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3. 架純 ~女の純情なめんなよ
架純 ⑩
しおりを挟む黒珠は何を思って、愉しげな表情をするのだろう。
架純にとって、あまり嬉しくなさそうな展開になりそうで、ちょっと怖い。
警戒心MAXで黒珠を見れば、俄かに表情を改め「先ずはいろいろゴメン」と頭を下げてきて、架純の意表を突いた。
肩透かしを食らい、架純は呆気に取られた面持ちになる。
「あの、いろいろって?」
いろいろと言われても、そのいろいろがあり過ぎて、一括りにされても困る。何しろ黒珠のように頭の出来はよろしくないので、彼の中の展開など架純には理解できない。
彼にしてみれば眠たくなるスローテンポの脳ミソだと思うけど、それも想定内だと言わんばかりに小さく頷いて見せた。
「高校の頃とか、今も。凄く嫌な奴だったろうから」
「自覚はあったんだ」
厭味を返すと、流石の黒珠も言葉に詰まり苦い顔で架純を見た。してやったりと口元に微かな笑みを浮かべて調子に乗っていると、彼は唇を固く結んで真っ直ぐ彼女の目を見入って来る。咄嗟にその視線から目を逸らして俯いた。
マズイ。
何がマズイのか分からないけど、本能がマズイと警告してくる。
なのに黒珠の視線に突き刺されて身動きも取れず、ずっと掴まれたままの手に目を落とす。
架純の小さな手を握り込む彼の手の熱。意識すると途端に脈を強く感じ始め、熱が伝播したかのように火照り出した。
黒珠はただ引き留めているだけで他意はないのだろうけど、こんなの困る。
(もおやだぁ。こんな……やっと諦める気になったのに)
強気を張ってきた心が萎えそうだ。
気持ちが還ってしまいそうで怖い。
空いた手で黒珠の手を解こうとすると、その手まで捉まった。
取り押えられた両手を解こうと必死にもがけば、もっと強く捉えられていく。
「放してよ。もお帰りたい」
「その前に、許してくれるか聞きたい」
「許すも何も、怒らせたのは、あたしだし」
「そうさせたのは俺だ。自分を守るのに必死で、不用意に傷つけて来た。だから、ごめん。許して欲しい」
黒珠が保身のために辛く当たっていたと聞いて、俄かには信じ難く彼の顔を振り仰いだ。後悔を滲ませた瞳とぶつかり、架純は息を詰める。
架純の引き攣った顔に、黒珠はふっと表情を緩ませた。
「中学の頃、付き合ってた子が友達と話しているのを、たまたま通りかかって聞いてしまったんだ。俺は “人に自慢するには申し分ない” けど…」
そこまで言って言い淀む。
「けど?」
先を促した架純をどこか恨めしそうに見て、黒珠は一つ息を吐き出した。
「……“マザコンも嫌だけど、シスコンも引く” って嘲笑されてた」
「あ……」
と言ったまま、口を半開きで架純は固まった。
あの日の架純は、思い切りトラウマを抉った言葉を投げつけたようだ。
恐る恐る彼の顔を窺うと、苦虫を噛んだ顔で架純を見、言を継ぐ。
「俺に直接言えば良いのに、陰で馬鹿にされてるって知ったら、急に醒めてすぐに別れたけど。でもそこから女が信用できなくなった。好きだって言いながら、腹の底では何考えてるのか分からないし、実際、断った女たち、すぐ次の男に乗り換えていたからな。尚更信じられなくなった。無視してもへこたれなかったのは、架純さんくらいなもんだ」
結局へこたれたけどね、とやけっぱちなツッコミを入れてると、くんっと腕を引かれた。反射的に黒珠の目を見る。
「そこで確認なんだけど」
「な…なによっ」
「その花頭は、あの頃のまま?」
黒珠が何を言いたいのか分からず、眉を寄せて彼を見た。
「同じ男を想って咲かせてる?」
「……!」
言葉の意味をようやく理解した。
花頭は誰かを想って咲く花だということを今さら思い出し、顔が爆ぜるのと同時に花の香りが立ち込める。
纏わりつき、噎せるほどの甘い薔薇の香り。
これでは肯定してるも同じだ。
どんなに悪態を吐いたって、架純と同調した花頭が彼女の心内を暴露してしまう。
黒珠がきつそうに眉を顰めた。
きっと強い匂いが不快なのだろう、そう思い至って黒珠から逃げ出そうと暴れ始めた架純を、彼は放してくれない。
しつこい奴だと呆れられ暴言を吐かれたら、今度こそ立ち直れない。
恥ずかしくて、居た堪れなくて、半泣きの架純に彼は言った。
「まだ俺のこと好きなの?」
心臓が凍り付くかと思った。
いや。まだ凍りそうだ。
これから彼の口から繰り出されるだろう言葉を想像して、心臓がキューッと締め上げられる。いっそのこと一気に止めてしまいたい。
黒珠がベンチを跨ぐように座り直し、真っ直ぐ架純に対峙する。
「俺のこと、好きでしょ?」
先刻の突き放したような聞き方ではなく、微かな不安を窺わせながら確信めいた言葉で訊いて来る。
彼がどう言う心算でこんなことを訊いて来るのか、架純には理解できない。
あの日、つまらない嫉妬で自ら終わらせた。
黒珠だって、架純を見ようともしなかったではないか。
「俺のこと好きだよな?」
「……き」
「ん?」
ようやく絞り出した声に、黒珠が笑みを浮かべて聞き返す。
「よく聞こえなかったからもう一度」
黒珠が余裕綽々な顔をしているのを見たら、無性に腹が立った。
花頭が嘘を吐けないと分かっていても、素直に告白するのは癪に障る。
「きっ、嫌いだしっ!」
吐き出した彼女の言葉に納得がいかないと、黒珠の表情に不満の色が浮かぶ。
「嘘つけ。ホントのこと言えよ」
「だ、だから言ってる! もお金子くんのこと何とも思ってない」
「花頭がこんなに香って、先刻から俺のこと好きだって言ってるのに?」
ニヤッと笑って架純を引き寄せ、薔薇の花弁に軽く口づける。
花弁に神経が通っている訳でもないのに、唇が触れた瞬間ぞくぞくした。未知の感覚に戸惑い、小さく肩を震わせる。
(も、やだ。泣きそぉ)
熱を持ち始めた双眸を恨めし気に黒珠へ向ける。彼はすこぶる愉しそうだ。格好のおもちゃを手に入れたかのように。
黒珠の追及はなお続く。
「俺のこと好きだって言えよ」
「やだ」
「言えって」
「やだって言ってるでしょ! 何でそんなに言わせたいの!? そうやってまたあたしを甚振るつもり?」
「俺が好きだからだよ!!」
しまったと言いたげな表情の黒珠と目が合った。
架純は呆然と黒珠を眺め、こてんと首を傾ぐ。
バツが悪そうに、ちょっと怒ったような顔で黒珠は花頭を見ると「コイツのせいだ」と低くぼやいた。
どうにも頭が追っつかない。
じーっと黒珠の顔を見ていたら、真っ赤になった彼に「見るなっ」と怒られて、どう言った訳だか抱きしめられていた。
思考が麻痺している架純を胸に抱き、黒珠が大仰な溜息を吐く。
彼の胸から呼気の音と、忙しく脈打つ心臓の音が聞こえてくる。架純を揶揄うための嘘なんかではないと、その心音が伝えてくるようで、彼女の心音も重なるように鳴り出した。
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