰を落とす。
 文句を言いかけた口が、きゅっと結ばれた。
 真摯な眼差しを向けて来る黒珠。
 急に心臓がすごい音を立てだした。彼の耳にも届きそうな乱打に、羞恥で躰が熱くなる。きっと全身真っ赤だ。
 架純が胸中で高らかな悲鳴を上げる傍らで、黒珠の瞳に愉悦の色が浮かんだ。

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

俺様上司に今宵も激しく求められる。

美凪ましろ
恋愛
 鉄面皮。無表情。一ミリも笑わない男。  蒔田一臣、あたしのひとつうえの上司。  ことあるごとに厳しくあたしを指導する、目の上のたんこぶみたいな男――だったはずが。 「おまえの顔、えっろい」  神様仏様どうしてあたしはこの男に今宵も激しく愛しこまれているのでしょう。  ――2000年代初頭、IT系企業で懸命に働く新卒女子×厳しめの俺様男子との恋物語。

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

ちょっと大人な物語はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な短編物語集です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

ヤンデレエリートの執愛婚で懐妊させられます

沖田弥子
恋愛
職場の後輩に恋人を略奪された澪。終業後に堪えきれず泣いていたところを、営業部のエリート社員、天王寺明夜に見つかってしまう。彼に優しく慰められながら居酒屋で事の顛末を話していたが、なぜか明夜と一夜を過ごすことに――!? 明夜は傷心した自分を慰めてくれただけだ、と考える澪だったが、翌朝「責任をとってほしい」と明夜に迫られ、婚姻届にサインしてしまった。突如始まった新婚生活。明夜は澪の心と身体を幸せで満たしてくれていたが、徐々に明夜のヤンデレな一面が見えてきて――執着強めな旦那様との極上溺愛ラブストーリー!

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

処理中です...